63. 五つの秘密
イチカ達は今馬車に乗り、湖を背に山の向こうへと抜けようとしている。山と言ってもそこまで高いものではなく、なだらかで長く続く曲がりくねった坂道を上がり、小さなトンネルを抜けるとすぐに新たな景色が見え始めた。
「ねえ、そういえばシオン。」
「何だよ。」
眠りかけていたシオンに声をかけてしまったので、彼はちょっぴり不機嫌そうな声で返事をする。
「私これでほとんど秘密がなくなっちゃったんだけど、結局シオンの秘密は何?」
「・・・」
「ちょっと。寝たふりは無理があるわよ。」
「うるさいな。秘密なんだからそう簡単に言えるわけないだろ。」
イチカに背を向けるように体を傾けて本格的に眠りそうな姿勢に入る。イチカはその背中をユサユサと揺らしながら食い下がった。
「えー、自分だけずるいよ!ちょっと!ちょっとだけ!どうせ隠し事たくさんあるんでしょ?ちょっとでいいから教えてよ。」
「イチカだってジェンクの町でのこと、まだ隠してるだろ?」
「え?何だっけ、何かあったっけ?」
「お前が迷子になった時、誰かに送ってもらったって言ってたけど、あの時何か誤魔化してただろ!」
「あ」
イチカはハルとの出会いを思い出す。翔太によく似たあの時の彼の優しさが、イチカの心の中に再び小さなつむじ風を起こす。
背を向けたまま顔だけ振り向いていたシオンが、何かを思い出して動揺している様子のイチカを見て顔を顰めた。
「あの件を話さないなら俺も言わない。」
「ちょっと!」
再び顔を戻し一言も話さなくなったシオンは、そのまま本当に寝入ってしまった。イチカは背中をポンと軽く叩いて、ため息をついた。
しばらく馬車が進んでいくと、街道沿いに一軒の食堂付きの宿が見えた。そこだけポツンと少し大きめの建物があるので目立つ上、おそらく近辺に何もないためか、その道を通る様々な人達がその店を利用しているようだった。馬車や馬が近くの木々にたくさん繋がれているのが見える。
「イチカ、ここで一旦休憩だ。ここからは街道を少し外れるから馬車は返して歩きだけど、今日はここに泊まって、明日目的の村に向かう。」
「そうなんだ。わかった。歩くの久しぶりね。」
「そうだな。最近のゆるい生活で、体鈍ってるんじゃないか?」
「何言ってるのよ。毎日薬草探しで森の中歩き回ってたんだから平気よ。」
「そうか。そうだな。」
シオンは荷物を手にすると先に馬車を降り、イチカに手を伸ばした。
「ほら、掴んで。」
「・・・うん。」
もう手に触れることが当たり前になっていることがイチカには不思議でならなかった。以前ほど緊張はしなくなったが、時々強く握られる時は少しだけ焦ってしまう。
その日は特に問題なく手を添えて馬車を降りると、二人は混み合っている宿の食堂に入っていった。
「いらっしゃい、奥の席が空いてるからそこで!」
明るい笑顔の女性が二人に声をかける。他にも二、三人女性が忙しそうに立ち働いていたが、皆元気で楽しそうに動いていて、この食堂の盛況ぶりが窺えた。
シオンが先に席に座り、イチカも腰をおろす。夕食というには少し早い時間帯だったが、そのままここで宿泊する予定にしていたので、空腹の二人は普通にしっかりとした食事を注文した。
「お腹すいた!何もしてないのに。」
「それがイチカだろ。」
「本当に感じ悪いわね。」
「褒めてるんだよ。」
「嘘ばっかり。」
「あはは!」
くだらないいつものやりとりを終える頃には、テーブルにグラスに入った水と料理が並べられていた。二人は黙々と食事を楽しみ、食べ終えてからようやく周りに目を向けた。
旅行者らしき人達が思い思いに過ごし、寛いで話している様子が見える。そして後ろの席からは何やら気になる話が聞こえてきた。
「おい、また最近変な植物が増えてきたらしいな!」
「ああ、森にいる動物達もどうも動きがおかしいのがいるらしい。何か災害でも起こる前触れじゃないかねえ。」
「向こうに抜ける細い街道は盗賊も増えてるっていうしな。怖い話が多くて嫌になるぜ。」
「きっと守護騎士様達がなんとかしてくれるだろ。町長もグレイ様に陳情書を送ったって話を聞いたぞ。」
「それならいいが。グレイ様は領地が違うんだろう?そんな特殊な部隊が動いてくれるのかねえ・・・。まあ何にせよ、森の中にはあまり入らない方がいいな。」
「ああ、全くだ。」
近くに座っていた三人の地元の住んでいるらしき男性達の話がイチカの耳にも届いた。不穏かつ聞いたことのない言葉が飛び交い、イチカは不安そうな表情でシオンを見つめた。
「ねえ。」
「後で話す。」
「・・・」
シオンがピシャリとイチカの言葉を止める。仕方がないので水を一口飲み、背もたれに寄りかかって小さくため息をつく。
「シオン。もしかして私に秘密を話すことで私がいなくなるって心配してるの?」
「・・・」
シオンと一瞬目が合うが、すぐに逸らされる。
「図星でしょ。」
「うるさいな。」
「だとしたらそれは間違ってる。」
イチカは真剣な顔で彼を見つめた。
「シオンがどんな過去を持っていても、私を裏切っていたとしても、私はあなたと一緒にいるよ。私の秘密を知ってもシオンは離れないでいてくれた。そんな人を私が突き放すことはしない。それに約束したでしょ?・・・シオンに人生のパートナーが現れるまでは一緒にいるって。」
「イチカ・・・」
シオンはハッとした表情でイチカと目を合わせ、動きを止めた。
「さあ、そろそろ宿を取ろうよ。これで部屋が空いてなかったら今日は野宿だからね。覚悟してよ!」
イチカはサッと立ち上がり、一人で先に行き会計を済ませた。最初に案内してくれた女性に宿のことを聞くと「部屋はたぶん空いているから大丈夫」とのことだったので、言われた通り二階に向かい、部屋を取る。
「ごめん、部屋、取ってくれたんだ。」
少ししてから二階に上がってきたシオンが、ソファーで寛いでいたイチカの側に近づく。イチカも立ち上がって鍵を手渡し、笑顔を向けた。
「明日も早いんでしょ?今夜は早く休もう。お風呂は下の別棟にあるって。寒いからお風呂あるのは嬉しいね。じゃあまた明日!」
鍵を持って戸惑っているシオンを置いて、イチカはすぐに自分の部屋に向かっていった。
翌朝のシオンはいつも通りの朝に弱い彼だった。髪に少し寝癖がついているのを見て、イチカはこっそり笑ってしまう。
「ふあああ、さて、朝飯食べたら行くかー。」
「おう!行こう!そしてたっぷり時間があるんだから色々話してもらうわよー!」
「うわ、昨日は泳がせておいて、今日は追い込んできたな!」
「ふっふっふ。私の執着心を舐めないで。今日は色々聞かせてもらうからね、シオン!」
ふざけながら腕を絡めて上目遣いで顔を見上げると、イチカの顔を穴の開くほど見つめたまま真っ赤になっているシオンの顔と目が合った。その表情に驚き、イチカは頬が熱くなるのを感じ、慌てて腕を離した。
「とにかく!朝食を食べよう!」
「・・・目が覚めた。」
「・・・」
二人はぎこちない雰囲気のまま朝食を済ませ、荷物をまとめて出発する。
街道を少し進むと、西に伸びている道を外れ、細く人があまり通っていないような道を南下していく。今日のシオンの足取りは速く、イチカは小走りになりながらついていった。
「シオン、速いよ!ねえ、もしかして色々聞かれたくなくてそんなに速いの?ねえってば!」
「いや、別に。」
「じゃあもう少しゆっくり歩いてよ!さすがに、息が、きれる!」
「・・・はあ。わかったよ!それで、何が知りたいんだ?」
イチカは息が上がってすぐには話せない。やっと立ち止まってくれた彼の前で深呼吸を繰り返し、彼の袖口を掴む。
「捕まえた。」
「捕まったな。」
「シオンが秘密にしていることはいくつあるの?」
「・・・大きいものは五つ。」
「多いよ!!しかも大きくないものもあるってことでしょ?」
「ある程度関連した内容だからどれも言えない。まだ。」
「うう、秘密だらけのシオンめ!」
イチカが掴んでいる袖口を見ながら、シオンが真面目な顔で続ける。
「イチカはずっと一緒にいてくれるって言ってくれたけど、まだ怖いんだ。俺の覚悟が決まるまで、もう少し待っててくれ。頼む。」
「・・・わかった。」
「ごめんな。」
「謝らないでいいよ。私も無理に聞き出そうとしてごめん。でも昨日も言ったけど、私はシオンがいなくならない限り、きちんと相棒として近くにいるから。」
イチカが袖から手を離すと、今度はシオンがゆっくりとイチカに近づく。イチカは一歩後ろに下がってシオンの顔を見上げた。彼の目がイチカをじっと見つめている。
「ちょっと!なに?」
「抱きしめたいです。」
「ダメです!」
「どうして?」
「どうしても!!」
シオンが手を掴み、引き寄せようとしてイチカに拒まれる。
「イチカ。」
「ダメ!そもそも友情のハグにしては数が多すぎる!!」
「多くて何が悪い!」
「開き直った!?」
気づけばもうシオンの腕の中に包まれていて、イチカは流されやすい自分自身に心の中で密かに悪態をついていた。




