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119.真の狙い

 帰りの馬車の中は特に会話はないものの、行きの険悪な空気とはまるで違う、穏やかで落ち着いた雰囲気に満ちていた。


「クローヴェル卿、本当に申し訳ございませんでした」


 それに安堵と達成感を覚えていたところ、突然フェリシア様に謝られてしまう。思わず首を傾げた。


「……急にどうされました?」


「ずっと貴女のことを誤解していました。クリストファー殿下のことを深く愛しているけれど、同時にとても冷徹で恐ろしい人なのだとずっと思い込んでいたのです」


「敵であれば容赦はしないという意味では特に間違ってはいませんが……」


 恐らく襲撃された際に捕えた者以外を皆殺しにしたことが原因だろう。荒事とは無縁だった彼女であればそう思ってしまうのも無理はない。


 しかしそれでもフェリシア様は目を伏せながら首を横に振る。


「いいえ、ただ冷徹なだけとは違います。イェラ村の人たちとの接し方を見て、それは大切なものを守るために自分を殺して尽くそうとする深い情の裏返しなのだと、私はようやく気付いたのです」


 それは以前シャルに言われた「自分のことはすぐ蔑ろにする」という内容に通じていた。自覚はあまりないけれど、私ってそんなにも他人優先で過ごしているのだろうか……。


「だからこそあのお茶会で私の心がもう殿下に向いていないことに気付いた貴女は、あれほどまでに不快感を露にしたのですね……」


「『もう向いていない』――ということはつまり……」


「……ふふ、もう十年以上もあのお方の気を引こうとしているのですよ。どれだけ我慢強い人であろうとも自分のしていることへの疑問くらい抱いて当然でしょう」


 彼女は自虐的に笑いながらも、はっきりと殿下への気持ちがないことを告げた。


 ここで私はようやく気付かされる。これまでずっと婚約者候補だという話から勝手に自分の中のライバル像を彼女に押し付けてしまっていたことに――。ライバルであれば殿下のことを愛していて当たり前だと、それがアピール出来ていないことを怠慢だと勝手に憤っていたのだ。


 しかし彼女の胸の内を聞かされてみれば納得しかなかった。そもそも十年想い続けるというのは生半可なことではない。それも自分のことを見てくれず、死んだとされている者を想い続ける相手に対してでは、いくら周囲の後押しがあろうと気持ちを維持するのは難しいだろう。


「私は殿下と貴女に結ばれて欲しいの。そうなればもう両親や周囲から王太子妃になれと言われなくなる。だから堂々と背中を押してあげたくて積極的に近づこうとした。でも結局それが全て裏目に出てしまった……」


 そう言われて成人式の日でのやり取りや夕食に招待されたこと、その後にお茶会に招待されたことなど、彼女から接触があった時のことを思い出す。確かにあの頃からずっと彼女から明確な敵意を感じたことはなかった。


 本当に……敵などではなかったのだ。


(思い込みで敵を作り出していたなんて世話ないわね……)


 自分のあまりのお粗末さに溜め息が出る。余計な先入観を持たずに私からも歩み寄っていれば、一体どれだけお互い楽だったろうか。


「ごめんなさい、私が浅はかだったわ……。勝手に敵視されていると思い込んで、突き放そうとしていた」


「貴女の立場や私の周囲の反応を見れば、そう思い込むのも無理はないと思います。私もお茶会の時に領地の令嬢たちがあそこまで馬鹿にする態度を取るなど思ってもみませんでしたから……」


「フェリシア様……」


「あの時の『他人への興味が薄い』という分析は正にその通りでした。この領地の歪さにも気付けないほど、ただただ自分の事しか頭になかったのです」


 振り向いてくれないとわかっている相手に、周囲から期待されるままに近寄っていくしかないというのはどう考えても辛い。自身の将来の先行きすらも不安でいっぱいだっただろう。


 私にはそんな彼女を責めることなどできない。


「このままではお互い反省ばかりになってしまいそうです。一度水に流しませんか?」


「そちらがよろしければ……」


「ではそうしましょう! で、改めまして……私と友達になっていただけますか?」


「……っ! 私でよろしければ、喜んで……!」


 これまでずっと思い悩んでいたのだろう、その綺麗な緑がかった水色の瞳に涙を浮かべて微笑み、受け入れてくれるフェリシア様。


 元から私とクリスの仲を応援してくれていたのだし、今回の件で領地や平民たちのことにも親身になれるようになった人なのだから、もう私としては大歓迎だ。


「恥ずかしながら、同年代の高位の貴族女性は皆、学園の頃に出し抜かれないよう睨みを利かせるよう言い聞かされていたのもあって友達と呼べる人がいなかったもので……」


 目の前の本人がこれだけ落ち着いた女性なのに、ブリジットからあんな話が出ていたのには少々違和感があったので、周囲に言われて仕方なくというのはとても納得のいく話だった。


「なら事情を離せばブリジットもすぐ受け入れてくれるわ。いずれ王都で集まってお茶でもしましょうね」


「えぇ、今から楽しみにしておきます」


 本当に喜んでくれているのだろう、とても自然に差し出された手を取って笑いかけてみれば、向こうも少し恥ずかしそうにそれに応えてくれる。


 そんな私たちのすぐ横からは、微かに侍女頭がすすり泣く音が聞こえた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 グラシアールに帰る途中、他の隊が向かった各地の町や集落に寄って状況を確認すると、どこも充分な成果を上げていた。……どうやらイェラ村が一番酷い状況だったみたいだ。


 道中リヴェール騎士団の面々に仕事ぶりを周囲に認知させることも大事な役目だと説教しながら、三か月半ぶりのグラシアールに到着した。




 領主の城で早速私たちの帰還を領主夫妻が出迎えてくれる。


「全員が揃っているということは、各地の魔物討伐は無事終えたということだな」


「はい、他の地域と変わらない水準まで落ち着き、住民たちにも余裕が生まれたかと思われます」


「この地を預かる者として、其方らには心からの感謝を」


 領主夫妻は揃って頭を下げて感謝の意を示してくれた。


「――それで、フェリシアはどうだったかね?」


「はい、とても刺激的で勉強になりました。これまでの視野の狭さに恥じ入るばかりです……」


 本気で恥ずかしそうに下を向いているフェリシア様の横で私が頷いてみせると、領主様たちは心底ほっとしたように息を吐いた。やはり私の予想は間違っていなかったようだ。


「領地内とはいえ長旅で疲れたでしょう。ひとまずゆっくりと休息を取ってちょうだい。また明日、改めて話をしましょう」


「承知しました。――それでは失礼致します」


 私たちにはまだ仕事が残っている。それも胸糞が悪くなるタイプの。それらを確実にこなすには今の状態ではよろしくないのは確かだったので、素直に騎士団の寮に戻った私たちはひとまず休息を取ることにした。


 各自の部屋で夕食を済ませたあとはみんな自然と寮のラウンジに集まり始め、この数か月でリヴェール領で起こった出来事をあれやこれやと語り合い始める。


 それらの話に耳を傾けてみると、今回の遠征では始めから現地の貴族を頼らなかったからか、大変ではあったものの、不快な思いをすることは殆どなかったらしく、割とみんな生き生きと仕事出来ていたようだった。


 中には平民女性と良い感じになりかけていた騎士もいたけれど、そこはぐっと堪えたんだとか。それを何故かハロルドが上から目線で褒め讃えていたので、周囲から総ツッコミを喰らっていた。これには私も噴出さざるを得ない。


 そんな感じで夜はのんびりと過ごし、終始リラックスした状態で一日を終えた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 翌日の昼過ぎ、私たち王国騎士団は領主の間に集合する。そこにゲオルグ閣下が遅れて到着してきた。これから聞かされるであろう内容も相まって、この場の空気が一段と引き締まる。


「――さて、魔物が片付いたので次は人間相手の話になるのだが、まずは諸君らがやって来た初日に捕らえてきた者たちについて説明しよう」


 私を襲ってきた賊のリーダーと、隠れて様子を窺っていた男のことか。結局取り調べについてはリヴェール騎士団に任せてしまっていたので気にはなっていた。


「一人はここリヴェール領に潜伏しているという『闇の抱擁』という盗賊団、その隊長の内の一人だった。その者の話では首領、副首領の下に隊長が四人いるらしい」


「つまりあと三隊はあるわけですね」


「そういうことになる」


 とはいえ所詮単純計算で百五十人程度。それ以上の数の騎士たちをリリアーナ王国で倒してきた私にとっては何の障害にもならない。


「もう一人の隠れていた男はその盗賊団に卿を襲うよう指示した貴族の家の遣いの者だったわ」


 誰かの指示で動いていたのは明白だったので現時点ではそこまでの驚きはない。


「どこの家の者だったのですか?」


「それは――」

「おやおや、皆さんお揃いで」


 すると突然領主の間に、聞き慣れない声が扉を開ける音と共に響いた。私を含めその場の全員の視線の先に居たのは――フェリシア様の父親、次期領主のサイモンだった。


「貴様……! この場に呼んだ覚えなどないぞ! 下がっていろ!」


 ゲオルグ閣下がこれまでにない敵意を込めてそう彼に言い放つが、サイモンは気にすること無く、しかも何やら上機嫌に私たちの前までやってくる。


「しかし丁度良かった。クローヴェル卿、こんなものが我々の元に届いたのだ」


 差し出されたのは一通の手紙だった。既に封は切られていたので中身だけを受け取る。


 その内容は――


『フェリシア嬢を預かっている。無事に返して欲しければ指定の場所に一人で来い。来なければ人質の身の安全は保障しない』


 というものだった。


(コイツ……ッ!)


 実の娘が攫われているというのに、にやついた顔を隠そうともしていない。つまりこれはこの男が仕組んだものであり、フェリシアは実の父親に裏切られたということ。


「……何と書いてあるの?」


 私がサイモンを睨み付けているのを見てデボラ様が険しい表情で尋ねてくる。


「例の盗賊団がフェリシア様の身柄を預かったと。私一人を呼び出したいそうです」


「まさか……」

「なんということを……!」


 内容を耳にして領主様たちだけでなく、王国騎士団の面々もざわついた。


「俺も娘が心配なのだ、卿には必ず一人で向かってもらいたい」


 一体どの口が言うのか、全く悪びれもせずに私にそう告げるサイモン。


「ぬぅぅぅぅぅ……!」


 するとゲオルグ閣下が唸る声が聞こえてきた。そちらを振り向けば、閣下は顔を伏せたまま、椅子のひじ掛けに置かれた両の拳をぶるぶると震わせていた。


「貴様! 遂に実の娘のフェリシアまでをも! もう我慢ならん!」


 この空間に怒りの咆哮が響き渡る。


「――クローヴェル卿」


「何でしょうか」


「儂は其方に謝らなければならない」


 鼻息を荒くした閣下が突然そんなことを言い出した。


 一体何を言い出すのかと私は閣下を見つめて言葉の続きを待つ。


「貴族を排除するための証拠はロイのお陰でとうの昔に揃っておるのだ。こやつが向こうの家に妨害工作をし、その報復の為の情報収集の中で発覚したと報せを受けたことから始まった」


「息子はリリアーナの過激派と通じていて、この領地を通じて攻め入ることで国家転覆を目論んでいたのよ」


 告げられたその事の大きさに、この場の騎士たちが大きくざわめいた。


「元からあったこの地の風潮につけ込み、それを率先して煽り、加速させることで騎士団の無力化を狙っていたのだ。いくら領主が騎士団の指揮権を持とうとも、後々の障害になることは目に見えているからな」


 元々その風潮に毒されていたというだけでないようだ。領主夫妻と対立してでも今の姿勢を固持し続けたのにはそのような理由があったのか。


 フェリシアの話からしても彼女の両親はクリスと結婚させることにかなり執着していたように見受けられた。しかしそれも上手くいかず、王族に近づきたいという欲求が膨らみ続けた結果――


「内心を見透かされた過激派の甘言に乗せられたといったところですか……愚かな……はぁ……」


 愚かも愚か。そのあまりの愚かさに溜め息を我慢出来なかった。


 私の見てきたローザリア王国はその程度で落とされるようなやわなものでは決してない。更に言えば私自らが鍛えてきた王国騎士団が、絶賛リリアーナに嫁いだシャルから圧力を強められている真っ最中の勢力の集団に負けるはずがないのだ。初めから勝負は見えている。ただただ、身勝手な思想で民を苦しめているだけ。


 話のスケールこそ大きいが、今後の被害についてはそこまで深刻なものにはならなそうでひとまず安心した。


 しかしそうなってくると、敵を排除して欲しいという当初の依頼は嘘だったということになる。元々魔物の討伐だけなら私は必須ではない。しかし貴族を排除するというのにも私が必要とは思えない。


(それなら何故私は呼ばれたの……?)


 その理由を探るべく、私は王都を離れてからの行動を振り返る。


 デボラ様とフェリシアと一緒に馬車で移動し、騎士団で打ち合わせをした後、フェリシアと一緒にイェラ村に行って三か月過ごし、そして帰ってきた。ざっくりと見ればこの程度のことしかしていない。


 そして領主様たちがフェリシア様を私の元に送り出したのは、これまでの彼女の価値観を変えさせるためだった。それ以外にまだ何かあるというのだろうか。


「それでもまだ行動に移されていなかったのは愛するフェリシアのため」

「あの子が連座の処罰から免れる方法を探していたからだったの……」


(あぁ……そういうことか……)


 生まれ変わった彼女が生き延びる方法――それは私に護らせること。そのためにお師匠様の嫌ったリヴェール領の価値観を彼女に捨てさせ、私好みになるように、私に情が湧くように仕向けたのか。私が彼女を守りたいと訴えれば、必ず王家はそれに応えようと動くと見越した上で。


 あの時の『彼女はいずれ必ず卿の役に立つ』という言葉は、イェラ村ででの話ではなく、もっと未来の話だったというわけか。二人は彼女を私に傍に置かさせたいのだ。


 なんて勝手な話……私に直接相談してはいけなかったのか。聞き入れてはもらえないと信用されていなかったということだろうか。


(あぁ、ちくしょう……!)


 ゲオルグ閣下、デボラ様、悔しいけれど貴方たちの勝ちだよ。


 私にはもう友達のフェリシアを見捨てられない。


「フェリシアの心と、未来を……どうかお願いします」

「どうかあの子だけは……!」


 そして何より、彼らの孫娘を想う気持ちを私は無視出来ない。我ながら単純だ。だからこのように利用されてしまうのだというのも理解している。


 しかしこればかりは変えられそうにない。


「――任された」


「あああぁぁぁ……」


 私がそう答えた瞬間、デボラ様が泣き崩れた。


「――総員、当面のあいだ指揮権をゲオルグ閣下に移譲する。閣下の指揮の元、領地に蔓延る犯罪者どもを全て捕えよ。私は一人でフェリシア様救出へ向かう。手助けは無用だ」


『はっ!!!!』


 私たちのやり取りを呆然と見ていたサイモンを無視し、そのまま部屋を出る。


「そこの国家転覆を目論む大罪人を捕らえよ!!!!」


 背後の扉の向こうからゲオルグ閣下の怒声と、騎士の雄たけび、そしてどうしようもない屑の情けない悲鳴が聞こえる。




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