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85. テオニタスの秘密①

 イチカ達は翌日の朝、泊めてくれた男性に何度もお礼を言い、いくつか常備しておくと安心な薬をプレゼントしてからその村を後にした。


 彼もまた深く深く頭を下げて見送ってくれていたので、おそらくイチカ達がこの村の危機を救ったことを理解していたのだろう。薬のことも「魔女の薬か!本当に助かる!」と言って大喜びしてくれて、イチカもまたきちんと宿泊のお礼ができたことに安心して出発することができた。



 その村を訪れた時に使った広い道に出てから一時間ほど道なりに歩いていくと、少しずつ下り坂に差し掛かる。これから向かう町は今いる場所よりも標高が低くなるようで、見晴らしの良い場所に出ると眼下には大きな町が広がっているのが見えた。


「すごい!ビビカナに負けないくらい大きな町ね!」

イチカが思わず大きな声でそう言うと、シオンが横に並び、イチカに笑顔を向けた。

「ああ。ここはこの辺りを治める領主が住んでいるキーラっていう町だな。あの町とさっきの村とゼキラム辺りが領地なんじゃなかったかな。」

「へえ。そうそう前から思ってたけど、シオンってそういうの詳しいわよね、貴族のこととか。」


 シオンが無表情になり前を向く。


「あー、まあ、職業柄色々と知っておくと便利なんだよ。」

「ふうん。・・・シオン、誤魔化すの下手だよね。」


 イチカが下から覗き込むようにしてにやけながらそう言うと、「一ヶ月後、覚悟しとけよ」と言って顔を近づけて微笑み、イチカが動揺したのを確認するとどんどん前に進んでいってしまった。


 さっさと離れてしまったことを少し寂しく思いながら、イチカは改めて目の前にある大きな町の美しい景色に目を奪われていく。すると今度はテオニタスが隣に並び話しかけてきた。


「イチカ、これから行く町にはどのくらい滞在する予定?」


 彼の表情はいつも通り明るく見えるが、何か心配事を抱えているような気がして、イチカは彼の顔をじっと見た。


「一日滞在して馬車を借りて、一気にザインの町まで行く予定だって昨日シオンが言ってたわ。ここからだと馬車でも最低半日はかかるらしいから。」

「そう。わかった。」


 何でもないようにそう言うと、彼もまた前を向いてしまう。イチカは話すかどうか悩みながらしばらく彼の横に並んで歩いていたが、少し経ってから思い切って尋ねてみた。


「テオ。」

「なんだいイチカ?」


 彼はいつもの何気ない笑顔をイチカに向ける。


「私はもうテオのことは友達だと思ってるからね。」

「・・・」


 テオニタスは目を丸くしてイチカを見る。


「不安なことがあるならいつでも言って。強制はしない。でもいつでも話は聞くし、できることがあれば全力で助けるから。」

「うん・・・イチカはそういう人だよね。」


 下を向いてしまった彼のことが心配になり、イチカは下から顔を覗き込んだ。テオニタスはイチカの顔が近くにきたことに気づくとなぜか頬を赤らめて顔を背けてしまった。


「えーっと、じゃあ、まあそういうことで!」


 彼のその表情を見て少し気まずくなり、とりあえず今はそっとしておこうと、イチカは速度を上げて彼の前を歩き始めた。



 町が見え始めてからさらに三十分ほど歩いていくと、ようやく町の中心部に入ることができた。それまでにはなかった高い建物や、ある程度統一感のある模様の彫刻が入った柱などが印象的なこの町は、いかにも裕福な商人や貴族達が暮らす町、という感じでイチカは圧倒されてしまう。


 この世界の貴族には特に爵位のようなものがあるわけではないらしい。ざっくり分けると、領地を持っている者『領主』とその家族、王国直属の『王国騎士』、そして国王との謁見が常時許されている上級役人達『官僚』が、いわゆる貴族というカテゴリーに入っているようだ。彼らには特別な名称はついていないが特権階級にあることは間違いなく、それ以外の人々からは必ず「様」をつけてその名を呼ばれている。


 広くかつ肥沃な領地を持つ領主ほど地位は高く、その名は各地に知れ渡り、王国内でも強い力を持っていると昔読んだ本には書かれていたが、深い森という隔絶された世界で生まれ育ったイチカにはあまり縁のない話だった。


(でも知らないと困ることもありそうだよね。いずれシオンに詳しく話を聞いてみよう・・・)


 そんなことを考えながらまたしばらく歩いていくと、中心部から少し外れ、一般市民が多く暮らすイチカにも馴染みのある風景に変わっていく。その辺りには商店街らしきものや小さな公園なども見られ、庶民代表のようなイチカにとってはこちらの景色の方がずっと安心できた。


 お店がたくさんあって楽しそう!などとキョロキョロしながら歩いていると、シオンがイチカに近づき話しかける。


「今日の宿はこの辺りで取ろう。エリアスさんも緊張はだいぶ解けてきたみたいだけど、あんまり人が多いところは嫌だと思うからさ。」

「そうね。もう宿は見つけたの?」

「ああ。この先に俺がよく泊まっている宿があるから。・・・イチカは俺と一緒の部屋にする?」


 シオンが悪戯っぽく微笑む。イチカは腕をはたく真似をしてシオンを軽く睨んだ。


「バカ言わないで。また夜中に説教されたいの?」

「それは嫌だな。まあ、人が多く来る時期でも無いから宿は空いてるだろ。」

「了解。じゃあ行こう!」

「おう!」



 そうしてイチカ達がたどり着いたのは三階建ての簡素な宿で、残念ながら食事は出ないとのことだったので、それぞれで買ってきて済ませるか食べに行くかという話になった。


「私は外に出るのはまだ怖いので、買ってきて部屋で食べます。すみません。」

エリアスはそう言うと、宿のすぐ近くにあった店に買い出しに出かけていった。


 イチカはシオンと外で食べようと話し、当然のようにテオニタスも誘ったのだが、彼は珍しく部屋で過ごすよと言って止める間もなく部屋に入ってしまった。


 テオニタスらしくない言動にシオンと顔を見合わせて困惑したが、イチカは先ほどの彼とのやりとりからこの町に居たくない理由があるのだろうと判断し、シオンを促して二人で食事に出かけた。



「二人っきりで食事に出かけるのは久々だな。」


 まだ明るさの残る町の中、人々が多く行き交う広い道を二人並んで歩く。


「そうだね、ジェンクで朝食を食べて以来じゃない?」


 イチカはこの時間がなんだか嬉しくて、つい顔がゆるんでいく。


「あれ以来デートもしてないしなあ・・・」


 シオンは上を見上げわざと寂しそうな声を出してから、イチカをチラッと見た。イチカはその何か言いたげな顔に物申す。


「あれはデートじゃなかったでしょ。それにそんな顔で私を見てもデートなんてしませんからね!」


 そう言ってイチカがわざとらしく変顔をしてプイッと横を向く。


「ぷっ、なんだよその顔!美少女がする顔じゃないだろ!」

「ふっ!私の表情筋を舐めてもらったら困るわ!」

「・・・何の話だよ?」

「え?顔の筋肉も鍛えてるって話!老後に垂れないように!」

「何言ってるかさっぱりわからない!」


 そんなやりとりがおかしくなって、二人でしばらく笑い合った。そして笑いがおさまると、シオンが突然、はああー、といつもより大袈裟にため息をつき、肩を落とす。


「何?どうしたの?」

「イチカと手を繋ぎたい。」

「あのねえ・・・」

「せっかく二人っきりなのに!あいつのせいだ!」


 拳を握って怒る姿が可愛くて、イチカはつい笑ってしまう。


「あはは!いいじゃない、今こうして一緒にいて楽しいんだから。」


 その言葉にハッとしたようにシオンが立ち止まる。


「な、何?」

「いや、何かそんな風にイチカに思ってもらえるなんて嬉しいなって思ってさ。」

「やだな、いつも大袈裟なのよ、シオンは!」

「だって最初の頃お前は本当に俺に冷たかったじゃないか。」


 イチカはあー、と言いながらその時のことを思い出す。


「そりゃあね、ほとんど知らない、しかも泥棒かもしれない男性が一緒に仕事をしようって言ってきたら、シオンはどう思う?」

「・・・全力で避けるな。」

「そういうこと。」

「・・・」


 黙ってしまった彼をそのままに、イチカはふと、今日のテオニタスの様子がおかしかったことを思い出した。


「ねえ、どうしてかはわからないけど、テオはこの町を恐れてる気がするの。ここって何か特別な町なの?」

シオンは言いにくそうに口を開く。

「・・・ここは例の組織の拠点の一つだと言われてる町なんだ。もしかしたら何か関係してるのかもな。ゼキラムでのあいつの言動もおかしかったし。」

「やっぱりシオンも気づいてたんだ。」

「ああ。組織の一員だったのか、それとも何か彼らに関わって追われているのか。まあ、あいつが何も言わないならしばらくは放っておこう。こちらに火の粉が降りかかってきたりあいつが本気で困ったら、仕方がないから俺が動くよ。」


(へえ、シオンってこんなに頼り甲斐のある人だったんだ・・・)


 何の気負いもなく『俺が動く』と言ってのける彼がちょっとだけ素敵に見えてしまい、イチカの心がカクンと揺れた。


 経験と実績に裏打ちされ、本当に強い彼だからこそ言えるその一言が、イチカの中の大きな壁を突き崩しそうになり慌てて翔太を思い出してそれを補強する。


 そして気持ちが落ち着いたところでシオンに話しかけた。


「シオンって、実は結構頼れる人だよね。」


 シオンはキョトンとした顔をした後、相好を崩してイチカを見つめる。


「だろ?だからずっと俺の側にいろよ。」

「そ、それはまた別の話。」

「声が上ずってますけど、イチカさん?」

「いいから早く行こう!もうお腹空いて倒れそう!!」

「ハイハイ。」


 イチカはシオンが触れてこないことに今だけは感謝しながら、美味しい食事を探して彼と二人、夕闇迫る町をゆったりと歩いていった。


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