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106.★親善試合(シャルロット視点)

シャルロット視点、全二話です。

「あぁ……お美しいですわ……!」


 ウェディングドレスに身を包んだ私を、侍女たちが満面の笑みで褒めてくれる。


 今日は私の結婚式。朝からそれはもう慌ただしい。


 ただ周りが慌てふためいているからか、逆に私は落ち着いていられている。もちろん心臓はとても速く脈打ってはいるけれど、取り乱しまではしない。


 ――私はシャルロット・スヴァール・ローザリア。ローザリアの王族として意地でも晴れの舞台で情けない姿など見せるつもりはない。


「えぇ、本当に……。とっても綺麗よ、シャル」


「……ありがとう」


 護衛として後ろに控えているレオナも褒めてくれる。かつて絶世の美女と呼ばれた女性を母親に持ち、その美貌をしっかりと受け継いでいる彼女。同じ女の私でも思わず惚けてしまいそうな美しさと、騎士長として日々魔物と戦う勇ましさを併せ持つ彼女にそう言われるのは素直に気分が良い。


「レオナ、本当に大丈夫なの?」


「何がかしら?」


「この国の貴族たちに貴女の力を見せつける話よ」


 私は周囲から伝え聞いているだけで、未だに彼女の実力をはっきりとこの目で見たことはない。戦いに関しては完全に素人な私はドラゴンを一撃で倒したという話を聞いて凄いことだと理解はしていても、それが具体的にどれ程のものなのか、いまいちピンとこないのだ。


 数は力だとも言うし、ここにいる騎士団の人間全員を相手にするとなるといくらなんでも厳しいのではと思ってしまう。しかし本人はもちろん、ブリジットも、計画を聞かされた家族もみんな出来ると信じて疑わない。私にはそれが不思議で仕方がなかった。


「心配してくれるのは嬉しいけど……もっと私を信じてくれて良いのよ?」


 彼女は困ったように指で頬を掻いている。仕方ないではないか、これからやろうとしていることは成功すればリターンは大きいとはいえ、失敗した時のリスクも相応にあるのだから。


「……まぁ見ればわかるわ。この国の人間だけじゃなくシャルにも私が味方だという意味を噛みしめてもらうとしましょう!」


 口での説得を諦め、楽しそうに笑うレオナ。


「無理はしないでね……」


「えぇ。――ほらほら、シャルは自分のことに集中なさい。皆の前で躓いちゃったら流石の私もフォロー出来ないわよ?」


「誰が躓くものですか!」


 あまりにも低レベルな失敗を持ち出されて、つい声量が大きくなる。


(まさかレオナ……これまでにこけた経験でもあるのかしら……)


 励まされたはずなのに、なんだか逆に彼女が不安になってしまった。いつか来るお兄様との結婚式は本当に大丈夫だろうか……。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そして結婚式自体は滞りなく、思ったよりもあっけなく終わってしまった。


 一国の王として泣くのを我慢しているお父様とバージンロードを歩き、アレックス様と共に女神アルメリアに誓いを立て、指輪を交換し、口づけを交わす。


 それだけで私はシャルロット・スヴァール・ローザリアから、シャルロット・ファロス・リリアーナとなるのだから不思議なものだ。


 なんだかいつもの家族がこれまでよりも遠いものに感じられたけれど、みんなは別に何も変わっていない。変わったとしたらそれはきっと私の方なのだろう。


 一抹の寂しさを胸に抱えながら、この後の余興のためにウェディングドレスから別のものに着替えていく。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「これより此度の両国の更なる繁栄を祝い、今後の結束を強めるため、両騎士団による親善試合を行う!」


 こちらの王国騎士団の訓練場兼、闘技場に集められた騎士や観客たちの前でジョルダン陛下が挨拶を行う。他国の人間を交えて行うイベントなどローザリアでも滅多にないので、多くの人々が集まり、そして湧き立っている。


 私たち王族は円形の闘技場の外周の観客席ではなく、更に高い位置にある見物席からその様子を眺めている。


 そして護衛として一緒にローザリアからやってきた者たちが、こちらの騎士団の者と一対一で試合を始める。




 拡声の魔道具を使ってのお互いの挨拶から始まり、戦いの最中も実況がつくため、私のような戦いの素人であってもとてもわかりやすくて面白い。


「やはり豪傑で知られるアンドリュー陛下の治める国だけあって皆よく鍛えられているね……。今のところ勝敗数でいえばローザリアが優勢だ」


「数を見れば確かにそうですが、内容で見れば決して優劣に明確な差はないように思います」


 アレックス様が冷静に分析しているけれど、私から見ても実際お互いよく戦えている。どちらが勝ってもおかしくないような試合は沢山あった。


「ふふ……もうこちらの肩を持ってくれているなんて、やはりシャルロットは偉いね」


「買い被り過ぎです……」


 ただ素人ながらに見ていて思ったことを素直に述べただけだったのにアレックス様に褒められてしまった。嬉しさ半分、その意識が抜けていた恥ずかしさ半分で顔が熱を持ち始める。


 これではいけないと気合を入れて観戦を続ける。


 そうやってしばらく勝った負けたと楽しんでいると、突然アレックス様が声を弾ませた。


「おぉ、次は団長対決のようだ。楽しみだな!」


 期待に目を輝かせているアレックス様と一緒に見下ろせば第一騎士団団長のイボルグ・カーディルが闘技場の中心へ向かって歩いていた。


「……ということは、お相手も?」


「あぁ、彼が第一騎士団団長のハインツ・オランジェリーだ。そういえば先程の挨拶では自らを団長だとは名乗っていなかったかもしれないね。元から口数が少ない男なんだ」


 先程から立て続けに勝利しているリリアーナの第一騎士団の団長はもう六十近そうな銀髪の男性だった。


 視力強化をしてよく見てみればその眼光は鋭く、この場に居ないローザリアの騎士団総長であるデュラン・カーディルを思い浮かべてしまう。


「改めて見るととても強そうだわ。騎士団総長であるイボルグの父親を連想してしまうくらいに」


「流石だね、今なら彼はこちらの総長よりも強いだろう。つまりこの国で一番の強者だ。イボルグ殿がどこまで戦えるか見物だな」


 注目していた試合は結果から言えばハインツが危なげなく勝利してしまった。


 決してイボルグが弱かったわけではない、これまでの対戦者から見ても明らかに強かった。しかしそんなイボルグだからこそ、彼のどんな攻撃も華麗にいなして反撃していたハインツの技量が際立って見えた。


 これまでの相手ではハインツが手を抜いていたのだとハッキリわかる。これぞまさに熟練の技と呼べるものなのだろう。


「いやはや、面目ない……」


 次に戦うレオナと護衛を交代するために私たちのいる見物席にイボルグが戻って来た。


「流石に年季の差でしょうか、見事に捌かれていましたね」


「うむ……。こちらの剣術に比べてかなりお上品だが、ああまで洗練されているとなると厳しいものだな……」


 悔しそうなイボルグの肩をぽんぽんと叩きながら、レオナはお父様の元へ近づいていく。


「――では、行って参ります」


「あぁ。其方の価値を見せつけてやろうではないか」


 楽しみで仕方がないといった風のお父様にお辞儀をしたレオナは後ろの出口には進まずに、そのまま前へ歩いて見物席の縁に飛び乗った。


(えっ……?)


 私やリリアーナの王族たちがその行動に戸惑っていると、レオナはそのまま前に倒れるように宙に身を投げた。


 観客席からその様子を見ていた者たちからは驚きの声や悲鳴が上がり、私たちも思わず見物席の縁から身を乗り出す。


 飛び降りたレオナは空中を落下しながら華麗に一回転し、ふわりと戦いの場へと舞い降りた。


 恐らく着地の瞬間に魔法で風を起こして勢いを殺したのだと想像はついたけれど、それをこんな高さから、あれほど自然に行えるなんて考えられなかった。リリアーナの王族たちも唖然としている。


 そんな私たちを余所にレオナは闘技場の中央に歩きながら、身に付けていた帽子やコートを投げ捨てていく。彼女のその美しい姿をはっきりと認めた観客たちはざわめき、一部からは黄色い声まで上がり始めている。


 彼女はそんな空気の変化を気にも留めない様子で拡声の魔道具を受け取り、これまでの対戦者と同じように挨拶を始める。


「我が名はレオナ・クローヴェル。国王陛下より『魔導伯』の爵位を賜り、ローザリア王国騎士団の騎士長を務める者だ。巷では『いばら姫』とも呼ばれている。……以後お見知りおきを」


 良く通る声で淀みなく語るレオナには、冬の授業で冷や汗をかいていた頼りない印象など何処にもなかった。ただただ自信に満ち、勇ましく、気高いひとりの女性騎士がそこにいた。


「……ほぅ、その二つ名であれば風の噂で聞いたことがある。先程の第一騎士団団長殿よりも後に登場するとあればその実力に疑いなどあるまい。麗人の傑物と刃を交えることが出来るとは何たる僥倖。このハインツ・オランジェリー、全力でお相手致そう」


 彼女の二つ名はこの国にも既に届いているようだ。ハインツも彼女を相応の相手と認め、またその鋭い目で睨み付けている。


「良い試合を致しましょう。お疲れではありませんね、ご老体?」


「……抜かせ。準備運動にしかなっておらんわ」


 その視線に彼女は動じることもなく、どこか軽いやり取りに周囲からも軽く笑いが起こる。ふと後ろを見れば準備運動と評されたイボルグが苦い顔をしていて、私もおかしくてつい頬が緩んでしまう。


「シャルロットが国に着いた日にも思ったが、彼女は堂々としていて格好良いな」


 アレックス様が今のやり取りを見て、そう呟いた。


 それを聞いた私は何故かたまらなく嬉しくなった。彼女が認知され、評価されていくことが自分のことのように嬉しかったのだ。


「えぇ。美しくて、格好良くて、最強なのよ。レオナは」


「へぇ、君がそこまで言うなんてね。……楽しみだ!」




『始め!』


 いくらかの沈黙ののち、闘技場内に開始の合図が響いた。先に動いたのはレオナだ。素早く接近して連続して攻め立てている。ハインツはイボルグ相手の時と同じようにそれを全ていなしている。


 警戒しているのか、まだ反撃はしていない。


 それでもレオナは攻めるのを止めない。イボルグよりも素早い動きで斬り、払い、突き、肘や足も駆使して変幻自在に繰り出される彼女の攻撃をハインツが防げているのが不思議に思えたくらいだ。


 そうやってしばらく闘技場内に剣同士がぶつかる音が響き続ける。




 ――ふと、私はそこに違和感を覚えた。


「……レオナの攻撃の仕方、さっきからずっと同じのような?」


 右上から左下に向けて斜めに、次は左下から右に払うように、次は右下から左上に斜め上に、次は左上から右に払うように。これをずっと繰り返しているように見える。……一体いつからだろうか。


 これにはアレックス様も不思議そうな顔をしている。


「確かに……。しかしこれだけ単調ならハインツも容易に反撃出来そうなものだが……」


 イボルグはその反撃でやられたのだから今回もそうなってもおかしくないはずなのに、未だにそうはなっていない。その理由が良くわからなくて、視力強化を使いながら二人をじっと観察する。


(ハインツから余裕がなくなっていってる……?)


 歯を食いしばって力を込めているのに、いなしているはずなのに、身体がふらついている。


 ハインツは息を切らせ、しっかり汗もかいているのに、レオナはずっと涼しい顔をしたままだ。


「貴様……この一撃の重さ!! 一体どれだけ出力が上がっていくのだ……!?」


 ハインツがたまらず声を荒らげてレオナに問いかけた。それに対し挑戦的な目つきのまま、レオナは楽しそうに答える。


「貴方がついて来れなくなるまでよ!!!」


 それはつまり身体強化で腕力を強化して、真っ向から攻撃して、わざと相手に受けさせているということだろうか。


 その証拠にレオナの攻撃パターンは一切変わっていないにも関わらず、ハインツの体勢だけが大きく揺さぶられている。


「くっ…………ぬおおああああ!!」


 たまらずハインツが雄たけびと共にレオナが右上から左下、つまりハインツから見て左上から右下に斬りかかる瞬間に身体を左に逸らして、レオナの右半身に反撃を入れようと試みる。


 その瞬間――――


「……うごっ!?」


 何故か剣を振っていたレオナの姿が消え、ハインツの身体が右に吹っ飛んだ。何が起こったのかはわからないけれど、今のレオナの立ち位置的に一瞬でハインツの背後に回ったようだった。


 ゴロゴロと闘技場の床を転がったハインツは動かない。


「勝負あり!」


 その声がかかった瞬間、闘技場内は大きな歓声と拍手に包まれた。


 レオナはそれらが降りかかる中を平然と歩いてハインツの傍に屈みこみ、恐らく治癒の魔法で癒してハインツと一緒に立ち上がった。二人は何かを話しているようだが、この距離と歓声ではその内容まではわからなかった。


「両者の技量が感じられる素晴らしい試合だった! ――さて、ここでリリアーナ王国騎士団の諸君にひとつ提案がある」


 そこに拡声の魔道具を使ったお父様の声が闘技場内に響き渡った。




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