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⒐ 別れと旅立ちと再会

 それから季節は流れ、冬を越し、春が来て、夏、秋と実りに感謝し、また冬が来て・・・二人の森での穏やかな生活はゆっくりと流れていった。


 イチカは時々、例の町に行ったり秘密の部屋で修行をしたりしながら、この世界で生き抜いていくための知識と力と知恵を磨いていった。



 そして・・・十六歳の誕生日を迎える今日、イチカはいつものように、家で父の帰りを待っていた。


 マシュートは、毎年欠かさず買ってくれていた葡萄ジュースを今年も買うんだと張り切って出かけていった。もちろんいつもの守りと癒しの札は持っていってもらっている。



 部屋を掃除し、今日の誕生日会の食事を用意して、一息つく。


 窓の外には青々と繁った木々の葉が目に眩しい。夏に入る直前のこの時期が、イチカはとても好きだった。ダイニングテーブルに肘をつき、手にあごを乗せて外をぼんやりと眺めていた。



「ん?」


 なぜか外が騒がしい。この森の中の村でこんなにざわざわとした音が伝わってくることはほとんどない。まだ音は遠いが、明らかに十人以上の人間がこの森に足を踏み入れている感覚がある。


 森で育ったイチカの研ぎ澄まされた感覚が、村に近づく異常事態を敏感に察知していた。



「念のため、非常用リュックを持っておこう。」


 イチカはいつでも家を出て旅立てるよう、必要なものを詰め込んだリュックをすぐ出せる場所に準備してある。動きやすい服装に着替え、丈夫な編み上げブーツを履くと、そのリュックを背負って家の裏手に隠れた。



 ガサガサ、という音とともに誰かが不意に玄関の方に現れた。小さな声で「イチカ!」と呼ばれて、父の声だと気づく。


「お父さん?」


 急いで飛び出すと、マシュートが青ざめた顔でイチカの肩を掴んだ。


「まずい、何者かがここに向かってきている。お前を探しているんじゃないのかもしれないが、もし万が一お前の存在がばれてしまったら大変なことになる。急いで準備を・・・してあるのか。」


 マシュートはイチカの格好を見てため息をついた。


「イチカ。お前はまだ十六歳だ。家を出るのは早いかもしれない。だがこの四年間に十分に知識を蓄えたし、生き抜く術も身につけた。それに・・・前世の知識と経験もある。一人で、行けるか?」


 真っ直ぐにイチカの目を見つめる。イチカはとっくに心を決めていた。


「うん。お父さん、私は大丈夫。でも・・・お父さんも一緒に逃げよう?札を持っていればもし捕らえられそうになっても逃げられるんじゃない?」


 マシュートは目を逸らした。何かを隠している。


「これまで、力を持つ者達がなぜ捕まると逃げられなかったのか・・・お前に言えなかったのには理由がある。」

「え?何、どういうこと?」


 イチカはリュックを握りしめながらマシュートを見つめた。


「奴らは・・・まず家族や大事な人達を人質として場別の場所に幽閉してしまう。つまり父さんがお前の足枷になるってことだ。」

「だとしても!そうならないように・・・」

「もう一つ。お前の力にも対抗できる者達が存在する、と言うことだ。」

「対抗って・・・だって、聖人って本来世の中の人の為に生きている人達じゃないの?」

「そうとは限らない。単に強い力を得ただけで、悪いことに使おうとした者達も昔は多くいたんだ。神は人の善悪で動いている訳じゃないからね。力の特殊さゆえに『聖人』と呼ばれてきたに過ぎない。」

「・・・だから、逃げるしかない、隠れるしかないってことなのね。」


 マシュートは暗い表情で頷いた。


「もっと早くお前に伝えるべきだったとは思う。だが、離れ離れになることをお前が了承しないと思ってね。さあ、もう行くんだ。彼らが迫っている!」

「最後に!その対抗できる人達って、何者なの?」

「『神の御使い』とか『天使』とかいう俗称しか知られていない。腕力や体力は人並み外れて強いが特殊な力はない。だが『聖人』の力には対抗できるから、力で押さえつけられてしまうんだ。なぜ彼らが長年王家に従っているのか、それは私にもわからないが、彼らに見つかれば・・・もう終わりだ。」


 イチカはマシュートの手を握りしめた。


「じゃあ、お父さんも逃げて!いずれどこかで会いましょう!」

「そうだな。すぐに会うというわけにはいかないだろうが、来年の今頃にはコクレの町に行けると思う。あそこには古くからの友人が住んでいるんだ。」

「わかった。じゃあ一年後にそこに行く!とりあえず今から出るね。」

「イチカ。」


 歩き出したイチカだったが、マシュートの声に振り返る。


「絶対に生き抜くんだ。何があっても。父さんはお前が元気で生きていてくれればそれでいい。無理はするなよ。」

「・・・うん。お父さんこそ、もう若く無いんだから無理はだめよ!」

「そうだな。気をつけて!」

「はい!」



 そうしてイチカは、十六歳の夏、慣れ親しんだその村と森を離れ、一人、旅に出ることになった。





 森を知り尽くしたイチカにとって、初めて森に入ってきた大人たちに気付かれないまま森を抜けることなど造作もないことだった。どの道をどう進めばメインの道から死角になるのかを考えながら進み、ほとんど彼らの姿を見ることなく森を抜け出ることに成功した。



 到着したそこは、いつも出る街道沿いの出口では無く、以前に頭を怪我してしまったあの町の隣の村に出る出口だ。


 人通りは少ないが、念のため辺りを見回してから、静かに歩き出した。町に入ってしまえば人混みに紛れられる。髪色は黒っぽい焦茶にしてあるので目立つこともない。


(ここからあの町まで出て、それからさらに隣の町に移動しよう!)


 イチカはざっくりとした方針を立ててから動き始めた。



 しばらく歩くと、あの懐かしい町が見えてくる。四年前は頭を血だらけにして、二年前はこっそり髪の色を変えて訪れた町。


(ここから新しい人生が始まる。しょうちゃん、見てて。私今度こそあなたの分もこの世界で生き抜くから!)




 町の中に入ると、相変わらず人であふれ、賑やかな通りが続いていた。イチカは四年間で貯めてきたお金をあちこちに隠してしまってある。そのうちの一部を抜き出して、ここからの旅に必要な買い物をしていく。


 日持ちのする食料や軽くて丈夫なテント、武器は必要ないが旅をするならいいナイフも欲しい。ある程度納得いくものを揃えると、その日は一泊だけ素泊まりの宿に泊まることにした。



 宿に荷物を置いて、ふと思い立ってあの本屋に立ち寄る。


(懐かしい・・・あの少年、て言っても顔立ちが少年に見えただけで、二十歳近かったかもしれないわ。背も高かったし・・・)


 あの日の茂みはまだ残っていて、何となく懐かしく眺めてしまった。すると後ろからドン、と誰かがぶつかってきて、イチカは茂みの中に突っ込んでしまった。


「わっ、申し訳ない!大丈夫ですか?」


 葉っぱだらけになったイチカは不機嫌な顔のまま振り向いた。


「あっ!?お前!!」

「・・・え?」


 目の前の男性はとんでもないものを見つけてしまったかのように口をあんぐりと開けて指をさして立っている。


 茶色くサラサラとしたショートヘアのその男性は、この辺りでよく見かける若者の格好をした、二十代半ばの男性だった。動きやすそうなありきたりのシャツとズボンを履いているが、よく見ると少し物が良さそうにも見える。


(素性を隠した、いいところのお坊ちゃんなのかしら)


イチカはその男性に全く心当たりがなく、より不機嫌さを増してその指を手で払った。


「人に指を向けるなんて失礼な方ですね!しかもお前って!葉っぱだらけになったのがおかしいのかもしれませんが、これあなたのせいなんですけど!」


 イチカは頭にくっついた葉っぱを払おうともせず、怒りの顔でその男性に向き合った。


「ああ、そう、ですね。失礼しました。葉っぱをお取りしましょうか?」

「・・・結構です!」


 憤慨したままその場を去ろうとしたその時、男性に手を掴まれる。


「ちょっと、何のまねですか?」

「俺のこと、覚えていない?」

「はい?」

「ほら、四年前にここで会った・・・お、君さ、髪の色は違うけどあの子だよね?」

「え・・・?」


 イチカは自分の記憶を振り返る。記憶にある彼と今の彼を重ね合わせた。


「ああああ!!あの?あの泥棒少年!?」

「いや人聞きの悪い・・・だから違うって!ああ、もう、ちょっと来て!!」


 イチカはあれよあれよと言う間に元少年に引っ張られるようにして大通りの先まで歩き、見たことのない大きな建物に引き入れられてしまった。


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