表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/158

115.イェラ村

 翌朝、集合場所に本当にフェリシア様とその侍女頭の姿があったことに脱力する私。フェリシア様が来るのを拒んでくれないかなという淡い期待は簡単に砕け散ってしまった。


 騎士団の人間だけであればイェラ村までは空を飛ぶか、誰かの馬に二人乗りさせてもらおうと思っていたのに、無駄に人数が増えたせいで馬車まで用意されている。


 ここに御者まで増えるとなると護衛するのも面倒なので、急遽ウィリアムとハロルドに自分の馬を馬車に繋いでもらい馬車を任せることにした。




 いざ出発してもグラシアールまでの道中までとは違ってデボラ様もいないので、出発しても馬車の中では一切の会話はなく、空気は最悪だ。その馬車を引く馬たちも慣れない面子でなんだか引きづらそうな感じが伝わってくる。


 舗装されてもいない道を進んでいるのもあって揺れも酷く、とにかく色んな面で居心地が悪い。


 魔物の襲撃などで気分転換が出来れば良いのだけど、他の四人が頑張ってくれているおかげで私の出番はない。とにかく退屈な時間を馬車の中で過ごす羽目になってしまった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 フェリシア様がいるので無理は出来ないため、途中でいくつかの街を経由しながらゆっくり進み、結局一週間かけてようやくイェラ村に到着する。今の時間は日が暮れるよりは少し早いくらいだ。


(ふあ~…………んっ!?)


 素早く馬車から降り、人目も憚らずに大きく伸びをしながら目的地に目をやると、木々に囲まれたぼろぼろの村の入り口らしきものが視界に入ってきた。


 その荒れた様子に嫌な予感を覚えた私は、皆に馬の始末などを任せてすぐさま駆けだした。


 簡素な門をくぐるとそこには古びた家が立ち並んでいて、とても静かで賑わいなど一切感じられない。


 その荒れた様子からまさか住民は既に全滅しているのではと想像してしまったけれど、少し離れた場所にある畑で男たちが疲れ切った表情で農作業をしている姿があったので、どうやらそれは勘違いだったようだ。


 私はひとまず胸を撫でおろした。


 しかし村には活気というか生気があまり感じられないので、状況は良くなさそうだというのは容易に伝わってくる。


 とにかく話を聞こうと私は畑の方へと向かって歩きだした。途中で他の者も追い付いてきて、七人揃った状態で村人に話し掛ける。


「作業中にすまない、騎士団の者だ」


「……お貴族様が何の用だい」


 農作業中の男は興味なさげにこちらをちらりと見ただけで、手を止めずに自身の仕事を続けている。


「現在リヴェール騎士団と王国騎士団で領地内を手分けして魔物の討伐を行っているのだ。我々がイェラ村周辺を担当することになったので、この村の責任者から話を聞きたい。……案内してもらえるだろうか?」


「散々放置しておいて何を今更……。一番奥の少し大きめの家が村長の家だ、行きたきゃ勝手に行け」


 男の投げやりな発言に隣のフェリシア様と侍女頭、特に侍女頭の方が不快感にハッキリと顔を歪めている。


「……そうか、ご協力感謝する」


 そういったものを一切無視して、私はその村長の家らしきものへと歩を進める。それなのに腹の虫が治まらないのか、侍女頭が鼻息を荒くしながら横から話しかけてきた。


「何故あのように言いたい放題にさせているのですか!? 相手は平民で明らかに不敬ですのに、どうして見逃されるのです!」


「何故と言われても、ただの事実だろう? まだ何も成していない癖にそんなところだけ(あげつら)い怒るなど、私には恥ずかしくてとても出来んよ」


 貴族がちゃんと平民のことを考えて動いていれば、向こうも相応の態度を取ってくれるものだ。南隣のバーグマン領なんて良い例ではないか。それが全く出来ていないから、あのような態度になるというだけの話だ。


 ……まぁ相手次第では本当に殺されてしまいそうなので、あの男性ももっと自分を大事にして欲しいとは思う。気持ちはわかるけど。


「……ッ!?」


 私に恥ずかしい奴だと言われ顔を真っ赤にした侍女頭は怒りの矛先を失い、大人しくフェリシア様の傍へと戻っていく。


 その様子を後ろで見ていたハロルドやミーティアが鼻で笑っている。


 王都で平民に慣れた騎士からすればあの程度はなんでもないし、たとえ無礼であっても私が怒っていないのだからと呑み込むことだって出来る。同じ貴族でも彼女らとはまるで違うのだ。




 村人に言われた通りに、村の奥にあった一回り大きな家に辿り着いた。


 その扉をノックして声を掛けてみる。


「村長殿はおられるか」


「…………どちら様でしょうか?」


 扉を開けて出てきたのは訝しげな表情をした中年女性だった。


「騎士団の者だ。この辺りの魔物を討伐するにあたって話を聞きたい」


「…………少々お待ちください」


 女性は先程の男同様、私たちに特に驚くこともなく扉を閉めて家の中に引っ込んでいった。そして確認が取れたのだろう、再び扉を開けて私たちを中へと招き入れた。


 ガタガタと揺れる木製の椅子に座って待っていると、家の奥から見るからに高齢の老人が杖を片手に、もう一方の手で柱や壁に手をつきながらゆっくりと姿を現した。


 そのまま中年女性に手伝われて椅子に座った老人は一息ついてから口を開いた。


「私が村長のダグラスでございます。皆様は騎士団の方だと伺いましたが……」


 その声は正直かなり聞き取りづらい。ただ意識や耳はまだしっかりしているようなので話をする分には問題なさそうだ。


「そうだ。私はレオナ・クローヴェル、王国騎士団で騎士長を務めている。現在リヴェール騎士団と共に領内の魔物討伐を行っており、我々がこの村の周辺を担当することになった。そのうえで村の人間から話を聞きたくて村長殿を尋ねた次第だ」


「それは本当ですか……?」


 疑う理由がわからず、つい首を傾げてしまう。


「嘘をついてどうするというのだ……?」


「あ、いや失礼……。この村に騎士様が来られるなど、もう何年振りになるかと思いましてな……」


「……ちょうど十年振りですね」


 中年女性が横から補足してきた。これも年々魔物が増加してきているというのに、もう十年放置していたくせにという意味が込められているのがその声色から察せられた。


(十年……!?)


 その数字に思わず目を見開いて驚愕する私。


 リヴェール騎士団の面々は数は少なくても、みんな真面目な者ばかりだった。完全に十年間放置していたとは考えにくい。


 これは想像でしかないけれど、魔物の討伐をしなければと逸り過ぎて、村を訪れて村人たちとコミュニケーションを取っていなかったのではないだろうか。


 折角仕事をしているのに、それが周囲に認知されていないというのはとても勿体ない。グラシアールに戻ったら一度確認を取って、もしそうであったなら言って聞かせないといけない。


 とりあえず今は私がいない時の話を非難されてもどうしようもない。私にとって大事なのはこれからどうするかの方だ。


「突き放すようで悪いが、それに関しては王国騎士団の我々に言われても仕方のないことだ。……だがこうして来た以上は全力で事に当たることを誓おう」


 私は威圧しないように、本気であることが伝わるように二人をじっと見つめる。


 村長殿も中年女性も「信用出来ないし、したくもないが、状況的にせざるを得ない」といった感じのようだ、最終的にはその首を縦に振ってくれた。


「……それで何をお教えすれば?」


「とりあえず村の現状と、怪我人の有無だ。あぁあと寝泊まり出来る場所があるとありがたいが、無いなら作れば良いし、それすら許されないのであれば別に野宿でも構わん」


「野宿ですって!? フェリシア様に野宿させるおつもりですか!?」


 また侍女頭が我慢出来ずに噛みついてくる。まさか自分たちが歓迎され、もてなしてもらえるとでも思っていたのだろうか。


 どこまで頭の中がお花畑なのだと私も思わずため息が出てしまう。


「まさかその覚悟もないのについてきたなどとは言いませんね? フェリシア様」


 侍女頭に構わず、私が問いかけてもフェリシア様は答えない。ただその顔には出来ればしたくないと書いてあった。そんなもの誰だってそうに決まってるでしょうよ。


「……ふん、野宿が嫌なら馬車で寝泊まりすれば良いでしょう」


「あの……」


 その控えめな声がした方向を向くと、村長殿が何か聞きたそうにしていた。


「フェリシア様というと、領主様の……?」


 どうやらそもそも気付かれていなかったようだ。


「そうだが……まぁ彼女はおまけのようなものだ、敬いたければ好きにすれば良い。別にしなくても其方らに不利益になるようなことは私がさせないが、暴力だけは許さん。そのように村人に周知させておいてくれ」


「は、はぁ……」


 侍女頭が般若のような顔をしているけれど、実際おまけなのだから仕方ない。


 私は心の中で溜め息をつきながら、村長殿を促して必要な情報を聞き出していく。


 そしてそれが済んだら怪我人のいる家へと案内してもらう。そこには魔物を相手にする男性はもちろん、農作業や水汲みといった屋外での作業中に魔物に襲われた女性や子供も数多くいた。


 各家庭を超えてフォローし合うも、被害者が増えてきて村全体の負担が大きくなっていたようだった。私が魔法で癒すと怪我人たちは村長殿に「世話を掛けて申し訳なかった」と謝罪している。


 癒してるのにこちらにもっと感謝しろと言いたげな侍女頭。フェリシア様も我々を殆ど意識していない村人たちに困惑している様子だ。


「まだ我々のことはあまり信用ならないとは思うが、とりあえず聞いてもらいたい」


 私は村長殿に頼んで一箇所に集めてもらった村人たちに語りかける。


 村人らがこちらを見る目は最初の男性のように不信感が前面に出ていて、まるで初めて指南役として騎士団で挨拶した時のようだった。


「我々が来たからには魔物の相手は全て任せてもらって良い。夜は警備の者を立てる必要も、怯えて眠る必要もない。ひとまず其方らにはよく食べ、よく眠って英気を養ってもらいたい」


「……あんたらで戦えそうなのは五人しかいないじゃないか。それで村ひとつを守るなんて出来るのかよ?」


 小さな村とはいえ住人は二・三百人はいる。それに対して護る側が五人となると確かに不安になるのも無理もないだろう。


「実際のところ、こと魔物討伐に関して言えば私一人でも全く問題ないレベルだ。他の部分で人手も必要になることもあるし、流石の私も何日も睡眠が取れないと倒れるのでそこまではやらないがな。これでも村に到着してから既に十体ほど魔物は倒している」


 私の発言にどよめく村人たち。


 それどころかウィリアムたちまで「マジかよ」といった顔をしている。


「ウソだろ、そんなの! 今連れの兄ちゃんたちまで驚いてたぞ!」


 何でみんな今更驚くのだろうか……。しっかり拾われて突っ込まれているではないか。


(もう、仕方ないな……)


 私はツッコミを入れてきた最前列の男性の座っている足元に『刺し貫く棘』を発動してみせる。他の村人からも見えるように少し大きめの棘だ。


 あと五十センチほどズレていたら貫かれて死んでいた男性は目を見開いたまま固まってしまった。


「私はこのように位置さえ掴めれば武器を振り回す必要すらないのだ。これでも疑うようなら、外が明るくなってから村の周囲を確かめてみればいい。これで貫かれた魔物の死体が見つかるだろう」


 勝手に遠出などされない限り村人の安全は確保出来る。なのでこちらを信用してもらうことに関しては別に急ぎはしない。


 すると、ウィリアムが一歩前に出て口を開いた。


「このお方は王国騎士団の騎士長であると同時に『いばら姫』という二つ名のS級ハンターでもある。あのレッドドラゴンですら一撃で葬ってしまえる超が付くほどの凄腕だ、安心してくれ」


「『いばら姫』!? ってことはアンタ、エイミーやダリアと知り合いかい!?」


 ウィリアムの言葉に五十代くらいの女性が反応して声を上げた。


「たまに一緒に酒を飲む仲だが……」


 素直にそう答えると、村人たちの表情が一気に明るくなっていく。


「そうかい、そうかい! アンタが『いばら姫』なんだね!」

「あいつらの手紙にあった例の別嬪さんだってんなら安心だな!」


「ということはここが彼女らの……?」


「そうさ! イェラ村へようこそ! 村の同胞のお仲間とありゃ歓迎するぜ!」

「あいつらたまにしか手紙寄越さねぇもんだから、色々話聞かせてくれ!」


 確かに女子会の時にダリアが北の端の田舎とは言っていたけれど、まさかこの村だったとは。


(いやはや、世間は狭いね……)


「俺たちだけじゃ受け入れられるまでに時間が掛かりそうでしたので助かりました……」


 これまでの緊張を解いて楽しそうにしている村人たちを眺めながら、安堵の息を吐いているウィリアム。確かに私がハンターをやっていなければこんな流れにはならなかっただろう。


「今回みたいな最初から印象がマイナスだった場合は特に難しいわよね……。最近はもう殆ど活動していないとはいえ、ハンターやってて良かったわ」


 あの二人と知り合いだと判った途端にこれだ。それだけ村人と貴族とは物理的にも、心理的にも距離があったということなのだろう。


「――本当、何が役に立つか分からないもんだな。俺もいっちょハンターやってみようか……」


 横でハロルドがそんな独り言を漏らした。


 おそらく今後の為になるなら何でも経験しておきたいという意味の言葉なのだろうけど、ここは経験者としてちゃんと言っておかなければならない。


「私はこの魔力があったからガンガン依頼をこなして屋敷を維持出来たけど、普通は厳しいわよ。マール様に苦労させたくないなら止めておきなさい」


「……今のは聞かなかったことに」


 一瞬で取り下げたハロルドについ笑ってしまう。


 何にせよ、これで円滑に計画を進められそうで本当に良かった。


 王都に帰ったらあの二人にはお礼に何か贈っておこう。


 かけがえのない経験と縁なのだ、大切にしないと罰が当たる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ