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55. 洞窟の噂とイチカの決意

 イチカ達は服を購入した店にお願いして元の服に着替えをさせてもらい、当分着ることもなさそうなそのドレスは購入した時に貰った紙袋に入れて持ち帰る。


 まだ日没まで時間がだいぶあったので、二人は湖沿いの道を買い物をしながら歩いて帰ることにした。


「そうそう、洞窟の話なんだけど。」

「ああ、それ!どんな話だった?」

「うん。どうも最近、湖の南側の方でいくつか隠れた洞窟が見つかったらしいの。そうしたらそこに入った人が見たこともない宝石を見つけたって言って大騒ぎになって、実際それがかなり高値で売買されたみたい。そうしたらこの町の商業組合の人達は、これはもう観光地化するしかない!って盛り上がったんだけど・・・」

「けど?」


 イチカは少し嫌そうな顔をしてから話を続ける。


「それがね、その後に一攫千金を狙った人達が他の洞窟でも宝石を探そうと奥まで入っていったら、恐ろしい化け物に遭遇したんだって!」

「化け物?」

「うん。攻撃はほとんど効かなくて、何度も生き返って襲ってきたらしいの!怖い!私ゾンビ映画とか苦手なのよね・・・」

「ゾン・・・何それ?」

「何でもない。とにかくどこまで本当かはわからないけど、恐ろしい何かが潜んでいるのは確かね。それともう一つ情報。どの洞窟かわからないけど、男性が一人、そこで暮らしているのを目撃した人がいるらしいの!」


 シオンの目の色が変わった。イチカの腕を掴む。


「シオン!痛いよ!」

「あ、ごめん!それ本当か!?」

「うん。立ち聞きした感じだとね。もしかしたら探している男性が隠れてるのかなって。」

「ありえるな。調べてみるか。」

「でも化け物がいるかもしれないんでしょ?怖いよ!」

「確かにな。それでもぜひ行きたい。」


 シオンの目が輝いているのをイチカは見逃さなかった。


「シオン、戦ってみたいんでしょ、その化け物と。」

「なんでわかった!?」

「顔を見ればわかるわよ。でももし洞窟に入るなら私も一緒に行くからね。」

「え!?そんな危ないところにお前を連れてなんて」

「私はあなたの相棒なの?それとも守りたい人形か何かなの?」


 シオンは一瞬言葉に詰まり、立ち止まって少し下を向いてしまう。シオンの向こうに、夕日が映り始めた輝く湖が広がっている。


「相棒だけど、守りたい人でもある。」

「はあ。確かに私はまだ頼りないけど、例の札も持っていくし、無力ではないよ。シオン、甘やかしてばかりいないで、きちんと相棒として扱って!」


 その言葉に、彼は俯いていた顔をイチカに向けた。湖を背に立つ彼の真剣な顔は、イチカの鼓動を少しだけ速くしてしまう。


「わかった。調査と準備をきちんとしてから一緒に入ろう。」

「うん。よろしくね!」


 シオンはふいにイチカを引き寄せ、柔らかく抱きしめる。


「ちょっと!?何突然!?」

「絶対に守るから。お前のことは俺の命に替えても。」


 久々にシオンの腕に包まれて真っ赤になりつつも、怒りの方が先に立ち、思いっきり腕を伸ばして彼を突き放す。


「バカ!!絶対に一緒に生き残るの間違いでしょ!!私の前で死んだりしたら追いかけていってめいいっぱい叱ってやるから!!」


(私より先に死ぬなんて絶対に駄目!!)


 イチカが真っ赤になって怒る顔を見て一瞬キョトンとした後、シオンは一気に笑い出した。


「あはははは!わかった降参!!もちろん大丈夫、俺強いから。二人で何があっても生き抜くよ。変なこと言ってごめん。」

「もう!本当にやめてよね!次そんなこと言ったらもう二度と口をきかないから。」

「それは困るな。」

「シオンのバカ!」


 イチカは恥ずかしいのと怒りとが混ざりあった気持ちのまま、シオンの前をずんずん歩いていった。その日は家の近くの商店で夕食を買って帰り、食べ終わると早々に就寝した。



 翌日。いつものようにシオンは情報収集に出かけ、イチカは薬草を干したり薬を調合したりして新しい一日をスタートさせていた。だがその日再びゾーヤが来訪してきたことで、イチカは仕事を中断せざるを得なくなってしまった。


「こんにちは。何度もごめんなさいね!この間話していたクライドさんのことだけど、今日一緒に行けるかしらと思って寄ってみたのよ!」

「こんにちは!えっと、今日ですか?ああ、でもシオンがいないから・・・うーん。」


 イチカは少し悩んだが、せっかくゾーヤさんが来てくれたんだからと、すぐに気持ちを固めた。


「じゃあ、行きます。早く色々な薬を作ってみたいので!」

「そう?よかった!じゃあこれから早速向かいましょう。ああ、馬車ならあるの。二人で乗る小さな屋根のないものだけど、これで行きましょ?さあさ、早く乗ってちょうだい!」


 外に出るとゾーヤに急かされるようにしてその小さな馬車に乗る。ゾーヤが手綱を握り、イチカがしっかりと座ったのを確認すると、すぐに馬車は動き始めた。


「イチカさんはクライドさんのことをご存知なのよねえ?」

「ええ。でもそんなに話をしたことはないので、お人柄とかはよく知らないのですが。」

「そうなの。彼、とてもいい人よ!絵はからきしだけど、薬草の話をする時の彼はとっても素敵なの。私があと二十年若かったらねえ・・・」


(あー、こういう話してた人昔もいたなあ・・・)


「うふふ、でもうちの主人も昔は線が細くて素敵だったの。こんなこと言っているけどうちはとても仲がいいのよ!この馬車も私が使いたいって言ったら知り合いから安く購入してくれたのよ。馬の方は元々主人が大切にしていた子なのよ。」

「そうだったんですね。素敵なご夫婦で羨ましいです。」


 ゾーヤはチラッとイチカに目を向ける。


「あら、あなた達二人もとてもお似合いよ。まだイチカさんはお若いからそんな気持ちにはなれないかもしれないけど。でも私も十八で今の主人と結婚したのよ?」

「まあ、そうなんですか?」

「ええ。主人がどうしても私じゃなくちゃ嫌だと駄々をこねたの。懐かしいわねえ。」


 イチカは微笑ましい話に笑顔を向けながら、自分のプロポーズの日のことを思い出していた。




 その日は初めて二人きりで過ごすクリスマスイブだった。二人で食事をして、ゆっくり過ごそうと彼の家のソファーで寛いでいる時、彼が急に一花に向き合って、指輪ではなくネックレスをプレゼントしてくれた。


 そして言ってくれたあの言葉。


「一花、結婚してください!」


 何の飾り気もない言葉だったけれど、自分がその言葉に涙を流すほど感動するとも思っていなかったけれど、彼の真剣な言葉と想いは心の深くまで染み渡って、決して色褪せることなく今もここにある。




「イチカさん?」

「あ!ごめんなさい!素敵なお話だったので、つい!」

「まあ!そう言ってくれると嬉しいわあ。さあ、もうすぐ着きますよ。」


 そして二人は十五分程度で無事クライドの家に到着した。



 あのカラフルな壁を見ながら玄関に向かうと、ノックどころか玄関の階段にも上がっていないうちに、バタン!という音と共にクライドが外に飛び出してきた。


「まあクライドさん!?どうなさったの?」

「イチカさん!!とうとう僕のモデルになってくれるんですね!!」

「ひゃあ!?ち、違います!!今日は薬草の件でって、ちょっと離してください!!」


 イチカは両手をぎゅうぎゅうと握られてしまい、慌てて離れようともがいた。だが体の細さからは考えられないほどの力の強さで、イチカは全くそこから抜け出せずに困惑してしまう。


「こら、クライドさん!!年若い女性になんてことをなさるんです!!離れなさい!!」


 ゾーヤがびっくりするほど大声でクライドを叱りつけると、彼はその声に驚いて我に返り、イチカから離れた。


「すみません・・・」

「はあ、助かった・・・」


 すっかり冷静になったクライドは、意気消沈した状態で二人を家に招き入れた。家の中に入ると、玄関を入ってすぐの廊下からすでに物が溢れかえっていた。汚れているわけではないのだがとにかく物が多い。絵画関係のもの、日用品、雑貨などなど、足の踏み場もないほどの状況に、イチカは何か踏んで壊してしまうのではないかとヒヤヒヤしながら奥に進んでいく。


 ゾーヤはもう慣れているのか、ものによっては平気で踏みつけながら、中までスタスタと歩いていった。


 なんとかリビングらしき部屋まで到達すると、そこは少し雰囲気が違っていた。明るい日が差し込むその広い部屋には、ものはそれほどごちゃごちゃと置いておらず、壁際にいくつか箱や画材が置かれている程度だった。


 それ以外は曲線が美しいソファーとテーブルがあるだけで、大きな家具などは何も置いていなかった。そしてなぜかその部屋には、微かな薬草の香りが漂っていた。


「いい香り。これは胃痛に効く薬草の香りかな。」

「イチカさん、よくわかりましたね。」


 クライドがお茶を出しながら落ち着いた表情で声をかけてきた。ゾーヤがうんうんと頷きながら口を挟む。


「イチカさんはすごいのよ!私のいつもの腹痛をあのお薬が一瞬で治してしまったの!ねえクライドさん、イチカさんだったら薬草、売ってあげてくれないかしら?」

「ふむ・・・」


 クライドは立ったまま暫し検討している様子だった。イチカは結果を待っている間、大人しくお茶を飲む。どうやらハーブティーのようで、すうっと気持ちが落ち着いていくのを感じた。


「いいですよ。でも条件が一つあります。」

「条件、ですか?」

「ええ。一日だけ、私の家で片付けを手伝ってくれませんか?」

「まあ、変な条件ねえ?」


 ゾーヤが目を丸くする。


「構いませんが、どうしてそんな条件をお付けになるんですか?」


 クライドはそれまでに見たことのないほど妖艶な笑顔を浮かべて、言った。


「あなたを一日独り占めしたい。止まっているモデルが駄目なら動いている状態のあなたでも構いませんから、一日だけここにいてほしいのです。もちろん触れたりはしませんよ!それと本当に今は物が溢れて歩きにくくなって困っているので・・・お願いします。」


 こんな顔をシオンが見たら発狂するんだろうなあと思いつつ、イチカは薬草取引のため、やむを得ずその条件を飲んだ。


「わかりました。いつ片付けにお伺いすればいいですか?」

「おお!ぜひ明日にでも!」

「いいの、イチカさん?」

「構いません。良質な薬草を定期的に手に入れられるなら大した仕事ではありませんし。やります!」


 ゾーヤは少し心配そうに二人を見ていたが、ニコニコ顔のクライドと決意を固めたイチカの顔を交互に確認し、諦めたようにため息をついた。


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