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76. 犯人とイチカ

 追うべき対象のあの恐ろしい男を見失った二人は、例の疑惑の箱が次の標的となる家に使用される恐れがあると考え、シオンの仲間と相談をするためグリーズ商会のゼキラム支店へと向かった。


 この町の支店は大きな建物の一室を借りているらしく、これまで見てきた所よりも少し狭い場所で運営されていた。


(受付と事務スペースを入れて、学校の教室よりちょっと狭いくらいかしら?)


 そこには他の支店と同じように、待合のための椅子と掲示板が置かれている。そして受付近くには数名の屈強そうな男性達が集まり、じっとこちらの様子を窺っている姿が見えた。


 仕事を探している人達とは明らかに違う雰囲気を漂わせたその男性達、その中でも一際大柄な男性が、シオンを見つけると笑みを浮かべ豪快に片手を振り上げた。


「よう、シオン。なんだ、今日は彼女連れか?」

「あー、まあそんなような」

「はじめまして!シオンの『相棒』です。イチカと申します。」

「おい・・・」


 イチカに遮られて渋い顔をするシオンを横目に、イチカは笑顔で彼らに挨拶をしていく。


「おお!そうかい、あんたが!俺達はシオンに呼ばれてザインの町から来たんだ。よろしくな相棒さん。ところでシオン、何かわかったのか?」

「ああ。例の装置を作ってる職人らしき男を見つけたよ。」


 その場にいた男達に小さなどよめきが起こる。


「そうか。どうする、そいつをここに連れてくるか?」

「いや。その前にやらなきゃならないことができた。その男が例の装置らしきものを誰かに受け渡した形跡があった。つまり近いうちにまた事件が起こる可能性が高い。」

「それはまずいな。まずそっちを何とかしないと。」

「男を捕まえてしまうと奴らは動かないかもしれない。今は泳がせておくよ。だがこれ以上事件を起こされるのもまずい。ここの町の憲兵達を統轄しているケネスさんに今から相談に行く。お前も一緒に行けるか?」


 シオンと話をしていた男はニヤリと笑い「もちろんだ!」と言ってこちらに近づいた。


 イチカは背の高い二人の男性に囲まれ、ついその高さに感心して二人を交互に見上げてしまう。するとシオンは突然イチカの頭に手を載せ、自分の方に顔を向けさせた。


「ちょっと何、突然!?」

「そっちを見るな。」

「・・・」


 そんなシオンの様子を、その男性は珍獣でも見るような目でまじまじと見つめ、イチカは恥ずかしくなって思わず下を向いてしまった。


 変な空気になった三人はそのまま支店の外に出て、この町の憲兵の詰所となっている建物へと歩き始めた。


 この大柄な男性の名はジェフと言い、シオンとは以前よく一緒に仕事をしていたのだという。ザインという町の名前は、どうも最初にイチカがシオンと会った町の名のようだった。



「ここだ。イチカは悪いんだが、中に入ったら廊下で待っていてくれないか?」


 そこはゼキラムの町の中では異質な、石造りのどっしりとした三階建ての建物だった。もちろん壁も白く塗られてはいない。この付近では憲兵と見られる制服を着た男達が、腰に剣を提げて出入りしている様子がチラホラ見られた。


「わかった。」


 さすがにイチカもこんな見た目が若い女性が話に加わるのもおかしいだろうと、大人しく中に入り、廊下の邪魔にならなそうな場所で二人を待つことにする。シオンとジェフは連れ立って奥の重厚なドアをノックし、部屋の中に入っていった。



 二人がいなくなってからも何人もの兵士達がイチカの前を通り過ぎていく。チラチラとイチカのことを見ているような視線を度々感じたが、あえて意識しないようにしてじっと待っていた。


(うう、視線が痛いわね。まあ、場違いな場所にいるのは間違いないしね・・・)



 そうして二十分ほど静かに待っていると、ふと寒気にも似た嫌な気配が近づいてくるのがわかった。それはごく最近感じたばかりの気配で、冷や汗が背中を伝っていくような恐怖がイチカの心を支配する。


 恐ろしさのあまり目を瞑ると、その気配の主がイチカの目の前をスッと通り過ぎていくのがわかった。


(さっきの・・・あの怖い人!?)


 パッと顔を上げその人物を確認すると、それはここの憲兵の制服を着たジェフと同じくらい大きな体格の男性だった。髪は短く黒に近い焦茶色、チラッと見えた横顔は、太い眉と人を威圧するような目が印象的なエラの張っている顔立ちで、自然とイチカの目に焼きついてしまった。


 彼はその視線に気づくことなく奥に進み、階段を上がってイチカの目の前から姿を消した。そしてどうか戻ってきませんようにと必死で願い、恐怖に耐えながらシオン達を待ち続けた。


 十分ほど緊張しながら二人を待っていると、奥のドアが開き二人が廊下に出てくる。イチカはほっとしながらも身動きすることができず、ただじっと彼らが近づいてくれるのを待った。


「イチカ、お待たせ。」

「おい、お嬢さん、どうした?」


 ジェフの方が先にイチカの異変に気づき声をかけた。シオンは顔色を変え、ジェフを遮って青ざめた顔のイチカに近づく。


「イチカ?何かあったのか?」

「ここでは、話したくない。」

「わかった。外に出よう。」


 そうして三人は、再び支店まで戻ってから話をすることに決め、すぐにその場を離れた。



 支店に戻りジェフが受付に何やら声をかけると、数分後には受付が終了し、スタッフらしき人が数名、登録者達に緊急事態のため今日は閉めますという知らせを出す。十五分もするとあっという間に店内には誰もいなくなり、ジェフとシオンとイチカだけが待合室に残された。


「イチカ、人払いはしたからゆっくりでいい、事情を説明してくれ。」

シオンがイチカを労わるように優しく声をかける。

「うん。実はさっきあの宿の前で見かけた怖い男性、彼をあの憲兵達がいる建物の廊下で見かけたの。」

「え?あの怖い・・・って、箱を持っていった奴か!?」

シオンの表情が厳しいものに変わる。

「うん、たぶん。顔ははっきり見ていなかったけど、気配は彼のものだった。体が冷えていくあの感じは、間違いなく彼だと思う。」


 シオンはジェフと顔を見合わせた。


「まさかこの町の兵士の中に実行犯がいるのか?」

「それはまずいぞ。下手したらこっちの動きは全部筒抜けになる。どうする、シオン。」

「こっちも内密に、独自で動くしかないな。人をもう少し集められるか、ジェフ?」


 ジェフはニンマリと笑いながら頷いた。


「ああ、任せろ。今夜すぐにでも動き始めた方がいいな。ただあいつの尾行はお前がやれよ。俺らじゃあっさり気づかれちまう。」

「わかった。イチカは・・・」

シオンが言いにくそうにイチカを見る。

「尾行、バレたらまずいでしょ?私はここにいるよ。」

「・・・すまない。そうしてもらえると助かる。その代わり目処が立ったら一緒に動こう。約束する。」

「うん。待ってる。」


 シオンはイチカからその怖いと言った男性の特徴を聞き取り、イチカが簡単に描いたその男性の横顔のイラストも確認して顔を覚えていく。ジェフにも念のためそれらを見てもらい、記憶に残してもらった。


 そしてシオンがいつものように甘く優しい笑顔をイチカに向けると、ジェフは「見てられないね」と言ってその場を離れていった。そしてシオンは人気のなくなった支店の中で、イチカをぐっと引き寄せ、抱きしめる。


「え、今!?」

「誰もいなくなったんだからいいだろ?イチカ、絶対ここを離れるなよ、俺が迎えに来るまで。」

「わ、わかったって!だから離して!」


 シオンはゆっくりとイチカから離れると、名残惜しそうにしながら支店から出ていった。



 ― ― ― ― ―



 シオンは支店を出ると、すぐに先ほどの憲兵達のいる建物に向かう。そして歩きながら、支店に残してきたイチカのことを思った。


(また、イチカを一人きりにしてしまった。本当に、これでよかったのか?)


 一緒にいようと何度も言いながら、結局心配になると彼女を安全な場所に置いていくのはいつも自分なのだ。そしてたいていの場合一人になった彼女は、勝手にどこかへ行ってしまうか、誰かがどこかへ攫っていこうとする。


 シオンは急に立ち止まり、踵を返して支店に戻った。


「イチカ!」


 そして、彼の予感は的中する。


「いない!?」


 この短時間で彼女はどこに消えたのか?シオンは真っ青になりながら支店内を隈なく探した。だがイチカの姿はどこにも見当たらなかった。


「嘘だろ・・・」


 頭を抱えて辺りを見回すが、気配も置き手紙も、何も残されてはいなかった。慌てて外を探そうと支店の入り口に向かい、ドアを思いっきり内側に引っ張った。その瞬間、ドアと一緒に人が飛び込んできて、驚いたシオンはバランスを崩す。


「きゃっ!?」


 その華奢な体を抱えて廊下に倒れ込んでから、それが探していた人物だとようやく気づいた。


「え、なんで?シオン!?」

「イチカ・・・どこに行ってたんだよ!!」


 シオンは怒りと安堵と恥ずかしさで真っ赤になりながら、イチカの二の腕を掴んで廊下に座り込んだ。彼女は目をパチパチさせながらシオンを見る。


「いやあの、お腹がすきまして・・・ちょっと買い物に。」

「・・・」


 二人の間に一瞬の沈黙が流れる。そして彼女が抱えている袋を見てため息をついた。


「あの、シオン?」

「イチカ、一緒に行こう。」

「え、でも尾行するんじゃ・・・」

「どうにかする!いいから一緒に行くぞ!」

「ちょ、ちょっと!?」


 イチカの両腕を掴んだまま立ち上がり、悔し紛れに耳元で甘く囁く。


「イチカは俺の側にいればいい。絶対に、もう離さないから。」

「!?」


 真っ赤になったその顔を見て満足したシオンは、イチカの持っていた紙袋を取り上げて近くのテーブルに置き、彼女の手を取って歩き出した。


(どうして俺の光はこうフラフラするんだ全く!一瞬たりとも目が離せないじゃないか・・・)


 シオンは握った手の小さな温もりを絶対に離すまいと、もう一度しっかりと握り直してから、再び目的の場所に向かって歩き出した。


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