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118.芽生え

「警戒!」

「……ッ!」


 集団はすぐに私が降り立つ際の枝葉の音に気付き、野太い号令と同時に一斉にこちらに向けて武器を構えた。


「こんな場所に女性……? それも一人だけ?」

「というか今、空から現れませんでしたか……?」


 彼らはその音の出所が魔物ではないことに困惑している様子だった。みすぼらしくもなく、ちゃんとした武器や防具をつけているので、ひとまず野盗などではなさそうだ。


 その中で特に目立っているのは大柄で片眼に傷跡のあるこげ茶色の髪の中年男性、長身細身で青い短髪に紫の瞳の青年、小柄でやはり細身な赤い長い髪に青い瞳の青年の三人。


「お前たちは何者だ? ここで何をしている?」


 私の方から先に問いかけてみる……が返事がなかなか返ってこない。


 しばらく目線で会話をしていた彼らの中から、成人して間もなさそうな青い髪の青年がひとり前に歩み出た。


「それに答えるには先にそちらに名乗ってもらいたい。その出で立ちを見るに平民ではなさそうだが、この領地で其方のような貴族は見たことがない」


「私はレオナ・クローヴェル、王国騎士団の騎士長を務めている」


「王国騎士団!?」


「一か月ほど前にリヴェール公爵の要請で王都より派遣されてきた。私の担当のイェラ村の状態が落ち着いたので、ようやく村の外側の魔物の討伐に乗り出したところだ」


「な、なるほど……」


「それで? そちらは何者だ? 見たところ貴族も混じっているようだが」


 今話している青い髪の青年と、同じ年頃のもう一人の赤い髪の青年、この二人は装いが他に比べ少々豪華なので貴族だと思われる。


 私が問いかけると、赤い髪の青年が青い髪の青年の隣に歩み出て並び立った。


「レンウィック家の四男、ジェラルド・レンウィックです」

「……私はバッセル家の三男、キース・バッセル」


 レンウィック家とバッセル家、そのどちらも王都でデボラ様から聞いた排除すべき貴族の家名には入っていない。ただそれも次期公爵夫妻と関係が薄く、犯罪に手を貸していないというだけであって別に味方というほどでもない。


「そちらの貴方は?」


 魔力に反応した最後の一人の中年男はどう見ても貴族ではない。しかし戦い慣れている様子で、この集団の中で一人だけ明らかに纏っている空気が違う。


「俺はA級ハンターのセルゲイ。雇われの指南役といったところだ」


「……なんだ、同業者だったのね」


 セルゲイといえばA級ペアパーティの『黄昏の白鷲』の片割れだ。確か二つ名は『喧嘩師』だったか。リヴェール領でのみ活動し、外に出てこないハンターたちの中で最も有名な者たちだ。


「同業者だと……?」


「私はS級の『いばら姫』よ。いくらグラシアールから出てこないにしてもその二つ名くらいは聞いたことあるでしょう?」


 こちらが騎士団の人間――つまり貴族ということで警戒を解かないでいたであろうセルゲイが、そう名乗った途端に口の端を吊り上げて上機嫌になる。


「おぉ、お前があの『いばら姫』か! 確かに噂通りの別嬪だな!」


「そりゃどーも。――で、ここで何をしていたの?」


「ハンターがやることなんぞ決まってるだろう、魔物狩りだ」


「……貴方たちは何故彼を?」


 セルゲイは今さっき雇われの指南役と言った。つまり魔物の狩り方を教わりたいのは一緒に居るこの貴族二人ということになる。


 すると赤い髪の青年、ジェラルドが困りきった表情で語り始めた。


「領主様に領地のために騎士になってくれないかと直接頼み込まれたのです。今のリヴェール領は厳しい状況にあると聞かされ、それならばと了承したまでは良かったものの、いざ騎士団に入ろうとしても次期公爵様から我が家に圧力が掛けられ、断念せざるを得なくなり……」


 確かに領主様は息子夫婦から妨害を受けていると言っていた。目の前にいる二人は正にその当事者のようだ。


 青い髪の青年、キースが周囲を気にしてか少し落ち着きがない様子で話を続ける。


「ただでさえ我々は学園の頃から騎士になるべく訓練してきた者たちから出遅れているというのに、騎士団で訓練することも出来ません。なので領内で有名な実力者であるセルゲイ殿に教えを乞い、次期領主様や周りの貴族に隠れて領地のために力を尽くしているのです。まだ本当に微力ではありますすが……」


 彼が落ち着きがないのは隠れてやっているからのようだ。……いや、他の二人は落ち着いているので、性格も多少はあるのかもしれないけれど。


 頼み込まれた側からすれば同じ家の人間から正反対の対応を取られるのだから、さぞかし困惑したことだろう。しかしそれでも諦めずに領地や領民のために動いてくれている者がいるというのは初めて聞いた。これについてはどうやら領主様たちも知らなかったようだ。


 デボラ様は何も成せなかった償いだと仰っていたけれど、決してそんなことはなかった。ちゃんと彼らのような若者に領地への意識を芽生えさせることに成功していたのだ。


「なるほど、そちらの事情は理解した。まだ正規の騎士ではないにも関わらず、領地の力になろうとするその姿勢に敬意を表する。その調子で未来のリヴェール領を支えてやってくれ」


「王国騎士団の騎士長殿にそう仰っていただけるとは……光栄です」


 そう言って青年二人は深く頭を下げた。


「では私は引き続きこの辺りの魔物の殲滅に戻る。出来れば其方たちには私の担当区域以外でその力を振るってもらいたい。ここは私一人で充分だ」


「承知致しました」


「ちょっと待ってくれ!」


 話もひと段落したので作業に戻ろうとすると、セルゲイが何やら呼び止めてきた。


「……何かしら?」


「折角『いばら姫』に会えたんだ、ちょっくら腕試しさせてくれよ!」


 何かと思えばただの脳筋だった……。二つ名の『喧嘩師』というのはそういう意味なのかもしれないが、こちらは仕事中でイチイチそんなものに付き合っていられない。


「嫌よ、私は忙しいの」


「なんだよつれねぇなぁ……」


 私が呆れて息を吐くも、セルゲイは納得いかなさそうな顔をしている。そしてそれを慌てた様子で見守る青年二人。傍から見れば身分差が物凄いから無理もない。


 こういう輩はしつこいので、直接相手をする気がないのであれば別の方法で力の差を見せつけるしかないだろう。


「ならこうしましょう」


 私は周囲を見回して、近くにあった若くてまだ直径十センチもない木に魔力を注ぎ込む。


 ……それも思いっきり強烈に。


「この木が折れたら相手してあげるわ。多分強化は一時間ぐらい持つから。――それじゃあね」


「はぁ!?」


 私は素っ頓狂な声をあげるセルゲイの相手をせず、さっさと木々が少なくて空が見える場所で風を纏い飛び立った。


『――バキーン』


 少しの間を置いて、後方から剣の折れる小気味良い音が微かに聞こえてくる。


「あっはははははは!」


 仕方なく言う通りに木に斬りかかってみたら剣が折れて呆然としている三人の姿を想像してしまい、それが可笑しくて、空の上で誰も聞いていないのを良いことに私はお腹を抱えて笑い転げた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 村の外の魔物の討伐を始めてから二か月が経過した。もう魔物の量は他地域とそう変わらないレベルにまで落ち着いてきたように思う。


 訓練も順調に進んでおり、村人に騎士が同行する形で実戦の経験を積んでもらったりもしたので、余程の大物でも出ない限りはイェラ村にハンターの仕事はないかもしれない。


 しかしあれからまさか滞在中にセルゲイがジェラルドとキースを引き連れて村を訪れるとは思わなかった。『喧嘩師』の執念なのだろうか……。


 懲りずに私に挑んできたので、青年二人を現役騎士たちに任せてボコボコにしておいた。ついでに他のハンターが同様に挑んでくることがないように警告する役目を押し付けてやった。




 もう村は大丈夫だろうということで、他の町の状況を確認しながらグラシアールに帰還することにした。砦のような村の入り口には沢山の村人たちが見送りにきてくれている。


「皆様のお陰でイェラ村は見違えるように良くなりました。村を代表してお礼申し上げます」


「みんなに苦労させてしまった償いでもあるから気にしないで。今後はリヴェール騎士団の者たちにも敬意を払ってあげてね。今も別の場所で頑張ってくれているから」


「畏まりました。最早必要ないかもしれませんが、私からも皆に言い聞かせておきましょう」


 そうして村長さんと握手を交わす。


「不甲斐ない私を受け入れて下さった村の方々に感謝を……。この恩はまた何か別の形で必ずお返し致します」


 フェリシア様も村人たちに頭を下げている。彼女も本当に見違えて明るくなり、平民たちとも気軽に接することが出来るようになった。領主様たちの狙いは見事に達成出来たと言って良いだろう。


 村人たちもそんな彼女の言葉を受けて照れくさそうに頷いている。


「これ……村のみんなの感謝の気持ちです! どうか受け取って下さい!」


 子供たちが新しく覚えた言葉と所作で、小さな小さな手作りの花束を私たち七人全員に手渡してくれる。拍手が送られ、この場の皆が自然と笑顔になっていく。


 努力が報われたことによる幸せで満たされていく自分がいる。


 私の望む平穏がまたひとつ、この地に育まれたのをとても嬉しく思う。




 そんな確かな手ごたえを感じながら、一行はイェラ村を後にした。



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