101.成人式
シャルやエドワード殿下は冬休みが終わって学園に戻っていった。勉強仲間を失った私はそれでも勉強の遅れを取り戻すべく、王妃様から許可を得て授業を続けさせてもらっている。
お願いの際には一度倒れたとあって、「本当に大丈夫なの?」と心配されてしまったけれど、もう無理はしないと約束すると喜んで協力して下さった。本当に感謝しかない。
しばらくして学園にいるシャルから「これまで突き放してきた学友との態度を改めてみたら嘘のように学園生活が楽しいものになった」と手紙がきたので上手くやれているみたい。この調子で良い思い出を作ってもらいたいものだ。
そのシャルに贈る魔道具も完成したので計画は順調だ。研究所で話していた防御魔法についてブリジットに手紙で確認すると「呼べば来てくれるという安心感がメインなので、身に付けやすさを優先して欲しい」と返事がきたので、そのままダードリー卿に伝えると結構あっという間に作ってしまった。恐るべし……。
より遠くに魔力を伝えるためにということで他の機能は取っ払われてしまった魔道具の見た目は金色の指輪で、二人に贈る方には更にそこに赤い魔石が輝いている。
私の方の指輪の魔石は赤ではなく無色透明で、シャル用の指輪に魔力を込めると赤色に、ブリジット用の指輪に魔力を込めると金……というか黄色に光るようになっているらしい。ちょっとだけ地味だけど、まぁ誰からの合図かわからないとそもそも助けに行けないしね。
シャルにはサプライズで贈る予定なので、エルグランツに戻った際に一足先にブリジットに完成品を渡してみると、「宝物が増えた」と顔を綻ばせて喜んでくれた。ただ目の前で何度も魔力を込めて遊ぶのは止めなさーい。
エルグランツの屋敷はまだほんの少し離れていただけなのにとても懐かしく感じる。使用人みんなの顔を見られて嬉しいし、とても心が休まる。お互いの近況を話し合うだけでも時間が全く足りなかった。
商会も良い意味で落ち着いてきているようだ。イングラードに作られた支店も領民と上手くやれているようだし、着々と規模が大きくなってきている。王都にも支店を作る話も持ち上がっていると伝えると、ロベルトもエマも目を輝かせていた。
というかしばらく見ないうちに二人の距離もなんだか縮まってきているみたい。やはり苦楽を共にするとそういう気持ちも芽生えやすいのだろう、私も陰ながら応援しようじゃないか。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
季節は過ぎてすっかり春になった。シャルたちも学園を卒業し、成人式を迎えた。
この世界の貴族の成人式は王宮で陛下から祝辞を賜り、その後のパーティで各地の貴族との顔合わせを行うそうだ。この日から晴れて社交界デビューということらしい。ちなみに平民の場合はそれぞれの街で長から祝辞が送られるだけで、後は各自で祝えというスタンスだとか。
私は成人式当日はどこの街にもおらず全くその存在を知らないまま過ごしていたので、お師匠様からしかお祝いしてもらっていない。まぁそれで充分だけどね。
ということで今日の王宮の成人式の会場は物凄い数の貴族で溢れかえっている。
今年は双子の殿下ふたりが新成人側にいるため特に注目度が高いようだ。各地の領主や家長、その跡継ぎまでもがここを訪れ、王族との挨拶や参加者同士での話で会場は大いに盛り上がっている。
私はというと両殿下の護衛役として傍に待機している。あくまで主役は新成人たちなので目立たないよう出来る限り気配を消しながら。
(これはシャルたちも大変だなぁ……)
パーティ会場に移動してからというもの、殿下たちにはひっきりなしに貴族たちが挨拶にやってくる。一切休まる暇がないにも関わらず、ふたりは顔色も変えずにそれらに対応し続けている。流石王族といったところだろうか。
「シャルロット殿下、エドワード殿下、ご成人おめでとうございます。心からお祝いとお慶び申し上げます」
「ご成人おめでとうございます」
次に挨拶にやってきたのはパトリック様とブリジットだった。それに気付いたシャルも、何故かエドワード殿下も少し嬉しそうにしている。もしかしたらエドワード殿下も学園の先輩としてパトリック様を尊敬していたりするのだろうか。
そんな彼らも後ろがつかえているので、挨拶のあとは一言二言だけ交わして早々に切り上げていた。そのままパトリック様とブリジットは後ろに立つ私に近づいてくる。
「未来の王太子妃がこのようなところで護衛をしているなど、つくづく面白い光景だな?」
パトリック様はこの状況を見て楽しそうにニヤニヤしている。確かに見る人から見ればシュールな光景かもしれない。
しかしブリジットは逆に表情を引き締めていた。
「レオナ、今日は『彼女』も来ているから注意しなさい。……恐らく絡まれるわよ」
(うげっ!)
主役は新成人なのだから私など相手にしなくて良いのにと思うのだけれど、そうはいかないのだろうか……。
「フェ……リシア・バーネットだっけ。事前に覚悟しておきたいから、どんな見た目か教えて?」
「今ここからじゃ見えないけれど……多分ふわふわピンクでわかると思うわ」
「わかった……ありがとう」
ブリジットにしては何だか可愛らしいヒントに思わず口角が上がりそうになるのを気合で我慢し、二人が離れていくのを見送る。
そして絡まれても大丈夫なように、その時の受け答えを考えながら護衛を続けた。
(あ、この人だわ……間違いない)
しばらくすると、線は細いけれど豪華な水色のドレスに身を包んだ、ミーティアよりも数段濃いめのピンクの髪の同年代の女性が殿下たちの前に現れた。ウェーブがかった長い髪は確かにふわふわピンクと呼ぶにふさわしい。
「シャルロット殿下、エドワード殿下、ご成人おめでとうございます」
フェリシア様がとても上品かつ大人しい声で挨拶する。
「遠いところから済まないな、フェリシア殿」
「大事なお祝いの日ですもの、当然のことですわ。雪融けを心待ちにしておりました」
「今年はこの辺りも沢山積もりましたから、リヴェール領もさぞ大変でしたでしょう」
「うふふ、あちらの人間は雪に慣れておりますから」
このような天気の話題といった当たり障りのない会話が続き、本当にあっけなくフェリシア様の番は終わってしまう。
ただやはりフェリシア様はこの場をすぐに離れはせず、ブリジットたちと同様に私の横までやってきた。
(き……きた……っ!)
緊張にほんの少し背筋が伸びる。
「貴女が噂の『いばら姫』さんですね? 噂以上に美しい方……」
「レオナ・クローヴェルと申します。……畏れ入ります」
そう柔らかく微笑みながら言われてしまうけれど、お互いの関係性を考えれば恐らく褒められてはいないのだろう。
「貴女とは一度じっくりとお話してみたかったの」
「……今は護衛任務中ですので、どうかご遠慮ください」
私はちらりとフェリシア様を見るだけに留めて、視線はほとんどシャル達から外さずに受け答えをする。
事前に考えておいた「仕事中だから邪魔するな」作戦だ。
「あっ……そうね、ごめんなさい。――ではまた」
意外にもフェリシア様は素直に引いてくれた。ただ去っていく後姿は一見普通なのに、私には睨みながら舌打ちしているような幻覚が見えた気がした。
(こ、こわ~……)
これまで出会った貴族女性のなかで一番怖い。公爵令嬢だとか権力がどうこうではなくて、敵対心というか執念みたいなものが何も感じられなかったのが逆に怖い。
学園では成績優秀だったと聞いているので、きっとポーカーフェイスも私なんかより遥かに上手だろうし、口も回るに違いない。
ホセ殿のように殴ってわからせるわけにもいかないし、クリスが私にプロポーズしようとしている限りはシャルのように理解を示して仲良くなるのも不可能だろう。
どう考えても一筋縄ではいかなさそうな相手に眩暈がしてきた……。
(ダメだ、一旦忘れて護衛に集中しよう……)
現実から逃避し、目の前の仕事に集中する……その前にちらりと彼女の背中を追いかけると、彼女はクリスの前まで移動していた。それだけで私の心に何とも言えない焦りのようなものが浮かんでくる。
しかし話しかけられているクリスの表情は別段浮かれているようには見えず、王太子モードでとても淡々と対応していた。学園に在籍している頃からアタックされていたらしいので、きっと色々と思う所があるのではないだろうか。
私はその様子を見てとても安心した、というかむしろ安心している自分自身に驚いた。それだけ私の中であの人との結婚が決定事項になっていて、それが揺らぐことに不安を覚えていたということを意味しているのだから。
(もういい加減、私を愛そうとしてくれるなら誰でも歓迎ってスタイルを改めないといけないみたいね……)
特定の個人に気持ちを傾けておきながら、まだそのようなことを言っていては私を愛そうとしてくれる人に失礼だ。
いつの間にか恋愛においての執着心、嫉妬の心を持つに至った私は、視線の先にいるフェリシア様とそう大して違わない。……いや、彼女よりもリードしていることを内心ほくそ笑んでしまった私の方が性格が悪いまであるかもしれない。
(ふふっ、まさか私がこんな風になるなんてね……)
驚きはしたけれど、不快ではない。
むしろ自分にこのような変化があったことを嬉しく思いながら私は視線を殿下たちに戻し、護衛任務に集中した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
挨拶自体は一通り済んだようだが、殿下たちとの繋がりを強めようと貴族たちがもう一巡列を作っている。あまりに殿下たちが人気過ぎて他の新成人が可哀想に思えてしまうくらいだった。
流石の殿下たちも一度その列を切って飲み物を口にしたりして休憩を挟んでいる。
その隙にちらりとクリスや両陛下の様子を窺ってみても、相変わらず常に誰かしらと話をしていて、シャルたちとまるで変わらない。こういう時の王族は大変だなとつくづく思う。
(私もいつかこうなるのか……うん?)
来たる未来に内心戦々恐々としながら視線を戻すと、エドワード殿下の様子がおかしいことに気付いた。なにやら顔色が赤く、ふらついている。
「エドワード殿下、大丈夫ですか? 顔色がおかしいように思われますが……」
「む、そうだな……。少し……気分が悪いかもしれない」
さっきまであれだけハッキリと話していたエドワード殿下が、なんだかぼんやりしている。
「ご無理はいけません。一旦部屋に戻り、医者に診てもらいましょう」
「あ、あぁ……」
私はその場の護衛を他の者に任せ、医者の手配をして、ふらつく殿下を支えながら会場を出る。
「何か変な物を口にしたりは……?」
毒物は『抵抗』の魔法がある以上考えづらい。まさか王族が使っていないなんてことはないだろう。
「そんな時間の余裕はなかったのはお前も知っているだろう……。合間にテーブルの上にあったグラスで素早く喉を潤した程度だ」
飲み物で赤くなってふらつくなんて、素人の私では原因はひとつしか浮かばなかった。
「殿下、もしやお酒を飲まれたのでは……?」
「……む、少し癖のある果実水だとは思ったが、あれが酒なのか? 時間もなかったので構わず飲んでしまったが……」
「ということはお酒は初めてなのですね?」
「成人したばかりだし、元々あまり興味もなかったので飲んだことはないな」
ひとまず得体の知れない病気などではなさそうで安心した。これなら部屋に戻って安静にしていれば問題はないはずだ。
「話を聞く限りではその可能性が高いかと。お酒の許容量には個人差がありますし、急いで飲むのも身体に良くありません。もしかしたら殿下は特にお酒に弱い体質なのかもしれませんね」
「そ、そうなのか……」
初めての体験に戸惑うエドワード殿下はこれまでの当たりのキツい印象が薄れ、幾らか年相応に感じられた。
ようやく殿下の部屋へと到着した私は早速彼をベッドに寝かせ、侍従に事情を説明して水を用意させる。
「人々の治療のために研究をしている俺がこのような体たらくとは……」
「たとえ医者であろうと体調を崩すことくらいありますよ……」
そこまで気にすることでもないと思うのだけれど、それだけ使命感に燃えているということなのだろうか。思っていた以上に熱いお人なのかもしれない。
こちらの視線を気にしているのか、若しくは単純に気持ちが悪いのか、こちらに背を向けて寝たまま動かないエドワード殿下。
私は椅子に座って、その呼吸で僅かに上下している背中を眺めていた。
(こういうのも魔法でスパッと治せないものかな……)
怪我の治療は出来ても病気の治療が出来る魔法はないと習ってはいるものの、実際に試したことはない。
自分で試せば良いのだけれど、残念ながらついこの間までは健康体そのものだったし、つい普通に療養しただけで治してしまった。
ただ正直イメージだけで言えば普通に出来そうに思える。むしろ怪我は治せるのに何故出来ないのだろうか。
そんなことを考えているうちになんだか魔法での病気の治療に興味が湧いてきた私。
「殿下、突然ですが失礼します……」
こちらに背を向けて寝ている殿下の腰あたりに手を添える。そして身体強化を付与する時のように、殿下の身体に魔力を流していく。
「……いぃっ!?」
当然ながらその感覚に驚いて変な声を出す殿下。暴れそうになる身体を私は腕力で押さえつける。騎士たちとは違うその細い身体相手であれば女の私でも魔力なしで結構簡単に押さえつけることが出来てしまう。
(アルコールの分解は確か肝臓だったよね…………これか)
自身の酔いが醒めていく過程の身体の感覚と、分解しきれていないアルコールを運ぶ血液を循環させ肝臓に集めるイメージを思い浮かべながら身体全体、特に肝臓を重点的に、身体強化と同じ要領で魔力で覆っていく。
「…………ッ!!!」
すると殿下が思いっきり身体を捻ってこちらを向いた。そのせいで身体から手が離れてしまい、中断を余儀なくされた。
「おい! 今何をした!? 明らかにこの気持ち悪さが軽減されたぞ!」
なんと上手く行ったようだ。
「お酒の成分を分解する臓器の働きを良くするイメージで強化を試みたのですが……」
「どうやったのか俺にも教えろ!」
「は、はぁ……」
私はもう一度説明しながら魔力を流してみる。
「強化する臓器の場所はわかった。次は俺が自分でやってみるから、魔力を止めてくれ」
言われた通りに手を放して魔力を止めると、エドワード殿下はすぐさま自身の肝臓の位置に左手を置いて魔力を込め始めた。
流石に本人の身体の具合は本人にしかわからないので、その様子を横で眺めながら次の反応を待った。
「……何故だ! 何故出来ない!?」
しかしどうやら上手くいかないらしい。
たった今私がやってみせてしまったせいもあってか、エドワード殿下から明らかに余裕がなくなっている。
「イメージの差か、込めた魔力の差か、もしくはその両方でしょうか……」
「お前の魔力量が飛び抜けて多いのは知っている。ならばせめてイメージを教えろ! 詳細にだ!」
そう言って乱暴に私に詰め寄る殿下の青い目はとても鋭い。焦りもあるだろうけれど、そこには使命感のようなものを感じられた。
私は以前のダードリー卿とのやり取りを思い出す。
(それだけ真剣だってことよねきっと……)
ならば私に手伝えることがあるなら協力すべきだ。彼が何か掴めれば、この国に必ず有益な未来をもたらしてくれるに違いない。ついでに私たちの関係もより良いものになるはずだ。
「……畏まりました。私もこういった分野に明るくはありませんが、人が酒に酔う仕組みからご説明しましょう」