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91. エリアス先生の授業

 イチカ達がたどり着いた家は、シオンの小さな家とは比べ物にならないくらいの大きなお屋敷だった。庭はそこまで広くは無いが、厳重に張り巡らされた高い塀と重厚な門扉に圧倒され、イチカは思わず息を呑む。


(レオンって何者!?)


「イチカ、どうした?行くぞ。」


 ついぼーっと建物を眺めてしまい、シオンに置いていかれそうになる。慌てて彼に追いつくと、当たり前のように手を握られた。


「え?今?」

「すぐそうやって俺から離れるから。いいからちゃんと隣に居ろよ。」

「・・・うん。」


 シオンの有無を言わさぬ真面目な表情と言葉に負けて、イチカは渋々頷いた。テオニタスは何も言わず、二人の少し前を歩いていく。


 玄関のドアに付いている大きなノッカーでシオンが数回ノックをすると、中から久しぶりに見るレオンの姿が現れた。


「シオンさん、お待ちしてました。お二人も中へどうぞ。」


 全ての事情を把握しているのか、レオンは何も聞かずに三人を家の中へと引き入れた。


 レオンの誘導で応接室と思われる場所へと案内されると、シオンとテオニタスだけが中に入り、なぜかイチカは廊下で待たされることになった。少ししてからシオンが廊下に出てくると、イチカは早速シオンに詰め寄る。


「どういうこと?私はまたこの件も蚊帳の外なの?」

「そうじゃない。イチカには今日別の人と話をして欲しいんだ。」

「別の人?」

シオンは落ち着いた表情でイチカを見つめる。

「ああ。俺は必ずイチカのことを守るつもりでいるけど、何か不測の事態が起きる可能性だってある。だからイチカ自身にも少しでも自分の身を守れるようになって欲しいんだ。そのためにも今日はこの時間、エリアスさんと話をして欲しい。」


 イチカはシオンが言いたいことをようやく理解した。


「それはつまり、私に聖人の力を学んで使えるようになって欲しいと。そういうこと?」

「そういうこと。」

「わかった。」


 シオンが意外そうな顔で小首を傾げる。


「あれ、怒らないんだな、今日は。」

「怒らない。シオンのあんな本気の姿を見て、わがままなんて言えないもの。」

「そっか。・・・イチカ。」


 イチカの両手をシオンが優しく握る。


「なあに?」


 ゆっくりとシオンの顔を見上げる。


「俺を信じてくれてありがとう。」

「・・・何それ。」

「うまく言えないんだ。でも、イチカが前と違うのはわかる。さっきみたいな俺を見てもイチカは側にいてくれて、こうして俺の話を素直に聞いてくれる。それが何より嬉しいんだ。」


 イチカはそっと右手だけを彼の手から引き抜くと、まるで泣きそうな顔をしているシオンの頬に手を当てた。


「え?あ、何!?」

「ふふ、何でもない。ちょっとこうしてみたくなっただけ。シオンがそんな風に動揺するなんて驚き!」


 そう言ってイチカはそっと手を頬から離す。


「こら!いい大人を揶揄うなよ。」

「私に比べたらまだまだ若者ですよ!」

「ふうん、その若者にすぐ動揺させられてるのは誰だよ?」

「・・・可愛くないわね!」

「そっちもな!」


 くだらないことを言い合って少しほっとしたイチカは、大きく息を吸ってシオンから離れた。


「さあ、じゃあ私はどこに行ったらいいの?」

「部屋に案内するよ。行こう。」

「うん。」


 そうして二人はさらに奥の方にある小さな部屋へと入っていった。そこにはシンプルな書き物机と椅子だけが置いてあり、ソファーなどはなかった。低めの棚には本やよくわからない書類などが詰まっていたが、あまり整理はされていないように見えた。


「ここは?」

「レオンの書斎。相変わらず雑然としてるな。まあいいや、とにかくここで待っていてくれ。椅子は必要なら持ってくるよ。」

「ううん、大丈夫。じゃあここでエリアスさんを待ってるね。」


 イチカはそれほど広くないその部屋をキョロキョロと眺める。シオンはそんなイチカにそっと近寄っていった。


「あのさイチカ。」

「うん?」

「抱きしめても、いい?」


 イチカが気がついた時にはすでに彼はすぐ目の前にいて、思わずドキッとして肩が揺れる。


「そ、そんな風に改めて言われると逆に照れるというかその」

「イチカ・・・」


 そしていつものように優しく彼の腕の中に包まれていく。そこはもうイチカしかうまく収まらないのではないかと思うほど、しっくりくる場所になっていた。


「俺の腕の中、イチカがぴったりだな。」

「ううう、同じようなことを考えてたことが恥ずかしい・・・」

「あはは!そっか。嬉しいよ。」

「ほら、早く行って!レオンさん達待ってるわよ!」

「うん。はあー、離れがたいな・・・」

「シオン!?」

「ハイハイ、行きますよ!じゃあ後で迎えにくるから、よろしくな。」

「うん。」


 そうしてようやくイチカから離れたシオンは、静かに部屋を出て行った。その十数秒後、ドアに小さなノックの音が響く。


「はい!」

「ああ、イチカさん。お待たせしました。」


 エリアスの爽やかな笑顔がドアの向こうから現れた。


「エリアスさん、今日はよろしくお願いします!」

「いえそんな!この髪色に変えてくださったことへの恩返しにもならないかと思いますが、私が知っていることは全てお教えしますので、こちらこそよろしくお願いしますね。」

「はい!」


 そうしてイチカはそれから一時間以上、エリアスに聖人としての知識を事細かに教えてもらい、さらに力をどう使えばいいのかを実際にその場で実演してもらいながら学んでいった。


 穢れを祓う方法については祈りを込めて声に出すという方法を取ったが、一番大切な身を守る方法に関しては、それとは全く異なる力の出し方が必要だと知る。


「私達の力は、残念ながら全く効かない者達が存在します。」

「はい、知っています。御使い、と言われる人達のことですよね?」

「ええ。ですがそれ以外の人達には十分すぎる効果が出ますから安心してください。声には出さずとも大丈夫。防御したい部分にあの青白い光が弾けるようなイメージを向けてください。」


 イチカは手のひらに言われた通りのイメージを向けた。


「あ!」


 するとそこにチリチリと小さな光が生まれていく。穢れを祓った時のような強い光ではなく、それはまるで線香花火がその火花を辺りに散らすような光だった。


「その調子です。たぶんその程度の力では私達聖人の力を持つ者にしか光は見えないでしょう。ですからもし人目が気になるような場所で襲われたとしても、目立つことなく相手を引き離すことができますよ。」


 イチカは少しだけ力を強めたイメージに変える。線香花火から普通の手持ち花火ほどの火花に変わる。


「ああ、それだと人が吹き飛びますよ?」

「え、これでですか!?」

「ええ。だから先ほど位がちょうどいいんです。声に出すともっと強力になりますがお勧めはしません。」

「なるほど・・・わかりました!」


 エリアスは微笑んで補足情報をくれた。


「もし相手が御使いと呼ばれる者達だった場合には直接力を当てても意味がないので、近くにある何かに力を加えて攻撃するという方法しか無いようです。ただこの力は元々防御というか、自分に危害を加えるものを弾くことがメインなので、実際それがどんな動きをするのか全く未知数なのですが。聞いた話では、岩などを爆発させて身を守った者が過去にはいた、ということです。」

「岩!?すごい・・・」


 イチカは怖くなって手のひらの力を一瞬で消し去った。


「神の力を使えるっていうのは、それだけ責任が重いということですよね。」

「そうですね。それでも私は、自分の力を大切にしたいと思っています。誰かの助けになるためにこの身を捧げて生きたいと、今はそう思っているんです。イチカさん、それもこれもあなたのおかげです。」

「エリアスさん・・・」


 イチカは少しでも彼の気持ちをそんな風に後押しできたことを嬉しく感じていた。そしてエリアスはレクチャーを続けていく。


「さあ、最後は癒しの力の出し方ですね。」

「はい。」

「実はこれには一つ大事な要素があってですね。なぜか癒しの力を使う場合に癒したい相手の同意が必要になるのです。」

「え?」


 イチカはその話に少し困惑してしまう。


「でも・・・私が以前作った札はそんなこと必要ありませんでしたけど・・・」

「ああ、それはたぶん魔女の力も加わっていたからでしょう。イチカさんは魔女としての力もかなり強いはずですから。」

「ああ、なるほど・・・」


 エリアスはそれまで立っていたイチカを椅子に座らせてから話を続けた。


「相手が、たとえ意識を失っていたとしても、意識を失う前に生きたいと、元気でいたいという意志が無い場合には、残念ながら助けることはできません。」

「そうなんですね。」

「その意志が強ければ強いほど、効果は現れやすい。ですから是非力を使う前に、癒す相手の心も回復に向かうよう励ましてあげてください。」

「わかりました。」


 エリアスは頷く。


「そして、癒したい相手の体の一部に直接触れてから、先ほどイメージした青白い光ではなく、暖色の光を思い描いてみてください。もちろん体が良くなっていくイメージも必要です。」

「良くなっていくイメージ・・・」

「早速やってみましょう。」

「今ここでですか?」

「はい。」


 イチカは目を瞑り、健康な体のイメージと、夕日のような橙色の光を思い描いていく。


「私の手に触れてみてください。」

「はい。」


 すると、まさにイメージした通りの薄い橙色の光が、エリアスの手を包み込んでいる様子が見えた。


「綺麗・・・」

「いいですね、これで大丈夫です。実は先ほど紙で指を切ってしまったのですが、ほら、治っていますよ。」


 エリアスが見せてくれたのは何の傷もない手のひらだった。


「この力も声に出すことでより力は増します。さあ、これで私が教えられることは全てお教えしました。ですがイチカさん、私はあなたの力はもっと深く、もっと色々な可能性があるのではないかと思っているんです。」

「え?」


 イチカは思わぬ言葉に少し驚く。


「魔女の力も聖人としての力も強く、しかも自己流で特別な札も作られたとシオンさんからお聞きしました。まだまだ何かできることがあるかも知れない。これは私の勝手な希望ですが・・・イチカさんはもしかしたら、御使い達にも対抗できる力を秘めているのかも知れませんね。」


 エリアスはそう言うと少し疲れたように肩に手を当てて首を回した。


「さて、それでは私は部屋に戻って休みます。イチカさんも無理はしないように。あまり神の力を一気に使いすぎると、慣れないうちは強い眠気に襲われますから。いざという時逃げられるように、調整して使ってくださいね。」


 イチカはその言葉にハッとする。


(そうか・・・だからあの村でも、洞窟から帰った時もあんなに眠かったのか・・・)


 ドアを開けて帰っていこうとするエリアスに、イチカは立ち上がって慌ててお礼を言い、ドアを閉めた。


「はあ、頭がパンクしそう・・・」


 覚えたことをメモする元気もなく、すぐに椅子に戻りデスクの上に突っ伏してしまった。そして予想通り、数分もするとイチカを強い睡魔が襲う。


(駄目だ、眠い・・・)


 そしてシオンが起こしに来るまで、イチカはそこでぐっすりと眠ってしまうことになった。


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