表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/158

104.救い

 レイチェルの部屋に戻った私は早速彼女に近づき、その手を取って魔力を流しながら話し掛ける。


「彼らとこれからしばらくここでお世話になるわ」


「本当ですか!? 嬉しいです! 私クローヴェル卿のお話を色々聞きたいです!」


「えぇ、もちろんよ。それに堅苦しいから今後はレオナって呼んでくれて良いわ」


 私の提案に顔を綻ばせてはしゃぐレイチェル。そんな年相応の可愛らしい様子を見れば見るほど、いずれ来たる未来に胸が苦しくなる。


 しかし最期まで寄り添うと決めたのは他でもない私自身なのだ、彼女を不安にさせてはいけない。


 ぐっと堪えて努めて明るく振舞う。


「でもどうして私のファンに?」


「両親とディオールの町に出掛けた時に、住人たちの話に事あるごとに『レオナちゃん』が登場していて『誰だろう?』って気になったっていうのが最初のきっかけです」


「ディオールの皆は一体何してるのよ……」


 予想以上に酷い話だった……。私が頭を抑えるのを見てレイチェルはくすくすと笑っている。


「それで調べたら、実は領主の娘で、レッドドラゴンとも渡り合える凄い人なんだってわかって興奮しました! 私も運動が好きで学園では騎士コースに進むつもりだったので、女性ながらに第一線で活躍するレオナ様が凄く眩しく見えたんです!」


 繋いだ手を握りしめ、目を輝かせながらこちらに向けられている眼差しは完全に尊敬のそれで、私にとってそれは純粋過ぎて痛いくらいだった。何故なら最初は騎士になるつもりすらなかったのだから。


 とはいえ嬉しいには違いないし、彼女を幻滅させたくないのでそこまでぶっちゃけはしない。


「ありがとう、嬉しいわ。聞いてみたいことがあったら何でも言ってみて? 時間は沢山あるから」


「はいっ!」


 そうやって私が彼女と過ごしている間に殿下や医師団が聞き取りやサンプル集めに動き回る、そんな光景がグレイス家の日常になっていった。




 私が魔力さえ流していれば身体も動くようなので、手を繋いで庭を散歩したり、久しぶりに町に繰り出したりと積極的に動き回った。


 本当に嬉しそうにしてくれているのでこちらまで楽しくなってしまい、女性をエスコートする男性役になった気分で彼女を大切に扱い、一緒の時間を目いっぱい楽しんだ。


 ただそんな私も休息を取らなければならない。殿下との約束があるからだ。


 眠っている間は魔力をどうこう出来ないので、その時間は彼女が苦しむことになる。こればかりは本当にどうしようもない。


 なのでせめて私が居ない時間が夜の寂しい時間に重ならないようにと私は夕方に眠り、屋敷の人たちが寝静まるのと入れ替わりに起きて、彼女の隣でその寝顔を見守るようになった。


 私が寝ようとすると隣の部屋から彼女の咳が聞こえてくるのが辛い。




 一週間ほど経過すると私が魔力を流していても彼女は歩けなくなった。呼吸は大丈夫そうだけど、咳も少しだけ出ている。確実に病が進行してきているのがわかる。


 それでも私は晴れてさえいれば彼女を抱き上げて、一緒に日の出を見たり、野山を散策したり、殿下と同じように夜空を飛び回ったりしてベッドで陰鬱な気分にならないように努めた。


 短い期間とはいえ寝る時以外ずっと一緒にいるのだ、私はもう彼女のことを少し歳の離れた妹のようにしか思えなくなっていた。




 そして更に一週間後――――。


 既に私の魔力があっても咳が止まらず、呼吸も苦しそうにしている。意識も時折朦朧としているようだ。


 嫌になるほどの晴天にも関わらず、もう外に連れ出すことも出来ず、ベッドに寝続けている彼女の元には両親や王都にいた男爵様が寄り添っている。


「……あのね」


「なぁに?」


 小さな小さな声にタニア様が優しく問いかける。


「今のうちに、ちゃんと伝えておきたいの……」


「……レイチェル?」


「お父様、お母様、お爺様、屋敷のみんなも、本当に大好きだよ」


 苦痛に顔を歪めながらも、精一杯微笑むレイチェル。


「あぁ可愛いレイチェル……」

「私たちも皆お前のことが大好きなんだ、だからそんなことを言わないでおくれ……」


 誰がどう聞いても終わりが近いのだとわかる言葉に、この場の全ての人間が涙ぐみ、彼女に微笑み返そうと必死に口を結んでいる。


「……レオナ様」


「うん?」


「全部伝え終わったら、魔力を切って欲しいの」


「……ッ!? どうしてそんな……」


「あ、まだダメだよ? ……でも、死ぬのはもう怖くないの。それは全部貴女のおかげ」


「レイチェル……」


「貴女が居なかったら、きっと私は何でこんな目にって言って、この境遇を呪っていたと思う。でも憧れの人に、こんなに親身に尽くしてもらえるうちに、私はなんて幸せなんだろうって思えるようになったの」


 私の右手と繋いでいる彼女の左手にほんの少し力が入る。


「階段を降りる私を下から見つめる優しい眼差し……繋いだ手の温もり……抱きかかえられて感じた微かなバラの香り……一緒に眺めた夜明けに満天の星々……これまで貴女と一緒に過ごせた時間は私の宝物」


 彼女は微笑みかけてくれているというのに、一方の私は涙が止まらなくなっていた。


 私だってレイチェルと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだ。これだけ真っすぐに喜びを、憧れを向けられて嬉しくない者なんていない。


「私は……っ! レイチェル……貴女のことはもう本当の妹のようにしか思えない……。だから目いっぱい生きていて欲しい……」


「嬉しい……! 本当にもう……悔いはないわ。……素敵な思い出を……ありがとう」


 弱々しくも声を弾ませて笑った彼女は真っすぐ上を向いて姿勢を正し、そして目を瞑った。


 ――これでもう伝え終わったということだろうか。


 私はご家族の方を見上げる。


 すると全員が悲痛な表情で頷いた。


 涙を拭い、一度深呼吸して、精一杯微笑んでみせる。


「……こちらこそ、素敵な思い出をありがとう。……レイチェル」


 私が魔力を切る瞬間、彼女の口元が少し緩んだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 泣き崩れるご家族を残し、私は部屋を出る。


 少し遅れて殿下と医師団も出てきて、殿下の指示を受けて医師団は馬車の方へと移動を始めた。帰り支度をしに行ったのだろう。


「少し、話がある」


「……はい」


 この屋敷に来た初日のように二人で庭園の方へと移動する。レイチェルと一緒に歩いた思い出が詰まった庭園には彼女を送り出すかの如く色とりどりの花々が咲き乱れている。


 そこのベンチに座るよう促され、腰を下ろす。しかし殿下は座るでもなく、こちらを見下ろしている。


「……すまなかった」


「え……?」


 何故殿下から謝られるのだろうか。私は訳が分からず、目の前の殿下を見上げるしかなかった。


「あの日、其方に出来ることはないと言ったが……間違いだった」


 あの部屋でも泣かずに一人冷静だったエドワード殿下。しかし何故か今になって意気消沈している。


「あれは紛れもなく其方にしか出来ないことだった。人に寄り添うということの意味と其方の覚悟を、今回俺は心の底から思い知らされた」


「殿下……」


「俺はこれまで生きてきて、立場や状況によって意思を貫き通すことすら儘ならない時、全て『仕方がない』と諦めていたように思う。王位継承についても、自身の研究についても、姉の結婚についても、今回の病についても……だ」


 それは王族として産まれた者として、呑み込まなければならないことに溢れていたからこそ育まれてしまった思想だったのだろう。実際に王族でもない私にもそれはすんなりと納得出来る話だった。


「病を治療出来ないのであれば彼女に対してもう出来ることはない、他の部分で利を得なければと考え、それなのにまだ彼女のために動こうとする其方に苛立ちを覚えていた」


 そう言いながら殿下は私たちがこれまで居たレイチェルの部屋の方を向いた。


「……だが其方のお陰で彼女は救われた。きっとそれだけではない、心安らかに旅立った彼女を見送ることが出来て身内の心も救われただろう」


 子を失う親の心情はまだ私には本当の意味での理解は出来ない。でも殿下の言う通り、少しでも救われていて欲しい……そう思わずにはいられない。


「そして人に寄り添うということが、どれだけ大変なのかというのも間近で見ていて良くわかった。それを成し遂げた其方を……俺は尊敬している。これまでの非礼を詫びよう、其方はこの国に必要な存在だ。――どうかこの国をより良いものにするために、今後も協力してもらいたい」


 そして遂にエドワード殿下までもが頭を下げてしまった。


 思い描いていた流れとは違っていたけれど、彼に認められたことは素直に嬉しい。人に寄り添うことの価値を理解した彼ならば、将来素晴らしい医者になってくれることだろう。


「……はい。私も今回のことで己の未熟さを思い知りました。これからも精進して参ります」


 私ももっとこの魔力で大きな力を出せるようになって、魔法の可能性を拡げていかなければ。それが陛下から「類稀なる魔力で平和へと導く者」として魔導伯の爵位を与えられた私の務め。


 もちろんそれは一朝一夕で出来るようなことではないし、恐らく今後も彼女のように命を救うことが出来ないこともあるだろう。


 それでも『強者の筋』をブレさせることなく、己を周囲と高め合っていければ、いつかきっとその努力は必ず実を結ぶはず。


 そのための同志が今、私の目の前に現れたのだ、これほど頼もしいものはない。


 私はベンチから立ち上がり、殿下と固い握手を交わした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ