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116.価値

 宣言通り初日の夜は私、レベッカ・ミーティアペア、ウィリアム・ハロルドペアの三組で回しながら警備し、問題なく朝を迎えることが出来た。


「おはようございます! 『いばら姫』様!」


「おはよう、その様子だとよく眠れたみたいね」


 ゆっくりと眠れたおかげか、村人たちの表情は見違えるほど良くなっていた。


「俺たちが夜に警備しても魔物が侵入してくるたびに騒がしくなっちまって、女子供もその度に起こされてたもんな……」

「こんなにゆっくり眠れたのはいつぶりだろうねぇ……」


 この場にいる村人全員がしみじみと頷いている。


 確かに夜の間に襲ってくる魔物の数は結構なものだった。『全てを見透かす波紋』と『刺し貫く棘』で一切動かずに仕留められる私はともかく、他の四人は見回りするにしても村人たちを起こさないように神経を使ったと言っていた。


「騎士の皆様もしっかりお休みになってくださいね」


「私たちは鍛えているからある程度は大丈夫よ。それよりも、ちゃっちゃとやるべきことをしてしまわないとね」


「やるべきこと……ですかい?」


「本格的に魔物の数を減らしに行く前に、この村の守りをもっと固めておきたいの。外周の囲いとか壊れっぱなしで侵入され放題でしょう? 余裕がある内にしっかり直してしまいましょう」


「……そんなことまでしていただけるんです?」


「私たちが帰った後も安心して暮らせないと意味がないじゃない。他にも思いつく限りのことはしていくつもりよ。……といってもみんなに手伝ってもらわないといけないけどね」


 騎士を常駐させられればそれが一番だとは思うけれど、生憎そんな人的余裕はない。ならばせめて出来ることくらいは滞在中にしておかなければ。


「そういうことでしたら喜んで!」


 村人たちは明るく頷いてくれる。




 朝食を済ませたあと住民に集まってもらい、概要を説明する。ざっくり言うと立派な外壁と堀を作って魔物の侵入を阻止出来るようにしたいのと、それらを狩る際には怪我をする危険性を減らすために、近接武器だけでなく弓を出来るだけ多くの住民が扱えるように訓練したいことの二つだ。


「決して楽ではないけれど、貴方たちが思っているほど大変でもないわ。私がいるからね」


 私の言葉にみんな首を傾げている。まぁ実際にその目で見てみればわかるだろう。


 皆を引き連れて村の入り口から伸びる街道へとやってくる。周囲には木々が鬱蒼と茂っていて薄暗く、見通しも悪い。これでは魔物の接近に気付きづらいし戦いづらい。


「森の中から奇襲されないように、もっと見通しを良くしておきたいの」


 腰に下げたショートソードを引き抜いて『幻影の刃』を一本の木に向かって振り抜くと、それだけで大きな音を立てて木が倒れていく。もう昔と違ってチマチマと水の魔法で削る必要すらない。


 その音に負けないくらいの大きさで村人たちが驚いて声を上げている。私はその切り倒した木を更に三メートル弱ほどの長さに切り分けていく。


「ほら、こんな感じで木を伐るのは簡単に出来るから、みんなで手分けして村に運んでちょうだい。一通り伐ったら私も手伝うから」


 さっき私が言った言葉を理解したようで、村人たちが一斉に作業に取り掛かり始めた。


 するとその様子を満足げに眺めていた私にミーティアが近づいてきたかと思ったら、そのまま私の横を通り過ぎた。


 てっきりこちらに何か話があるのかと思ったので、一体どうしたのかとその後姿を目で追いかけると、彼女は私がさっき伐り倒したのと同じくらいの木を見上げ始めた。


「……やっ!」


 すると彼女は突然その木に斬りかかった。『幻影の刃』は根元の剣の幅と同じくらいの傷を木に刻み込んで止まったようだ。


「同じ魔法でここまで差が出るなんて……」


 どうやら自分でも出来ないか試してみたかったらしい。私との差に呆然としている。


「どれどれ――」


 すると横から更にレベッカがひょっこりと姿を現して、ミーティアを腕で優しく押しのけた。


「……はっ!」


 そして彼女も先程のミーティアと同じ場所に斬りかかった。


 幹に刻み込んだ幅はミーティアの三割増しぐらいだろうか。魔力量の多いレベッカでこれなのだから、残りの男二人もこれを超えることはないだろう。


「レオナ様と一緒にいると感覚が麻痺しちゃうけど、普通はこんなものよねぇ……」

「ちゃんと現実見ないとね」


「それでも村人たちが斧で斬り倒すよりは断然早いじゃない、別にがっかりするようなことじゃないわよ。ほらほら、丸太を運ぶのを手伝ってあげてね」


「は~い……」

「了解でーす」


 他人の目がないので気安く返事をしながら村人たちの元へと駆けだす二人。小柄な彼女たちでも身体強化を使えばそこいらの男性ではまるで敵わないほどの力が出せるのだから護衛だけで終わらせるのは勿体ない。


 少し離れたところで騎士の四人が手伝おうとして、村人たちがその力に驚いているのが見える。その光景を見ていると、やはり貴族の魔力は平民を上から押さえつけるためのものではなく、守るために存在しているのだと強く感じられた。


 そして同時に、それを放棄しているリヴェール領の貴族たちへの苛立ちが沸々と湧き上がってきて、思わずぎゅっと拳を握り締める。


(……今は村のことに集中しよう)


 こんな所で憤っていても仕方がない。


 木を運び込む際の掛け声で賑やかな村に背を向けて、私は街道を一人歩きだした。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 私もサボっているわけにはいかないので、時折『全てを見透かす波紋』を使って魔物の接近を探りながら、街道沿いから村の周囲までの木々を次々と伐り倒していく。


 お陰で街道の日当たりと見通しがとても良くなった。この調子で村人たちも明るく暮らせるようになってもらいたいものだ。


 お昼の休憩時間には、村人たちがいかに騎士のみんなが凄いかを私に嬉しそうに語ってくれる。ウィリアムたちが少し気恥しそうにしているのを横目に見ながら、私も楽しく彼らの話に耳を傾けていた。




 休憩時間を終えて私も丸太を運ぶのを手伝おうと腰を上げたところに、フェリシア様が何やら思い詰めたような表情でやってきた。今まで村長殿が提供してくれた村長宅の二階の部屋にいたはずだったのに一体どうしたのだろうか。


「……如何されました?」


「私は……」


 何かを言いたそうなのに、続きが出てこない。


「焦る必要はありません。ゆっくりで構いませんよ」


「私は……何のために、ここに居るのでしょうか……」


 道中も、村に着いてからも特にやることもなく、ご飯を食べて寝る以外に本当にただ見ているだけの穀潰し状態であれば、流石にそのように疑問には思えるらしい。


「領主様には何と言われたのですか?」


「貴女の働きを間近で見させてもらうようにと……。しかし平民たちから良いように言われているような人から何を感じ取れというのかしら……」


 彼女のぼやきにイラッとさせられるが、そもそもそういう相手なのだと自分に言い聞かせてぐっと堪える。


「それは貴女に与えられた役目であって、私には関係のないことです。助言を差し上げる義理も御座いません」


 彼女たちがついてきてしまったことばかりに意識が向いていたせいで、ネイサンから伝えられた時以来、その理由については深くは考えてこなかった。


 領主様は彼女が役に立つと言っていたのに、まるで役に立っていないことを考えるとこれは連れて行かせるための嘘の可能性が高い。


 こんな村にとって完全な異物である彼女を同行させて領主様どうしようというのか。


(あ……もしかして……)


 必要なタイミングではなく、こんな時ばかり頭が回る。私は何となく領主様の意図に察しがついてしまった


 しかし今言ったように、私にはそれを彼女に教えてあげる義理はない。多分、領主様もそれを望んではいないと思う。


「そうですか……」


 これ以上私と会話しても仕方ないと判断したのか、フェリシア様は侍女頭に付き添われてまた村長宅へと引っ込んでいった。去り際にはまた侍女頭に思いっきり睨まれたけれど、気にしないことにする。


 気を取り直して私も村人たちの手伝いに向かった。




 そのまま日が暮れる頃まで働いてみれば、一日で想定よりもかなり作業が進んだ。この調子でいけば一月も掛からずに村の補強は完了できそうだ。村人たちの訓練に充分な時間を割けそうなのは良いことだ。


 作業後にはイルヘンの復興の時と同じように村人たちが怪我をしていないか確かめながら、一日の汚れを『洗い流し』で綺麗にして回った。身体が綺麗になって驚く彼らの様子は当時と変わらず、こちらまで楽しくなってくる。まるで数年前に戻ったような気分だ。




 以後も村人たちと仲良く作業を続けて数日経った頃、昼の休憩時間中にまたフェリシア様が私の元へとやってきた。村長宅の二階の窓からずっと作業を眺めていたのは知っているけれど、あれから何かあったのだろうか。


 ただ今回はフェリシア様ではなく、侍女頭が怒り心頭といった様子で私に話しかけて来た。


「クローヴェル卿! 私はもう我慢なりません!」


「何だ突然?」


 聞けば村の子供たちが窓際に佇むフェリシア様に対して「お前は何をしにきたのか」だとか「お前は何もしないのか」といった内容の言葉を無遠慮に投げかけてきたのだそうだ。


「いくらなんでも公爵令嬢であるフェリシア様に失礼ではありませんか!?」


 もう村に来てから決して少なくない時間を過ごしているというのに、まるで変わっていないようだ。いい加減自分たちの立場というものをはっきりと伝えてやるべきだろうか。


「村に何も貢献もしていない相手に寝床と食事を提供しているというだけで、これ以上ないほど礼を尽くしていると私は思うが?」


「なっ!?」


 真っ向から否定され、目を剥いて驚く侍女頭。


 一方のフェリシア様は怒るでもなく、変わらず思い詰めたような暗い表情をしている。


「大人たちは外壁作りなどで忙しいし、関わり合いになりたくもないから態々言わないだけで、この村の人間全員がそう思っているだろうよ。何せ子供ですらそう感じているくらいなのだからな」


「平民如きがそんな――――」

「馬鹿の一つ覚えのように身分、身分と煩い奴だな」


 私が語気を強めて割り込むと侍女頭は息を呑んで固まった。


 これまでに何度も遠慮のない言葉を投げかけてはきたけれど、それでも出来るだけ感情を抑えて語ってきたつもりだ。だがもうそれすらも無くなろうとしていることを彼女も感じ取ったようだ。


「お前らの振りかざす身分に一体何の価値がある? 何の意味がある? ただ何もせずに飯を食い、眠るのが許されるだけの価値があると言いたいらしいが、残念ながら私にはとてもじゃないがそうは思えない」


「卿も貴族ではありませんか! 村人たちが貴女の指示に従って作業をしているのも、その身分があるからこそでしょう!?」


 それでも侍女頭が必死に反論してくる。ただならぬ空気を感じ取った村人たちが、恐る恐る周囲で様子を窺っている。


「――いいや。私はこの村を魔物から守るという使命を全うするために、村人たちにその作業の必要性とこちらの人手不足を説明して手伝ってもらっている立場だ。彼らはあくまで自分たちのためであり、決して私のために作業しているわけではない。もちろんお前らのためでもない。仮に私がお前らと同じように振舞っていれば、同様にその存在意義を問われていることだろうよ」


 所詮貴族と平民には負う責任の種類の違いくらいの差しかなく、少しだけ血筋による魔力の優位性があるだけの人間でしかない。その責任の重さを地位や待遇というもので補填しているだけ。


 であればその責任を果たしていない者の地位に一体何の意味があるのか。


「結局のところ、何かを成していなければ我々貴族にも価値などないのだ。そしてその価値は平民たちを守りながら、平民たちよりも広い目線で国家を運営していくことで示さなくてはならない。両陛下はもちろんのこと、私の知る貴族たちは皆そうしている」


 そこまで言って私は『全てを見透かす波紋(クレアボヤンス)』を発動して見せ、探知した魔物を『刺し貫く棘』(ピアッシングニードル)で倒した。


 普段は一瞬で息の根を止めているが、今回はほんの少しだけ手加減したので、村の近くから魔物の断末魔が聞こえてきた。


「私は午前中は作業を手伝い、今も村の周りにいた魔物を二体討伐した。……今日のお前たちは村のために一体何をしたのだろうな?」


 二人は答えない。


 ――否、答えられない。何もしていないから。


「それは平民を蔑ろにし続けるリヴェール領の大半の貴族たちにも言えることだ。価値を示せない者は価値のある者に取って代わられるのだという想像力すら働かない愚か者どもに、私は酷い嫌悪感と吐き気を覚えるよ」


 領主夫妻はそういった貴族どもを排除し、自らも表舞台から退場しようとしている。


 目の前の彼女もその愚か者どもと同じなのだろうか。


 私は……そうだとは思いたくはない。まだ若いのだから今からだって変われるはずだ。


「――フェリシア様」


「……はい」


「領主様からの命を全うしようとするのは大変結構ですが、村人たちに対して価値を示せていない以上、彼らから何か言われても仕方のないことです。それが嫌なのであれば――――」


「せめて寝床と食事分の価値を示せ、ということですね……?」


 満点の回答に対し、これまでの険しい雰囲気を消し去って満足げに頷いてみせる。


 私の言いたいことを理解してくれたようで何よりだった。これでまた「何故平民に何かしてやらないといけないのか」などと言い出していたらもう匙を投げていたかもしれない。


「でも……」


 しかしそれでもフェリシア様の表情は相変わらず暗いままだ。


「私はこの村で何が出来るのでしょうか……。環境が違いすぎて、これまでに身に付けた技能や知識が役に立つ気がしません……」


 礼儀作法や刺繍、ダンスといった貴族令嬢としてのスキルも、学園で身に付けた知識も、この狭い村の中で活かすのは難しいと言いたいのだろう。


「難しく考えすぎです。……そうですね、ではこうしましょう」


 私はこの時間、いつも村の広場で遊んでいる子供たちに声を掛ける。


 何事かと興味津々で私の元へ集まってくる子供たち。


「レオナ様、どうしたんですか?」


「みんな両親に仕事を任されているのでしょう? 纏まって順番にそれらをこなしているって聞いているわ」


 大人が外壁の作業に手を取られているため、生活に必要な作業のなかで比較的簡単なものを子供たちに手伝ってもらっているのだそうだ。子供たちは得意げに頷いてみせる。


「それに彼女も混ぜて欲しいの」


『えぇ~……』


 素直に思ったまま、私の提案に難色を示す子供たち。


 露骨に嫌がられてフェリシア様も侍女頭も顔が引きつっている。


「彼女も村のみんなの役に立ちたいんだって。そう思ってくれている人に意地悪なことを言うような悪い子なんてここにはいないはずよねぇ?」


 私にそう言われて慌てて口を噤む子供たち。とても素直で可愛らしい。


「その代わり、このおばさんがみんなに読み書き計算とか丁寧な言葉遣いを教えてくれるわ」

「おば……!」


「それって何か意味あるの?」


「ちゃんとした言葉遣いが出来る人なんてこの村の大人でもきっと数えるほどしかいないわ。それが出来るようになれば、大事な場面で重宝されるようになるわよ」


「おお~!」「すげ~!」


 平民の中では商売や普段貴族と接する機会のある人々くらいしか持ちえない技能なのだから、どこかで必ず役に立つはずだ。


 大人たちを出し抜ける要素を見つけた子供たちは完全に乗り気になっている。


「……あとはフェリシア様次第です」


「はい、ありがとうございます……!」


 最初は子供たちの反応の変化に戸惑っていたフェリシア様も覚悟を決めたようだ。明るく元気にとはいかないけれど、お嬢様らしさの限界まで力強く返事をしている。


「貴女も、主の顔に泥を塗るような真似はしないように。身分を持ち出すのは禁止。怒鳴ったりはせずに、彼らを貴族の子息だと思って丁寧に指導なさい」


「………………畏まりました」


 侍女頭も私や騎士たちと身分への意識は違えど、仕える者としての忠誠心は本物だと思う。フェリシア様さえ頑張っていれば彼女も文句は言えないはず。あとは本当にフェリシア様次第だ。


(さて……どうなるかな……)


 私は子供たちと共に遠ざかっていく二人の背中を眺めながら、外壁作業を再開するために立ち上がった。



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