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50. 秘密を抱えた二人

 翌日はよく晴れて気持ちの良い一日となった。嵐のような雨があがり、地面はまだ濡れているものの空気は清々しく、最高の洗濯日和になりそうだった。


 最終日ということもあり、キッチンを中心に丁寧に掃除をしておく。明日は元々ここで仕事をしていた人が戻ってくる日なので、何をどの位使ったのかもメモして置いておいた。



 その後一日の全ての仕事を完了し、最後の確認も済ませて帰宅の準備を始める。いつもよりは少し遅くなっていたがハル達はまだ帰ってきていなかったので、手紙を残しておこうとペンを取った。キッチンの台の上で手紙を書き始めた時、ドアの開く音がして振り返る。するとハルが驚いたような表情でそこに立っていた。


「おや、イチカさん、まだいらっしゃったんですね!遅くまでお疲れ様でした。何かお困りのことでも?」

「いえ!ハルさんには色々とお世話になったのでお手紙を残してから帰ろうと思いまして・・・お会いできちゃいましたけど。」


 そう言って微笑むと、ハルも微笑みを返してくれた。


「そうだったんですね。それはありがとう。でも帰る前に会えてよかった。イチカさんの料理はとても美味しかったですよ。また・・・会えるといいですね。」


 真っ直ぐにイチカの目を見ながらそう話す笑顔の彼は、もう若かりし頃の翔太にしか見えなかった。


「はい。いつかまた、お会いできたら嬉しいです。」


 イチカは少し頬を赤らめながらそう伝えると、頭を丁寧に下げてその家を後にした。




 イチカは、三日間無事にやり遂げた!という達成感に満たされながら、市場近くの馬車乗り場に向かう。が、途中でふと思い立って商会の方に戻った。だがドアのところには『本日終了』と書かれた札が掛かっており、イチカは肩を落とした。


「ああ、もう閉まってる・・・」


 シオンとはあれから一度も会っていない。どうしているかと気になって立ち寄ってみたが、残念ながら支店の営業時間を過ぎてしまっていたようだ。


 諦めて帰ろうとしたその時、支店のドアが開いた。


「イチカ!?」


 シオンがイチカに気付いて駆け寄ってくる。


「シオン・・・」


 イチカはどんな顔をして向き合えばいいのかわからず、目を逸らしてしまった。そんなイチカの様子を気に留めるでもなく、シオンはほっとした表情でイチカに近づく。


「よかった。今からそっちに会いに行こうと思ってたんだ。・・・イチカ。」

「うん。」

「この間は、ごめん。」

「私こそ、ごめん。」


 支店の玄関前にある数段しかない階段のすぐ下の歩道に立って、二人はしばらく互いの沈黙を受け入れていた。イチカがそれ以上何も言えずにただ立っていると、シオンが痺れを切らしたように話し始める。


「・・・俺、イチカのこととなると冷静じゃいられなくなるんだ。」

「え?」


 イチカはその苦しそうな声にようやく顔をあげた。


「仕事も、仲間に対しても、いつも冷静でいられることが俺の強みだった。冷静に判断できれば大抵のことは間違いなく対処できたから。でもイチカにはそうできない。いつもの俺じゃなくなる。・・・俺の味方だって言ってくれたあの日からは、余計にそうなった。」

「シオン・・・」

「自分でもどうしてかはよくわからない。でも、イチカと離れるのはもう嫌なんだ。お前が嫌だということはしない。だから頼む。俺の前からいなくならないでくれ・・・」


 その泣きそうな顔を見るのはこれで二度目だった。一度目はそれを見るのが怖くて逃げてしまった。今はもっと怖いけれど、逃げてはいけないと思う。


「シオン、私この町を離れてもいいよ。」

「イチカ!?」


 シオンの泣き出しそうな顔が驚きの表情に変わる。


「避けられない状況以外はシオンと一緒にいるって約束したしね。だからその約束は守る。今回町を離れなきゃいけない理由は、いずれきちんと教えてくれるのよね?」

「ああ、必ず。」

「それならそれを待つわ。それと、友情のハグをしたい場合は先に言って。ああいうの、慣れてないのよ。」

「友情の・・・わかった。」


 もう一度二人には沈黙が訪れたが、今度はそれほど居心地の悪いものではなかった。


 通りには人が増えてきている。仕事を終え、家に帰る人達の流れが、イチカ達をギリギリのところで避けて通り過ぎていく。それぞれが待つ家族の元に帰っていく人々の流れに、今の二人はまだ乗れそうもなかった。



「シオン、明日はうちに来て片付けとか手続きを手伝って欲しい。それと次はどこに行くのか、どういうルートで行くのか、きちんと話し合いましょ?」

「そうだな。わかった。明後日には出発できるようにしよう。それと今日以降一人で外には出ないようにして欲しい。お願いだ。」


 シオンの真剣な眼差しに、何かしらの危険が迫っていることは理解できた。


「シオンは私を何かから守ろうとしてくれてるんだね。」

「・・・ああ。」

「二人して秘密を抱え込んで、何してるんだろうね、私達?」

「秘密の一つや二つ、あった方が面白いだろ?」

「ものによるわよ!シオンは隠し過ぎ。」

「イチカだってここに来てから何か隠し事があるだろ?」

「あはは!じゃあお互い様ね。」

「これだから・・・俺はイチカから離れられないんだ。」


 シオンの手がイチカの髪に触れる。その目は優しく、イチカが想像したくない感情をはらんでいるようにも見えた。


「ほら、調子に乗らない!ベタベタ触らないでっていつも言ってるでしょ!もう今日は罰として夕飯はシオンの奢りね。何か高級なものが食べたいなぁ・・・」

「何でそうなるんだよ!?今日は手持ちが少ないんだって!あ、ちょっと待てよイチカ!安くて美味しいもので頼みますって!」


 イチカはシオンの少し情けない声に笑いながら通りを歩いていく。まだ二人は帰る人々の流れには乗れないけれど、二人でしか歩けない道を一歩ずつ踏みしめていくしかない、とイチカは覚悟を決めた。




 翌日はバタバタと慌ただしい一日になった。


 朝からシオンがやってきて、ローザに退去する旨を伝える。急なことで本当に申し訳なかったので、一週間分余分に家賃を払うことに決めた。


 その後シオンに手伝ってもらって、部屋を片付け荷物を整理する。掃除は隅々まで丁寧に仕上げて、寝具などは洗濯屋に出しておいた。


 午後にはすっかり片付いて、部屋は最初に来た時の状態にほぼ戻ってしまった。


「この部屋気に入ってたから、ちょっと寂しいな・・・」

「ごめんな、イチカ。本当はもっと長く居させてあげたかったんだけど。」

「いいよもう。仕方ないもの。それより今日は寝具もなくてここには泊まれないから、市場の方で宿を取るね。」


 シオンが一瞬躊躇ってから、イチカに一つ提案をする。


「なあ、今夜はうちに泊まるか?」

「え!?」

「深い意味は無い!断じて無い!!ただ、今から宿を取るのはあの辺りは結構大変だし、この間の部屋も狭かっただろ。まああの時は部屋の掃除が終わってなかったから仕方なかったんだけど。」

「・・・シオンの部屋って、泊まれるような部屋が他にもあるの?」

「ああ、結構広くてさ。寝室は二つあるから。」

「じゃあそうしようかな。」

「お、珍しく嫌がらないんだな?」

「もう色々諦めたのよ。」

「何だよそれ・・・」


 その時、コンコン、と開いているドアのところでノックの音が聞こえて二人で振り返ると、妖艶な笑みを浮かべたローザがそこに立っていた。


「なあに、意味深な会話ね。二人はそういう関係なの?」

「違います。」

「・・・相棒だよ。」

「ふうん。まあいいわ。シオン、ちょっと下に来て。手続きのことで話があるの。」

「ああ。イチカ、ちょっと待っててくれ。」

「うん。」


 イチカは最初に来た時のように、窓の外からあの花畑を見つめて彼を待った。



 ― ― ― ― ―



「ローザ、手続きの話ってなんだ?」

「・・・シオン。今あなたあの男を探しているの?」

「頼まれたんだよ、ミレイナ様に。」

「あなたのお兄様が来ているわよ、この町に。」

「知ってる。」


 ローザが顔を顰める。


「ちょっと、何でそれ早く言わないのよ!」

「色々あったんだよ。」


 シオンは無表情でそれに答える。


「・・・例の男は湖のある町にいるかもしれないわ。」

「そうか。情報、助かるよ。」

「後で請求するわよ。それより本当に彼を追いかけるの?」

「ああ。」

「気をつけなさいよ。いくらあなたが強いからって、もしお兄さん達に見つかって束になってかかってこられたら、ひとたまりもないわよ。」

「善処するよ。」

「・・・」


 シオンはローザに軽く手を振ってから二階に戻る。


「イチカ、終わったよ!そろそろ行こうか。」


 笑顔を見せながらイチカを呼ぶ。振り向いた彼女の顔が、少し切なそうに見えて、シオンの胸が微かに痛んだ。思わず近寄ってから、ぐっと堪えて声をかける。


「友情のハグはいいんだよな?」

「・・・私、何かさっき間違ったことを言っちゃった気がするわ。」

「前言撤回はできないから。」


 そうしてシオンは優しく彼女を包み込んだ。


「今回は悪かったな。早くイチカが安心して暮らせる場所を見つけよう。」

「うん。ありがと、シオン。」


 今度はすぐに体を離し、笑顔を向けてから「じゃあ行こう!」と明るくイチカを促して外に出た。


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