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112.敵地へ

 いよいよリヴェール公爵領への出発の日がやってきた。


 派遣に参加するのは私を除いて二十二名、全員特務騎士団の人間だ。信用出来る彼らには事前に今回の派遣の目的がただの魔物討伐だけではないことを伝えた。私がデボラ様の要望を受け入れたせいで彼らの仕事が増えてしまうわけなので、ここはちゃんとしておかないといけない。


 領地への移動はデボラ様たちやその使用人と一緒に行う。あちらはあちらで騎士ではないけど護衛もいるので、最低限を残して皆には先に出発してざっくりと道中の魔物を蹴散らしてもらっている。


 私はデボラ様とフェリシア様の馬車へ乗り込み、ウィリアム、ハロルド、レベッカ、ミーティアのいつもの四人がそれぞれ馬で追従する。正直私もフェリシア様と一緒の馬車になんて乗りたくないけれど、私の立場的な問題と、馬に乗れないという点を考えるとこうするしかない。


 以前ほど一人で自由に飛び回れる機会も少なくなったし、他人に歩調を合わせないといけない場面が増えた。いい加減私も本格的に馬の乗り方を覚えるべきなのかもしれない。


 そして当のフェリシア様はというと、デボラ様と一緒だというのに以前の夕食の時ほど口数は多くはなく、何故か時折こちらのことをじっと観察するような視線を向けてくる。


 あれだけ面と向かって色々と言ったにも関わらず、相変わらずその瞳には敵対心のようなものが感じられず、私が視線に反応するとサッと視線を外される。こちらとしてはもっとハッキリと嫌われているものと思っていたので意図が読めず、とても居心地が悪い。


 それを気遣ってか、デボラ様がちょこちょこと話を振ってくれているお陰で馬車の中の雰囲気はまだ何とかなっているといった感じだ。




『ヒヒイィィィィン!』


 バーグマン領との境にある山を越え、ようやくなだらかになってきた辺りで異変が起こった。馬車を引く馬が暴れ、急停止したのだ。


「矢です! 矢が飛んできました!」


 御者が慌ててこちらに報告してくる。


(さっそく来たか……)


 事前に領地には帰還の日程を手紙で知らせてあるとデボラ様が言っていたので、こちらの位置は筒抜けだ。予想通り移動途中を狙ってきた。


 私が王都の外にいて、空も飛ばずにのこのこと移動している状況というのも今では珍しい。手荒な行動に出るのであれば狙いどころに見えるだろう。……もっとも、私に対して実力行使を選択すること自体がそもそもの間違いなのだと理解はしていないようだけれど。


 大領地とはいえ情報の伝わりづらい僻地で、騎士を蔑ろにして戦いというものへの理解が浅いせいで私の力量についても過小評価しているようだ。


 同じ王国騎士団にいたホセ殿ですら最初は酷いものだったのだから、頭に幾重にもフィルターが掛かっている連中であればそうなってしまうのも無理はないのかもしれない。ただその軽率さは次期公爵として見れば失格だろう。


 私は馬車内の席から腰をあげ、フェリシア様の隣に座っている侍女頭に話し掛ける。


「フェリシア様が何も見ないよう視界を塞ぎ、私か開けても良いというまで貴女も目を瞑りなさい」


「……は、はい」

「何故私だけ……!?」


 すぐさま侍女頭に目隠しをされたフェリシア様が抗議してくる。


「これから目の前に広がる凄惨な光景を見て気分が悪くならないように、これでも貴女を気遣っているのですよ。それでも見たければ自己責任でお願いします」


 そうとだけ伝えて私は馬車を降り、矢が飛んできたであろう方角を向いて待ち構える。


 するとそこら中に転がる大きな岩の裏や、奥に広がる森からぞろぞろとガラの悪い連中が姿を現してきた。数は四・五十人はいるだろうか、よくもここまで大勢で隠れていたものだ。


「……お前が『いばら姫』だな? 悪いが俺たちと一緒に来てもらうぜ」


 その中で少しだけ身に付けている装飾品が他よりも豪華な男が私に話し掛けてくる。


 しかしその内容に私は思わず溜め息が出てしまった。こんな場所ではっきりと私を名指しで待ち構えているなんて、そこいらの野盗ではない、誰かしらの息の掛かった者だと宣言しているただの馬鹿ではないか。


全てを見透かす波紋(クレアボヤンス)


 私はその言葉を無視して敵がこれで全てなのかどうか周囲を確認する。


「あん? 何してやがんだお前………………ッ!?」


 男は言葉の途中で息を呑み、周囲を見回した。


 こちらを囲んでいた者は全て岩の棘に心臓を貫かれて絶命していることに気が付いたのだ。


「死ぬ前に知っていることを洗いざらい話してもらおうか。……向こうの騎士団でゆっくりとな」


 彼我の力量の差を目の当たりにした男は一瞬で蒼白になり、後ずさりを始める。


「ま、待て……話せばわかる! 頼むからやめてくれ! うぎゃああああああ!!!!」

「足が! 足があああああああ!!」


 目の前の男の足を『刺し貫く棘』(ピアッシングニードル)で貫くと同時に、男の後ろの森からも同じように苦痛の混じった声が上がる。『全てを見透かす波紋』で周囲を探った際にひとりだけ、姿を現さずに森の中で様子を見ていた者がいたからだ。状況的に無関係など有り得ないのだから逃しはしない。


「拘束具を持ってこい! 二人分だ!」


「はっ!」


 馬から飛び降りたウィリアムとハロルドが奴らを拘束し、傷を癒してから連れてくるのを待っていると、私の聴力強化をしていた耳が背後の馬車の中の声を拾った。


「お婆様……悲鳴が……。外では一体何が起こっているのですか?」


「……クローヴェル卿がたった一人でこちらを取り囲んでいた連中を返り討ちにしたのよ。悲鳴は敢えて残されたリーダー格の男を捕えるために動けなくした時のもので、他の者は全員悲鳴すらあげられないほどに一瞬で……地面から伸びた棘に串刺しにされたわ……」


「……ッ!?」


 フェリシア様は言葉を失い、震えた声で説明していたデボラ様も大きく深呼吸している。流石に騎士団に所属していない人間にはこの光景は刺激が強すぎたのだろう。


「これが『いばら姫』……か……」


 デボラ様がぼそりと呟いた。ようやく誰に何の依頼をしたのか理解してくれたようだ。


 ――それでいい。私にだけ押し付けるな。


 いくら国の為と言えども私の力を利用しようとしているのは事実なのだから、目の前の現実から目を背けず、共に背負ってもらわなければ。私が馬車のカーテンを閉めずに貴女に目を瞑れと言わなかったのはそういうこと。


「移送の準備、完了致しました」


「よし、出発するぞ」


 ウィリアムが報告にきたので私も頷いて再び馬車へと乗り込む。


 目を瞑りながらも、こちらの気配に気づいたフェリシア様と侍女頭が少し身構える。怯えられるのも無理はないので私は敢えて気にしないようにして座席に座り、窓に取り付けられているカーテンを引いた。


「もう目を開けても良いですよ」


 刺激しないよう目を閉じ、腕を組んでただ静かに座っている私に、向かいに座る二人の視線が集まっている感覚がある。


「……随分あっさりと人を殺すのですね」


 馬車が再び動きだしてからしばらくしてフェリシア様がぽつりと呟いた。


「相手の狙いは私でした。つまり意図して貴族に牙を剥こうとしていた。……殺されて当然でしょう」


 敵であれば容赦はしない。私の中の「強者の筋」はブレてはいないし文句は言わせない。


「……冷たい人」


 蔑む意図が有りありと含まれたその言葉に心の中で舌打ちをする。


 私も目を瞑っておいて良かった。でないと目の前の女性を睨み付けていただろう。


「リヴェール領の貴族にだけは言われたくありませんね」


 魔物を平民に押し付けて苦労させておいて、自分たちは楽しく暮らしている人間に言われたところで全く心に響いてこない。まさにどの口が言っているのだといった感じだった。


 人の生き死にに関してだけしゃしゃり出てきて人情味を見せるな、背負う覚悟もない癖に。


 きっと綺麗な部屋で見たくない物、関心のない物は遠ざけて、大事に大事に育てられてきたであろう人には、泥臭くとも犯罪に走らずに懸命に生きている者の苦労も、『刺し貫く棘』を遂に人に向けて使ってしまった私の気持ちも理解なんて出来ない。


 本当にこの人とは価値観が合わない。話すだけ無駄だ。


 私は目を閉じて腕を組んだままの体勢を崩すことなく口を閉ざし、馬車内でのやり取りを拒絶する。流石にデボラ様も察してくれたようで、それ以降こちらに話を振られることはなかった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そしてようやくリヴェール公爵領の都市グラシアールに到着した。王都エリーナ、ウェスター公爵領エルグランツに並ぶ、ローザリア三大都市のひとつだ。


 私も来るのは初めてなので、馬車の窓から外の様子を眺めてみる。規模は同じくらいでもどこか上品な雰囲気のある王都ではなく、エルグランツやフュレムのような活気のある様子が伺える。冬は大量の雪に埋もれてしまうこの土地では、冬の気配が消え去ってこれから夏へと向かっていく今の時期が最も盛況なのだという。


 ただそこにはエルグランツのように街を巡回している騎士の姿はない。その代わりに名前まではわからないけれど、明らかにハンターだろうなという格好をした人々と沢山すれ違っている。


 話で聞いているこの領地の現状が、この小さな窓からでもはっきりと見て取れる。


(ん……? あれって……)


 行き交う人混みの中に、ふと見覚えのある者たちが見えたような気がした。しかしそれを確かめるために窓に齧りつくのは行儀が悪い。その間も馬車は止まることなく進み、結局それが本物かどうか確信を持つところまでは至れなかった。


(別にそこまで仲が良い相手でもないし、まぁいいか……)


 少しすっきりしないけれど、あまり気にしないようにしようと己を納得させる。




 そうこうしているうちに馬車は領主の城の門をくぐり、乗り場へと到着した。そこには城の迎えの者と一緒に、先行していた特務騎士団の皆が整列して私たちの到着を待っていた。


 長旅の疲れで大きく伸びをしたいのを我慢しながら馬車から降りる。気を抜いたら欠伸まで飛び出しそうだ。


 私は一層表情を引き締めて迎えの者に近づき、後から降りてくるデボラ様たちを待った。


「おかえりなさいませ、大奥様、お嬢様。そしてクローヴェル卿、ようこそおいでくださいました」


 そう言って出迎えたのはグレーの髪に薄い緑色の目をした初老の男性。バーネット家の家令であり、騎士団以外で領主夫妻の唯一の味方であるネイサン・ランスだ。既にデボラ様から説明は受けていたので一目でわかった。


「あぁ。しばらく世話になる」


「行きましょう、夫が待っているわ」


 荷下ろしをする使用人たちを残して、デボラ様とフェリシア様、ネイサン、その護衛数人と共に、私と特務騎士団の面々がぞろぞろと城の廊下を歩いていく。


 恐らくこれから向かう挨拶の場にはリヴェール公爵と一緒に、諸悪の元凶である息子夫婦がいるだろう。どんな面をしているのか拝見させてもらおうじゃないか。


 そう意気込むうちに自然と眠気も吹き飛び、鼻の奥あたりに居座っていた欠伸もどこかへ消えてしまっていた。




「ただ今戻りました、あなた」


「おかえり、デボラ。……フェリシアも」


 案内された部屋に入ると、リヴェール公爵であるゲオルグ・バーネット閣下が柔らかな口調で出迎えてくれた。その風貌は真っ白な髪に水色の瞳の老人で、長身のデボラ様よりも背が低い。


「王国騎士団を代表してご挨拶申し上げます。騎士長を務めております、レオナ・クローヴェルと申します。要請により、この地を魔物の脅威から護るため馳せ参じました」


「おぉ、其方が……よく来てくれた。何もないところだが存分に力を発揮できるよう、こちらも協力しよう。よろしく頼む」


 ゲオルグ閣下は私の挨拶に屈託のない笑顔で応えてくれる。


 デボラ様の旦那様なのだから王都で私に依頼したことを承知のはずなのだけれど、それをまるで感じさせない様子に私は逆に不安を覚える。


 閣下に続いて、今度はその横にいた男女が口を開いた。


「……サイモンだ。わざわざ遠いところからご苦労なことだ」

「カタリナよ。……精々頑張ってくださいませ」


 彼らがフェリシア様の両親で一応の次期公爵夫妻なのだろう。この興味なさげな発言だけで騎士をバチバチに見下してきているのが伝わってくる。それにデボラ様やフェリシア様には何の言葉もないとか何だコイツら。


 この態度をどう思っているのかとゲオルグ閣下に視線を向けると、そこには先程と変わらない笑顔の閣下の姿があった。


「任務期間中の諸君らには騎士団の寮を使ってもらうとしよう。残念ながら部屋には充分過ぎるほど空きがあるのでな。早速案内させよう」


「畏れ入ります。道中で捕えた襲撃者への尋問をしなければならないので、早めにここの騎士たちとの顔合わせを済ませたいと思っておりましたので助かります」


「そうか、既にそんなことまで……。それだけ民の生活が不安定になっている証拠だ、それも含めてしっかり頼む。――では、ネイサン」


「畏まりました」


 ゲオルグ閣下に指示されたネイサンに案内され、部屋を後にする。


 ――その瞬間、私の背中に一際強い敵意を含んだ視線を感じた。方向的にそれは次期公爵夫妻から向けられているのだと感覚的にわかる。


(この感じでは諦めてはくれないみたいね……)


 まぁこの程度で諦めるようであればこれまでに領主夫妻がどうとでも出来ただろう。彼らはまだ何も痛い目に遭ってはいないのだから当然か。……そう、末端の賊が五十人死のうが痛くも痒くもないのだ。


 リーダー風の男はともかく、森に隠れていた方の男は身なりも整っていて、より貴族に近しい人物であると期待できそうだった。公爵家の人間ではなくとも、その手足となる貴族の家の者から崩していけば良い。


 ――とにかく情報を得なければ。まだ焦るような場面はない。


 そう己に言い聞かせながら、公爵様の御前を後にした。




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