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102.酒場にて

ちょっといつもより短いです。

 エドワード殿下が復帰した成人式も滞りなく終了し、その日の夕食を済ませた私はエドワード殿下と共に王宮を出て、王都の酒場へと足を運んだ。


 私から説明を受けてすぐに酔い覚ましを試したがった殿下がまた自らお酒を呷ろうとしたのを慌てて止め、成人式が終わってから酔っ払いに不自由しないこの場所で好きなだけ試すよう提案したのだ。


 エドワード殿下と私、他に騎士数人が入ってきたことで、騒然となる酒場。


「第二王子様に『いばら姫』様ではないですか!? このような汚い場所に一体なんのご用で!?」


「食事を楽しんでいるところに押しかけてごめんなさいね」


 慌てて酒場のオーナーが飛び出してくる。私はともかくエドワード殿下がいるなんて普通なら有り得ないので焦る気持ちはわかる。


「エドワード殿下が魔法の研究中でね、そのために協力してくれる酔っ払いを探しているの。テーブルをひとつ借りて良いかしら?」


「勿論で御座います! どうぞお使いください!」


 人の目に付きにくい奥まった場所にあるテーブル席に案内される。


「感謝するわ。まずこちらは場所を提供してもらった礼よ、受け取って頂戴。あと協力者の飲食代はこちらで持たせてもらうから金額を控えておいて。後で纏めて支払うわ」


「か、かしこまりました! ではそのように!」


 そう言ってお金の入った袋を手渡すと、オーナーはすぐに給仕たちに今の内容を伝えに向かった。急かす気はないのだけれど、流石に仕方がないか……。


「汚い場所だな……」


 エドワード殿下も慣れない環境に戸惑っているようで少し落ち着きがなく、不安気にそう漏らしている。


「平民の暮らしはこんなものですよ。慣れれば案外居心地は悪くないのですが」


「そうか、其方はS級に認められる前はこのような環境に居たのだったな」


「えぇ。殿下も社会勉強だと思って多少は慣れておくことをお勧めします。魔法の研究も貴族の狭い社会の中だけでは難しいでしょうから」


「……確かにそうだな」


 殿下は席から他のテーブルの客を眺めながら小さく頷いた。他の客は王族がいる手前騒ぐことが出来ず、居心地悪そうに静かに飲み食いしている。


 私は少しだけ前に出て他のテーブルに向けて声を張る。


「食事を楽しんでいるところ悪いが、少し聞いて欲しい。エドワード殿下の酔い覚ましの魔法の研究のために其方たちの協力を仰ぎたい。これを足掛かりに将来的に魔法での病気の治療を出来るようにしたいのだ。協力してくれた者の支払いはこちらが持つので遠慮はしなくて良い、どんどん来てくれると有難い」


 こちらは魔法の研究がしたいのであって、彼らが食事を楽しむのを邪魔したい訳ではない。そう言い終わると、客たちが支払いがタダになると喜び、騒ぎ始めた。


「……現金なものだ」


 エドワード殿下はその様子を眺めながら呆れたように呟いている。


「皆それぞれの生活があるのですから当然です。衣食住はもちろん、今回の魔法の研究費用だって彼らの納めている税金から出ているのですから彼らに感謝しなければ罰が当たりますよ。まず間違いなく貴方の兄君もそのように仰るでしょう」


「うっ……肝に銘じておこう」


 このあたりの感覚はとても貴族らしいけれど、すぐに呑み込んで理解を示せるあたりは流石クリスの弟って感じだ。


 学園に帰ってきた初日にクリスがあんな態度を取られても怒らなかったのもわかるような気がする。割と素直だし一生懸命なので、私もなんだか可愛く思えてきた。


 それからしばらく適当に飲み物で時間を潰していると、最初の患者もとい酔っ払いがやってきた。


「来たわね。じゃあそこに座って」


「は、はぁ……」


 殿下の正面の椅子に座るよう促すと、恐るおそるといった感じで座る男性。目の前に王族がいるとあって緊張しているのか、言うほど酔っていなさそうにも見える。


「では魔力を流していく。酔いが醒めていく感覚があるかどうかを答えよ。無いなら無いで構わんが、嘘だけは許さん」


 そう忠告しながら殿下は男性のお腹に手を当てる。男性は最初は不安気だったのが、しばらくして目を見開いて少し楽しげな表情に変わった。


「何というか……飲むのを一旦止めて夜風に当たった後みたいな? そんな感じがしてきました!」


 あれから私の説明をしっかり聞いたからか、殿下もある程度の効果は出せているようだ。


「ちなみに今日はどれだけ飲んだの?」


「エール五杯ってところっす」


「其方は酒が強いのだな……」


 たった一杯のワインで気分が悪くなった殿下はそれを聞いて呆れたのか、それとも羨ましいのか、眉を顰めて何だか複雑そうな顔をしている。


「まぁそこは人それぞれですよ。私も二杯も飲めばもう充分ですし」


「其方でもそのくらいなのか。体質の個人差というのは思った以上に大きいのだな……。――よし、次は卿に試してもらおう」


「畏まりました」


 もう酔いのメカニズムについては知っている範囲で全て説明してしまっているので、殿下と私が持つ知識に差はもうない。あとは魔力量でどのくらいの差が出るかを見たいのだろう。


 私も殿下と同じように男性のお腹に手を当てて魔力を流していく。


「……おぉ! こいつは凄ぇ! どんどん頭がスッキリしてきた! これなら嫁さんに飲んできたのバレねぇかもしれないっす!」


 あの時の殿下よりも症状が軽いぶん、効果もしっかり出たようだ。男性は興奮気味にそう語る。


「……ふむ、出力でも効果の差はしっかり出ているようだな。では次は――いや、その調子だともう試せそうにないな、ご苦労だった」


「ありがとうございました!」


 男性は嬉しそうに酒場を去っていった。


 次に我々の前に座ったのは結構な泥酔っぷりの男だ。真っすぐ座ってられず、連れに横から支えてもらっている。


「これはまた……貴方何杯飲んだのよ……」


「……じゅーぱいあらさきゃ……おぼーて……ねぇ」

「多分十五杯は飲んだかと……。タダになるって聞いて張り切ってたので……」


 呆れる私に、本人ではなく連れが苦笑いを浮かべている。


「これでちゃんと答えられるなら良いのだが……よし、次はお前がやってみろ。魔力を流す部位だけは教えてやる」

「え!? ……は、はっ!」


 しかし殿下は椅子に座らず、護衛騎士の一人に声を掛けた。完全に油断していた騎士が慌てて席に着いたのを殿下が睨み付けている。


 それからは魔法を使う側の条件と相手の酔い具合などを考えながら、とにかく色んなパターンを試していった。その間ずっとエドワード殿下は真剣そのものだった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 結局酒場の営業時間中ずっと実験し続けた私たち。王宮に戻ってきた殿下や騎士たちは魔力も消費したせいでフラフラだ。私も凄く眠い。


 深夜の王宮の廊下に足音を響かせながら、今日の成果を振り返る。この場所をこんな時間にうろついたことがなくてキョロキョロと周囲を見回す私とは対照的に、殿下は真っすぐ前を向いたまま歩き続けている。


「今回の実験でひとまず効果を発するには知識からくるイメージの方が重要だというのはわかったな」


「そのようですね」


 騎士たちが何も知らない状態で魔力を流したところで特に効果はなく、少しずつ症状について説明していくと、それに伴って効果が少しずつ現れてきていた。


 それでもやはり外傷を治す治癒の魔法と比べると効果は小さい。病の治療の効果を治癒の魔法で表現しても小さな切り傷を癒す程度の効果しか得られていないはずだ。とてもではないが骨折などは治せそうにない。


 この差は一体何なのだろうか……。


「後は其方が知識のない状態でどこまで出来るか……か。魔力量だけで強引にゴリ押しが効くのならありがたいのだがな。悪いが其方にはもう少し協力してもらうぞ」


「畏まりました。この魔力が必要なのでしたら喜んで」 


 私が頷いてみせると、何やら殿下が何か言いたげな顔をしていた。


「……何か?」


「いや……何でもない。――じゃあな」


「おやすみなさいませ」


 気付けばエドワード殿下の私室前まで来ていて逃げられてしまった。


(一応役には立てたのかしらね……)


 殿下は夢中で実験を行っていて特に感情面で距離が縮まった感覚はなかったけれど、私が治してみせたことで魔法での病の治療は不可能ではないと判明したのだし意味はあったはずだ。


 もう少し協力してもらうと言っていたし、焦らずまた向こうからの接触を待つとしよう。


 護衛騎士たちと別れて寮の自室に戻った私はそのまますぐに眠りについた。



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