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54. クライドの本職

 それから五日後。あの腹痛で倒れていた女性が家にやってきた。その日はシオンもいて、イチカを遠くから呼ぶ。


「イチカ、お客さんだよ!」


 あれからシオンは、昼間は人探しのための情報集めに勤しんでいるが、それ以外の時間帯はきちんと家で過ごしてくれていた。相変わらずベタベタくっつこうとしてくるが、イチカも慣れたように適当に躱したり、気配を察知して先回りして避けてみたりして、それなりにいい距離感で暮らし始めている。


「はーい。今行きます!」


 画材が置いてあった部屋を片付けて、今は薬を保管したり調合したりする場所として使用している。一昨日シオンと一緒にクライドのところにその許可を取りに行った時は、再びモデルに!と騒がれてシオンを宥めるのに苦労した。



 その部屋から急いで飛び出しリビングに入ると、例の女性が満面の笑顔でイチカを待ってくれていた。彼女はソファーから立ち上がり、イチカに両手で握手をする。


「まあまあ、この間の可愛い魔女さんこんにちは。本当にあの時は助かったわ!ありがとうねえ。今日はねえ、お礼をしようと思ってここに来たの。はい、これ少しばかりだけど薬代とお菓子。私が焼いたのよ!ぜひ二人で食べてね。」

「そんな!薬代だなんて・・・私はまだまだ力不足で、お金なんてもらえるものではないんです!お菓子はありがたく頂戴しますけど、お金は・・・」


 女性は笑顔のままじっとイチカを見つめて言った。


「これはねえ、正当な評価としてのお金なの。あれほど速く効く薬は初めてよ。あなたの実力なんだから受け取ってちょうだい。」


 イチカは一瞬迷ったが、逆に失礼になるかなと思い、素直に受け取った。


「・・・わかりました。ありがとうございます。」

「ふふふ。よかったわあ。ああそれとねえ、この間言っていた薬草の件だけど、粉末にはなっていないけれど乾燥させたものを売ってくれるお店があるのよ。でも誰にでもって訳じゃないからあまり知られてなくてねえ。私の繋がりってことで紹介できるけれど、会ってみる?」


 イチカは側にやってきたシオンと目を合わせた。


「いいんじゃないか?いい話だと思うよ。」

「そうそう!あなたほどの実力がある人なら彼も喜んで売ってくれると思うわ。」

「ありがとうございます、あのそれで、私はイチカと申します。あなたのお名前をお伺いしても?」


 女性は目を丸くして手を上下に振った。


「あらやだ、名乗ってもいなかったなんてごめんなさい!私はゾーヤ。この近くに住んでいて、仕立ての仕事をしているわ。お腹の調子は時々悪くなるのだけど、あなたのお薬があるならこれからは安心だわ。」

「ゾーヤさん、よろしくお願いします。こちらは私の相棒のシオンです。」

「まあ!てっきり旦那様か恋人かと思っていたわ!」

「ああ、そんなようなものです!」

「シオン!?」


 うふふ仲がいいのねえ、と言いながらソファーに再び腰かけたゾーヤは、思い出したかのように先ほどの話に戻った。


「そうそう、それでその彼なんだけどね。湖の向こう側に住んでいて、普段は絵を描いてるんだけど。あれは趣味の域を出ないわねえ。でも本職の方はすごいのよ。最高品質の薬草を確実に入手できるルートがあるらしいわ。自分でもたまに採りにいくみたいだけどねえ。」


 二人はぽかんとしながら顔を見合わせた。


「もしかして・・・クライドさんのことですか?」

「あら!知り合い?じゃあ話が早いわねえ!」

「嘘だろ・・・あいつそんなこと隠してたのか!」


 意外な事実に驚愕しているシオンを放っておいて、イチカはゾーヤに質問する。


「でもどうしてそれをゾーヤさんはご存知なんですか?」

「あらだってご近所さんだったのよ!何でも根掘り葉掘り聞かないとね!特に男性の一人暮らしはどんな方か気になるじゃない。色々お話をしてねあれこれ聞き出したの!怖い人じゃなくて安心したのよ。」

「なるほど!」


 イチカはあのほっそりしたクライドの姿を思い出し、薬草なんて採りに行けるのかしらと訝しんだ。


「それじゃあ今度一緒に彼のところに行きましょ!それとこれは後で二人で仲良く食べてちょうだいね。また薬を買いに来るわ!」

「はい、ご馳走様です!またいらしてくださいね。」



 嵐のような訪問が過ぎ去り、シオンと二人でいただいたお菓子を頬張る。お茶を飲んで一息つくと、シオンが話し始めた。


「まさかクライドがそんな仕事をしているとはね。まあでも、絵は売れてないのにずいぶん裕福に暮らしているからおかしいとは思ってたけどさ。」

「そうよね、確かに。とにかくこれで薬のことはなんとかなりそうね。もしクライドさんが売ってくれるなら引き続き頑張ってみようかなあ。」

「人探しの方も頼むよ。いくつか情報が集まってきてるんだ。ちなみに明日の午後も一つ行きたいところがあるんだけど、一緒に出られるか?」


 イチカは笑顔で頷く。


「もちろん!いつもの格好でいい?それとも着替えた方がいい場所?」

「そうだな、できれば着替えてほしい。ある商家のパーティーに出る予定なんだ。だいぶ気軽なパーティーではあるけど、さすがに普段着はまずいから明日一緒に服を買いに行こう。知り合いの店があるから心配しなくていい。ちなみに目的の男性は、変装してその商家の息子として暮らしてるっていう噂がある。眉唾ものだけど、可能性は全部潰しておきたい。」

「変装・・・でもそれでシオンはその人ってわかるの?」


 シオンはクッションを抱えてソファーに横になる。


「会ったことがある人は必ずわかる。変装していても関係ない、それは俺の特技の一つだから。お前のことだって再会した時すぐにわかっただろ?」

「ああ!確かに!」


 イチカはその時のことを思い出し、流されながらだいぶ長く一緒に旅をしてきたんだなあと感慨に耽る。


「じゃあ明日はそんな予定で頼む。それよりもまた薬草の件でクライドのところに行くかと思うとげっそりするよ。想像したら今日は疲れたから昼寝だ昼寝!夕食の準備の時には起こしてくれよ、イチカ!」


 イチカははいはいと言ってお茶を片付け、薬の調合をするためリビングを離れた。




 翌日の午前中、シオンと共に服を購入し、午後からパーティーに参加する。本当に招待されているのかとシオンに確認すると、ウォーレス・メイヤーの繋がりで招待状をもらっているから大丈夫!と言ってヒラヒラとその紙を見せてくれた。イチカはパートナーとして紹介するからと言われ、渋々頷いた。



 その家は外観からしてかなり派手な建物で、ゴテゴテとした彫刻があちこちに施されていてイチカは目がチカチカする。


 シオンは、白いシャツとベストの上に黒っぽいフロックコートのようなものを羽織り、グレーのパンツを合わせている。そしてそれをさらっと着こなしてしまうところがシオンらしい。


 イチカは薄いブルーの、シンプルな形だが大きく柔らかな素材のリボンがウエストの辺りに付いているドレスを着ている。相変わらず似合っていないような気もするが、メイク用品も少し購入して恥ずかしくない程度に顔も仕上げた。


 そんな二人は今、目の前にある建物をまじまじと見つめながら、最終確認を行っている。


「イチカさん。今日君は私の恋人役でパートナーだから、よろしく頼むよ。」

「シオン様、私そんな大役とても務められそうにありませんわ。」

「今度湖沿いの有名なレストランで最高級のステーキをご馳走しよう。」

「シオン様。あなたのパートナーは私にしか務まらないわね。」

「ぷっ、現金な人だな。ではイチカさん、参りましょうか。」

「ええ。」


 門の前でこっそりといつものやりとりを繰り広げた後、イチカはシオンにエスコートされながら、ゆっくりと敷地内に入っていった。



 広い芝生の庭に準備されたいくつものテーブルとその上に並べられた美味しそうな軽食やお菓子がイチカの目を奪っていく。だが今日の目的は人探しなのだからと、そちらに意識を向けすぎないようにしてシオンのパートナーとして微笑みながら挨拶をしてまわった。


 かなり多くの人が招待されており、立食パーティーのような形でそれぞれが食事や会話を楽しんでいる様子が見られる。仕事関係の人が多いようで、話題もこの地域の観光業についての話がチラホラと耳に入ってくる。


 この家の主人はこの辺りではかなり大きな宿を経営しているらしく、宿以外にもレストランや土産物の店まで運営している敏腕商会長だよと、途中でシオンが教えてくれた。



 無難に主人と挨拶を終えると、イチカは息子らしき男性を探してみる。だがシオンから聞いていた年齢的に、探している人物に近い人は全く見当たらなかった。


「本当にここにいるのかしら?」

「さあ。まあ、噂だからあまり期待もしていないよ。とにかく気になる人や情報があったら教えてくれ。」


 二人とも小さな声で状況確認をしつつ、時々別行動を取りながら目的の人物を探していく。だが結局最後の最後まで、シオンの探し人が現れることはなかった。



「残念だがやっぱり彼はいないみたいだな、帰ろうか。」

「うん。ねえ、さっき向こうの人達が洞窟の話をしていたけど、聞いた?」

イチカが小さな声でシオンに囁く。

「洞窟?この辺りに洞窟があるのか?」

シオンも不思議そうな顔と小声で返す。

「帰りながら話すわ。」

「頼む。」


 結局人探しは駄目だったものの、イチカ達は新たな情報を手に入れて帰宅することとなった。


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