⒎ おまじないの効果
それから数週間の間、イチカは父の秘密の部屋に通いながら、二冊の本を読んでは試すという生活を続けていた。もちろん日々の家事にも追われてはいたが、やるべきことが明確になってより時間を大切に過ごせるようになった。
少しずつ力の使い方を覚えていくと、自然と手の中に力が宿るのを感じられるようになった。
神の力には大まかに三つ種類があり、一つは人の怪我や病を癒すというもの、もう一つは悪しきものから身を守るというもの、そして最後の一つは『穢れを祓う』というものだった。
(初めの二つはわかるけど、最後のはよくわからないな・・・)
三つ目の記述に関してはそれ以上の詳細がどこにも書かれていなかった。つまり、あまり使う必要のないものなのだろう。
「やっぱり力を使って生き抜くためには、最初の二つが重要よね!」
イチカは本を何度も何度もめくり、大事なページには紙を栞代わりに挟んで、じっくり読み込んでいく。そして必ずもう一冊の本と対応させていくようにした。
神の力をどう魔女のおまじないとして誤魔化して使っていくか。色々考えた結果、『魔女のおまじないの札』と『魔女の薬』が有効だろうと判断した。
「よし、今日はまずおまじないの札を作ってみよう!」
適当な大きさに切った紙に、本に書かれていたような文字を書き記していく。
「うーん。なんかしっくりこないのよねえ。」
イチカはペンを持ったまま椅子に胡座をかいて座り、書いた札を見ながら思案する。至ってシンプルな札だが、イチカの記憶にあるお札といえばやっぱり日本のあれ・・・
「でもそれだとなんか陰陽師みたいになっちゃうよね。あれもよくわからない文字だし。あ、でも日本語で書くのはいいかも!ちょっとデフォルメして書けば、お札っぽい感じに仕上がりそう!」
ぶつぶつ言いながら実際に紙に書き記してみると、何となくそれっぽいものが仕上がった。魔女の札かと言われると違うような気もするが、これそのものに力を込めて何かが発動すれば、村を出た時にそれが身を助ける力になるはず、と考える。
(女一人生き抜いていくのは、どんな世界でも大変よね・・・)
手に職をつけて生きていく大切さを実感している元アラフォーのイチカは、はーあ、とため息をついてもう一度札作りに取りかかった。
出来上がった札は四枚。
二枚は癒しの力を込めたもの。『病や怪我がたちどころに直りますように』と二行にわたって書かれている。
残りの二枚は身を守る札。『襲ってくるもの、害をなすもの全てをはじき返し、寄せ付けませんように』と、こちらも二行になるように書き込んだ。
実際に使ってみないとわからないが、とにかくこの札に神の力を込めて、機会があれば使ってみようと心に決める。
そして札を二枚ずつ手に取り、練習を重ねてきたやり方で、手に神の力と思われる何かを宿し、それを紙に込めるように目を瞑って祈った。
すると目を開けた瞬間、その紙はふわっと青白い光を放ち、そしてすぐに消える。
「すごい・・・何今の!?・・・うまく、いったのかな?」
とりあえず残りの二枚も力を込めて、その日は紙をポケットにしまい、部屋を片付けて家に帰った。
家に帰ると、マシュートがダイニングチェアに座り、ぐったりとした様子で天井を眺めていた。
「お父さんどうしたの?」
慌てて近くに寄って声をかけると、消え入りそうな声で、「ちょっと風邪をひいたみたいなんだ」と言い、腕で顔を覆った。
イチカはその腕を一旦動かして手でおでこに触れる。
「熱い!熱がかなり上がってる!ちょっと待ってて薬草を・・・あ!」
「・・・イチカ、どうした?」
イチカは先ほど作成した札をポケットから取り出す。癒しの札一枚を手に取ると、ごくんと唾を飲み込んでから父に近寄った。
「お父さん、私の実験、最初の犠牲者になってくれる?」
「イチカ。犠牲と言っている時点で失敗するのが前提になっているんじゃないかい?」
「大丈夫!駄目でも薬草があるよ!一度だけ試させて!お願い!!」
マシュートはぼーっとした顔のまま、渋々頷いた。イチカは札を父の胸に当て、心の中で祈る。
(どうか父の病気が直りますように・・・)
すると胸に当てた札が一気に光り出し、その光がマシュートの体を包んだかと思うと、すうっと消えていく。
「・・・イチカ。」
「どう、お父さん?」
マシュートはもう、いつもの元気な父の顔に戻っていた。ゆっくりとその顔に笑顔が広がる。
「すごいね!あんなに辛かったのが嘘のようだよ!これは・・・奇跡の力だ!お前の名前はまさに奇跡の花だよ!」
マシュートのその言葉もまた奇跡のように温かいなと思いながら、イチカは嬉しそうに微笑んだ。