53. 薬の効果
イチカはそれからの一週間、いかにこの家で過ごしやすく暮らすかをを考え、買い物をしたり物の配置を変えたりしながら工夫して暮らしていた。
キッチンには必要最低限のものしかなかったので、近くの商店で調理道具や食器などを購入する。他にも実際に生活を始めてみると生活に必要なものはいくつもあり、よく検討しながら購入を決めていった。と言ってもほとんどはシオンが付き添ってくれて彼のお金で買ったものばかりだ。イチカもお金を出そうとしたが、彼は一切受け取ってはくれなかった。
(やっぱりそれなりに稼いでるのね・・・)
そんなことを考えながらもその分は労働力でお返ししようと、日々の家事は出来るだけイチカが担当していった。
そして次の一週間は薬草探しに精を出した。その時期その時期で採れるものは当然違うが、環境さえ整えば、よく使用する薬草は部屋の中の日の当たる場所で植木鉢のようなものを使って育てられそうだったので、それも試した。土が良さそうな場所では外でも育て始めた。
どうしても足りない分は町に出て購入したり少し山に入って自分で採取したりしながら、乾燥、粉末化、調合まで、本の知識を頼りにできることからやっていった。本の中では魔女のまじないの言葉も書かれていたが、イチカは本物の魔女ではないので、少しでも効果が高まりますようにと、祈りを込めて薬を作っていった。
シオンは最初のうちは家にいたが、二週間も経つとほとんど外に出てしまって姿を見ることが減っていった。夜は帰ってきて寝ていることもあったが、朝からさっさと出かけてしまい、それからしばらくは顔を合わせることもなくなっていった。
そんな日々が一ヶ月ほど淡々と過ぎていき、少し涼しさを感じていたある日。イチカが薬草を摘み終え、今日はたくさん採れたとホクホクしながら家に帰る途中、大きな木に寄りかかるようにして座っている年配の女性に目が留まった。
明らかに体調が悪そうな様子の彼女を見て、イチカは慌てて駆け寄り声をかける。
「どうされましたか?大丈夫ですか!?」
「お腹が・・・痛くて・・・」
「え!?大変!あの、うちすぐ近くなのでいらしてください。よければ簡単なものですけど薬もあるので!」
「ううう、いいんですか?」
「はい!じゃあ、肩に掴まってください。立てますか?」
「ちょっと・・・痛くて・・・」
真っ青な顔のその女性は、力が入らないのか立てそうにもないらしく、これはもう無理にでも背負っていくしかない、とイチカは覚悟を決めた。その時。
「どうした、イチカ?」
少し離れたところから声がかかり振り向くと、久々に見るシオンの姿があった。彼も異変に気がついたのか、急いで駆け寄ってくる。
「この方がお腹が痛いって。うちで薬を出したかったんだけど、歩けないみたいで・・・」
「俺が連れていこう。」
そう言うや否やシオンは優しく、だが軽々と女性を抱き上げ、ゆっくりと家に運んでいく。イチカは心配しながらその後を追い、家に着くとすぐに薬を何種類かと水を用意した。
「私は医者ではなく魔女の見習いみたいなものなんです。だから効果は薄いかもしれませんが、とにかく一番症状に合ったものを出します。少し話せますか?」
「はい・・・」
その女性をソファーに寝かせると、体全体にブランケットをかけてから、いくつか質問をする。本も持ってきて確認しながら、今最も症状に合ったものを選んでそれを飲ませた。
大きな効果は期待できないが、もし駄目でも癒しの札をこっそり使うことはできる。イチカはポケットに札も忍ばせつつ、彼女の回復を待った。
「イチカ、お湯を沸かしておいたよ。」
「シオン、ありがとう!」
久々に会った彼は、よく見ると少し元気がないように感じた。
しばらくすると、横になっていたはずの女性が突然ソファーからムクッと起き上がった。イチカ達は驚いてすぐに女性に声をかける。
「どうされましたか!?」
女性はお腹に手を当てて不思議そうな顔でそこに座っている。
「・・・痛くないわ。」
「え?」
女性はぱあーっと明るい表情になり、イチカを見上げた。
「すごいわ!もう全く痛くないんですよ!まあまあ、魔女さん素晴らしいわ!あなたのお薬、今まで飲んだどのお薬よりも速く効きましたよ!ほんっとうにありがとう!!」
そう言って何度も何度も頭を下げるので、イチカは慌ててそれを止めた。シオンはそんな二人の様子をほっとしたような表情で見つめていた。
女性はその後何事もなかったかのように立ち上がり、再びイチカ達を驚かせた。温かいお茶を一杯飲んですっかり元気になった彼女は、ありがとうありがとうとイチカの手を握ってお礼を言い、すぐに家に帰るわと言い出した。
そして帰り際、「あなたのお薬、この辺りの人達にぜひ売ってちょうだい!薬草が欲しいならいいツテがあるから相談してね!またお礼に伺うから!」と言って、女性は笑顔で去っていった。
「イチカ、よかったな!薬作りも薬草栽培も頑張っていたから、こうして結果になって俺も嬉しいよ。」
「・・・」
「どうした?」
イチカはじっとシオンを見つめている。
「ねえ、この一ヶ月ほとんど家にいなかったのに、どうして私が頑張ってたって知ってるの?それに今日だってあんなに都合よく彼女を助けられたのはなぜ?」
「え・・・それは・・・」
シオンの目が一瞬泳ぐ。
「シオン、この一ヶ月、私を避けてたでしょ。でも過保護なあなたは近くで見守ってくれてたんだよね?」
「・・・気配、気づいてたのか?」
「うん。」
「やっぱりイチカには気づかれるのか。」
イチカはシオンに一気に近づく。
「うわ、何だよ近いだろ!?」
「今まではシオンの方がよっぽど近付いていたくせに!何で一緒に暮らすとなったらいなくなるの?何をそんなに遠慮してるのよ!そんなんでどうやって一緒にやっていくの!?」
「イチカ・・・でも、俺がいるとお前を困らせると思って。」
イチカは、はあ、と大袈裟にため息をついてから再び口を開いた。
「シオン。私達もう十分にお互いに秘密を抱えてる。言えないことも、あえて言わないでいることもたくさんあるよね。でももうお互いが大切で、そう簡単に離れられないことも理解してる。それはシオンも一緒でしょ?」
「・・・そうだな。俺はイチカからはもう離れる気はないよ。」
「言えないことはたくさんあるし、口にする気もない。でも大切な相棒で親友のシオンとせっかく一緒に暮らせるんだから、私に変な気を遣うのはもうやめて。多少のことなら適当にあしらう。今のままのシオンでいいから、側にいるって言うなら隠れてないでちゃんと近くにいて!」
「親友・・・」
シオンはパッと顔を上げると、黙ったままイチカに近づき、ぎゅっと抱きしめた。
「はああ。イチカに触れられた・・・もう無理かと思ってた。俺は避けられてるんだって・・・でも、一緒にいていいんだよな。一番近くにいていいのは俺だよな?」
「うん、今はね。」
「何だって!?」
イチカはクスッと笑ってシオンから離れ、言った。
「いつかシオンが人生のパートナーを見つけたら、それは私達のお別れの時だよ。・・・私にとってのしょうちゃんのように。」
「イチカ・・・」
シオンがあの泣きそうな顔でイチカを見つめる。
「それに私達がお互いに隠している何かを口にすれば、きっとこの関係は終わる。シオンだってそれがわかってて、何も言わずに側にいてくれてるんだよね?」
「どうしてイチカはそうやって核心をついてくるんだ・・・」
彼が少しだけ拗ねたような顔つきになり、イチカはフフっと笑う。
「年の功かな?・・・だからね、シオン。私達は綱渡りみたいに危うい何かの上に二人で立ってるけど、お互いの秘密が暴かれない限りは一緒にいられるんじゃないかな。」
シオンはイチカの手をしっかりと握りしめる。
「何も口にしなければ一緒にいられるんだな。」
「・・・うん。」
「わかった。」
シオンはもう一度強くイチカを抱きしめてからゆっくりと離れた。
「でも俺は絶対に、何があっても、ずっとお前の側にいるから。」
真剣な表情で彼はそう言って、そのまま部屋に戻っていった。
リビングに取り残されたイチカは、彼の最後に言った言葉を頭の中で繰り返し再生する。イチカの中の言葉にはしない不確かな気持ちと、心に残ってしまった彼の言葉を精一杯の精神力で封印して、薬やお茶を片付け始めた。
そして久々の二人で食べる夕食のために、その日のイチカは腕によりをかけてご飯を作ろうと、早速準備を始めていった。




