113.リヴェール騎士団
ネイサンに案内されて騎士団の寮を目指して歩いていると、途中で訓練場の脇に出た。そこには王都と同じように騎士たちが集まって訓練をしていた。
こちらの団体に気付いた中年男性が号令を掛け、騎士たちが目の前に整列していく。この薄いオレンジ色の短髪にまばらに白髪が混じったちょび髭の男性が団長のようだ。
「遠路はるばる御足労いただき、騎士団一同感謝の言葉もございません。私はリヴェール騎士団の団長を務めさせていただいております、ルバード・ロンサールと申します」
「王国騎士団の騎士長のレオナ・クローヴェルだ、よろしく頼む。いきなりで悪いが、これで全員なのか……?」
目の前に整列しているのはたったの三十人。応援として派遣されてきた自分たちとそう変わらないとあって、確かめずにはいられなかった。
「……お察しの通りです。本日到着されると聞いて、出ていた者も全員招集しています。あまりの少なさにさぞ落胆されたことでしょう」
「あぁいや……大変な状況だというのはこれ以上ないほどに伝わってきた。むしろ今まで良く頑張っていたと称賛したいくらいだ」
「……有難いお言葉で。しかし結局は応援に来ていただいている始末ですので、素直に喜んで良いものやら……」
当人たちからしてみれば歯痒いのだろう、ルバード殿も整列している面々も、みんな苦々しい顔をしている。一方の私はそんな彼らへの好感度がどんどん上っていく。
「――いいや、良くやっているよ。周囲に理解者の少ない中でも腐らず、理想を高く持って活動している其方らは実に好ましい。私も微力ながら、その一助となれるよう尽力すると誓おう」
彼らには胸を張ってもらいたい。私は微笑みかけ、後ろに控えていた特務のメンバーを振り向き見る。みんなやる気に満ちた顔で頷いてくれている。
それを見たリヴェール騎士団の面々は瞳を潤ませながらも、美しい動作で敬礼をしてみせた。……良かった、彼らとは上手くやっていけそうだ。
「早速だが寮の部屋を確認ののち、今後の打ち合わせをしたい。会議室の準備を頼めるだろうか?」
「お任せください!」
とても良い返事が返ってきたので安心して任せ、私は案内の続きをお願いするべくネイサンに向き直る。
「……ではネイサン」
「畏まりました、こちらへどうぞ」
訓練場を通って寮へと入っていく。その作りは同じ国の施設だけあって王都の寮とそう変わらない。最初に私、以降の騎士たちは廊下に並ぶ部屋を順番に宛てがわれていく。一フロア丸々私たちだけで使うようだ。
騎士たちに三十分後に会議室に集まるように言い渡して自室に入り、ようやく一息つくことが出来た。上着などを脱ぎ捨て大きく伸びをして、馬車での移動で凝り固まった身体をほぐしていく。
そうしてベッドに寝転がっているとあっという間に時間が来てしまう。身体の力を抜ける唯一の空間を名残惜しみながら身だしなみを整え、会議室へと向かった。
会議室には先程の顔ぶれが全員揃っていた。
「さて、それでは今後の活動についての打ち合わせを始めよう」
リヴェール公爵領はとても広い、たった五十名強で回していくのは大変だ。その全員が一箇所に纏まって動いていては追い付かない。
「王国騎士団は私を除いて全て二人一組のペアを最小単位として、三組をひとつの隊としている。二十三名で私の隊だけ五名、他は六名ずつで動いていく予定だ」
行方不明事件の時には私がジャイアントホーネットの処理に向かったせいで、誘拐されているミーティアを追跡するレベッカにかなりの負担が掛かってしまった。
あの時は女性騎士だからとあの二人だけを連れていかずに、もっと多くの者に声を掛けていればあそこまで危うくはならなかったはずだ。
この反省を踏まえ、ペアを複数用意して三重にフォローし合えるようにすることで、私が居ないところでも安定した行動が出来るように考えた結果がこれというわけだ。
「こちらの四隊とリヴェール騎士団の皆で領内をある程度地域ごとに区切って、それぞれ分担していきたいと考えている」
「なるほど……承知致しました。では――」
ルバード殿がリヴェール領の地図にざっくりと線を書き込んでいく。
「公爵家の護衛役として最低限残す人員を除外した上でこちらも同様に六人で隊を組むとして……各地の町や村を起点に全部で八つの地域に分けましょう」
「……うむ、我々はグラシアールから離れた地域で構わない。任務は魔物の討伐であって要人の護衛ではないのでな。采配は其方に任せても良いだろうか?」
「よろしいのですか……?」
ルバード殿は地図に視線を落としていた顔を上げて、意外だと言わんばかりにこちらに問いかけてくる。
「私はこの地に関しては詳しくはないし、其方らをとっくに信用しているので変に遠慮する必要はない。私はギルドの支部すらない、魔物の多い地域で構わない」
私の言葉にまた少し泣きそうになっているルバード殿。単に適材適所だと言いたいだけなのだけれど、まぁこの際気にしないでおこう。
「ご配慮痛み入ります……! では、クローヴェル卿には領地で最もグラシアールから遠いイェラ村を中心とした地域をお願い致します」
そう言って地図で指し示されたのは中央山脈の麓、領地の東端にある村だった。グラシアール自体が海に近い、国の北西角と言って良い位置にあるので領地の西の端から東の端まで移動しなければならないようだ。
「了解した。遠い場所をこちらで抑えてしまえば、ハンターたちの移動距離も減って依頼の回転数も上がる。そうなれば騎士団側も楽になるだろう」
当然私も経験があるけれど、依頼をこなす上で最もネックなのは移動だ。ハンター側も出来るだけ近場にしたいし、大きな街から離れた場所では依頼を出す側も報酬が安いとハンターが来てくれなくなるため金銭的な負担も大きい。大変な状況なのにハンターが来ないとなるともう目も当てられない。
「クローヴェル卿」
ここで突然、後ろに控えていたネイサンが口を開いた。そもそも彼がこの場に残る必要はないはずだとは思っていたので、何事かと振り向いた。
「……何か?」
「ゲオルグ様とデボラ様より『任務にはフェリシアを同行させて欲しい』との言付けを預かっております」
「はぁっ!?」
その予想外の発言内容に思わず変な声が出た。
こちらからすれば彼女は戦闘の訓練もしていないただの一般人でしかない。私の傍にいれば魔物がいても安全とはいえ、イェラ村や外の環境に耐えられるかもわからないし、居たところで気を遣うだけで正直に言って邪魔なだけだ。
私は魔物とロクでもない貴族共を排除するために来たのであって彼女のお守りをしに来たのではないのだ。「はい、わかりました」と簡単に頷くには納得がいかない。
「断る。ついて来られても邪魔なだけだ」
「大旦那様方は『彼女はいずれ必ず卿の役に立つ』と仰っておられます」
こちらが嫌がると予想していたようで、ネイサンも特に焦りもせずに言葉を付け加えてくる。
(彼女が役に立つ……?)
平民のことを何も考えていない人間が向こうで何の役に立つというのだろうか。
公爵様たちの意図が読めず、口元に手をやりながら考え込む。
しかし少し考えたところで役立っているビジョンが何も浮かばない。同じ一人なら平民の使用人でも連れて行った方がよほどマシのように思える。
ちらりと王国騎士団の面々に視線を向けてみても、みんな「何を言ってるんだか」とか「邪魔をするな」と言わんばかりに呆れていた。
(一応成績優秀らしいから何か変わった技能でもあるのかしら? ……まぁ役に立たないなら放っておけば良いか。向こうから言い出したんだしそのくらいの覚悟はあるでしょうし)
正直期待はしていないけれど、向こうも折れなさそうなので仕方がない。
「――なら『向こうで一切文句を言わないと約束させられるのであれば』と伝えてくれ。元々我々の任務には含まれていないのだから、それが最大限の譲歩だ」
「畏まりました、ではそのように伝えて参ります」
ここにはその為だけに残っていたようで、彼はすぐに会議室を出ていってしまった。
「余計な横槍が入ったが……まぁ良い。では他の隊は――――」
その後は気を取り直して残りの者たちも各地域に振り分けて、他にもいくつか取り決めを設けたりしたりして、ひとまず今回の会議を終えた。




