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73. シオンの尋問

「シオン」

「なんだよ?」

「この状況は何?」

「話し合いの場を持とうと思って。」


 イチカは眉を顰めながらシオンに抗議の声をあげた。


「こんな状態でまともな話ができるわけないでしょ!?」


 シオンは部屋に着くや否やイチカをベッドに座らせ、後ろから抱きつくようにして座り始めた。その状態のまま耳元で話そうとするので、イチカはどうにかして逃れようと奮闘している最中だ。


「イチカが俺から逃げるからこういうことになるんだろ?」

「シオンが私を相棒として認めないからこうなったんじゃない!」

「・・・」

「・・・」


 気まずい時間がしばらく流れ、シオンが渋々という顔でイチカを解放する。すかさずイチカは立ち上がり、ダイニングチェアに座った。


「それで、今どこに住んでるんだよ。」

シオンが不機嫌そうにぼそっと話し始める。

「場所はよくわからないけど、ある工房の奥さんが持っている下宿にいるよ。」

イチカはシオンから離れたことで少し落ち着きを取り戻す。

「ふーん。で、あの男とはたった二日で抱きしめ合うような関係になったわけだ。」


 シオンの棘のあるその言い草に、さすがのイチカも少しだけ後ろめたい気持ちになる。


「そんなんじゃない。困ってたところを助けてもらったり、ちょっと飲みに行ったりしてただけ。さっきはたまたま彼を助けたような形になっちゃったから、なんとなく好意を・・・持ってくれたんじゃない?わからないけど!」


 イチカが投げやりな感じでそう話すと、シオンが「はああ」とあからさまに大きなため息をついた。


「イチカらしいといえばらしいんだけど、ちょっと目を離すとこれだよ。だから離れたくないって言ってるのに。」

「・・・」


 シオンは真面目な表情で立ち上がり、イチカの前の椅子に座った。


「イチカ、お前は俺が口にしない気持ちをわかってるくせに、知らないふりを貫きたいんだろ?」


 イチカはその真っ直ぐにぶつけられた彼の想いを、動揺しながらも覚悟して受け止める。そしてゆっくりと頷いた。


「わかった。じゃあこのまま口には出さない。でもだからって俺は何もしないわけじゃないし、お前から離れるつもりもないから。」

「ちょっとシオン!?」

「離れたらお前はすぐ誰かに持ってかれる。そんなことになるくらいなら俺は口をつぐむし、お前の気持ちも期待しない。でも絶対に離れない。」


 シオンの並々ならぬ覚悟を知り、イチカは胸が痛む。それでも、まだ翔太を愛している自分を、彼を裏切れない自分を、捨てることはできなかった。


 ―――彼に、心惹かれているとしても。



「シオン、私の秘密はもうあと二つだけ。他は全部シオンに話したよ。こんなに心許している人は他にはいない。だからまだこのままでいさせて。お願い。」


 シオンの苦しそうな表情に、イチカへの強い想いが滲む。


「イチカ・・・どうして俺達こんなに近いのに、秘密と本音を隠し合ってるんだろうな。」

「ふふ、本当にね。でもそれがいいって言ったのはシオンでしょ?」

「そうだな。でも今は辛い。」

「・・・うん。」

「それでもイチカの側にいたいから、この状況を受け入れるよ。だからどこにも行くな。仕事も、一緒にやろう。」

「うん。」


 ようやくシオンに笑顔が戻り、イチカも微笑む。


「今夜はここに泊まっていけよ。あっちには帰るな。」

「帰りたくても道がわからないのよ。」


 それを聞いてシオンが嬉しそうに笑う。


「そっか。じゃあ今夜こそ添い寝だな。」

「バカ言わないで。私はこの椅子で寝るわよ。」

「いいからほら。ベッドだけは広いんだから気にするな。」

「ちょ、ちょっと!?引っ張らないで!そもそもこんな埃まみれで寝られないって!!」


 シオンがイチカを引っ張っていこうとするが、イチカは必死で抵抗し椅子を掴んだ。


「ああ、ここは風呂がないから、近くの共同で入れる所に一緒に行こう。着替えはとりあえず俺の服を貸すから。」

「う、うん。」


 そう言うと彼はクローゼットを開けて長さのあるシャツとズボン、そしてタオルを取り出した。


「とりあえずこれ着て。」

「ありがと。」

「イチカ。」

「え?」


 近づいてきたシオンの目がイチカを優しく見つめ、腕を広げる。


「友情のハグ。」

「・・・はあ。だから多いのよ。」

「いいじゃん、減るものじゃないし。」

「きっと何かが減ってるわよ!」

「何それ?相変わらず変なことばかり言うなあ。」


 そうしていつものようにシオンはイチカをそっと抱きしめる。この間のような熱を帯びたものではなく、温かく、優しい、友達としての時間がそこにあった。


「よし!仲直り完了だな。じゃあ、風呂に行くか。」

「うん。」


 そうしてイチカは、シオンと共に夜中の風呂を楽しむべく、彼の服とタオルを抱えて外に出かけていった。



 そしてまた、新しい朝を迎える。


「イチカ、おはよう。」

「う、ううん」

「ほら、朝だって。」

「もう少し・・・寝かせてよ、しょうちゃん・・・」

「・・・俺以外の男の名前を呼ぶなよ、バカ。」


 イチカはまどろみの中で翔太との朝を迎えている自分を夢見ていた。そして不思議とその夢は覚めず、むしろ温もりは増していく。


「もう少し・・・」

「イチカ・・・」


 髪を撫でられ、後ろから抱きしめられる感覚がイチカを包み込み、次第にその意識が覚醒していく。そしてようやくそれがシオンの温もりであると気づき、心臓が破裂しそうなほど驚いて完全に目を覚ました。


「何してるの!?」

「おはよう。やっと起きたか!」

「ちょっと!離して!!起きます今すぐ起きますから!!」

「まだいいじゃん、イチカ。念願の添い寝だし。」


 イチカはベッドの上、シオンの腕の中でもがいて暴れる。


「だって私、椅子で寝てたはずじゃ・・・」

「そんなこと俺がさせるわけないだろ。イチカは夜ずっとここにいたよ?」

「・・・」


(私の眠りが深いからって勝手なことして・・・!)


 イチカは結局その後十分ほど彼の腕の中から出ることができず、冷静に「喉が渇いたから出して」とお願いすると、ようやく彼はベッドから出してくれた。


「はあ。シオン、ちょっと親友の範囲を何度も越え過ぎじゃない!?」

「口をつぐむとは言ったけど、何もしないとは言わなかっただろ。」

「口が減らないわね!!」

「お互い様だろ?」

「次やったら親友やめるから!!」

「ハイハイ。」


 適当な返事で流されてしまい、もうため息すら出なかった。何を言っても無駄だとわかったイチカは、シオンのダボダボな服を着たまま顔を洗うため外に出ようとして、シオンに止められる。


「ちょっと待った!」

「今度は何?」

「イチカ、俺、何か服を買ってくる。」

「え?いいよ、これで。」

「駄目だ。それはその・・・破壊力があり過ぎる。」


 シオンの頬が少し赤くなる。彼のシャツは確かに大きくて、胸元がゆるく開いている。だがそれ以外は特別変なところもないのに・・・とイチカは小首を傾げた。


「何よそれ。」


 なぜかイチカから目を逸らした彼は、動揺しながら財布を掴んだ。


「か、可愛過ぎるし昼間にその服は駄目だ!とにかく俺が帰ってくるまで外に出るなよ!」


 シオンは返事も聞かずにバタバタと外に出ていく。イチカは寝ぼけた顔と頭のまま、まあいいかと、持ち主のいなくなったベッドに寝そべって彼の帰りを待った。



 シオンが服と朝食を買って戻ってくると、着替えて顔を洗い、今後の仕事について話し合いながら朝食にしようということになった。


「まずはイチカの下宿先を探そう。昨日の店まで戻れば道はわかるか?」

「うん。わかる。」

「じゃあそこまで連れて行く。というか俺も一緒に行くから、そこは引き払って移動しよう。」

「え、でも・・・」


 シオンが厳しい表情になってイチカを見つめる。


「二人で過ごせる広い部屋を探すから、俺から離れるな。」

「・・・わかった。」


 イチカのその返事にほっとしたような表情になり、シオンは言葉を続けた。


「とにかく、お前の荷物をここに移動させてから調査に向かう。もう昨夜の段階で俺の仲間が何人かあの爆破事件について調べてるはずだ。この町はきちんと機能している憲兵達もいるから、実行犯探しの方は心配いらないだろ。」

「そうなんだ。じゃあ私達は今から何を調べるの?」

「俺達は今回この爆破装置を作った人間を探す。」


 イチカはサンドイッチを手にしたまま動きを止めてシオンを見た。


「それってこの町にいる職人達を調べるってことよね?」

「そうだ。」

「でも今は他の場所からもたくさん職人達が集まってきているらしいし、それでなくてもこの町には大勢いるんでしょう?どうやって探すの?」


 シオンはニヤリと笑う。


「もちろんこの三ヶ月である程度絞り込んであるさ。あんな特殊なもの、誰でも作れるわけじゃない。時計職人ではないが時計の仕組みを知っていて、かつそれ以外の知識も持ってる職人なんて数が知れてる。」

「じゃあその人達一人一人を調べていくのね?」

「そ。で、イチカの出番。」


 目をパチパチと瞬かせながら、シオンと目を合わせる。


「いつもの鋭い勘で、怪しい奴を絞り込もう。もちろん裏は取るから心配しないでいい。気になる職人がいたら後でいいから教えてくれ。」


 イチカはようやく彼の役に立てるのだと思い、嬉しくなってつい笑みが溢れる。


「うん。やれるだけやってみる。」

「おう。頼んだ!」


 そう言ってシオンは立ち上がり、イチカの頭の上に手を載せて微笑んだ。


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