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64. 森を抜けて魔女の家へ

 シオンの腕からなんとか逃れたイチカは、今度はゆっくりとしたペースで目的の村に向けて歩き始めた。


 歩きながら昨夜の地元の男性達の話についてイチカが尋ねると、うーんと唸った後、シオンは重い口を開いた。


「この辺りに以前より凶暴化した野生動物が現れるとか、盗賊が出るって噂は俺も聞いたな。植物の話は初耳だが。」

「そうなんだ、怖いね。じゃあ、『守護騎士』って何?」

「・・・」


 黙ってしまったシオンを見て、イチカは戸惑う。


「シオン?」

「守護騎士っていうのは、このダイレンシア王国が抱える王国騎士団の中でも特に優秀な者達を指す言葉として認識されてる。・・・でも本当は、『聖人』の力が効かない者達をそう呼んでるんだ。」

「え!?」


 イチカは驚いて足を止めた。


「それって・・・もしかして『御使い』っ呼ばれてる人達のこと?」

「それは俗称だな。守護騎士は聖人の力が何一つ効かない。それと生まれながらにして身体能力が異様に高いから、まるで神が遣わした者のようだと、その名で呼ばれることもあるらしい。」

「そう・・・。」


 シオンが何かを言おうとしたその時、イチカがそれを手で止める。


「誰か来る!」

「え?」


 気配を探りながら辺りを見渡す。まだ何も見えないが、これから向かおうとしている方向から数名の人間がこちらに向かってくるのをイチカは察知する。


「シオン、三人以上の男性が前から来てる気がする。もしかして例の盗賊とか?」

「イチカ、念のため守りの札を持って下がってろ。」

「わかった。気をつけて!」


 シオンは剣に手をかけたまま、前方を見ながらゆっくりと進んでいく。イチカは少し後ろを歩きながら気配を読む。近づくにつれ足音から何かバランスの悪さを感じた。


(何か重いものでも持っているのかな?)


 そして数分後、目の前に現れたのは、大きな武器のようなものを背負った大柄な五人の男達だった。いつも大きく感じるシオンですら少し細身で小柄に見えるほどの体格に、イチカは目を見張る。


「へえ、そこの兄さん、ずいぶん可愛い子連れてるねえ!」

「金目のもの置いていくかその子置いてくか。両方でもいいぜ。」


 シオンは至って冷静な表情で黙って彼らを見ていた。イチカは人を吹き飛ばす例の札を握りしめ、少し後ろに下がる。


「どっちも断ると言ったら?」


 シオンの言葉に五人の男達はニヤニヤと笑いだし、特に強そうな三人が少し前に出た。そのうちの最初に声をかけてきた男が大きな剣を背中から取り出し、シオンの前でそれを構えていく。


「五人相手にやる気なら別にそれでも構わないが。ああ、お嬢さんは危ないから離れていた方がいいぜ。」

「それよりも、あんた達はそんなに隙だらけでいいのか?」

「なんだと?」


 シオンはそういうや否や素早く剣を抜き、一瞬にして近くにいた三人の男達の防具を切り裂いた。あまりの速さと堅そうな防具を切り裂くその剣の鋭さに、誰もが言葉を失った。後ろにいた二人はすっかり怯えてしまい、小さな悲鳴をあげて走って逃げていく。


「次は生身の体に当たるな。どうする?」


 シオンの声は最初と変わらず落ち着いている。彼の剣の構えは美しく、明らかに長年訓練を重ねてきた人のものだとイチカは素人なりにも強く感じていた。


 そして彼の異常な強さに気づいた三人の男達は、真っ青な顔色で切り落とされかけた防具を押さえながら、慌てて逃げ帰っていった。


 シオンは剣を鞘に納め、イチカの方を振り向く。イチカは大きな木の後ろに隠れ、片目だけ見せながらシオンを見つめていた。


「何してるんだよ。」

「えっと、隠れてる。」

「もう奴らはいないぞ?」

「うん。・・・シオンは強いね。」

「ああ。だから俺から一生離れるなよ。」

「・・・」

「返事は?」

「しばらくは離れません。」

「まあ、とりあえずそれでいいか。」


 イチカは札をポケットにしまうと、再びシオンの横に並び、気を取り直して先に進み始めた。



 途中で休憩を挟みつつ、その少し鬱蒼とした森を抜けると、ようやくポツポツと民家が見え始めた。


「ここが目的の村?」

「ああ。魔女の家はもう少し先だが、そう時間はかからない。疲れてないか?」

「うん。平気。」


 そこからさらに民家の並ぶ道を歩いていくと、草原が広がり、牛や馬などが放牧されているのどかな場所にさしかかった。その向こうには大きな木が一本、少し高くなっている場所に生えている。近づいていくと、その木の下に小さな家が建っているのが見えた。


「あれが俺の知り合いの魔女の家。年齢不詳、実力は保証する。俺はこの先にある町に商会の支店があるから、しばらくそっちと行き来しながら情報を集めたいと思ってる。イチカがもしここで住み込みで修行するなら、俺はどこかに部屋を借りて生活するよ。」


 イチカは大きな木を見上げながら頷いた。この地域は湖のある町よりも少し暖かいが、それでも秋の気配を感じる冷たい風が吹き抜けていき、体が冷やされていく。


「うん。わかった。修行させてもらえるなら、できる限りやってみるよ。」


 シオンはゆっくりと頷いてからイチカの手を握る。


「俺がいなくて寂しくないか?」

「・・・その質問には答えません。」

「何だよそれ!」

「ほら、早く紹介して!寒くなってきちゃった。」

「はいはい、じゃあ行くか。」


 シオンは手を繋いだまま歩き始め、坂を登り切った先にある小さな家の玄関の前で手を離し、ドアをノックした。少ししてからゆっくりと、静かにドアが開く。


「はい。あら、シオン。」

「ご無沙汰してます、エレノアさん。」


 シオンがこうして特定の人に敬語を使っているのを久しぶりに見たイチカは少し驚く。目の前に立っている女性はほっそりとした色の白い美しい人で、髪もまつ毛も白く輝く、儚げな美人だった。魔女らしいのかはわからないが、フードのついた長いローブのようなものを羽織っている。ただしその色は黒ではなく白っぽい灰色だった。


「いらっしゃい。会いたかったわ。」

「ええ。俺もです。ああ、実は今日はお願いがあってここに来たのですが、今お時間よろしいですか?」


 一瞬間を置いて、彼女はドアの中へと腕を伸ばす。


「さあ、中へどうぞ。」


 二人はお邪魔しますと言って中に入り、イチカは独特な雰囲気を持つ部屋をチラチラと確認しながら、リビングらしき場所に案内された。


 そこにはソファーなどはなく、大きな丸いテーブルといくつもの椅子が並んでいた。テーブルの上には乱雑に物が置いてある。ぶ厚い本やなんらかの札のようなもの、乾燥した薬草らしきものなどが目に入り、イチカは魔女っぽい!と密かに興奮していた。


「さあそちらにおかけなさいな。それでお願いって何かしら?」


 シオンと二人並んで椅子に座り、彼が話し始める。


「彼女は俺の相棒のイチカと言います。実は彼女、魔女の勉強を独学で続けてきたのですが、もっとしっかり学びたいと言うのです。ですからもしエレノアさんが許してくださるなら、ぜひ彼女を短期間でもいいので弟子にしていただけないかと思いまして。」

「はじめまして。イチカ・アオキと申します。どうかよろしくお願いします!」


 イチカもまたシオンと共に丁寧にお願いをする。するとエレノアは無表情のまま、近くにあった紙を取り出した。


「条件その一、ここは不便な場所なの。こんな場所で生活が本当にできるのかどうか、一週間様子を見させて。条件そのニ、私一度も弟子は取ったことないの。だから三ヶ月が限界。私あんまり他の人と暮らせないから。条件その三、魔女の素質が無いと判断した時点で終わり。あと悪いまじないは教えない。以上。」


 それらを全て紙に書き出し、自分の名前をそこに書いた。そしてイチカにも名前を書くようにと、その紙とペンを差し出してきた。


 ペンを受け取り、言われた通りにサインをする。紙を確認するとすぐにエレノアは立ち上がり、シオンに今日は彼女を置いて帰るようにと伝え、一旦奥の部屋に入っていってしまった。



「じゃあ、イチカ。俺は一度町の方に行ってみる。また様子を見にくるから、心配するな。」

立ち上がったシオンはイチカの頭に手を乗せて微笑む。

「大丈夫!心配してないよ。それより、シオンこそ私がいなくて寂しいんじゃない?」

イチカがふざけた調子でそう言うと、思いがけない返事が返ってきた。


「寂しいよ、イチカがいないと。」

「え?」


 本当に寂しそうな笑顔でイチカの頭から手を離すと、シオンはそのまま振り返らずに玄関を出ていってしまった。


(最近のシオンは調子狂うよ、本当に・・・)


 イチカは玄関先からしばらくの間、シオンが坂を下る後ろ姿を見送っていた。


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