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51. 湖の見える町へ

 その日の夜、予定通りシオンの部屋を訪れたイチカは、商会の隣にある三階建の建物の二階部分が全てシオンの部屋だと知って、かなり驚いた。


 寝室は二部屋、ダイニングやリビングという区切りはなく、広い部屋が一つ、キッチンが一つ、という間取りになっていた。トイレやお風呂などは下の階にあるようで、そこだけは少し面倒だが十分に暮らしやすい家だった。


「シオン、こんな広い部屋・・・しかもここ自宅ってわけじゃないんだよね!?」

「ああ、ここはこの町に来た時しか使ってないな。でもまあ知り合いが使いたいって時は貸してるけど。」

「実はお金持ちだったのね・・・」


 イチカがジトっとした目で見つめていると、違う違うと頭を振った。


「ここはある仕事の報酬で貰ったんだ。結構な大仕事だったんだよ。その報酬に見合っただけの仕事はしたし、今も継続してしてる仕事もあるからさ。だからお金持ちではないので高級な食事は奢れません。」

「ちっ」

「舌打ちはやめなさい!全く、やっぱりそれが目的だったか・・・」

「まあ冗談はさておき、私はどの部屋を使ったらいいの?」


 シオンが部屋の前に行き、ドアを開けた。


「こちらへどうぞ。掃除は終わってるから安心して使ってくれ。俺は先に風呂に入ってくるよ。」

「うん。」


 シオンに案内された部屋は通りには面していなかったが、小さな窓のついた広くて快適そうな部屋だった。ベッドとサイドテーブルとランプだけのシンプルな部屋で、イチカは早速荷物を置いてベッドに座ってみる。一日バタバタと働いて眠気が押し寄せてきたので、暗くなる前にと、マッチを探してあちこちのランプに火を灯していった。


 シオンがお風呂から戻ってくると、イチカもお風呂を借りる。この建物には一階に小さなお店と水回りが入っていて、三階は倉庫になっている。イチカは建物内に人がいないことに安心して、ゆっくりお風呂を楽しんでから部屋に戻った。



 部屋に戻ると、だだっ広いリビングの中にぽつんと置いてある大きなソファーの上で、シオンがぐっすりと眠っていた。


 夏とはいえこんなところで寝たら風邪ひくよ!と声をかけながら、イチカはシオンを起こす。ゆさゆさと肩を揺らして起こそうとしたが、むにゃむにゃ言いながら全く起きる気配がなかった。


「もう、シオン!ベッドで寝なさいよ!本当に風邪ひくわよー!」

「う・・うん・・・イチカ・・・」

「寝言かな?ちょっと!シオーン、起きてー!」


 その瞬間、寝ているはずのシオンがイチカの腕を掴み、グッと自分の体に引き寄せた。イチカはバランスを崩して彼の上に倒れ込む。


「シオン!?寝ぼけてないで起きて!!ちょっと、困るよこの体勢!!シオン!?」

「イチカ・・・いい香り。」

「・・・起きてたの?」

「今起きた。」

「シオン!?」

「本当だよ。」


 イチカは何とかシオンに支えられて体を起こすと、真っ赤になったまま無言で部屋に入ってバタン!とドアを閉めた。


「ごめん、イチカ。」


 シオンは聞こえないであろうその謝罪の言葉を、なぜかとても幸せそうな顔で呟いていた。




 翌朝、イチカは早起きをして、ジェンクの町最後の一日は市場で朝食を食べようと手早く身支度を済ませた。シオンが起きてきたら一緒に行こうと思っていたが、なかなか起きてこないのと昨日のハプニングのことも思い出し、一人で行こうとドアノブに手をかけた。


「イチカ、俺を置いてどこに行くの?」


 その瞬間、後ろからシオンの不機嫌そうな声がかかる。


「おはよう。ちょっと朝食を食べに・・・」

「俺も行く。」

「え?でも」

「行く。」

「・・・うん。」


 シオンの有無を言わせない様子に根負けし、彼の支度を待ってから一緒に朝食を食べに出かけた。


「今回はさすがに徒歩の移動はきついから、馬車で移動しよう。歩いたら半日はかかるからな。」

「そうなんだ。そっか、だから前の町に行く時は山道を選んだんだものね。」

「そうなんだ。わかってくれて嬉しいよ!」

「まあ、きつかったけど。」

「だよなあ。とにかく今日は馬車を借りるから安心していい。」

「うん。」


 今日は温かいコーンポタージュのような少し甘みを感じられるスープとレタスハムサンドで朝食を済ませ、二人は部屋に戻って出発の準備を始めた。



「イチカ、行こうか。」

「うん。忘れ物はない?」

「・・・出た、お母さんモードのイチカ!ないない。ほら早く行こう!」


 シオンに優しく背中を押され、二人は再び、新たな旅を始めることになった。




 馬車での旅は驚くほど快適だった。これまで徒歩や荷馬車などで苦しい旅をしていたことを考えれば、天と地ほどの差があった。


「快適すぎる・・・」


 イチカの心の底から溢れ出るようなその言葉に、シオンが思わず吹き出した。


「プフッ・・・あはははは!よかったよ、そんなに喜んでもらえて!」

「むう、そんなに笑わなくてもいいじゃない!はあ、でも快適!あ、そうだ。向こうではシオンは何か仕事があるの?」


 シオンは窓の外を眺めながら、ゆっくりと事情を説明していく。


「ああ、実はニコリの町からずっと探している人がいる。依頼者からはその人の無事を確認してほしいって言われてるんだ。ただその人はあちこち放浪しているみたいで、なかなか見つからなくてさ。でも今回はある情報が手に入って、これから向かうフディナっていう町にいる可能性が高い。ただ詳細はわかっていないから、とにかく現地で情報を得ながら探してみるつもりだよ。」


 シオンは落ち着いた表情でそう伝えてから顔をイチカの方に向け、その手を取る。


「今回は長期になると思う。どこか家を借りて二人でそこに滞在しよう。イチカはどうしたい?」


 シオンの手の温もりを感じながら、イチカは少し悩んだ。


「どうしたい、か。そうね。実は前々からやってみたいことがあって、長期に滞在できるならせっかくだからそれをやってみようかなって。」

「へえ。どんなこと?」

「薬草を使って魔女の薬を作ってみたいの。もちろん自分で使ったことのあるもの、ありきたりのものだけね。近くに住んでいる人がいたら少し売ったりとかもしてみたい。いずれはきちんと教わりたいけど、まずは簡単なことからやってみようかなって。」


 シオンは手を離し、腕を組んで考え出した。


「魔女かあ。知り合いにいるはいるけど、フディナではないんだよなあ。」

「そうなんだ。考えてくれてありがとう。でもシオンの仕事の手伝いもしたいし、今回はお試しだから気にしないで!」


 笑顔でそう返すと、再び手を握られた。


「ああ、よろしくな。向こうについたら今夜だけは宿に泊まって、その間に家を探そう。いくつかあてはあるから今日中には見つかるよ。」

「・・・うん。それより一緒にいるんだから寂しくないでしょ?手はもういいんじゃない?」

「バレたか!」

「もう!」


 シオンは笑いながら手を離し、再び窓の外へと顔を向けた。イチカもまた、湖が見えることを心待ちにしながら、外の景色に目を向けていく。



 そしてしばらく馬車に揺られていると、イチカは気がつかないうちに眠りに落ちていたらしい。リュックを抱えて下を向いて寝ていたようで、顎のところにリュックの痕がついているのが触ってみてわかった。寝ぼけ眼でシオンを見ると、彼が驚くほど優しい表情でイチカを見ていた。ドキッとして顎を隠す。


「恥ずかしい!顔に痕がついちゃってるから今は見ないで!」

「気持ち良さそうによく寝てたよ。寝顔はよく見えなかったけど。」

「ああ恥ずかしい!あ!!あれもしかして湖?」


 イチカがシオンの方にある窓を指さすと、彼もそちらを振り向く。


「ああ、あれがフディナ湖。結構大きいからもう少し全体が見えるようになると驚くと思うよ。」

「楽しみ!!」


 イチカはワクワクしながらその景色が現れるのを待つ。山々に囲まれてまだ一部しか見えないが、これから現れてくるであろう美しい光景に期待しながら、じっと窓の外を眺めていた。


 その様子をシオンが嬉しそうに見つめてから、彼もまたイチカと同じ方向を向いて、同じ景色を目に焼き付けていった。


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