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77. 次の狙い

 イチカはシオンに手を引かれながら、先ほども歩いた道を通って憲兵達が詰めている建物に向かう。


(うう、お腹空いた・・・)


 食べ損ねた夕食のことを思い項垂れながら歩いていると、シオンが少し歩く速度を緩めてくれる。


「悪い、速く歩きすぎたか?」

「ううん、お腹空いただけ・・・」

「プッ、あははは!さすがイチカ、食いしん坊だな!」

イチカは歩きながらシオンを軽く睨む。

「だってお昼もまともに食べてなかったんだよ?ああ、すごく美味しそうなフィッシュサンドだったのに・・・」

シオンが苦笑しながら足を止めた。

「悪かったよ。明日その分美味いもの奢ってやるから、な?」

「フディナのステーキもまだご馳走してもらってないわよ。」

「お、おう。そうだな。じゃあ落ち着いたら二人で美味しいものを巡る旅をしよう!」


 イチカは一瞬驚き、少し照れたように微笑んだ。


「うん。楽しみにしてる。」

「・・・イチカ。」


 シオンの表情が変わり、イチカはハッと気づく。


(まずい、変なスイッチ押しちゃった!?)


「あの、シオン、つまりそれは美味しいものを食べたいってことで深い意味は・・・」

「イチカ、俺の悪い魔女さん・・・」


(どうしよう、なにこの雰囲気、どうしたらいい!?)


 シオンが急に甘い雰囲気を醸し出しながらイチカに近づいてくる。路地の方に追いやられ、イチカは慌てて後ろの逃げ場を確認した。そして後退りながらもう一度前を向いた瞬間、再びあの恐ろしい気配が近づいてきているのを感じた。


「シオン、あの人が来る!」

「・・・ちっ。」

「ほらそこ、また舌打ちして!」

「仕方ない。どこにいる?」

「左から来てる。そろそろ後ろを通るかも。」


 シオンが無表情になり、イチカを隠すように立つ。


「お前はさっき顔を見られているかもしれない。顔を出すなよ?」

「うん。」

「絶対だぞ。」

「わかったって!」


 そうして数秒後、例の男が後ろを通り過ぎる、と思った瞬間、それは突然訪れた。


「イチカ・・・」

「え?」


 シオンの体温がイチカに重なる。そして茶色いサラサラの髪が頬に触れ、柔らかい感触が唇のすぐ側に落とされていることだけを認識する。


 ほんの数秒だったような、もっと長かったような気もしたが、シオンがイチカから離れて後ろを振り返り、「通り過ぎたみたいだな」と呟くのをただぼんやりと聞いていた。そして少しずつ現実に意識が戻っていく。


「何、したの?」


 シオンがイチカの方に視線を戻す。その目はもう彼の揺るぎない気持ちをイチカにぶつけていた。シオンの人差し指が彼自身の唇をゆっくりとなぞる。


「何、したと思う?」


 イチカは真っ赤になってシオンを突き飛ばそうとしたが、シオンはいつものようにビクともしない。


「は、早くあの人を追いかけないと!」

「ああ。じゃあ行こうか。」


 してやったりという顔をしたシオンをもう睨むことすらできず、イチカはただシオンの後についてあの怖い男性を追っていった。


 

 後ろを通り過ぎた男はだいぶ先に進んでいたが、イチカが気配を追いながらかなり距離を離して追っていく。本来であれば見失ってもおかしくないほどの距離なので、二人は全く気づかれることなく彼の後を追っていくことができた。


 町の灯りが減っていき、次第に暗い住宅街のような場所に差し掛かる。イチカはポケットの中から小さな蝋燭用のランタンを取り出し、教わった秘術を使って蝋燭に火をつけた。


「すごいな、それ。確か魔女の秘術だろ?」

「うん。これは本当にエレノアさんから教わっておいてよかった!・・・あれ、シオンはどうしてこの秘術のこと知ってるの?」

「え?ああ、まあ、色々と・・・」


 イチカは目を泳がせたシオンをじっとりと見つめる。


「ふうん。蝋燭の火が灯される時間帯に一緒にねえ・・・まあ妙齢の男女ですもの、色々あるわよねえ。」

「やめろ!その大人の余裕で俺をからかうのは!!」

「ま、シオンも若い男性だし仕方ないわよね。ああ、そういうことだからさっきのあれやこれは若気の至りって事で忘れてあげるわ!」

「おい、イチカ!?」


 ふざけたやりとりで先ほどの自分の動揺を誤魔化し、イチカは前を向きいて再び気配を探り歩き始めた。



 しばらく小さなランタンの灯りだけで男の後を追っていたが、ふいに動きが止まったことがわかりイチカも立ち止まる。


「止まった。あの建物の中だね。」

「ああ。イチカ、俺が潜入してくる間、ここにいてくれ。」

「わかった。」

「すぐ戻る。誰にもついていくなよ?」

「もう、早く行って!!」


 シオンは気配を消しながら、男が入っていった建物に近づいていく。イチカはここで彼の足を引っ張るわけにはいかないと、蝋燭の火を消し、息をひそめて静かにシオンを待った。



 三十分ほどが経った頃、イチカはシオンの気配を微かに感じた。安心したからなのか本当に限界だったからなのか、その瞬間お腹の虫がキュルルと音を立てる。


「プッ、イチカ、お腹鳴ってる・・・」

「シオン!?ちょっとなんでこのタイミングで帰ってくるのよ!!」

「あはは!ごめんごめん。さて、じゃあ急いで戻るか。」


 イチカはランタンに再び火を灯し、シオンの方を向いた。


「次の狙いがわかったの?」

「そう。だから急いで戻ろう。・・・イチカ。」

「何?」

「待っててくれてよかった。」


 シオンの顔はよく見えなかったけれど、イチカには彼が心の底から安堵していることだけはわかった。


「うん。待ってた。ほら、行こう?」

「ああ。」


 そうして煌めく星あかりの下、二人はジェフの待つ支店へと急ぎ足で歩いていった。



 二十分ほどで支店に戻ると、すでにジェフが人員を集めてそこで待機していた。


「シオン、どうだった?」

「例の男は見つかった。潜入して話を聞いた感じだと、今日の深夜に仕掛けるつもりらしい。」

「場所は?」

ジェフが前のめりになる。シオンが鋭い目つきでそれに答えた。

「銀行だ。」

 

 男達がざわめく。


「・・・そこが本命だったのか。」

「そういうことだな。例の組織が絡んでる。大きなことをするだろうとは思っていたが、まさか銀行を狙うとはな。」

「今この町は職人もだが商人達が各地からかなり集まってきている。金は動いているし人の出入りも多い。チャンスだと思ったんだろうな。」


 イチカは二人の話を聞きながら、話が大きくなってきたなと顔を顰めた。そして一つ疑問に思う。


「ねえ、どうしてあの憲兵の男はそこに絡んでるのかな?」

シオンがイチカの方を向いて答えた。

「あいつは組織側の人間だな。だいぶ前からこの町の兵士として仕事をしつつ、組織へと情報も流していたんだと思う。話の感じからの推測だが。」

「そうなんだ、だからあんなに怖く感じたのか・・・。」


 納得して黙り込むと、シオンは再びジェフやその後ろに控えていた男達に向かって話し始めた。


「今夜は俺達だけで銀行に向かう。憲兵達には何も知らせない予定だ。みんなも情報を漏らさないようにして動いてくれ。」


 その場にいた男達が大きく頷く。ジェフは黙って腕を組んでいる。


「それと、ほぼ間違いなく爆発物は仕掛けられるはずだ。話の内容から察するに銀行の正面、道を挟んで向かい側にある大きな商店を爆破して陽動し、その隙に銀行の裏口から侵入、という流れらしい。夜間だから店員などはいないだろうが、近くに人がいたらうまくそこから離れるように誘導してくれ。」


 シオンが仕事モードの顔で冷静に話し続ける。


「ただ、起動するまでに時間があったとしてもいつどんなタイミングで爆発するかわからない。もし怪しいものを見つけても近寄らないように。それと裏口には俺とジェフとテリーで向かう。他のみんなは少し離れた場所に待機して怪しい人物、逃げた者がいれば確保してほしい。」


 再び頷いた男達は、そのまま黙って部屋を出ていった。ジェフはもう一人のテリーという男性と共にそこに残る。イチカは話には入れず、少し離れた場所で立ってそれを見ていた。


 シオンは三人での打ち合わせを終えるとイチカに近づいてきた。


「イチカ、少し話せるか?」

「うん。」


 シオンに連れられ彼らから離れ、部屋の隅に行く。


「イチカはどうしたい?」

「・・・え?」

シオンの目は不安を映してはいたが、イチカの意志を尊重したいという気持ちがその言葉や様子から伝わってくる。

「私は・・・シオンの力になりたい。」

「イチカ・・・」


 俯いていた顔をあげ、シオンを真っ直ぐに見つめた。


「でも足手まといにはなりたくないの。だから薬を持って近くに待機してる。何かあったらすぐに対処できるように。」


 シオンのこわばっていた顔がほっとしたようにゆるんだ。


「ああ、頼む。安全そうな場所は俺が指示する。そこで待っていてくれ。」

「わかった。」

「なあイチカ。」

「なあに?」


 大きな彼の手がイチカの頬に触れた。イチカはその手から伝わる温もりとイチカへの想いを、この時だけは素直に受け入れていた。


「俺が、絶対にお前を守るからな。」


 イチカがその手に自分の手をそっと重ねる。


「シオン、私も絶対にあなたを守る。」


 シオンの目が大きく開かれた。


「・・・だから俺はお前から離れられないんだ。」


 そう言ってまるで泣いているかのようにくしゃっとした笑顔を見せた彼は、頬に触れていた手をそのまま首の後ろに回し、イチカの頭を引き寄せ額にキスをした。


「え、ちょっと!?」

「さっき俺をからかったお返し!少しはお前も動揺しろ!」


 そう言って彼はスッとイチカから離れ、ジェフの元に向かった。


(もうとっくに動揺しまくっているのよ!!バカ・・・)


 イチカは額を手で押さえつつ、冷めてしまったフィッシュサンドの袋を抱え、熱くなった顔を持て余していた。


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