61. いざ洞窟へ②
ロイクの後を追って歩き続けていくと、次第に彼の気配が強くなっていくのをイチカは感じていた。だがかなり慎重に歩いているのか、微かな足音しかわからない。
「やっぱりこっちにいるわね。」
「よかった。まだ何も起きていないみたいだが、とにかく急いで追いつこう。」
「うん。」
イチカはシオンの通った道をなぞるように歩きながら、ロイクのいる場所を目指す。すると数分歩いたところで、奥から突然、恐ろしい悲鳴が聞こえてきた。
「うわあああああっ!?」
二人に一気に緊張が走る。
「ロイクか!?」
「急ごうシオン!!」
暗く足場の悪い洞窟の中をできる限りのスピードで前に進んでいく。一旦道が狭くなり、その場所を抜けると少し開けた場所に繋がっていた。
するとそこに、何かおぞましいほど黒々とした物体に包まれた、力のないロイクの姿が見えた。その側の地面には、シオンが買ってあげた短めの剣が落ちている。
「ロイクさん!?」
「ロイク!!」
シオンがランタンを近くに置いて一気に飛び出す。気がついた時にはすでに彼の手にあの大きく鋭い剣が握られていた。
イチカはせめてシオンが少しでも前が見えるようにと、彼が置いていったランタンと自分の持っているものを合わせて遠くを照らすため、背伸びをしてできるだけ上に掲げた。
シオンは素早く正確な動きでその黒いものを鮮やかに切り裂いていく。イチカにはその黒い何かが、まるで大きなヒョウのような動物が何匹も蠢いているように見えた。
切り裂かれた黒い物体は、なぜか血を流すでも音を出すでもなく、その場で霞のように消えていく。そしてその中にうずくまっていたロイクを、シオンがぐっと引っ張り上げた。
「ロイクさん!!」
イチカが慌てて近寄ると、彼はどこも怪我をしてはいないようだった。しかしまるであの黒いもの達に生気を吸われたかのように、真っ白な顔で意識を失いかけていた。
「イチカ、札はあるか!?」
「うん!」
シオンのその言葉で慌てて胸ポケットに入っていた癒しの札を取り出し、ロイクの胸に当てて一気に力を込めた。すると、今まで見たこともないほど強く札が光り輝き、そしてその光が消えていく。
すぐにロイクの顔にランタンを照らすと、少しずつ顔に赤みが戻ってきているようだった。浅かった呼吸も整っていくのがわかり、イチカはほっと胸を撫で下ろした。
だがそれも束の間、イチカはシオンの後ろにまた影が見えたような気がして思わず叫ぶ。
「シオン、後ろ!!」
「また出てきたのか!?」
シオンの背後には再びあの黒い靄のような、動物のようなものが現れ始めていた。シオンはそれもあっという間に切り裂いたが、少しするとまたどこからか湧き出てきて再び彼が剣を振るうの繰り返しで、イチカは一向に目を覚まさないロイクを抱えて途方に暮れてしまった。
そしてふとあの手紙のことを思い出す。途中で切れていた文がどうしてか無性に気になって、ポケットから急いで取り出し、何度も何度も続きが書いていないか確かめる。
どうして大事なところを書いておいてくれなかったのかしら・・・と苛立ちを覚えながら、あの小さな文字の後ろの空白部分をゆっくりと指でなぞった。
するとその指の下から、徐々に青白く光る文字が現れ始めてイチカは息を呑んだ。全ての文字が表示され、その不思議な現象に驚きつつ無意識にその文字を声に出して読み上げた。
『この地に神の光が降り注ぎ、穢れが全て祓われますように』
「うわあっ!?」
「え!?」
その瞬間、イチカ達のいる空間全体に、目を開けていられないほどの青白く強い光が満ちていく。キーンという耳鳴りのような音がその場に響き渡り、そしてその光も音もあっという間に消えていった。
シーンと静まり返ったその場には、もうあの黒く蠢く影はなく、ピチャン、ピチャンという雫が落ちる音とランタンの灯りだけがそこに存在していた。
そしてイチカは、剣を持ったまま呆然と立ちすくむシオンと目が合う。
「・・・消えた?」
「消えたな。」
「えっと、よかった、のかな?」
「イチカ、今この話をするのはやめよう。」
「シオン・・・」
シオンは剣を鞘に戻し、ロイクに近寄り頬を叩いた。
「おい、起きろ!!」
「うう、ん」
「宝石、欲しいんだろ?見つけたんだからさっさと起きろ!」
「え!?」
「ほ、本当ですか!?」
ロイクは急に目を覚まし、シオンに掴みかかるようにして立ち上がった。イチカもまさかと思いながら暗闇に目を向ける。
シオンが、服を掴んでいるロイクを軽く突き放し、地面に置いてあったランタンを手に取って奥に進むと、そこにはその仄かな光に照らされた美しい緑色の光を放つ宝石の塊が、岩の表面に現れていた。
エメラルドのように美しく濃く輝く緑色のその石は、名前は知らないけれど、イチカの心を鷲掴みにするような力強い美しさがあった。
ロイクは恐る恐るその石に近づき、触ったら消えてしまうかのようにそっと指で触れていく。そして触れても消えないとわかると、その岩に縋り付いて泣き始めた。
「あった!見つけたよ!!母さん、僕、これで二人を学校に通わせられるよ・・・うわああああああ!!」
イチカはそのロイクの姿を見ながら、宝石が見つかったことよりも彼を無事に家族の元へ帰せることにほっとして、笑顔を浮かべた。
ロイクは持参した工具を使って、砕いて持って帰れるだけの岩を砕いた。それほど硬さがなかったのが幸いして、無事宝石の部分が多く入った岩をリュックに詰め込むことができたようだった。
その後三人はクタクタになりながらも再び出口を目指して歩き続け、無事に洞窟を脱出することに成功した。その間、もうあの黒く蠢く謎の生き物や怪しい光に遭遇することはなかった。
洞窟を抜けるとすでに日は傾き始めていた。イチカは疲れた体を引きずるように、黙々と湖沿いの道を歩いていく。そうしてどうにか日が暮れる前には、家の近くまで帰ってくることができた。
ロイクとは家の前で別れの挨拶を交わし、すぐに帰宅してもらった。彼は別れ際に「また後日お礼に伺います」と言って何度も頭を下げ、本当に嬉しそうな表情を浮かべて家族の待つ家へと帰っていった。
一方、心身共に疲れ切ってしまったイチカは、這うようにしてリビングにたどり着き、もう動けないと嘆いてソファーに倒れ込む。
そんなイチカの様子を仕方ないなと言いたげな顔で眺めながら、シオンは疲れている様子など微塵も見せず剣を外し、荷物を片付け始めた。
イチカは彼の有り余る体力に感心してその様子を見ていたが、次第に自分の体力の無さを見せつけられているような気分になって、ついぶつぶつと文句を言うように話し始める。
「シオンはすごいよね。私なんてもう一歩も動けないのに、そこら辺を散歩してきた時と動きが全然変わらないんだもの。あーあ、私ももっと体力つけなくちゃなあ・・・」
ソファーに寝そべりながらそう言うと、彼は笑って手を止め、イチカの側にやってきた。
「そんなことないさ。俺だって疲れてるよ。イチカもよく頑張ったな。お疲れさま。」
「うん。でも結局探していた人に逃げられちゃったね。」
「まあ仕方がない。一歩遅かったんだ。次に期待して探すさ。」
イチカが頭を載せているクッションを少しだけずらし、ソファーの空いた部分に腰かけて、シオンがイチカの頭をそっと撫でる。その一連の動作があまりにも自然で優しくてつい心地よくなってしまったイチカは、何の疑いもなくそれを受け入れ、目を閉じてしまった。
「イチカ。俺の前でそんな無防備に眠っていいの?」
「んー・・・シオンがいると安心する・・・」
「またそうやって俺を翻弄するんだな。悪い魔女さん?」
「ううん・・・」
ただその手の温かさと低く響く声が温かくて嬉しくて、イチカは微笑みながらスッと眠りに落ちていく。
「イチカ・・・お前がどんな力を持っていても、どんな宿命を背負っていても、俺はずっとお前の側にいるから。だから今は、何も心配しないでゆっくり休むんだ。」
イチカの意識はすでに夢の中に旅立ってしまったようで、その言葉にも何一つ反応を返すことはなかった。シオンはそんな彼女を抱き上げて部屋へ運び、ベッドに横たえる。
「ごめんな、イチカ。俺はもうお前を離してやることはできない。お前が他の誰かを愛していても、たとえ『聖人』であっても・・・。せめて、いつもイチカが幸せでいられるように、俺はお前の味方で、親友であり続けるから、それで許してくれ。」
ベッドですやすやと眠るイチカの髪に触れ、一瞬ためらった後その額に顔を近づけた。唇が額に触れる。だが今日のイチカは、その事実に全く気づく様子は無かった。
「おやすみ、イチカ。」
シオンは静かにドアを閉め、そっとイチカの部屋を出ていった。




