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⒏ 新しい髪色ともう一つの札

 森に秋が近づいている。


 木々は葉を落とし始め、風の音に枯れ葉が舞う音が混じる。冬の間は薪を燃やして暖を取るが、そろそろ薪と暖炉の準備をしないとと、イチカは気合いを入れて外に出た。


 薪自体はいきなり木を切って使えるわけではないので、少し離れた場所に大量に薪を置き乾燥させてある。昨年作りためておいたものを少しずつ家の裏の薪置き場に運び込み、そして今年も来年に向けて着々と薪を割っていくのだ。



「イチカ!今から畑に行ってくるからね。もしあの部屋に行くなら今日は早めに帰っておいで。たぶん夕方からかなり冷え込むよ!」


 少し遠くの方から、荷物を背負ったマシュートがイチカに声をかけた。「はーい!」と手を振って答えると、父も手を振り畑に向かっていく。



 おまじないの札を作ってから二ヶ月ほど経ち、イチカは薬草を用いた簡単な薬なども作れるようになった。こちらは薬草そのものが持つ力で十分に日常の体調不良に対応できるので、おまじないをかけるというよりも、一つの知識として覚えていくことにした。


 そして今日からいよいよ自分の身を守るために、髪色を隠す方法を覚える予定だ。



 いつものように隠し部屋にたどり着くと、早速本を手に取った。すでにたくさんの紙が挟まったその本の真ん中辺りを開き、目的のページを再び読む。


 髪はもちろん染料で染めることもできる。だがあまりに特殊な髪色のため生え際が常に目立ってしまい、毎回染めるというのもなかなか手間だ。


 そこでこの本では、力を髪に宿らせて、髪色を本来のものとは違う色に見せる方法を紹介していた。どうやら魔女のまじないも組み合わせた変則的な方法らしく、失敗すると目も当てられない色になるらしい(ただしまじないを解くと元に戻るので支障はあまりない)。


「試してみますか!」


 もし変な色になっても解除すれば一日で元に戻るようなので、イチカは覚悟を決めて、本の通りにまじないをかけた。



「おおお!黒い!!」


 最初はやはり、日本人たるもの黒い髪だよね!ということで黒く変えてみた。これは成功のようだ。小さな鏡をポケットから取り出し、生え際の方も見てみるが、とても綺麗に黒くなっている。


 ちなみに毛は全て黒に変わったが目の色は変わらないため、黒髪でブルーグレーの瞳の色という不思議な組み合わせにはなったが、とにかくうまくいった。


(よし!このペースで本の内容を全て頭に入れて、外でも生き抜いていけるよう頑張らなきゃね!若いっていいわ。どんどん吸収できる・・・)




 そうしてなんとか明るいうちに目的を達成し、イチカは家に帰ることができた。



 家の前に到着すると、近所に住む猟師のヘンスがそこに立っていた。


「あれ、ヘンスおじさん、どうしたの?」

イチカが声をかけると、驚いたような表情で彼女を見ている。

「あれ?髪を染めたのかい?若い子は色々やるんだねえ」


 六十代半ばのヘンスには、おしゃれの一環で髪を染めるという感覚はないのだろう。この世界では尚更だろうな、とイチカは思う。


「そうなの。ちょっと気分を変えてみたくってね!ところでおじさんは何かあったの?」


 ヘンスはああ!と思い出したかのように手を打って、


「マシュートさんはいるかい?ちょっと困ったことがあってね。」

「父なら畑に行って・・・あ、帰ってきましたよ!」


 ちょうど家に帰ってきたマシュートを見て、ヘンスは慌てて近寄っていった。イチカはこれはもしや札を試せるチャンスかも!とばかりに一緒に父の方に向かう。



「マシュートさん、今日森の北の方で、例の熊を見かけたんだ。あれは結構やばい奴だな。冬に向けて凶暴になっているのかもしれん。悪いが猟を少し手伝ってもらえんかね。」

「ああ、前に言っていたかなり大きい奴ですね。村に入られても困るしなあ。今年は森の恵みが少なかったから、少し栄養が足りていないのかもしれませんね。」


 イチカは熊と聞いて震え上がった。


(無理無理!熊なんてここに入ってきたら確実に死ぬ!)


 その話を聞きながら、ふと思い出して家に戻り、自分の部屋の引き出しの中から例の札を二枚取り出した。あれからかなりの枚数を作成したので、二枚位渡しても問題ないだろう。



「お父さん!これ使って!」


 黒髪になったイチカに目を丸くしながらも、マシュートはその二枚の折り畳んだ紙を受け取った。


「これ、何だい?」


 前世の知識でハート型に折り畳んだその紙は、悪いものを寄せ付けない守りの札を、折り紙の知識で折ったものだ。小さい頃こんなのを作って友達とやりとりしたなあ、なんて感傷に浸りながらせっせと折った。


「例の札だよ。中が見えないように、あと持ち運びやすいようにしたから、ポケットとかに入れておいてもらえればと思って。あ、使う時にはぎゅっと手で握りしめるとより効果が高まるよ!」

「ほう、なるほど。しかしよくできているなあ。」


 しばらく感心しながら眺めていたが、何やら考えてから一枚をヘンスに手渡した。


「じゃあ、これを持っていてください。彼女は魔女の勉強をしていますから、多少なりともこの札が役に立つでしょう。」

「おお、そうかい!それは嬉しいねえ。じゃあ明日の朝、悪いが一緒に頼むよ。」

「わかった。」




 そうして二人は翌朝、連れだって猟に出かけた。できることならその危険な熊も仕留めておきたいとのことだったので、本当に気をつけてねと言って、イチカは父を送り出した。



 夕飯を準備していた頃、二人がボロボロになりながら帰ってくるのが窓から見えて、イチカは慌てて飛び出した。


「どうしたのその格好!?大丈夫!?」


 マシュートは見た目よりも元気なようで、笑顔を見せながらイチカの頭を撫でた。


「大丈夫だよ。これは逃げている時にちょっと転がってしまってね。でも怪我はない。お前の札が効いたんだ。いや、効きすぎた、と言った方がいいかもね。」

「え?」

「お嬢ちゃん、あの札はすごいよ!あのでかい熊が振り下ろした手を一瞬で弾いただけじゃなく、ついでに崖下まで吹き飛ばしちまったんだ。下を見たが、あれは助からないね・・・」

 

 ヘンスは疲れた様子もあったが、嬉しいのか興奮しているのか、早口で状況を説明してくれた。


(崖って、そんな高い崖があるのは北の山がある方、かなり遠くまで行ったんだな・・・)


「まあ何にせよ、あいつが居なくなって万々歳だ。明日からしばらくは安心して猟ができるよ。二人とも助かった!ありがとう。」


 そう言って彼は銃を抱えてゆっくりと家に帰っていった。



「お父さんお疲れさま。今日はお湯を沸かすよ。たまにはたっぷりお湯を入れて入ったら?」

「そうだな。そうしよう。さすがに疲れた!」


 家に入るマシュートの後ろ姿を見ながら、イチカはまた一つ、旅立ちの準備ができたことを確信していた。


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