60. いざ洞窟へ①
ロイクは翌日も平然とイチカの家にやってきた。もっと何かしこりが残るかとも思ったが、若いからなのか彼が気を遣ってくれたからなのか、あっさりと気持ちを切り替えていつも通りの一日を過ごしてくれている。
あれからシオンとの関係にも特に大きな変化はなく、穏やかに何も言わず過ごしてくれる彼に感謝しながら、イチカは普段通りの仕事をしていった。
そしてそんな何事もない日々が数日続き、ついに洞窟に入る日を迎えた。
イチカはしっかりとしたブーツや男の子スタイルの服の上に丈夫な生地のコートを羽織り、手袋と帽子を身につけて準備万端で玄関に立つ。
シオンは革でできた専用のベルトに剣を提げ、いつもよりは丈夫そうな衣服に身を包んで、ロイクの服装や持ち物などを最終チェックしていた。
「イチカ、札は持ったか?」
「うん。かなり多く作っておいたから、シオンも必要なら言って!」
「・・・俺はいい。その分何かあったらロイクに使ってやってくれ。」
「え?うん。わかった。」
なぜか少しその声に違和感を感じたが、イチカは気のせいかと思ってそのことはすぐに忘れてしまった。
そして三人は湖沿いの道を歩き、湖の南側に面した山の方へと進んでいく。森が深くなっていくと道らしき道はなくなり、そこから少しずつ森のさらに奥の、最近発見されたという洞窟がある場所へと向かった。
一番最初に発見された洞窟はもうすでに調査をされ尽くしているようだったので、今回はその近くにある二つの洞窟のうち、男性が見つかったと噂された方に入ることにしていた。こちらの洞窟は宝石が見つかったという話が出なかったからか、人の出入りはほぼ無いようだった。
その入り口は狭く、ゴツゴツとした岩場を下に降っていくとその先に少し広くなった空間が広がっていた。そこには当然だがロープなどは付いていないので、イチカは慎重に足場を確認しながら、壁の凹凸をうまく利用して下に進む。
一番下に着くとシオンが手を貸してくれて、暗く見えにくい足場でも転ぶことなく立つことができた。
三人はオイルランタンをそれぞれが手に持ち、前に進んでいく。当然LEDライトのような明るさは望めないため、慎重に足元を照らしながら、ジリジリと前に進むしかなかった。
洞窟内の果てしない闇は恐怖心を次第に増幅させていく。暗いだけでも十分怖いのに、もし本当に化け物やもしくは宝石狙いの悪い奴らが潜んでいたらと思うと、イチカは気が気ではなかった。
(でも、今はシオンがいる)
なぜかある瞬間からその考えが頭の中をぐるぐると巡り、時間が経つにつれ不思議と恐怖が薄れていく。気がつかないうちに彼のことをこんなに信頼していたのかと、見えていなかった自分の気持ちにイチカは密かに動揺していた。
「なあ、何か気配を感じるか?」
「えっ!?ううん、まだ何も。」
「そうか。何か気づいたらすぐ教えてくれ。」
「うん、任せて。」
ロイクはその二人のやりとりをただ黙って見ているだけだったが、少し休憩をしようと言って立ち止まると「二人は信頼しあっているんですね」と、イチカにぼそっと呟いた。
イチカはそれにどう答えたらいいのかわからず、ただ小さく頷いて、持参してきた水を飲む。
またしばらく奥まで進んでいくと、水音と共にそれまでと違う反響が返ってくる場所にたどり着いた。
「見て、ここだけ少し広くなってる。綺麗な水も流れてるし・・・」
イチカのその言葉に頷きながら、シオンもその空間を確認していく。彼はどうやらこの場所が気になったようで、奥の方まで歩いて隅々まで調べていった。すると二十メートルほど離れたところで、シオンが小さな叫び声をあげた。
「あっ!」
「どうしたのシオン!?」
「イチカ、こっちに来てみろ!」
ロイクと共にシオンのいる場所まで慎重に歩いていくと、そこには明らかに人が生活していた痕跡が残っていた。溶けた蝋燭、何かしらの食べ物の残りかす、そしてブランケットのようなものまでがそこに捨て置かれている。
「ここに人がいたことは間違いないわね。」
「ああ。もしかしたら洞窟探索に来た人に追われて、慌てて逃げていったのかもしれないな。」
「あり得るわね。もしくは例の化け物が現れたとか?」
「無いとは言えないな。」
そしてイチカはさらに気配を探るが、人が近くにいる、という感覚は全く掴めなかった。
「念のためもう少し奥まで行ってみる?」
「そうだな。まだ歩けるか、ロイク?」
「大丈夫です!」
「じゃあ行こう。」
そうして三人は再び奥を目指して歩き始めた。
その広い空間を抜けるとまた空間は狭くなり、闇が深くなっていくような感覚に陥る。足元にピチャピチャと浅く流れる水が地味に体力を奪っていくが、行けるところまでは行ってみようと三人で話し、焦らず先に進むことになった。
そしてある場所に差し掛かった時、三人は足を止めざるを得なくなってしまった。そこは少し左にカーブしていて、その先には二つの空間が開けていたのだ。
「二股に分かれてるな。」
「どうする?」
「どうするって言ってもなあ。」
シオンもこの状況には頭を悩ます。
「あ」
「どうした、イチカ?」
イチカはふと、小さな青白い光に目が止まった。二股になっている場所のちょうど反対側の壁に小さな窪みがあり、そこにうっすらと光る何かがあるのが見えた。蛍のような虫でもいるのかと目を凝らすが、光以外には何も見えない。
「ねえ、あの青白い光ってなんだろう?」
イチカが指差した方向を見つめたシオンは、
「俺にはそんな光見えないけど。」
と言ってイチカを驚かせた。どうやらロイクにも見えないらしい。
「ここにいて!」
「気をつけろよ!」
イチカはゆっくりとその光に近づく。するとそこには手のひらほどのサイズの石が置かれ、その下に隠すかのように青白く光る紙が折り畳んで置いてあった。
「この紙、どうして光ってるのかしら?」
石をどかしてその紙を開くと、その青白い光はスーッと弱まって消えてしまった。その現象を不思議に思いながらも、イチカはランタンをかざして紙に何が書かれているのか確かめていく。するとその最初の文に、驚くべきことが書かれていた。
「シオン!これ、見て!!」
洞窟の中にイチカの声が反響する。シオンは急いでイチカの側にやってきた。
「どうした?」
「これ、日付が最近なの!それとこの人、自分が『聖人』の一人だって・・・」
「見せてくれ。」
神妙な顔をしたシオンがその紙をイチカから受け取り、じっくりと読み始めた。読み終わると意味深な表情でそれをイチカに手渡す。
「これ、最後まで読んだのか?」
「ううん、まだ。」
なぜか少し不機嫌そうなその様子が気になりつつも、書かれている内容を最後まで読み進めた。するとそこには、イチカの心に衝撃を与える内容が綴られていた。
その書き置きを書いた人は『聖人』と呼ばれる力を持つ一人で、書かれていた日付によると、ここにはどうやら数日前まで隠れ住んでいたらしいことがわかった。
そしてこの洞窟に潜む恐ろしい化け物は、本来『聖人』ならばできるはずの『穢れを祓う』という力を行使すれば消し去ることができるのだが、自分は穢れを祓う力が弱い、とこの人は語っている。隠れ住んでいる間に最低限の力で身を守ってきたが、これ以上ここで暮らすのは難しいと判断し、別の地に移ることにした、とその後に書かれていた。
何よりイチカを驚かせたのは、この紙を見つけられた者はおそらく同じ力を持つ者、つまり『聖人』であり、力を持つのであればぜひ自分の代わりにこの場所の穢れを祓ってほしい、と記されていたことだ。
(シオンのあの表情は、これを読んだからだったのね・・・)
シオンに自分が『聖人』であると確実に知られてしまったことがわかり、イチカは体中から力が抜けていくのを感じていた。シオンがこの事実をどう捉えているのか、それを考えるだけで心に漠然とした不安が押し寄せてくる。
ふと気になってもう一度紙を見返してみると、その紙の裏に小さく文字が書かれているのに気づいた。だがなぜか、
「穢れを祓うためには」
とだけ書かれ、その先にはただ空白が広がっているだけだった。何か不測の事態が起きてそれ以上書くことができなかったのだろうか。一番知りたい情報が消えていたことで、更なる不安がイチカを襲う。
念のためその紙をポケットにしまい込み、おずおずとシオンの顔を見上げた。
「シオン、私・・・」
「今は何も言わなくていい。それより、もうこの先に進むのは意味がないっていうことだよな。」
「そうね。きっとこの人はもう別のところに行ってしまったのね。」
二人でため息をついて顔を見合わせていると、ふとロイクがその場にいないことに気づいた。
「あれ、ロイクさんは?」
「あいつ、どこに行ったんだ!?」
「ねえ、まさかこの先のどっちかに入っていったんじゃ・・・」
「おいおい、それはまずいぞ!この手紙の通りなら、この先にもしかしたら例の化け物がいるかもしれない!」
イチカ達は一気に青ざめた。ロイクはおそらく一人で宝石を探すため、奥まで進んでいったのだろう。しかし彼の動きを全く見ていなかった二人は、どちらに行ったのか見当もつかなかった。
「イチカ、気配は探れないか?」
「やってみる。」
神経を集中させて一つずつ気配を探る。左の方は全く何も感じなかったが、右の方は微かに音が反響してきている気がした。
「シオン、右に行こう。」
「わかった。イチカ、今のうちに札を手に持っていてくれ。俺が絶対にお前を守る。でもあいつまで守り切れるかどうかはわからないから。頼んだぞ。」
「うん、わかった。」
イチカはポケットから強力な守りの札を取り出し、ランタンを持っていない方の手に握りしめる。そして二人は、急いでロイクの後を追って右の道に進んでいった。




