90. テオニタスの事情
イチカがテオニタスを連れてシオンの家に到着すると、物凄い勢いでドアが開き、シオンが無表情のまま飛び出してきた。
「イチカ!!」
「シオン!?何、どうしたの?」
イチカはシオンに何かあったのかと慌てて近寄ったが、シオンは近寄るイチカを手で止めて、横を素通りしテオニタスの方へと歩み寄った。
「どうも。シオン、俺に対して何か怒ってる?」
「いや。怒ってはいない。だが話がある。」
「あー、ばれちゃったのかな、俺の素性。」
「・・・外で話すことじゃないな。入れよ。」
「はあ。仕方ないか。」
テオニタスが玄関から中に入ると、シオンはイチカの背中を押して一緒に家に入った。
リビングに入り、テオニタスはどかっと一人掛けのソファーに腰をおろす。そのまま足を組んで目を瞑り、またゆっくりと目を開けた。
「どこまで知ったの?」
テオニタスがそう切り出すと、シオンもソファーにイチカを座らせ、イチカを守るようにテオニタス側に自分が座る。
「俺が知ったのは、組織のトップではないかと言われている名前の中にあんたと同じ苗字があったことだけだよ。」
「え、どう言うこと!?」
イチカのその声にテオニタスが苦しげな表情を浮かべた。
「イチカにはいつか言わなきゃと思ってたんだ。俺が初めて惚れた女の子だから。でも、こんなことになるまでどうしても言えなかった。」
イチカは衝撃的な話で茫然とした顔のまま、ただじっとテオニタスを見つめていた。
「テオ、どういうことなのかきちんと説明して。」
テオニタスは組んだ足をおろしイチカを見つめ返した後、前屈みになって両手を合わせ話し始めた。
「俺は君達が追っていた組織のトップ、ベルーという男の息子なんだ。」
「え・・・」
イチカはさらなるショッキングな事実に、それ以上何も言えなくなる。シオンはそんなイチカをチラッと見てからテオニタスに声をかけた。
「ベルーという名前以外にも、貰ったリストの中にはトップなんじゃないかと言われている名前がいくつかあった。だがあんたがそう言うなら、そいつが全ての指示を出しているってことだな。」
テオニタスは下を向いたまま訥々と話し続ける。
「そこまで詳しい内情は・・・知らない。ただ、見ていた感じだとあの男より上の人間なんて・・・いそうも、なかったけど。」
テオニタスはそれから一分ほど悩んでいる様子だったが、俯いていた顔を上げると今度は言葉に詰まることなく話し始めた。
「俺がその男の息子だと知ったのは二年前。それまで両親は死んだと聞かされてたし、幼い頃は小さな教会で他の孤児達と一緒に育った。教会を出てからは何もかも面倒で、顔だけはよく褒められたから、お金を持っている女の人達に助けてもらいながら適当に生きてたんだ。だけどある時、唯一覚えてた母の名前のことを何気なく友達に話したことがあって・・・そうしたらそれがなぜかあの男に伝わったらしくて、後日俺に会いにきたのが始まり。」
そこでテオニタスは黙ってしまい、その様子を見ていたシオンが一呼吸置いてから質問する。
「・・・それであんたは奴の組織に入ったってわけか?」
「入りたくて入ったんじゃない。そもそも俺は入ったつもりも無かった。でも気がついたら流されるままに仕事を任されるようになってたんだ。」
そこで彼は少しだけ顔を上げた。その眉間には先ほどよりも深い皺が刻まれていた。
「あの男は・・・俺の手に負えるような相手じゃない。人を殺めることも、関係ない人まで巻き込んで傷付けることも何とも思わない男なんだ。最初は優しく、常識人のような顔をして近づいてきたし、何なら今だって決して俺のことだけは傷つけようとか叱りつけるとかそんなことはしない。だけどあれは・・・わかってるんだ。たぶん俺が恐怖でとっくにあの男に支配されてることを。」
イチカはその意味を少しだけ理解できた。爆破事件の時に感じたあの大柄な男から感じたのは、まさにそういう身動きの取れないような恐怖だった。きっと彼もそれに近い、もしくはもっと恐ろしい何かを父親に感じていたのだろう。
「だから仕方なくあの男に言われた通りに俺は動いてた。金は必要な分だけいつでも貰えたし、初めのうちはたいした仕事もなかったから、もう言うことを聞いてさえいればいいかと諦めて従ってた。でもそのうち大きな事件を起こす時には必ず関わらせようとし始めてきて、どんどん苦しくなっていった。」
実際のテオニタスの表情も苦しそうなものに変わっていく。
「爆破事件もそのうちの一つか?」
「ああ。だけどあれは本当にどうしてもやりたくなくて、俺は最初の爆破事件の後キーラから逃げた。ゼキラムに逃げたのはそこでも事件を起こすって知らなかったからなんだ。なのにあの日、俺のすぐ側であの事件が起きて・・・しかもイチカを巻き込んでしまって・・・」
イチカはその時のことを思い出す。あの日の彼は確かに、それまでの何かを隠したような穏やかすぎる態度を一変させ、イチカを心から心配してくれた。そういう事情があったならそれも頷ける。
「もうどうにもならないのはわかってたけど、君達があの事件を調査してることを知って、少しでも助けになればって動いてしまった。そんなことをすればあいつらに居場所がばれるかもしれなかったのに。それでも俺は・・・イチカの力になりたかった。」
「テオ・・・」
テオニタスの深い思いにイチカの胸が再び苦しくなっていく。シオンはそんなイチカの表情を横目で見てため息をついた。
「事情はわかった。じゃあキーラの町で俺達が尾行していた時、あんたはどこに何をしに行ったんだ?」
「あれは・・・前に住んでいた家にどうしても取りに行きたいものがあって、それで。」
「そうか。それで今あんたは追われてるのか?」
シオンは容赦なくテオニタスを追い詰める。本来の彼の姿が、イチカにはそこにありありと見えるようだった。
「ああ。・・・しかもさっき、イチカと一緒にいるところを見られた。」
イチカは焦って助け舟を出す。
「それは私が悪いの!無理にテオを助けようとしたから・・・」
「イチカはちょっと黙ってて。」
シオンが厳しい口調でイチカの言葉を止めた。
「シオン?」
「いいから!」
「・・・うん。」
そしてシオンはテオニタスに真正面から向き合い、低く凄みのある声で、語気を強めて言い放つ。
「それで、イチカを守る覚悟もないくせに、彼女を巻き込んだって言って怖気付いて終わりか?」
テオニタスはハッと顔を上げ、シオンの顔をじっと見つめた。
「いいか、テオ。俺はイチカが何に巻き込まれようが、俺の事情に巻き込んでいようが、関係なく彼女を守るし側にいるつもりだ。」
イチカはその言葉に胸を打たれる。
「あんたに彼女を守る覚悟がないなら彼女からすぐに離れろ。その後に何が起ころうとあんたの責任は問わない。俺が守るから問題ない。組織から逃げるんならこの町からも早く出ていけばいい。」
テオニタスは両手を真っ赤になる程強く握りしめる。
「だが、もしイチカへの想いが嘘じゃないっていうなら、逃げてないで彼女を守れ。」
「シオン・・・」
イチカが思わずシオンの太ももに手を置くと、シオンはその手を上からぎゅっと握りしめた。
テオニタスはその様子をじっと見つめた後、真っ直ぐにシオンを見て言った。
「君達の絆が深いのはよくわかった。本当はもうそこに入り込む隙間なんて無いんだってこともわかった。でも俺は・・・こんなに誰かを好きになって、大切に思ったことはないんだ。わかってても、まだ離れたくない。イチカを・・・愛してるんだ!!だから巻き込んでしまっても、こんな不甲斐ない俺でも、どうしても諦めきれない・・・守りたい・・・イチカ・・・」
イチカはテオニタスの悲痛な想いをどう受け止めたらいいかわからず、シオンの足に載せていた手を自分の方に戻そうとする。だがシオンはさらに強く握りしめ、決して手を離そうとはしなかった。
「イチカは渡さない。でもイチカはテオのことを友達だと思ってる。だから俺は彼女の友達としてならあんたを助けたいと思ってる。いいかテオ、俺に頼りたくないなんていうくだらないプライドを持って逃げ回るのか、そんな考えを捨てて彼女を本当に守り抜いて生きるのか、今すぐどちらか選べ!!」
シオンのその一喝が、迷いの中にいたテオニタスに何かを決意させた。そして彼は椅子から立ち上がり、深く深く頭を下げる。
「俺は彼女を守る。君の手を借りてでも。頼む、俺に協力してくれ。できることは、何でもする!!」
シオンがイチカの手を握ったまま立ち上がった。イチカも釣られて立ち上がる。
「わかった。いいか、これから先俺はあんたを一人の依頼人として扱う。金はいらない。だがイチカの件、例の条件は解除しろ。俺は彼女を守るのにそんな面倒な約束守っていられないし、あんたとそんな面倒な話もしてる暇はない。」
「ああ。わかった。」
「それと宿は引き払え。レオンのところは部屋が多いからそっちに移動する。あいつも俺に負けないくらいには腕がたつ。まあ、あんただって最低限は身を守れるだろうが、相手が相手だからな。それでいいな?」
テオニタスは黙ったまま頷く。
「よし。じゃあ宿まで一緒に行こう。イチカももちろん一緒だ。イチカ、これからしばらくは俺から離れるなよ。」
イチカはシオンの勢いに押されてただ黙って何度も頷くことしかできなかった。
「シオン、色々とすまない。」
「はあ。謝るのは全部終わってからにしてくれ。」
「わかった。」
そうして、とんでもない情報から始まった話し合いは一旦終わりを迎えた。その後三人はすぐにテオニタスの荷物を宿から引き上げ、その足でレオンの家がある場所まで黙々と歩いていくことになった。




