84. それぞれに抱えているもの
外に出ると、十人ほどの村人達が何やらワイワイと話している声が聞こえてきた。昨日のイチカが発した光を誰か見てしまったのかと不安に思いながら近づいていくと、宿泊させてもらった家の主人である男性が、イチカ達の元にやってくる。
「やあ君達、聞いてくれ!この辺りの植物が生き返りつつあるんだ!それに病で伏せていた者達まで突然元気になって・・・まるで君達が奇跡を運んできてくれたようだよ!」
男性が嬉しそうにそう話し、イチカ達はその場にいた村人達の様子を一人一人確認していく。確かに皆元気そうで、それぞれの身に起きた奇跡を興奮しながら語り合っているようだった。
「あはは、きっと何か奇跡的な偶然が重なったんでしょうね・・・」
イチカがひきつった笑顔でそう返すと、シオンがその顔を今にも噴き出しそうな顔で眺めているのが目の端に映った。
そして辺りを見渡すと、ただの土しかなかった地面にほんのわずかだが、小さな植物達が芽吹き始めているのがわかった。
イチカはしゃがみ込んでその新芽に触れ、神と言われる存在の力の大きさ、聖人として生きることの責任の重さを噛み締めていた。
「まあとにかく、皆が元気になって村が蘇るなら、またここで一から頑張ることができる。君達が何かしてくれたのかもしれないが、知られたくないなら私の胸の内におさめておくよ。とにかく、色々とありがとう。」
血色の良い顔に笑顔を浮かべている男性の様子に、イチカの顔もみるみるほころんでいった。
「イチカ!よかったここにいたのか!」
「テオ!」
「・・・来たか。」
テオニタスが家の中から走ってやってきて、立ち上がったイチカの近くでにっこりと微笑んだ。
「昨夜は助けてくれてありがとう。シオンという暴漢に襲われた時は死ぬかと思ったけど、俺のお姫様が救い出してくれたからね。それに・・・」
「?」
テオニタスがチラッとシオンの顔を見てからイチカの耳元に近づく。
「抱き止めた時の君の体がとても柔らかくて最高だったよ。」
「ひゃっ!?」
「あはは!いい声!」
「こら!イチカに何するんだ!!そもそも昨夜のことも、イチカに触れたんだから旅は終わりにすべきだろ!」
「あれは不可抗力だよ。倒れそうな女の子を助けないなんて男じゃ無いだろ?」
またもやテオニタスとシオンが揉め始めたのを見て、イチカは耳を手で押さえながらそこから離脱した。
(とにかく、みんなが元気になって本当によかった。昨日の祈りが効いたのかな?神様、力を貸してくださってありがとう・・・)
イチカは心の中で感謝の祈りを捧げながら、まだ冷たさの残る春の始まりの風を肌で感じつつ、ゆっくりと自分の部屋に戻っていった。
その日男性の家で昼食を済ませた四人は、もう一泊させてもらって明日朝一番に隣の町へ向かおうということになった。
すぐその日に出発してもよかったのだが、イチカがエリアスの髪の色を変えたいし、テオニタスがいないところで色々と話を聞いておきたいと希望したため、一日出発を伸ばすことが決まった。
テオニタスは昨夜あまり寝られなかったようで、今日はゆっくり昼寝ができると大喜びでそれを了承し、シオンはまた新たに畑ができるようにと、村人達の手伝いをしてくると言って外に出ていった。
そしてイチカは父の本を手に取り、エリアスに声をかけた。今は二人だけでリビングにいる。
「エリアスさん、それじゃあ髪の色を変えていきますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
エリアスはイチカの前に椅子を置いて座り、軽く頭を下げた。
イチカは特殊な呪文を唱えながら少しずつ彼の銀色の髪に触れていく。ここで焦ってしまうと髪色がまだらになったり期待していた色が出なくなってしまう。丁寧に、じっくりと時間をかけて全ての髪の色が変わるように繰り返し呪文を唱え、力を込めていった。
手で触れたところから次第に色が変化していき、ムラなく全体の色が変わったことを確認してからエリアスに声をかけた。
「ふう。エリアスさん、終わりましたよ。」
「ありがとうございます!鏡をお借りしてもいいかな?」
イチカは近くのテーブルに置いてあった小さな手鏡を彼に手渡す。彼はその手鏡を上下左右に動かしながら、驚きの表情を浮かべて新しい髪の色を確認していった。
「・・・すごい!私の髪が焦茶色になっている!!」
イチカはテオニタスの髪色をイメージしながら色を変えていったので、ほぼ彼と同じ色に仕上がったようだ。
(シオンの髪色にしたくなかったなんて口が裂けても言えないな・・・)
エリアスが髪色に喜んでいる間、イチカは心の中に居座っているシオンが着実にその領地を広げつつあるのを感じていた。だがその考えを打ち消すように、自分の頬をペシペシと強めに叩く。
「イチカさん?どうされましたか?」
エリアスがそんなイチカの様子を不思議そうに眺めているのに気づき、慌てて何でもありませんと言って本を片付け始めた。
「イチカさん、私は決めました。ザインの町に、行ってみようと思います。」
「エリアスさん、大丈夫なんですか?」
エリアスは大きく頷いて笑顔を向けた。
「はい。髪色が変わっただけでこんなに心が穏やかになるとは思いもしませんでした。私ももうこんな風に隠れ住んで生きるのではなく、前を向いて堂々と生きてみたい。あの方にも・・・もう一度お会いしたいのです。」
その表情は昨日までのおどおどとしたものではなく、未来に向けて決意を固めた強い意思を感じるものだった。イチカはその決断の後押しができたことを少しだけ嬉しく感じていた。
「ええ、そうですね。だって私達は聖人である前に、ただこの世界に『人』として生まれただけなんですから。たとえ追われる人生であっても、私は私の生き方を諦めたくない。」
その言葉に、エリアスは涙を浮かべながら何度も何度も頷いた。小さなタオルを彼に手渡し、彼が思う存分泣けるようにと、イチカはそっとリビングを離れた。
気持ちを落ち着かせるようなお茶でも淹れてあげようと思いたちキッチンに向かうと、テオニタスがちょうどお湯を沸かしている最中だった。
「イチカ!ちょうどよかった。一緒にお茶を飲まないか?昨日のハーブティーの茶葉が結構残ってるから。」
イチカに気づいて振り返り、嬉しそうに笑ってくれる彼に少し癒される。
「うん。私もそう思ってここに来たの。エリアスさんにも淹れてあげたくて。」
「いいよ。たくさん沸かしてる。シオンはまだ畑にいるから、後で呼んであげなよ。」
「そうね。・・・テオは優しいのね。」
テオニタスは首を傾げてイチカを見る。
「そう?普通だよ。むしろ女の子達には心が無いってよく言われてたなあ。」
「・・・どういう接し方してきたのよ?」
「俺のことを好きとか素敵って言ってくれる女の子と楽しく過ごしてただけだよ。色々と助けてもらいながら。金銭的にとか、家に住まわせてもらったりとか。」
(まさかのヒモ発言・・・)
「でも段々と束縛してきたりずっと一緒にいようって無理を言ってくるから、そこで楽しい時間は終わっちゃうんだよね。そうするとだいたいそう言われる。」
「まあ、そうでしょうね。そういえば下宿先にいたリュイさんにも冷たかったわよね?」
「ああ、彼女は最初から恋人になってほしいって断言してたから、そもそも何の関係も持ってないよ。」
「・・・なるほど。」
「あ、でもイチカは違うよ!俺はイチカには本気で惚れてる。」
「・・・」
まあこれだけ女性受けする顔をしてたらそういう生き方も選べちゃうよねえ、などと勝手に納得して黙って立っていると、テオニタスは真面目な顔でイチカに問いかけてきた。
「イチカは俺のこんな話聞いても、何とも思わない?俺のこと嫌いにならない?」
テオニタスがやかんを火からおろしている間、イチカは下を向いて考え、自分なりの答えを返す。
「まあ、生き方は人それぞれなんじゃない?友達としては別に嫌いとも思わないわよ。でもテオが女の子に刺されなくてよかったなあとは思ってる。」
テオニタスはそれを聞いてにこやかに笑いながらポットにお湯を注ぐ。
「ああ、それはないよ。俺シオンほどじゃ無いけどそれなりに強いし、女の子でも俺の命を狙うなら容赦しないから。」
「ふうん、そう・・・。」
イチカは、テオニタスの裏にある冷たく凝り固まった何かをその言葉から感じ取ったが、それ以上深く聞くことはしなかった。
「俺のこと、気になってくれた?」
イチカが自分の考えに浸っている間にグッと近寄っていた彼に驚き、少し後ろにさがった。
「気にならないわけじゃないけど、これ以上追求するつもりも深く立ち入るつもりもないよ!」
「そっか。イチカなら、俺の奥にある秘密に触れてもいいかなって思ったんだけど・・・。じゃあ、また機会があったらね。」
ポットの注ぎ口から湯気が上がる。ふわふわと消えていくその湯気を見ながら、彼もまた孤独なのかしらと、イチカは何となくそう思っていた。




