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83. イチカの能力

 イチカは未だ暗闇の中にある村の中で、いつもの小さな蝋燭ランタンを手に一人歩き出した。外は冷え込んでいるが、震えるほどではない。


 足元に気をつけながら慎重に前に進み、先ほどあの黒い植物のようなものが特にたくさん現れていた場所に立ち、辺りの気配を窺う。


 人の気配や視線は感じない。そしてあの恐ろしい植物の気配だけが、ごく僅かだがまだこの場に留まっているように感じていた。魔女の修行をして以来、自然の中で掴める感覚がより研ぎ澄まされて鋭敏になっている気がする。


 イチカは大きく息を吸って、それをゆっくりと吐き出しながら集中し、さらにその気配を探っていった。


(エリアスさんが言ったように、今日は私がこの村をどうしたいのか、それを思う通りに言葉にしてみよう)


 持っていたランタンを地面に置く。そして両手を組み、跪き、目を閉じて祈る。膝に感じる土の冷たさと匂いが、大地に根ざして生きていることを改めて感じさせてくれた。


「どうかこの地の穢れが全て祓われて、ここに住む人々が皆笑顔で、健康に暮らせますように・・・」


 イチカがそう小さく言葉にした瞬間、その場にあの洞窟で見たものと同じ、眩しいほどの青白い光が降臨した。


 その光は大きく広がり、目を閉じているイチカの瞼にすらそこに強い光があることを伝えていた。数分間祈りを込めてその場に留まり、キーンという例の音と共に光が消えたことを感じてから、ゆっくりと目を開けた。


「ああ、あの嫌な気配が消えてる・・・よかった・・・」


 イチカはこれでもうこの村の人々があの植物の脅威に悩まされることがなくなったのだと、安堵しながら立ち上がった。膝の土を払い下に置いていたランタンを手にすると、その足でシオン達の待つ部屋へ戻る。


「イチカ!」


 玄関先で、笑顔のシオンがイチカを待っていた。なぜかそれがイチカにはとても嬉しくて、つい心で感じたままに笑みを返す。するとシオンのいつもの笑顔が、急に憂いを湛えた表情へと変わっていった。


「シオン、待っててくれたの?ほら寒いから中に入ろう?」

「・・・ああ。」


 何か言いたげな彼の横をいつも通りの自分で通り過ぎ、彼のあの表情を見た瞬間の小さな胸の痛みには気づかないふりをしてリビングに戻る。それが今だけの応急処置のようなものだとしても、その時のイチカにはそれしかできることが見つからなかった。



「ああ、お帰りなさい。イチカさん、あなたの力は素晴らしいですね!ここまであの光が届いて驚きました。これほど強い力であれば、この辺り一帯の穢れは全て祓われたことでしょう。」

エリアスが笑顔でイチカを迎えてくれる。

「そうだと嬉しいです。若い方も早く戻って来られるといいんですけど。」

イチカはそう言って躊躇いがちに微笑んだ。

「そうですね。・・・さて、そろそろ私はここで休みます。家主の方には何かご挨拶をした方がいいですか?」


 後から部屋に入ってきたシオンが首を振ってその質問に答えた。


「いえ、もう遅い時間ですしそれは明日話しておきますからご心配なく。それと私がそのソファーで休みますのでエリアスさんは私のベッドへどうぞ。」

「いいのですか?」

「ええ。ご案内します。」


 そう言って二人は部屋を出ていき、イチカは椅子に座ってようやく緊張を解いた。すると一瞬にして急激な眠気がイチカを襲う。


(あれ、どうしたんだろう?そんなに疲れてたかな?)


 何とか起きていようと頑張って立ち上がり、部屋の中をふらふらと歩き始めた。そしてどこからか呻き声のようなものが聞こえたような気がして耳を澄ます。


(ん?この声って・・・テオ?)


 聞こえるはずのない彼の呻き声に驚き、リビングを出てテオニタスの部屋に向かう。ノックをするとあの呻き声が再び中から聞こえてきて、イチカは慌ててドアを開けた。


「え、テオ、どうしたのそれ!?」

「んんん!!」


 テオニタスはなぜかタオルで猿ぐつわをされ、目にはぐるぐると何かの布が巻かれていた。後ろ手にされた手首には同じ布がしっかりと巻きつき、ベッドの上で動けない状態にされていた。


 イチカは急いでその手首に巻かれていた布の結び目を何とか外し、目に巻いてあった布も上に持ち上げて取り外す。


「はあ、はあ、助かった・・・」


 テオニタスは解放された自分の手で猿ぐつわを外し、ぐったりとした様子でベッドに倒れ込んだ。


「何これ、いったい何があったの!?」


 イチカがベッドの横で彼にそう声をかけると、テオニタスはそれまで一度も見たことのない不機嫌な顔で、「シオンにやられた!」と叫ぶ。


「ああ、そういうことね・・・」


(何も縛り上げなくてもよかったのに・・・)


 イチカが先ほどお願いした『対策』とは、どうやらこういう形でなされたらしい。きっとシオンはこれまでの鬱憤を晴らすかのように彼をぐるぐる巻きにしたんだろうなあと想像し、イチカはテオニタスに心から同情した。


「なんか・・・ごめんね。」

「何?これイチカも関係してるの?」

「まあ、少し・・・」

「はあ、そうなのか。まあいいよ。」


 そしてテオニタスはベッドから降りてイチカに近づいた。


「え、何?」

「ねえイチカ、もしかして君って秘密だらけなのかな?」

イチカはギクっとしてテオニタスから目を逸らす。

「わかりやすくて可愛いね。でも俺もたくさんあるから、おあいこ。」


 そう言うとイチカの顔の目の前に彼の顔が迫る。よく見ると彼の瞳は少し緑がかった複雑な色をしている。


「ち、近いよ!!」

「だって触れないから。少しでもドキドキしてほしい、俺にも。」

「しません!!」

「どうしても?」

「どうしても!」

「ふうん。じゃあもう少し気長に頑張るしかないかな。」


 テオニタスはふっとイチカから離れ、ベッドに腰掛ける。そしてそれを見ていたイチカに、再びあの強烈な眠気が襲いかかった。


「あれ、また、眠い・・・」

「え、イチカ?」


 慌ててベッドから立ち上がったテオニタスが、倒れていくイチカの体を支えた。


「どうしたんだ?しっかりしてイチカ!イチカ!?」


 イチカは結局そのまま、朝まで目を覚ますことは無かった。




「うううう、眩しい・・・」


 イチカは翌朝、高くなりつつある日の光が顔に当たり、眩しさを感じて目を覚ました。


「おはよう、イチカ。」

「え?シオン?なんでここに・・・」


 イチカは、自分が寝ているベッドに腰かけているシオンに驚き、急いで体を起こした。


「昨夜お前、このテオの部屋で倒れたんだ。覚えてないか?」


 まさかの事実に目が点になり、ぽかんと口を開けたままシオンを見つめる。その口にシオンがポイッと何かを入れてきて、イチカは思わず口を閉じた。


「むぐ。何これ、おいひい・・・!」

口の中に甘酸っぱい果物の風味が広がり、顔がゆるむ。

「餌付け。それ食べたのなら今後は俺の言うことを聞いて大人しくしているように。」

「何それ!?」


 シオンはイチカの顔を見ながら大きくため息をついた。


「はあ。本当にお前は目を離すと何をしでかすかわからない!いい加減フラフラするのはやめろよ!」

「フラフラなんてしてないわよ!」

「してるだろ、いつだって!」


 彼が怒っている理由がわからず、イチカは困惑する。


「どうしたの?どうしてそんなに怒ってるの?」

「怒ってない。」

「そう言う時はだいたい怒ってるじゃない。」

「・・・怒ってるんじゃない。不安なんだ。」


 大きな彼の手がイチカに伸びる。だが目の前で触れることを諦め、握りしめたその手がベッドの上に落ちていく。


「知らないうちにテオのベッドで寝てるし。」

「ああ、気絶したのかな?急な眠気が襲ってきて耐えられなかったの。あれは何だったんだろう・・・。」


 腕を組んで考えてみたが全く理由は思い浮かばない。シオンがそんなイチカの様子をじっと見つめていた。


「俺の言葉に昨日はあんなに動揺していたのに、お前は目を離したらあっさり他の男のベッドで寝てる。俺にはそれ以上何も言うな、親友の範囲を超えるなとか言うくせに、あいつには何でも言わせるし何でもさせるのか?」


 シオンの切実な声にイチカは言うべき言葉が見つからず、黙ったままベッドからおりた。顔に当たる窓からの日射しを防ごうとカーテンに手を伸ばしていた時、シオンがその後ろに寄り添い、少し動けば触れてしまいそうな距離まで近づいてくる。


「ちょっとシオン!?」

「触ってないからいいだろ?」

「近いよ。お願い離れて。」

「イチカ、もっと、俺で頭の中をいっぱいにしてよ。」

「シオン・・・」

「俺がいないと生きていけないくらい、イチカの中に俺がいないと駄目だ。いくらでも美味しいものを食べさせてやるから、お前の心の中に・・・あの人がいるのはわかってるけど、でももっと俺のことでどうにもならなくなるくらい俺のことだけ考えてくれよ・・・」


 シオンの自分への想いの強さは以前より増している気がする。だからこそこのままでは駄目だと、イチカはこの時覚悟を決めた。


 体に触れないよう慎重に体をひねり、シオンの顔を見上げてキッと睨んだ。


「シオン!!」

「はい!?」


 イチカの鋭い声に驚いた顔で直立する彼が少しおかしくて、笑いそうになるのを必死で我慢する。


「あのね。テオのことは何とも思ってないし、私の中にはちゃんとシオンがいるから。あなたのことをずっと前から大切に思ってる。心の中にはずっと居る。」

「それなら!」

「でもあなたの存在が私の中で夫と同じ位置にくることはないし、彼を裏切るような想いを持ちたくはない。シオンが求めるような関係を・・・私は受け入れることはできない。たとえあなたがこの世界で二番目に大切な人であっても。」

「二番目?」

「一番目は私の父。」

「ああ!」


 シオンは気が抜けたように近くにあった椅子に座り込んだ。


「イチカは年下だからとか、旦那の他に想う人がいて俺を受け入れられないんじゃないんだな。」

「え?そんなこと思ってたの?」

「まあ。どうしたってお前には敵わないし、実際心の中の年齢は俺より上だし、いつも大人の余裕で俺を翻弄してくるからさ。それに・・・テオみたいにお前に惹きつけられて近づく奴もいるから余計に不安になる。」


 イチカは笑ってベッドに座る。


「大人なんかじゃないよ。大人ぶっているだけ。前の世界の私だって、周りにいた同世代の女性達に比べたら子供っぽくて、一緒に話すのが恥ずかしくなる位だったもの。それに、シオンが二番目だって言ったでしょ?」

「本当に?」

「うん。」

「そうか・・・じゃあ俺はイチカの心の中に、少しは居座ってるのかな。」


 シオンが自信なさげにそう話すのが可愛らしく見えて、イチカはつい微笑んでしまう。


「いるいる!追い出してもすぐ帰ってくるの。だからもうずっと前から、ここに居てもいいことにしてる。」

イチカは自分の胸を指しながら、ふざけたように笑ってみる。

「何だよそれ!?」

「ふふ!でもあくまでも親友としてだからね!」

「今はそれでもいいよ。イチカの中で二番目にいるなら。・・・まあ、諦めはしないけど。」


 シオンから不穏な言葉が飛び出し、イチカは焦る。


「ちょっと!?」

「だって俺の言動に動揺してくれるイチカがいるのも事実だろ?」

「・・・知りません!!」

「なんだよ、可愛くないな!」

「ハイハイ、可愛くないのは周知の事実ですよ!」

「あはは!」


 少しだけシオンがふざけてくれたおかげで、いつもの二人の温かな空気がその場に流れていく。


 気持ちに僅かに余裕ができたイチカは、ふと外が気になってカーテンを開けた。すると外に何人もの村人達が集まっている光景が目に入り、首を傾げる。かなり年配の方が多いようだが若い人もちらほら混じっていた。


「ねえ、外が騒がしいけど、何かあったのかしら?」

「何だろうな。見にいくか?」

「うん、行ってみよう!」


 そして気持ちを切り替えた二人は、春の兆しを感じる暖かな日を感じながら、人々が集まっている場所へとゆっくり近づいていった。


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