59. 告白と嫉妬
それからの三日間、ロイクはハードスケジュールにも関わらず、毎日必ず時間通りにイチカ達の家にやってきた。朝の二時間はみっちりシオンに体力作りと基礎的な剣の稽古をさせられ、その後はイチカの指示で薬作りや薬草採取の仕事に取り組んでもらう。
ただしイチカは夜の仕事に支障をきたさないようにと、体力を温存できるような量しか仕事を頼まず、出来るだけ休憩を多く取ってもらうように仕向けていった。
「ロイクさん、それが終わったらお茶にしましょう?」
イチカはダイニングテーブルにお茶を置いて、ロイクを呼ぶ。
「あ、はい!」
何事にも一生懸命頑張る彼は、今のイチカに「もっと頑張ろう」と思わせてくれる存在だ。前の人生で何となく学生時代を過ごしてしまったイチカにとって、家族のために必死で生きる若い彼の姿は眩しいほどだった。
そんな頑張り屋の彼のために今日はお菓子とパンを多めに買い込み、お茶の時間に食べる分以外は家に持って帰って食べるようにと袋に入れて手渡した。
「え?こんなにいいのですか?」
「ええ。弟さん達は育ち盛りでしょう?ここのは美味しいって評判だから、皆さんで召し上がってね。」
「ありがとうございます!」
ロイクは嬉しそうに頬を赤らめそれを受け取る。潰れてしまうんじゃないかと心配になるほどしっかりと紙袋を抱え込む姿に、イチカは少し切ない気持ちになる。
「さあ、じゃあお茶を飲んだら片付けをして、今日は終わりましょう。帰ったら少しは休んでくださいね。」
「はい。あの、イチカさん。」
「はい?何かしら?」
イチカはマドレーヌのような柔らかく甘いお菓子を飲み込んでから、パサついた口の中に少しぬるくなったお茶を流し込む。
「イチカさんは今、恋人とか婚約者と呼べる方はいらっしゃるのですか?」
「ゲホッ、うう、ちょっと待ってお茶が気管に!?」
「大丈夫ですか!?」
ロイクは慌てて立ち上がり、イチカの背中をさすってくれる。
「大丈夫、ごめんなさい、変な質問するからびっくりして!」
「すみません!でも・・・イチカさんはとても可愛いし、優しいし、仕事に対しても一生懸命ですし、僕の・・・その、理想の女性なんです。」
ロイクの憧れの対象を見るような視線が、イチカに真っ直ぐ向けられて困惑する。だがその思いを振り切るようにイチカは椅子から立ち上がった。
「ありがとう。でも私はそんな大した人間じゃないんです。それより今日は雨も降りそうだし早めに帰った方がいいわ。片付けは私がやっておきますから。」
「イチカさん!」
ロイクがイチカの右手を握った。だがイチカはその予想よりも強い力に、ああ、女の子みたいな見た目でもやっぱり男の子なのねと、危機感も持たずに黙って立っていた。だが手を引き寄せられそうになり、さすがに焦って声を出す。
「ロイクさん?手を離してください!」
「イチカさん、僕は・・・」
「おい、今度は何してるんだ!?」
その時、外から帰ってきたシオンがドアを開け、つかつかと歩み寄りイチカをロイクから引き離した。
「シオンさん。今大事な話をしているんです。邪魔しないでください!」
「大事な話?それ、手を握る必要があるのか?話だけすればいいだろ!」
「それは、まあ流れというかなんというか・・・」
シオンはイライラし、ロイクは照れながら目を泳がせている。イチカは自分が当事者だということも忘れ、二人のそのやり取りをぼーっと眺めていた。
「流れで女性の手を掴むのか?ほら、別にこの状況でも話せるだろ。言いたいことがあるなら今言えよ。」
イチカを後ろに隠すようにしてシオンがロイクの前に立ち塞がる。
「どうしてあなたがいるところで言わないといけないんですか?僕はイチカさんと二人で話がしたいんです!」
「駄目だ。」
「シオン!」
二人が言い争うような状況になってようやく自分を取り戻したイチカは、シオンに一旦離れてほしいと告げ、ロイクと向き合った。シオンは渋々その場を離れたが、キッチンの方に行っただけでこちらの様子はしっかりと見ているようだった。
「ロイクさん、お話の続きを。」
ロイクは緊張したままイチカの前に立ちしばらく下を向いていたが、一分ほどで心を決めたのか、イチカの目を見て大きな声で話し始めた。
「イチカさん。出会ったばかりでこんなことを言うのは変だと思われるかもしれませんが、僕はあなたのことが好きです!」
「えっと・・・」
イチカは少女のように可愛らしい彼の口から伝えられたその純粋な告白に、すぐには返すべき言葉が見つからなかった。
「僕はまだまだ未熟者ですし、イチカさんに見合う男でないのは承知しています。でも、この数日で本当にあなたが優しくて素敵な方だとわかって、僕はもうあなたに夢中なんです!だからその、もし今そういう方がいないのであれば、僕と・・・お付き合いしていただけませんか?」
イチカは少しだけ間を空けてから「ごめんなさい」とロイクに告げた。
「どうしても駄目ですか?」
彼は静かな声で食い下がる。
「ええ。私には心に決めた人がいるの。」
「それって・・・シオンさんのことですか?」
イチカは首を横に振った。
「でも、じゃあどうしてあの人と一緒に暮らしているんですか!?」
ロイクの疑問は当然だ。イチカでさえ、どうしてこんな風に彼と暮らすことになってしまったのか不思議に思っているほどだ。それでも、目の前の素直で純粋な少年にはきちんと答えを出してあげたいと、イチカは一つずつ丁寧に説明していった。
「私が心に決めた人はもうこの世にはいないし、シオンは私の相棒で親友なの。確かに今は彼と一緒に暮らしているけど、それは彼とそういう関係だからではなく、彼を友人として信頼して一緒に仕事をしているから。彼ももちろんそれはわかってくれていると思う。私は一生、この世にはいない大切な人のことを想い続けて生きていくつもりだし、その人を裏切るような想いを、他の誰かに向けるつもりはない。」
チラッとキッチンにいるシオンの気配を窺ったが、彼は無反応のままだった。
「そう、なんですね。僕の入り込む余地はないのか・・・」
ロイクは落ち込むと言うよりも何かを深く考え込んでいる様子だった。イチカもまた自分の心の中を覗き込んでしまう。そして見てはいけない感情がそこにあることに気づき、現実に意識を戻した。
「とにかく、もうこの話はおしまいにしましょう。ロイクさん、さあ今日は早く帰ってください!パンとお菓子が雨で濡れないうちに。」
そう言って彼を促し、ドアも開けてあげて無理やり家に帰した。玄関のドアを閉めて振り返ると、目の前にシオンが立っていた。
「わっ!?」
「イチカ。」
シオンは触れもせず、それ以上近づきもせず、ただイチカを見下ろしている。イチカは彼の首元が見える辺りまで顔を上げたが、その顔をしっかり見上げる勇気がなく、そのままの状態で彼に話しかけた。
「何、どうしたの?」
「さっきのあれ、俺に向かって言ってたんだよな。」
「別に、そういうわけじゃない。」
イチカの心臓は少しずつその鼓動を速めていく。
「イチカ。俺を翻弄して楽しい?」
「翻弄なんてしてない!!」
「してるだろ。」
「してないって!」
「この関係がどれほど俺にとってきついものなのか、大人のお前ならもうわかってるんじゃないのか?」
「わからない!」
「イチカ」
「お願い、わからないままでいさせて。」
「・・・それなら、俺の前で誰かに告白なんてさせるな!」
イチカは顔を見上げてしまったことをこの日ほど後悔したことはない。そこには、ただひたすら嫉妬の炎をその目に宿す男の顔があった。
「わかった。もう部屋に戻るからそこをどいて。」
「嫌だ。」
「シオン!」
「・・・ほら、通れよ。」
イチカは黙って壁とシオンとの間を通り抜け、部屋に駆け込んだ。バタンと大きな音を立ててドアを閉めてしまって自分でやったことなのに驚いてしまう。
「嫌だ、私はしょうちゃんのことだけ想い続けていたいのに・・・」
ままならない気持ちに振り回されている自分が許せなくて、イチカの体は震えた。
もし彼の思いが限界を迎えているのであれば、この生活はすぐにでも終わりを告げることになるだろう。
イチカはそれもやむを得ないなと思う気持ちと、この生活を失いたくない気持ちの狭間で、ただひたすら苦しむことしかできなかった。




