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81. 暗い村

「シオン・・・本当にここなの?」


 イチカは辺りをキョロキョロと見回しながらシオンを呼ぶ。


「イチカ・・・俺に声をかけてくれて嬉しいよ。ちなみにここが目的の村、のはず。」


 シオンはイチカの後ろに立って同じように周りの様子を確認している。


「廃村なのか?人がいないけど。」


 テオニタスはあまり興味はなさそうにその場に立っている。



 ほぼ予定通りに目的の村に到着した三人だが、その村にはなぜか人が見当たらず宿も食堂も閉まったままの状況で、イチカ達は途方に暮れてしまった。村全体の雰囲気までもなぜか暗く感じてしまう。


「このままここにいても宿がないんじゃどうにもならないわね。どうするシオン?」

「参ったな、そんな情報は入ってきてなかったんだが・・・今夜は仕方ないから野宿でもいいが、明日以降準備がないままここにいても捜索はできない。一旦この先にある町で準備してから戻ってきて探した方がいいかもな。」


 イチカはこの旅でまだ一度も使っていないテントを使うのかと少しワクワクしたが、テオニタスからある指摘をされて考え直した。


「テントで寝泊まりするってことか?でも俺持ってないから、イチカと一緒に寝ることになるけど。」

「え!?いやいやそれを言うならシオンのテントでいいじゃない!」

「嫌だよ男となんて。」

「俺もお断りだ。」

「ちょっと!わがまま言わないでよ、いい大人なのに!」


 イチカが顔を顰めてそう言うと、二人は大人気なく言い争いを始めた。


「どうしてあんたがイチカと同じテントに寝るんだ?そもそも一ヶ月間は触らない約束だろ。」

「触らないさ。でも近くにいた方が心の距離も縮まりそうだし。君だってここ数日同じ部屋だったんだろ?じゃあ俺だって一日位チャンスをもらってもいいんじゃない?」

「駄目だ!それなら俺がイチカと休む。あんたは俺のテントを使えばいいだろ!」

「えー、人肌恋しいのに・・・」

「はあ!?触る気満々じゃないか!!」

「ちょっと二人とも!いい加減にして!!」


 怒ったイチカの声に、二人がようやく口を閉じる。


「わかった。じゃあ諦めてこのまま隣の町まで移動しましょう。シオン、ここからどれ位かかりそう?」

「まあ、二時間もかからずに着くよ。」

「うーん、疲れてるけど仕方ないか。」


 揉めている二人を何とか落ち着かせたイチカがリュックを背負い直して再び歩きだそうとしたその時、少し遠くの方から人の気配がして急いで振り向いた。


「あ、あそこに人がいる!よかった!ここにも人が暮らしていたのね!私事情を聞いてくるわ。」

「イチカ待って!俺も行く。」

シオンがイチカを呼び止める。

「じゃあ俺はここで待ってるよ。」

テオニタスは近くにあった木に寄りかかり寛ぎ始めた。


 そしてイチカとシオンは、少し離れた場所に現れた年配の男性に近寄り、声をかけた。


「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが、今この村の宿は営業していないんでしょうか?」


 声をかけられたその男性は、痩せていて顔色も悪く、とても疲れている様子に見えた。手に持った籠の中には山から採ってきたとみられる野草らしきものが入っている。彼はイチカの声に気づくと、しゃがれた声でゆっくりと質問に答えた。


「宿どころか店など何もやってはいないよ。この村はもう終わりなんだ。」

「終わりって・・・何があったんですか?」


 シオンがイチカの横に立ち、男性に問いかけた。男性はシオンの方を向いてから、少し曲がった腰を軽く叩いてため息をつく。


「一ヶ月ほど前からこの村に恐ろしい植物が蔓延るようになってな。蔓延ると言っても夜のうちに現れて日の出と共に消えてしまう正体不明の植物なんだ。そしてそれが現れると、大きな木はなんとか生き残るが、地面に生えている草花、作物は全て枯れてしまう。もうここいらは何も収穫できないし、若者達は見限ってこの村を出ていってしまった。今ここに残るのは遠くに行けない病人や老人ばかりだよ。」

「そんな・・・」


 イチカはそのとんでもない話に驚くよりもまずショックを受けた。こんな何もない場所に残された人々がどうやって暮らしていけると言うのか。それを思うと心が痛み、それ以上言葉を続けることができなかった。


「イチカ・・・」

心配して声をかけてくれたシオンを見て、何とか気持ちを立て直す。

「その植物は夜必ず現れるんですか?」

男性は驚いたようにイチカの方を見てから、顔を伏せた。

「ああ。毎晩出るな。最近では森の方まで浸食しているようで、だいぶ食べ物も少なくなってきたよ。」

「そうなんですね・・・」


 イチカは顔を上げてシオンに向き合った。


「私、ここに一泊してみる。」

「イチカ、本気か!?」


 シオンは驚いてイチカに触れそうになり、慌ててその手を引っ込めた。


「何かできることがあるかもしれない。このままだと村に残された人達がもっと苦しくなるわ。何とかしないと!」

「・・・わかった。じゃあここで野宿をして様子を見よう。」

「いいの?」

「いいさ。まあ、あいつは嫌かもしれないけどな。」


 そう言ってシオンはチラッとテオニタスの方に目を向ける。テオニタスは木の下に座り込み、ぼーっと空を眺めていた。


「それならそれで先に町に向かっててもらってもいいし、どうするかは彼に任せましょ。とにかく今夜だけここで状況を確認して、できることがあればしておきたい。」


 イチカがそう言うと、シオンは笑顔で頷いた。するとそれを聞いていた男性が口を開いた。


「若い旅人がわしらのことを気にかけてくれて嬉しいねえ。せめてものお礼にうちに泊まっていくかい?何もないが、家だけは広いんだ。三人位なら問題なく泊めてあげられるよ。ただ申し訳ないが食事はたいしたものを出せないが。」


 その申し出にイチカは飛びつき、むしろ食事は持ってきた食材でこちらで作りますからと言って、すぐに泊めてもらうことが決まった。テオニタスにも声をかけると、彼もイチカと離れたくないと言い、一緒に泊まることを了承した。



 そしてその晩。


 イチカはランタンに火を灯し、リビングの窓からじっと外の様子を窺っていた。シオンは近くで剣の手入れをしながら一緒に待っていてくれている。テオニタスは早々にベッドに入り、今はもう夢の中のようだ。


「イチカ、寒くないか?」

「うん。大丈夫。」


 部屋には暖炉があるが薪が少ないとのことだったので、今日は火はつけずにコートを着たまま待機していた。


「俺が温めてやれたらいいんだけど。」

「ほらまたそういうことを言う!」

イチカは呆れたようにシオンを横目で見る。

「はあ。全く何であんな約束したんだろ、俺は・・・。」


 シオンは剣を片付け、イチカに少しだけ近づいた。椅子に座っていたイチカは見上げるような形で彼の顔を見て微笑む。


「いいじゃない。本来はこれが普通の私達のあり方でしょ?」

「本当にそう?」


 イチカはシオンの言葉にみるみる笑顔をなくしていく。


「シオン、昨日の話、覚えてるよね。」

「覚えてる。」


 ギリギリまでイチカに近づき、触れそうで触れない距離で佇む彼を、イチカはどうしても意識してしまう。


「それでも、俺はもっとイチカに深く触れてみたい。」

「・・・シオン、言葉を選んで。よくわからないけど本当に困るよ!」


 困っているのは彼の気持ちに対してなのか、自分の中に生まれてしまった気持ちになのか、イチカにはもうわからなくなっている。


「もっと俺の言葉を深読みして困ればいい。この手で触れられないなら、何も言えないなら、あえて曖昧な言葉でイチカの心に触れる。だから俺のこともっと意識してよ、イチカ・・・」


 シオンがイチカの頬に触れそうで触れない距離まで手を近づけ、胸を締め付けるようなあの切ない表情を浮かべた。イチカがその一連の言動に動揺して思わず目を伏せた時、ガチャっと音がしてドアが開いた。


「ずいぶんイチャイチャしてるね、そこのお二人さん?」

「テオ!?」

「なんだよ、寝たんじゃなかったのか?」


 テオニタスが口元にうっすらと笑みを浮かべたままイチカに近寄る。


「寝てないよ。疲れたから少し休んでただけ。今日の夜は外を見張るんだろ?俺も付き合うよ。」

「でも、テオはこういうの興味ないでしょ?」

「そんなことはない。それにイチカが頑張っているのに俺が何もしないのは嫌だし、シオンに先を越されそうなのも納得いかないしね!」


 シオンは冷たい目でテオニタスを一瞥し、イチカから離れた場所にある椅子に座った。


「ちっ、邪魔が入ったか。」

「ほらそこ、舌打ちが聞こえてるよ!まあいいじゃないか、そう簡単に彼女が手に入るわけないんだし。ああイチカ、お茶飲む?俺淹れてくるよ。」

「え、そんな悪いよ!私が淹れるわ。茶葉は持ってきてるの!」


 テオニタスは立ち上がったイチカに笑顔を向ける。


「じゃあ一緒に行こう。シオンの分も淹れてくるよ。」

「・・・どうも。」


 間違いなく機嫌を損ねた顔のシオンに苦笑しながら、イチカはバッグからハーブティー用の茶葉を取り出し、テオニタスと共にキッチンに向かった。



「イチカ、お湯沸いたよ。」

「ありがとう。ハーブティーだけどいいかな?」

「いいよ。任せる。」


 イチカは丁寧にお茶を淹れ、キッチンにふわっとブレンドしたハーブの香りが広がった。


「いい香りだな。イチカみたいな爽やかで深みのある香り。」

「ふふ、お世辞でも嬉しいわ。」

「お世辞じゃないんだけどなー。」


 テオニタスがイチカに近づく。


「テオ?」


 見上げた彼は、翳りのある美しい顔をイチカに向けていた。


「ねえ。俺って軽そうに見える?」

「え?」


 彼はフッとイチカから顔を背け、窓の外を見る。


「まあ、確かにそうやって生きてきたから言われても仕方ないんだけど、イチカにもそう見えるのかなって。」


 イチカはお茶を近くにあったトレイに載せながら、ゆっくりとその質問に答えていく。


「軽そうに見えないと言ったら嘘になるけど、でもテオはきっと本当は優しくて気が利いて、気を遣い過ぎちゃうタイプなんじゃないかなって勝手に思ってる。」

「・・・そっか。」


 イチカはトレイを両手でしっかりと持ち、彼に笑顔を向けた。


「本当はこの村のことも私のことも、すごく心配してくれてるんだよね?」

「・・・イチカにはお見通しなんだな。」


 テオニタスが寂しげな笑顔を見せてゆっくりとイチカに近寄り、トレイを受け取った。ほんの少しだけ指が触れ合う。だがイチカの心には、何の音も波も生まれなかった。


「あ」

「おっと、今のは見逃して!イチカ。」

「仕方ないなあ。」

「ありがとう。・・・俺、イチカのことまた好きになったよ。」

「テオ・・・」


 テオニタスは笑顔のまま先にキッチンを出て行く。残されたイチカは小さく呼吸を整え、火の始末をしてからシオンの待つ部屋に戻っていった。


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