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95. 親友のその先

 イチカはテオと共に隠れ家の外に出て木扉を閉め、落ち葉でしっかりと覆い隠してから気配を探る。


(ああ、来てくれたんだ・・・)


 イチカはその気配を微かに感じてはいたが、今ここに現れないことの意味を察してあえてテオニタスにはそのことを告げなかった。そしてずっと感じていた別の強い気配が、さらにここに接近していることに気づく。


「テオ、近づいてきてる。」

「ああ。イチカはさがってて。」

「うん。」


 まだ日は高いはずだが、葉が何重にも重なり合う深い森の中では、辺りはかなり薄暗く感じる。いつもはうるさいほどに聞こえているはずの動物達の鳴き声も今はほとんど聞こえない。


 ざわざわ・・・という葉ずれの音が不安を煽るが、イチカは自分のホームであるこの森だからこそできることをしようと、自然の中にある命の流れに意識を向けて集中していく。


「来たよ。」

「ああ。」


 すると少し先に見える太い木の後ろから、一人の男性がガサっという音を立てて現れた。


「あー、テオニタス様!ようやく見つけましたよ。おや、お友達もご一緒でしたか。」


 ニヤニヤとした笑いを貼り付けた短髪のその男性は、細い目と黒っぽい髪色をした何ともいえない気持ち悪さをイチカに感じさせた。


「ノックス・・・悪いが、俺はもう父のところに戻るつもりはない。今回は見逃してくれないか?」


 テオニタスが淡々とそう話すと、ノックスと呼ばれた男は上辺だけの笑顔をするっと外して、刺すような眼差しをテオニタスに向ける。


「若様、何を仰っているのかよくわかりませんね。私はあなたをお父様の元に連れ戻すのが仕事です。そしてあなた様は何も言わずにお父様の元に戻るのが義務ですよ?」


 イチカはその雰囲気が変わったことをヒシヒシと感じながらも、ここで怯えて失敗するわけにはいかないと、気合いを入れ直す。


「俺はもう父に従うつもりはない。もちろんお前の言うことを聞くつもりもない。見逃してくれないって言うならお前と戦ってでも俺は自由を掴む。」


 ノックスは自身の髪に触れながら上を眺めた。


「はあ。まともに殺しもしたことのない若様に私と戦うことなんて無理でしょう?笑わせないでくださいよ。」


 ニコリともせずそう言ってテオニタスを睨みつける。テオニタスは視線を逸らさないまま身構えた。


「やってみなければわからないだろ?」

「へえ。じゃあお先にどうぞ。」


 その瞬間テオニタスは一気にノックスとの距離を詰め、素手での格闘が始まった。


 イチカは少し離れた場所でその様子をハラハラしながら見守る。互角とまでは言い難いが、テオニタスの動きも十分に素早く、何回かは打撃を与えている。ただ足元があまり良くない森の中では場慣れしているノックスの方が動きは軽やかで、巧みに避けては反撃をされていた。


 そして十分もすると経験と体力の差が顕著に現れ始めた。テオニタスは押され気味になり、一瞬の隙を突かれて地面に倒された。そしてノックスはすかさずポケットからナイフを取り出しテオニタスの首元に当てる。


「テオ!?」


 イチカは大きな声で叫んでノックスの気を引く。彼がこちらに顔を向けた瞬間、イチカは森の命の力を借りてあの魔女の光を一気に生み出し、ノックスに当てるように手を素早く前にかざした。


「うわっ!?」


 ノックスが眩しさのあまりテオニタスからナイフを離す。イチカはさらに少し強い風を起こして落ち葉を舞い上がらせノックスの視界を奪う。隙を作って急いでテオニタスに近づき、倒れ込んでいた彼の手を引っ張り上げた。


「テオ、しっかりして!!」

「悪い、大丈夫。」


 すぐに立ち上がったテオニタスは再び体勢を立て直したが、ノックスの方が一歩速かった。


「キャッ!?」

「イチカ!!」


 復活したノックスに後ろから羽交い締めにされ、ナイフを首に当てられる。


「若様、大切な女性なんでしょう?彼女もお側に置いて構いませんから、さあ早く帰りましょう。もう反抗期って年でもないでしょう?」


 ニヤニヤとした笑いがテオニタス向けられる。そして首に当てられたナイフの冷たさが、イチカの精神を一気に集中に導いた。


「私に・・・いで。」

「ん?なんです、お嬢さん?」

「私に触らないでって言ってるでしょ!!」

「は!?え・・・うわっ!?」


 イチカは火花を散らすような青白い光をイメージし、ナイフを持っていた手とイチカを押さえつけていた彼の上半身に守りの力を炸裂させる。そしてノックスはイチカの後ろに数メートル吹き飛び、ナイフはさらに遠くに飛んで、どこかの木の幹に刺さった音が微かに聞こえた。


「イチカ・・・今の・・・」

「はあ、はあ、はあ、あれ?やり過ぎた!?」

「いや、むしろ下が柔らかいから・・・」

「効果が薄かったか。もう一回できるかしら?」


 テオニタスがイチカの前に出る。ノックスはゆっくりと体を起こし、今にも立ち上がろうとしている。


「俺はまだ諦めない。イチカは後ろに、って、おい、おい?大丈夫か!?」


 イチカはフラフラと頭を揺らしている。


(力を一気に使い過ぎた・・・眠気が、ダメ、踏みとどまれ!!)


 そしてイチカはある決意をして目を瞑り、思いっきり叫ぶ。


「シオン!!」


 その声は森の中に響き渡り、そこに一陣の風が吹き抜けた。木々がザザーっと音を立てて揺れ、空気が変わっていく。


「シオン?・・・ここに来ているのか!?」


 テオニタスは驚きのあまり目を大きく開き、辺りを素早く見渡した。するとイチカのいる場所よりさらに後方からほぼ無音のままシオンが現れ、倒れかけたイチカを支えて立っていた。


「はあ。・・・イチカ、後で説教だから。」

「うう、ごめん・・・」

「テオ、彼女を支えてここで待っててくれ。」

「・・・わかった。」


 そしてシオンはまるで散歩にでも行くようにゆっくりと歩いていき、明らかに先ほどよりも警戒を強めた表情で立ち尽くすノックスの目の前に立った。


「どうも。組織の、しかもトップと繋がりのある方にこうして直にお会いできるなんて嬉しいなあ。ああ、あんたの五人の仲間達はもう俺の仲間達と一緒に遊んでるんで心配はいらないよ。それでどうする?俺とやり合う?」


 ノックスはシオンの醸し出す雰囲気だけですでに圧倒されているようだったが、逃げるわけにはいかないのか、後ろに下がりながらも戦うための体勢を取ろうとする。


「や、やらないと帰れないんですよ。負け試合だとわかっててもね。」

「そう。それならどうぞ。」


 そして別の、さらに大きく攻撃力のありそうなナイフを背中の方から取り出して手にしたノックスは、ただ立っているだけのシオンに一気に襲い掛かった。


「ぐおっ!!」


 テオニタスには何が起きたかほとんど見えなかったが、気がついた時にはノックスは、十メートル程離れた場所に蹴り飛ばされて倒れていた。


「はあ。疲れた。」


 シオンはカサカサと落ち葉を踏みしめながらノックスに近づき、腰に付けていたロープで縛り上げ、ボディチェックをしてナイフなどの武器を全て取り上げた。それが終わると気を失った状態のノックスをその場に放置したまま、イチカとテオニタスのいる場所まで近づいてくる。


「テオ。イチカを預かる。」

「・・・」


 シオンは黙ったままのテオニタスから、すっかり眠ってしまったイチカをそっと受け取り抱き上げた。


「シオン。俺は・・・」

「話は後で聞く。このままこの森にいると日が暮れる。早く出るぞ。」

「ああ。」

「それとあの男はあんたが責任を持って背負っていけ。」

「・・・わかった。」


 そうして二人の気を失った人間を抱えて、シオンとテオニタスは暗くなり始めた森を抜け、グリーズ商会の本部に戻っていった。




「うう、ここどこ?」


 目覚めたイチカの目に入ってきたのは、真っ白い天井と壁、自分が寝ている小さなベッド、そして木でできた高さのある衝立だった。


「イチカさん、起きました?」

「え?ミシェルさん?」


 イチカがベッドから起き上がると、ミシェルが衝立の後ろからひょこっと顔を出した。その顔には笑顔が浮かび、あの可愛らしいカールした髪が揺れる。


「よかった!シオンさんがイチカさんを背負って帰ってきた時には驚きました!でもお怪我が無いようで本当によかったです!」


 イチカは自分の体を念のためチェックしたが、どこにもかすり傷すらついていなかった。


「はい!あの、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

「いえいえ!私は何も・・・。あ、そういえばシオンさんが、起きたら待合室の方に来てくれって言ってました。ここは本部の二階にある医務室です。ここを出て左に行くと階段がありますから、そこを降りると待合室への廊下に出ますよ。」


 ミシェルが優しく教えてくれる。イチカは再び頭を下げてお礼を言い、ベッドからおりた。


「あの、イチカさん。」


 置いてあったコートを持って外に出ようとした時、ミシェルに声をかけられてイチカは振り向く。


「はい、何でしょうか?」


 ミシェルは下唇を軽く噛んだまま、目線が下を向いている。イチカが小首を傾げてその様子を見つめていると、すうっと息を吸い、ミシェルが話し始めた。


「あの、シオンさんとは、どういうご関係ですか?」

「・・・え?」


 イチカは予想外の質問に驚いて、ハンガーに掛かっていたコートを落とす。


「私、シオンさんに今日告白したんです。でも、断られてしまって・・・。もう駄目なのはわかってるんです。でも諦めがどうしてもつかなくて。だから教えてください!お二人はどういう関係なのか、イチカさんはシオンさんのこと、どう思っているのか?」


 こちらが呆気に取られるほどの勢いで話すミシェルに、イチカは思わず黙ってしまった。そしてそこでふとある気配に気づく。


「・・・」

「教えては、もらえませんか、やっぱり?」


 急に勢いを失ったミシェルの姿を見て冷静さを取り戻し、イチカはコートを拾ってからミシェルの前に立った。


「ミシェルさん。私達は仕事の相棒っていう関係からスタートしました。」

「・・・はい。」

「最初は変な人に付きまとわれたなあって迷惑してたんです。でも一緒に旅をして、喧嘩して、仲直りして、気がついたら親友になっていました。」

「はい。」


 イチカは一つ小さく呼吸をする。


「でも今は、少しだけその先にいます。」


 ミシェルが苦しそうな表情を見せる。


「事情があって、それはまだ名前を付けるような関係では無いんです。それでも私にとって彼は、もう失うことのできない大切な人なんです。」

「イチカさん・・・」


 イチカはゆっくりと頭を下げた。


「だからごめんなさい。たぶんあなたの望むような答えを出すことはできません。こんないい加減な状態でも、私はシオンから離れられないから。」

「・・・」


 ミシェルは俯いたまましばらく黙っていたが、ふっと顔を上げてイチカの肩に触れた。


「顔を上げてください。私こそ変なことを聞いてごめんなさい。いいんです、これで踏ん切りがつきましたから。あーあ、あんな冷たい男、どうして好きになっちゃったんだろうなあ・・・」


 イチカは思わず噴き出した。


「ぷっ、本当に!」

「あ、イチカさんもそう思います?よし、じゃあ一緒にもっといい男探しましょ?あ、レオンさんなんてどうですか?」

「あはは・・・それって何かの策略では?」

「違いますよう!ふふ!でもイチカさんとはこれからもっと仲良くなれそう!」

「私も!ミシェルさんとはお友達になりたいです!」

「ぜひ!!」


 そう言って二人の女性は手を取り合って笑い合った。


 窓の外は星もなく肌寒い夜を迎えていたけれど、イチカはこの小さな医務室でできた新しい友人という素晴らしい縁に、心の中だけはほっこりと温まっていた。


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