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75. 赤い髪の男

 イチカ達は集会所の外で、展示会が終了する頃を見計らって赤っぽい髪の彼が出てくるのを待つ。今日は午後から別の用途で集会所が使用されるため、午前中で展示会は終了するとのことだった。


(よかった、夕方までここで待つのかと思って焦ったわ・・・)


 シオンと一緒に外で彼を待ちながら、イチカはふと、先ほどのテオニタスの言葉を思い出していた。


(事情もよく知らない彼が、どうしていきなり『他の町にいる弟子』について質問したのかしら?)


 あの場では言語化できなかった違和感が、今になってイチカの頭の中で形になっていく。よく考えるとあれは何かを知っているかのような質問であったし、その後のヒントになるような質問だった、と思う。


(まるで私達に密かに何かを伝えようとしていたみたい・・・)


 何か裏がありそうなテオニタスの素性を全く聞いていなかったことは悔やまれるが、かと言って今後も彼に会いたいかと言われるとちょっと遠慮したい、とイチカは思っていた。


(いい人だったけど、あんなこともあったし、シオンも荒れるしね・・・)


 考え過ぎて疲れたイチカが「はあ。」とため息をつくと、隣にいたシオンが何だよ突然と言って顔を顰める。


「何でもない。」

浮かない顔のままそう答えると、シオンはさらに不機嫌さを増していく。

「本当か?また他の男のことでも考えてたんじゃないのか?」

「またって、何それ!?私がいつも男のことばっかり考えているみたいな言い方はやめてよね!そもそも『他の』ってどういう意味よ!」

「俺以外ってことに決まってるだろ。・・・じゃあ何を考えてたんだよ?」

「別にたいしたことじゃない。」

「ほらまたそうやって誤魔化す!やっぱり男のことだろ!」

「・・・はあ。」


 最近のシオンはこうして堂々と嫉妬する姿を見せることが増え、イチカはどんどん身の置き所がなくなっていく。


「イチカは俺のことだけ考えていればいいのに。」


 そしてぼそっと呟いたその言葉が、イチカを一気に赤面させた。


「い、いいからほら、そろそろ出てくるわよ!」


 雰囲気を変え始めていた彼の気を逸らすため、人が外へと溢れ出していた集会場の入り口を指差した。



 しばらくその様子を見守っていると、例の赤っぽい髪の男が小さな荷物を持って入口に現れた。疲労感を滲ませ背を丸めて歩いている様子からも、この場所で充実した時間を過ごせてはいなかったのだろうとイチカは推測した。


「イチカ、尾行しようと思わなくていい。前の時みたいに俺の隣を普通に歩いていてくれ。途中必要になったら俺一人で追いかける。その時はその場で待っててくれるか?」

「わかった。」


 そうして二人は白い壁が続く街並みの中を、赤みを帯びた髪の男性を追って歩いていくことになった。



 その男は十五分ほど歩くと小さな宿らしき建物に入っていった。やはり彼はこの町の住民ではないということだろう。


 さらにその場で二十分ほど待っていると、先ほど持っていた小さい荷物とは違い、ホールケーキでも入りそうな大きさの木箱を抱えて彼が外に出てきた。相変わらず背中を丸めて暗い表情だが、歩くスピードは先ほどよりもゆっくりで、慎重にその荷物を運んでいる様子が伝わってくる。


 二人は目を見合わせて黙って頷き合うと、再び彼の後を追って歩き出した。



 そしてさらに数分後。


 男が到着したのはまた別の宿の前だった。かなり奥まった場所で営業しているその宿はかなり古びていて、この町では見慣れてしまったあの白い壁ですら、うっすらと黒ずんでいる。


 その宿の目の前には細い道が通っていて、その道沿いに不自然に生えている一本の木があった。男はその下に移動すると、木の裏に隠れるようにして何かを動かし始めた。


(何してるのかしら?ここからだと木が邪魔でよく見えないな・・・)


 カタカタと音だけは聞こえるが何をしているのかはよくわからない。数秒の静けさの後、再びカタンという音が響いて、男は立ち上がった。


 そして辺りを警戒しながらその場を離れると、元来た道を通って戻っていく。


「イチカ、ここにいてくれ。もし誰か来ても何もしなくていい。いいな?」

「うん。大人しくしてるわ。」

「頼む。動くなよ!」

「わかったって!」


 そうしてシオンは再び赤い髪の男を追っていき、イチカはその場から一歩も動かずに彼を待った。



 しばらく大人しく待っていると、イチカがいるその場所に少しずつ足音が近づいてくるのがわかった。初めはシオンかなと思ったが、どうやら違うらしい。シオンのものより少しゆっくりで、もう少し重さを感じる足音だ。イチカは相手に見られないように、家と家の隙間に身を潜めて暗闇に溶け込む。


 そしてその足音の主がイチカの視界の端に一瞬だけ入ると、なぜか一気に寒気が襲ってきた。


(これは・・・確実にやばい人ね。シオンに言われるまでもなく絶対に静かにしていよう!)


 その男から強い危機感や圧迫感を感じて、息を殺し何も見ずにそこでじっとしていると、先ほど聞こえた音と同じ、カタカタという音が耳に入ってくる。


(見たい、見たいけど、どうしよう、何かあったらシオンに言い訳できないし・・・ううう、でも、ちょっとだけ!)


 意を決してイチカがそーっと隙間から顔を覗かせようとしたその瞬間、突然後ろから口を押さえ込まれ、隙間の奥に引き摺り込まれた。


「!?」

「声を出さないで。」


 それは小声ではあったが、明らかにテオニタスの声だった。


(何、どういうこと!?)


 パニックに陥りながらもとにかく声と音だけは出すまいと、身動きを止める。イチカはテオニタスの腕の温もりと口元に置かれている大きな手の感触を感じながら、じっと男が去るのを待った。



 一分ほどそうしていると、あの見るからに危険そうな男性はその場を立ち去り、イチカが感じ続けていた圧迫感はその場から完全に消え去っていた。


「んんん!?」

「ああ、ごめん。」


 イチカはようやくテオニタスに手を離してもらえたので、慌てて建物の隙間から飛び出した。


「はあ、はあ、テ、テオニタスさん!?どうしてこんなところに?」


 テオニタスは笑顔を浮かべながらイチカに近づく。


「君こそこんな場所に一人でどうしたの?しかもあんな危なそうな男に近づこうとするなんて。ああいう危険な香りのする男がいいの?」

「いやいや!そういうつもりは一切なくてってちょっと!?」


 テオニタスはあっという間にイチカの腰を抱き寄せ、顔を近づける。仰反るように顔を離そうとするが、背中側が壁になっていて逃げられない。


「ねえねえ、イチカの恋人の彼はどうしたの?」

「・・・彼は恋人ではないです。」

「そうなんだ!じゃあ俺を恋人にしてよ。」

「それは無理です!!」

「どうして?イチカ、俺は君が好きだよ。」

「すみません、私にその気はありません!!帰りますから離してください!!」


 テオニタスがイチカに顔をぐっと近づけた。何とも思っていない人であっても、目の前に顔が迫ってくるとさすがに赤面してしまう。


「可愛い、赤くなってるね。ねえ、キスしてもいい?」

「はい!?絶対にダメです!!」

「この俺がこんなに冷たく断られるなんて・・・やっぱり俺、イチカが好きだな。」

「いいから離して!!」


 ゆっくりと腕の力をゆるめた彼は、イチカが急いで離れると近くの壁に寄りかかった。


「イチカはいつもこんな危ないことしてるの?」

「いつもじゃない、つもりなんですけど、私は。」

「ということは、ほぼいつもしてるんだね。彼が心配するのもわかる気がするよ。」

「・・・」


 イチカは今後シオンに何も言い返せなくなったなと思いながら、ため息をついた。


「とにかくあの危なそうな男を一人で追うのはやめておいた方がいいよ。じゃあ、次に会う時はもう少しゆっくりデートしよう。またね、イチカ。」

「もうお会いしません!」


 嵐が去って少し気持ちが落ち着いたイチカは、とりあえずシオンとの約束を守るため、木の側には近寄らずに大人しくその場で彼を待ち続けた。



「イチカ、お待たせ。何かあったか?」


 少しして、シオンが走ってそこに戻ってきた。イチカが何かあったなあと思いながら目を逸らして黙っていると、彼は見るからに機嫌が悪そうな表情になっていく。


「あったんだな。それで、何をしでかしたんだ!?」

「あー、しでかそうとして止められたというか・・・」

「イチカ。」


 シオンが近づき、がっしりと腕を掴む。


「何!?」

「きちんと話さないなら、本気で遠慮しなくなるけどいい?」

「よくない!!・・・実はさっき、テオニタスさんにまた会っちゃったの。」

「はあ?どういうこと?」


 イチカは腕を振り解き、一歩後ろにさがって息を整える。


「怖そうな男性があの木のところに来たから、少しだけ、ほんの少しだけ覗いてみようとしたんだけど、後ろからテオニタスさんにそれを止められて。」


 シオンは下を向いて考え始めた。


「あいつ・・・いったい何者だ?」

「わからない。とにかくそういうわけで、結果として何もしなかったから安心して。でもあの木の後ろでカタカタ音はしていたの。今なら見てもいいかな?」


 シオンは不機嫌な顔のまま黙って木の後ろを確認する。イチカも近づいて見てみると、木の裏にある建物の壁には一部不自然な部分があった。一番地面に近い部分に壁と同じ色の石が嵌め込んであり、それを少しずらすとあのカタカタという音と共に石の蓋が外れる。


 その中を覗いてみると比較的大きな空洞があり、地面の部分には何かが入っていたと思われる線が残っていた。ただ、例の赤い髪の男が入れていたはずの箱はもうどこにも見当たらなかった。


「その怖そうな男ってのがさっきの箱を持っていったんだろう。あれがもし爆破装置、もしくはその関連のものなら、奴らは近々また事件を起こすつもりなのかもな。」

「やっぱり・・・私が追いかけておけば」

「バカ言うな!もしお前が見ていることがバレてたら、その場で殺されてたかもしれないんだぞ!!」

「そうね・・・ごめんなさい。」

「はあ。全く!お前から目を離すんじゃなかった・・・次は何があっても一緒に行動するから!」

「・・・」


 いい年をしていつまでも落ち着きも思慮深さも無い自分に落胆しつつ、イチカは先ほどのテオニタスとのやりとりだけはシオンに内緒にしておこうと、こっそり決意を固めていた。


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