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80. 新しい情報と新しい旅立ち

 翌朝。


 またもやシオンに抱きしめられたまま目を覚ましたイチカは、さすがにこれは説教だわと考えながらまだ爆睡中のシオンの腕からそっと抜け出し、ベッドの横に椅子を置いて彼が起きるのを待った。


 それから十分ほど経ってから、シオンがゆっくりと目を覚ます。


「んー、あれ、イチカ、起きてたのか?」


 寝ぼけた声でシオンが布団から顔を出す。イチカはにっこりと微笑みながら彼の顔を覗き込んだ。


「おはようシオン。ねえ、それでどうしてまた私はあなたのベッドで寝てたのかしら?」

「あ」


 シオンの少し腫れぼったい瞼の奥で、綺麗な淡褐色の瞳がゆっくりと泳ぐ。


「私は今夜こそ椅子で寝るって言ったわよね?昨夜のハグはまあ少し寂しいのかなと思って大目に見てたけど、ちょっと最近やりすぎなんじゃないのかしら?」

「えーっと、そうかな?」

「シオン?」

「・・・モウシワケナイ。」


 はあ、とため息をついたイチカは、真顔になりシオンに静かに話し始めた。


「あのねシオン。真面目な話、私はまだ夫のことを忘れられないの。何も自分の中で解決していないのよ。こんな状態で先のことなんて何も考えられないし、今は何も受け止められる気がしない。だからこういうことは本当にもう・・・お願い。」

「イチカ・・・ずるいな、それ。」

「うん。ずるいってわかってる。」


 静かな時間がそこに流れる。外からは少しずつ人々が動き始めている音が聞こえてきていた。


「わかった。ここから一ヶ月間は、どちらにしろお前に触れることはできない。でも、もう限界が近いことは知っていてくれ。」


 シオンがベッドから起き上がり、苦しそうな表情でそう言った。イチカは言うべき言葉が見つからず、ただその表情をじっと見つめていた。


「イチカ、一ヶ月後、もしあいつより俺の方がお前の心を少しでも大きく占領していたら・・・せめて言葉だけでも伝えさせてくれないか?」


 イチカはその真剣な眼差しから目を離すことができず、心臓が音を立てて動きを速めていくのも止められなかった。


「受け止められないかも、しれないけど。」


 ベッドからおりた彼はイチカの座っている椅子の前で片膝をつく。椅子の肘掛けに左手をかけ、イチカをじっと見つめながら言った。


「いいよ、それで。」


 すぐに触れてしまいそうなのに決して触れられない距離がもどかしくて、それが逆に二人の心の距離を近づけているような錯覚に陥る。


「じゃあ、朝飯食べて出発しよう。」


 そう言うとシオンはスッとイチカから離れ、支度を始めた。イチカは無意識に息を止めていたようで、気づかれないように静かに息を吸って呼吸を整える。


 気持ちを言葉にしないことにどんな意味があるのかわからないくらい、彼の想いは明白だ。それでも言語化してしまった時点で逃げられなくなり、そこで結論を出さなければならなくなることを、イチカは何よりも恐れていた。


 だから今日も、イチカはふざけて全てを誤魔化す。


「うん。シオンの奢りね!」

「え!?なんでだよ!」

いつもの調子に戻った彼に、イチカもほっとする。

「フィッシュサンドの代わり。」

「またそれ!それは昨日の朝食で補っただろ?」

「補えてませんー。あれは私のお金で買ったんだから。」

「がめついな食いしん坊め!」

「食いしん坊で結構!さあ美味しい朝食を私にご馳走しなさい!」

「ハイハイ、仰せのままに、俺の悪い魔女さん!」


 いつもの二人のやりとりで少し元気になり、イチカも素早く出かける準備を始めていった。



「おはようイチカ!今日も可愛いね!」

「・・・」

「あ、えっと、おはようございます・・・」


 朝食を済ませ、旅の支度も終えて、二人はテオニタスと約束していたグリーズ商会の支店前にたどり着いた。着いて早々に明るい笑顔でハイテンションなテオニタスに声をかけられ、二人は若干引いてしまう。


「あれ、なんか暗いなあ。って、それ・・・何?」


 突如テオニタスに指をさされたイチカは訳もわからないままその指の先を確認する。後ろを振り返ったが誰も居らず、顔を戻してようやく自分の首元をさしていたと気づいた。


「え?首?何かあります?」

「それ、もしかして、アレ?」

「あー、俺ちょっと忘れ物を・・・」

シオンが急にどこかに行こうとしたのを何かおかしいと思い、イチカは反射的に服を掴んで動きを止める。

「ちょっとシオンどこ行くの?え、テオニタスさん、何ですか?」

「それ、キスマークじゃない?」

「・・・はい!?」


 イチカは瞬時に状況を把握し、シオンに怖い顔を向けた。


「シオン、何したの?」

「いや、その、何ってほどのことはなくて」

「あーあ、今日から彼女に触れないって言ったからって先走るからこういうことになるんだよ。どうせ寝てる間にこっそりつけたんだろ?さあこんな男放っておいて行こうか、イチカ?」

「シオン、今日はあなたと話したくない。」

「イチカ!?」

「そういうことだから。一日無駄にして残念だったね。ま、明日があるよ。」


 項垂れたシオンが後ろからダラダラとついてくる気配を感じながら、まあ数時間で許してあげようかななどと仏心を出しつつ、イチカはゆっくりと歩き始めた。



 今回向かう場所はゼキラムの東にある山に囲まれたのどかな村だ。新たに入った情報によると、例の探し人の男性はこの村、もしくはその近辺に潜伏しているらしい。登録者の一人からの情報で、かなり確度は高いとのことだった。


 ちなみにイチカは前日の夜シオンから、改めて探し人の詳細な情報を聞かされていた。


 その人は二十代後半の男性で、名はエリアスという。いつもフードを目深に被ってあらゆる場所に隠れ住んで暮らしている。その旅の途中でとある貴族の女性と出会い彼女と親密な関係になったが、一つの場所に長く留まるのは危険ということで仕方なく別れてしまったとのことだった。


 その悲恋のストーリーは今も続いていて、貴族女性の方はまだ彼を愛しているので、できれば彼を見つけてその安否を確認してほしい、と依頼があったそうだ。


(やっぱり聖人として誰かの側で暮らすのは、難しいことなのね・・・)


 家族や大切な人と別れさせられ、人質に取られ、そして幽閉される。なぜそんな目に遭わなければいけないのか、イチカにはやはり理解ができなかった。


 とにかく人探しをしているということだけはテオニタスに伝え、それ以外の情報は二十代後半の男性であること以外秘密にしようということになった。



 そして今三人は新たな地に、徒歩で向かっている。道は平坦で広々しており、休憩を入れながら歩いても二時間もかからないだろうということだった。


 目的の人物がその村に隠れているのか、もしくはその村の奥にある山の中にいるのかは定かではないが、とにかくフードを被った人物をその辺りで見かけたという情報だけを頼りにその村へと足を運んだ。



「ねえ、イチカはどうしてシオンと仕事してるの?」

テオニタスがふいにイチカに疑問を投げかけた。

「うーん、何でだろう。成り行き?」

「おい!?」

シオンが後ろからツッコミを入れてくるが、まだイチカは返事をしない。

「へえ、じゃあ結構吹けば飛ぶような関係なのかな?だったら一ヶ月後に離れ離れになっても平気そうだね。」

「あんたな!」


 その言葉にイチカは少し考えてから真面目に返す。


「私にとってシオンは大切な人、大事な親友で相棒なの。仕事を始めたのは流された部分も大きいけど、吹けば飛ぶような関係のために人生を無駄にするほど子供じゃないわ。あなたは、違うの?」


 そう言うとテオニタスは口を閉ざし、うーんと唸って考え込んだ。


「俺には今までそう思える人がいなかったのかもなあ。イチカが俺のそういう存在になったらいいなとは思ってるよ?それと・・・」


 テオニタスがニコニコしながらイチカに近づく。シオンは不機嫌そうな顔でその様子を後ろからじっと見ていた。


「そうやってタメ口で話してくれるの、なんかいいな。ねえやっぱり俺のことテオって呼んでよ!」

「あ」


 イチカはつい年下に話すような口をきいてしまったことを後悔した。だが笑顔で返事を待つテオニタスがあまりにも嬉しそうにそう言うので、まあいいかと気持ちを切り替える。


「わかったわ、テオ。」

「よかった。あ、シオンも俺のことテオって呼んでいいから!」


 後ろを振り向きながらテオニタスがそう言うと、シオンは無表情になり、そして大きなため息をついていた。


(前途多難ね・・・まあでもとにかくあの男性を見つけよう。私も色々聞きたいことがあるし!)


 イチカはその場の微妙な空気など一切無視し、必ず次の村で例の男性を見つけよう!と気合いを入れて歩き続けていった。


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