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78. 事件の終わり

 夜十一時過ぎ、イチカは銀行の裏に程近い小さな公園の茂みに隠れていた。


 銀行から近いと言っても歩けばそれなりに距離がある場所で、もし万が一のことがあっても巻き込まれる可能性は低いだろうとの判断でこの場所が決まった。念のためシオンに、公園内の安全を確認してもらってからその場に潜む。


 イチカの小さなバッグの中には、十人程度の人が怪我をしても対処できるだけの薬が入っている。ロイクの手の怪我を一日で治したあの薬ではないが、魔女の力を込めて作った十分に効果の高いものだ。


 そして今、シオン達は銀行の裏手に隠れ、時が来るのを待っている。あと一時間は動きが無い可能性が高いが、とにかくイチカは足を引っ張らないようにと自分なりに気配を消して、その場でじっと待機していた。



 茂みに隠れてから一時間半が経過した頃、イチカは微かに辺りの気配が動いたことを察知する。それは数名の知らない男達が動く気配で、イチカは緊張しながらその動きを追っていった。


(銀行の方に向かってる!シオン、大丈夫かな・・・)


 今まで彼があまりにも強かったので、イチカは怪我をするとか敵にやられてしまうといった想像など一度もしたことはなかった。だが今回はあの怖い男性が相手だ。もしシオンがあの男に負けてしまったら・・・


 イチカはその恐ろしい考えを忘れようと、頭を小さく振って目を閉じる。彼を信じて待とうと改めて決意し、暗闇の中心を落ち着かせるため、手の感触だけで薬の数を確認していく。


 全ての薬を数え終わったその時、遠くからドーン、ガシャーン!という物凄い爆発音と衝撃がイチカの座っている場所まで伝わってきた。


 それからしばらくすると、あちこちから人が集まってきている音がここまで届き、あれだけの爆発音が響けば人々もさすがに何事かと思い見にきているんだろうな、とぼんやり考える。


 今まさにこの瞬間銀行強盗が行われているのだと思うと、イチカは恐怖と現実味の無さが入り混じった不思議な気持ちになっていった。



 数分経った頃だろうか、それまでと違う物音が気になって茂みの中から顔を出すと、銀行の裏口から男達が数名走ってくる気配が伝わってきて慌てて頭を隠した。男達の気配は次第に大きな足音に変わり、何人かはその場で呻き声をあげながら倒れていくのがわかった。だが一人だけ、イチカがいる場所に近づいてくる足音が聞こえる。


(これ、あの怖い人の気配!?こっちに来る!!)


 イチカは思わず声をあげそうになり、急いで口を押さえて茂みのさらに奥の方にしゃがみ込む。ところがその茂みに向かってあの男が隠れようと飛び込んでくるのが気配でわかり、逃げ場を無くしたイチカは真っ青になりながら目を瞑った。


「おいで!」


 その瞬間、イチカの手がグイッと誰かに引っ張られた。


 怖さのあまり目を開けることもできないまま、ただ引っ張られていく方向に足を動かしていく。すると体がふわっと浮くような感覚が訪れ、驚いて目を開けた。


「やあ、イチカ!相変わらず危ないことしてるね。」

「テオニタスさん!?」


 イチカはテオニタスが目の前で微笑み、さらに自分がお姫様抱っこ状態で抱えられていることに気づいて驚愕する。


「可愛いイチカを助けにきたよ。大丈夫、君の騎士くんがあの男を捕まえてくれるさ。」

「え、私の騎士って・・・シオンのことですか?大変!!あんな怖そうな男とシオンが・・・私、行かなきゃ!!」


 イチカは焦って無理やりテオニタスの腕から降りようとした。だが彼はおろしてくれる気配は全く無く、そのまま走ってそこから離れていく。


「テオニタスさん、おろしてください!!私彼を守るって約束したんです!!」

「嫌だね。あんな危ないところに君を置いてはいけないよ。」

「テオニタスさん!?」


 テオニタスは一、二分走ってからようやく立ち止まると、イチカをそっと地面に立たせ、後ろを振り返った。


「大丈夫、彼は強いよ。今頃もうあの男を倒したんじゃないかな?」

「でももし怪我でもしたら!?」

「イチカ。」


 テオニタスがそちらに行こうとするイチカの手首を掴み、引き留める。


「何するんですか?離してください!!」

「行かないでよイチカ・・・俺、君のこと」

「はい!?何なんですか一体!?私あなたに構っている暇はないの!人の命が掛かってるって言う時に好きだなんだとガタガタ言ってるような男に興味はない!!いいから手を離して!!」


 イチカが激怒しながら一気にそう啖呵を切ると、テオニタスは目を丸くしてその手を離した。イチカはすかさずその場から走って逃げ、先ほどの場所まで急いで戻る。



「シオン!?」


 そこにはあの恐怖しか感じなかった男が泡を吹いて倒れていて、それを冷たい目で見下ろしているシオンの姿があった。イチカの声で彼がゆっくりと振り向く。


「イチカ?」

「シオン!!怪我は無い?どこも痛くない!?平気?」


 イチカは青ざめたままシオンに近づき、その体を隅々までチェックしていく。そしてそんなイチカをシオンは驚いた表情で見つめながら、イチカの手に優しく触れてそれを止めた。


「イチカ、落ち着いて。」

「あ、ごめん!よかった・・・怪我はしてないみたいだね。」

「ああ。どこもなんともないよ。」


 先ほどの冷たい視線が嘘のように、今イチカを見つめる目は柔らかく優しい。そしてその手がイチカの体をゆっくりと引き寄せる。


「言ったろ、俺は強いんだって。だから一生俺の側にいればいいって。」


 そして彼はぎゅうっとイチカを抱きしめた。イチカは興奮した頭をなかなか冷ますことができず、ただ彼が無事だったことに安堵しながら、その状況を何も考えず受け入れていた。


 数秒その状態が続きハッとして我に返ったイチカは、シオンの腕から逃れようともがく。


「も、もういいでしょ?とにかく無事ならそれでいいの。他に怪我をしている人はいない?」

 シオンが少し残念そうにイチカを離し、笑顔で頷く。

「大丈夫。みんな無事だよ。奴らは全員捕まえた。細かい話は後でする。とにかく一旦支店に戻ろう。」

「うん。わかった。」


 シオンは近くにいたジェフを呼ぶと、倒れている男を縛り上げてから無理やり目を覚まさせていた。確かにあの大柄な男を担ぎ上げて連れていくことは難しそうだ。


 イチカはその光景をぼーっと眺めながら、指示を出し終えたシオンに連れられて支店へと歩き始めた。



 帰り際、もう夜明けが近いその時間が一番冷え込んでいて、イチカはぶるっと身を震わせた。そして冷静になった頭でようやく先ほどのテオニタスとのやりとりを思い出す。


(助けてくれたのに、結構きついこと言っちゃった・・・慌てていたとはいえ大人気なかったな。今度会ったら・・・いや会わない方がいいか)


 相変わらず考えの足りない自分を嘆きながら、イチカはシオンの後ろをついて支店の中に入った。



 室内にはすでに先ほど見かけた何名かの男性達がそこに戻ってきていた。何やら慌ただしく動き回っているようだったが何をしているのかはわからず、イチカはただそれをじっと見守っていた。


 するとそこに憲兵の制服を着た男達数名がぞろぞろとやってきて、そのうちの上官らしき男性がシオンに近づいていくのが見えた。


「シオン殿、この度は銀行強盗を確保していただいたこと、大変感謝している。しかも私の部下の一人がまさか例の組織のスパイだったとは。気づかなかったこともそれを放置してしまっていたことも私の責任だ。申し訳なかった。」


 そう言って彼は深く頭を下げた。シオンは「頭を上げてくださいケネスさん」と言って落ち着いた表情で肩に手を載せた。


「ありがとう。もう確保した男達は全員こちらで牢に入れてある。例の職人も手配済みだ。ちなみに確保した男達の中に銀行の職員が一人いたが、彼は家族を殺すと脅されて外と金庫の鍵を開けるためにあの場にいたようだ。」

「なるほど、わかりました。わざわざこちらにお越しいただいて、丁寧なご報告ありがとうございます。」


 上官らしき男性は苦笑すると、シオンに手を差し出した。


「あなたにそんなことを言われると逆に恐縮しますな。今後そちらのジェフさんと一緒に引き続き捜査は進めていきます。どこまで組織に食い込めるかわからないが、調べてわかったことはきちんと報告しますよ。とにかく今回は助かった。ありがとう。」


 シオンは彼と強く握手を交わし、軽く頭を下げる。そして彼らはまた揃って支店を出ていった。


 そしてイチカはそこでしばらくぼんやりと騒がしい室内を眺めながら、椅子に座って睡魔と闘っていた。だが気がつかないうちに眠気に負けてしまっていたようで、ハッと目を覚ました時にはすでに朝日が昇り、部屋に明るい日差しが入り始めていた。



「おいシオン、ちょっといいか?」


 ジェフがシオンを遠くから呼んでいる。ふと前を見るとイチカの方に近寄ってきていたシオンが「すぐ行く」と言いながらそのままイチカの前までやってきた。


「いいの?呼ばれてるわよ?」

「いい。なあイチカ、お腹空いてるだろ?何か買ってきて一緒に食べよう。」


 イチカはシオンの優しさについ顔がにやける。


「ふふ、お腹空いてるよ。でも今は忙しいんでしょ?私が買ってくるから待ってて。他の人の分も買う?」

「いいってそんなの。俺とイチカの分だけでいい。じゃあ、お願いするよ。」

「わかった。待ってて。」

「待ってる。・・・絶対に戻ってこいよ。」

「バカね、当たり前でしょ?」

「・・・うん。」


 なぜか不安そうなシオンを不思議に思いながら、イチカは例の朝市が開かれている場所に向かった。



 以前に寄った店が今日も出店していたので、そこで今日は控えめにパンを買い、イチカはゆっくりと支店に戻っていく。朝日が体を少しずつ暖めてくれて、椅子で眠って硬くなった体がほぐれていく。


 パンの袋を両手に持ったまま道の端で背伸びをすると、その袋を誰かに持ち上げられた感覚があり、驚いて振り返った。


「おはよう、イチカ。」

「テオニタスさん!?」


 そこには、あのえくぼを浮かべて微笑むテオニタスが、パンの袋を奪って立っていた。


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