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105.リリアーナ王国へ

 シャルがリリアーナ王国に嫁入りする日が目前に迫ってきていた。


 盛大なパレードで住民たちに祝福されながら街中を通過し、長い馬車の列は王都から西へ西へと進んでいく。


 シャルが乗る馬車にはお付きの侍女頭と王妃様と私。後ろの馬車には陛下やクリス、エドワード殿下、イボルグ殿が乗っている。大事な家族の嫁入りとあって一家総出である。留守は宰相閣下や総長閣下に任せているそう。


「はぁ~シャルが居なくなっちゃうなんて寂しくなるわね……」


「お母様……今朝からもう何回目よ……」


 王妃様が頬に手を当てながら嘆いているのを、呆れた様子で眺めるシャル。


「だってぇ~!」


 まるで子供のように不満を漏らす王妃様を見て、私だけでなくシャルの侍女頭も軽く笑いを堪えている。


「もうレオナもいるんだから寂しくないでしょうに」


「もちろんレオナちゃんがいるのは嬉しいけど、今はシャルが居なくなることが寂しいのよぉ~……! シャルは寂しくないのぉ……?」


 お腹を痛めて産んだ実の娘が自分の元から巣立っていく感覚というものは一体どのようなものなのだろう。やっぱり今の王妃様のように寂しさが勝るのかな……。


「私はもうそこまで寂しくはないわ。こうやって心配してくれる家族もいるし、頼もしい味方もいるってわかったから」


 シャルはその顔に柔らかい微笑みを湛えたまま、王妃様、私、侍女頭と順番に顔を見ていく。それはとても成人したばかりの十五歳とは思えない、大人の落ち着きが感じられるものだった。


 その微笑みを向けられた王妃様は最初きょとんとしていたけれど、しばらくすると上品に、それはもう嬉しそうに笑い出した。


「そう……強くなったわね、シャルロット。ならもう私の役目は親として堂々と胸を張ってあなたを送り出すことだけね」


「これまで目いっぱい愛情を注いで下さったこと、心より感謝しております。……お母様」


 娘を心配する優しい母親の姿が、一転して娘を誇る国王の妻の姿へと早変わりした。そしてシャルもまた同様に、家族に甘える娘から隣国の未来を担う女性へと変わっている。


 家族であっても王族、王族であっても家族。そこの線引きは部外者である私にはまだわからない。けれど何だか素敵な関係性だなと感じながら私は静かに二人のやり取りを眺めていた。




 ――のは隣国へ向かう長い道のりの最初のうちだけ。道中ずっとそんな調子でいられるはずもなく、また家族の気安い雰囲気に戻ってお喋りに花を咲かせる二人。


 いやまぁ、会う機会が減ってしまうのだから話せるうちに話したいのは理解出来るけれど……。


 途中で遂に話題が切れたかと思ったら、何故かシャルが先生役になって授業で習った内容で私に問題を出してくるようになった。やめて。


 ひとたび間違えれば王妃様と二人掛かりで指摘されてしまう。お陰で移動の間、旅の主役よりも私の方がよほど緊張する羽目になってしまった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 リリアーナ王国の王都ベルガニアに到着したのは結婚式の予定日の一週間前。王都の大通りには隣国の姫君を一目見ようと大勢の人々で溢れかえっていた。


 馬車の中から外に向けて王族スマイルで手を振っているシャルと王妃様。


「……シャル、大人気じゃない?」


「ローザリアとリリアーナを繋ぐ友好の架け橋だもの、関係が悪いよりは仲良くいたいっていう気持ちはみな同じよ。……特に平民はね」


 シャルは外に向けた笑顔を崩さないまま、そう溢した。最後の一言から貴族は必ずしもそうではないと教えてくれる。


「だからこそ私の出番なのよね! ローザリアと友好国でいられる幸せを存分に噛み締めてもらわないと!」


「えぇ、そうね」

「うっふっふっふ……」


 シャルはもちろん、既に何をするか聞いている王妃様も楽しそうに頷いてくれる。ちなみに陛下も超ノリノリだった。


 馬車は街中をどんどん進んで行く。私も初めての場所なので控えめに窓から外を見てみると、ローザリア王国の王都エリーナともそう発展具合に差はないように思えた。


 ただリリアーナ王国は険しい山の多い南北に長い国なので、国の南端付近であるこの辺り以外は厳しい自然の中で暮らしている。そういう面でローザリア王国が魅力的に映っていたせいで、これまで関係があまり良くなかった。


 それももうじき完全な親ローザリアの国として生まれ変わってもらう。


 シャルが安心して暮らしていけるように、私としてはただそれだけのために。




 王宮に到着した私たちは馬車から降りて、リリアーナ国王との面会の為に列を成して、私とイボルグ殿を先頭に、王族の周りを護衛で固めながら内部を進んで行く。


「……イボルグ殿と陛下のお顔の色が優れませんが、そちらの馬車で何かありましたか?」


 私は前を向いたまま、小声で隣を歩くイボルグ殿に話し掛ける。馬車を降りた時から二人がげっそりしているように見えたのだ。


 誰かひとりだけなら、その人が体調不良なのだろうと考えるけれど、特に精強な陛下とイボルグ殿が揃ってとなると何かしらあったのではと思ってしまう。


「道中の馬車の中では新たな知見をもたらしてくれた其方を賛美するエドワード殿下と、それに張り合って其方を褒めちぎるクリストファー殿下のやり取りが途切れなかったのでな……?」


(うげっ……!)


 直接関係のない人間からすれば地獄のような光景を思い浮かべ、私も顔が引き攣るのを抑えられない。イボルグ殿はそれでもなお恨めしそうな顔をこちらに向けてくる。


「陛下ですらその勢いに勝てなかったのだ……。俺にはどうすることも出来ないのはわかるだろう?」


「私のせいじゃないですよ! 私だって王妃様とシャルロット殿下の個別授業状態だったんですから……!」


 こちらも決して楽な道中ではなかったことを察してイボルグ殿も私に当たることを諦めたのか、遠い目で廊下の先を見つめている。


「…………なんとも世知辛いものだな」


 そして二人して小さく溜め息を吐いた。……護衛役はつらいよ。




 そして大きめの応接室に案内される。王族同士であるため、流石に謁見の間であちらだけ玉座から見下ろしてくるようなことはなく、至って普通にソファーに座ってこちらの到着を待っていた。


「遠路はるばるよく来てくれた、アンドリュー! ご夫人も元気そうで何よりだ!」


 こちらの集団が入室するのを見て、席を立ちながら普段あまり聞き慣れない陛下の名前を呼んで出迎えたのは、ジョルダン・ファロス・リリアーナ。ここリリアーナ王国の国王だ。


「久しいな、ジョルダン。可愛い娘のためだ、この程度屁でもないわ」


 そんな調子でにこやかに挨拶が交わされていく。


 国家間の関係はまだ特別良くはないけれど、王族同士は実はそんなに仲は悪くなかったりする。というのもこちらの先代の国王があちらに決闘を申し込み、勝利したことで今の関係に強引に落ち着かせたからなのだとか。


 その一件で王族同士は和解して戦争を回避。当時はどちらも王室に子供は男しかいなかったのでいずれ機会がくればという話になり、結局シャルにそのお鉢が回ってきたということらしい。


 なんでもトップ同士で勝手に決めて帰ってきたので当時の下の者は大変だったらしい。こちらは勝てたのであればと渋々納得したのだと聞いている。なのであちら側の世代が上の臣下に関しては、納得できずにそれ以前の思想のままの人間が残っているのだという。私が今回わからせる相手はそいつらだということだ。


(でもこれって向こうに王女が産まれていたらクリスが結婚することになってたってことだよね……)


 その場合はどうなっていたのだろう。まさか婚約者がいる状態でも私に一目惚れしてしまっていたのだろうか。もしそうなったらこれまでのクリスの行動を考えると国家間で話がこじれまくっていたかもしれない。


(そうならなくて本当に良かった……)


 でもその代わりにシャルが嫁ぐことになってしまっているのだから、彼女のために私に出来ることは何でもしてあげたい。私の恩人でもある彼女には幸せになって欲しい。


「シャルロット嬢もしばらく見ないうちに更に美しくなった。うちの息子には勿体ないくらいだ」


「陛下……それでは逆に失礼ではないですか……」


「ならば其方が早く彼女に見合う一人前の男になればよかろう?」


 ジョルダン陛下にツッコミを入れ、そして言い返された赤い髪を後ろで小さく纏めて垂らした男性があちらの王太子のアレックス・ファロス・リリアーナ。シャルの婚約者だ。


「お久しぶりです、陛下、アレックス様」


「逢えて嬉しいよ、シャルロット」


 その紫の瞳で申し訳なさそうにシャルを見つめて挨拶を交わす彼の人柄は、そのずっとハの字になって下がっている眉のお陰で容易に察することができた。聞いていた以上に草食系の大人しい感じの人のようだ。


(なんだかシャルなら余裕で尻に敷きそうな気がする……)


 クリスも穏やかだけど、あちらは輪をかけて穏やかそうだ。気弱そうと言っても良いかもしれない。まぁシャルであればどんな相手だろうと何とでもしてしまえるだろうけれど。


 しかしこうしていると、どこの王族もみんな美男美女揃いだなぁとしみじみ思う。恋愛においての要素としては重視していないというだけで私も綺麗な顔は大好物である。


 にこやかに話すシャルと少し照れくさそうなアレックス殿下の様子を集団の後ろの方から和やかに眺めていると、ひとりの男性が私に近づいてきた。


 それは第二王子であるリチャード殿下だった。


「君はその格好からして護衛なのだろうが、とても美しい……。正室は無理だが、俺と一緒になる気はないか?」


 リチャード殿下は聞きしに勝る遊び人だと聞いて、少しだけこの可能性が頭に浮かんだのは確かなのだけれど、まさか本当に絡んでくるとは思わなかった……。


 視界の端で、クリスが物凄い勢いでこちらを向いたのがわかる。


 そんなに心配しなくても私がこのタイプの男性を簡単に受け入れることはないのはわかっているでしょうに……。


「私を手に入れたいのであれば、それこそ戦争を覚悟して頂かなくてはなりません」


 特に感情を揺らすこともなく目を伏せて淡々と返事をする。


 以前の私であれば「本当にその気があるのなら、私の望むプロポーズをしてみせろ」と煽っていただろう。でも今の私はクリスのプロポーズを待ち望んでいる身、そんなことを言う気はもうない。


「……は? 戦争……!?」


「……そういうことだ」


 背後からリチャード殿下の肩に手を置いたクリスが彼を睨み付ける。


 反射的に振り向いた彼は、目の前のクリスだけでなく、その向こう側に立つ陛下や王妃様、シャルやエドワード殿下までもがこちらを睨み付けている状況にようやく気付いたようだ。


「…………ッ!? 兄の結婚で少々浮かれていたようだ……失礼した」


 彼の言う通りこの場で女漁りしていること自体が純粋に失礼極まりない。彼はまだ知らないだろうけれど、そこに私という存在をリリアーナ王国に迎え入れようとしているということの意味を付け加えれば本当に洒落にならない話だ。


「うちの馬鹿息子がすまない……」


「……手綱はしっかり握っておけよ。まだ結婚する兄でなかっただけ大目に見てやろう。こちらもそのような流れになるのは本意ではないからな」


「あぁ、肝に銘じてよく言い聞かせておこう。長旅で疲れただろう、部屋に案内させよう」


 この気まずい雰囲気を、この場を解散させることでやり過ごそうとするジョルダン陛下の苦労が偲ばれる。


 これからリチャード殿下はがっつり怒られるのだろう。プロポーズの内容以前の問題だったので、しっかりと反省してもらいたいものだ。




 一行はまた案内されながら廊下を進む。立派な王宮なので案内がいないとすぐに迷ってしまいそうだ。


「君を見知らぬ者が多い場所に連れて行くとこうなるのだと、すっかり忘れていたな……」


 後ろを歩くクリスがそう呟いたので少し振り返るとクリスは苦々しい顔をしていて、陛下や王妃様がしみじみとそれに頷いていた。


「ふふっ、そうですよ。私は『いばら姫』なのですから、相手が王族であろうと関係なくプロポーズされてしまいます。……そうでしたよね、王太子殿下?」


「返す言葉もないな……」


 私の意地悪な返しにクリスは苦笑いを浮かべることしか出来ないようだ。それを見て一行はみんな小さく笑っている。


「そ、それにしても意外だったな……。君であれば『私の求めるプロポーズをしてみろ』と言い返しそうなものだったのに」


 そこまで気付いているのなら、その意味もクリスならわかりそうなものなのだけど、今の空気を嫌がって本当に慌てて話題を振ってきているようだ。


「多方面に理解と愛を求める段階は過ぎたかと思いまして。あとは私の望むプロポーズをしてくれる殿方を待つだけなのですが……」


「全部お前がまごついとるせいではないか! さっさと漢を見せんか!」


「いっ!?」


 陛下に背中をバシンと叩かれ、その衝撃で仰け反り咳込むクリス。本人の性格的にも、陛下の扱いを見ても、普段から弄られているのだろうなと伝わってくる。


「……帰国したらすぐに動くよ。具体的にいつとまでは言えないが、可能な限り早く君にその言葉を贈れるよう努力することを誓おう」


「えぇ、お待ちしております」


 いつもの誠実な彼ににっこりと微笑んで、また前に向き直った。


「……また不甲斐ないプロポーズをして振られたら王位も彼女も俺がもらうからな、兄上?」


 そこにぽつりとエドワード殿下が一言、なかなかに過激な発言をかましてきた。


「お前には絶対に渡さん!」


 それにムキになって応えるクリスと、わははと笑う陛下とエドワード殿下の声が聞こえる。


 どこまで本気なのかはわからないけれど、きっと今のもこの家族なりのエールなのだろう。みんながこの結婚を応援してくれている。


 様々な責任を抱えることにはなるけれど、この暖かな家族の一員になれるのが待ち遠しいと思えるようになってきた。


 私は王宮の中を行く人々に怪訝な顔をされないよう、顔が緩むのを一生懸命堪えていた。



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