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49. 確執

 シオンが移動した先は、商会で確認したイチカの仕事場に当たる家だった。暗くなる前のこの時間は気配を隠しやすい。シオンは近くの建物の影に隠れて、戻ってくるはずの男性達を待っていた。


 数分後、数名の足音が近づいてくる音が聞こえた。それは明らかに訓練を積んだ男達の歩き方だとわかり、気配を慎重に消しながらその様子を窺う。


 目的の家の門を、三人の騎士達が何やら話しながら通っていくのが見える。だが本当に知りたいのは・・・


(やはりあの人が・・・)


 少し遅れて背の高い、黒っぽい服装の男性が一人、門をくぐろうとしていた。シオンは音も立てず素早く彼に近寄る。


「久しぶりですね、ハルバート兄さん」


 男性はゆっくりと振り返った。その少し驚いたような顔には微笑みが浮かんだが、目は全く笑っていなかった。


「ファルシオン。相変わらず気配が掴めないな。お前の実力が落ちていないようで何よりだよ。それで、いつ騎士団に戻ってくるんだい?」

「もう戻るつもりはないと言ったでしょう。」


 シオンもまた、冷めた表情で答える。


「愛する弟は、私が何のためにこの町にいるのかが気になって声をかけてきたのかな?」

「まあ、そんなところですね。相変わらず『狩り』を続けていらっしゃるのかなと思いまして。」

「だとしても今のお前には関係無いね。うちの騎士団に戻ってくるならいくらでも相談するが。」

「・・・いい加減こんな非人道的なことはやめるべきではありませんか!?」

「非人道的?何を言うんだ。彼らはこの国の危険分子だよ?聖人だと崇められ、下手に権力でも握ってしまったらどうする?彼らは力では我々『守護騎士』に負けるが、その非凡で特異な才能で人々を魅了し、洗脳し、国家の転覆をも起こしかねない存在なんだ。実際そういうことは歴史上何度も起きている。お前もよく知っているだろう。」

「ですが、皆が皆そうではない!あんな風に閉じ込めて、家族と引き離し、いいように扱っていい存在ではありません!」

「・・・この議論はもうし尽くしたんじゃなかったかな。ファルシオン、「神の御使い」とまで呼ばれる我々の中でもお前の実力はこの国随一だ。そしてこの国を守っていくのは我々の責務だよ。グレイ家を継ぐのは私だが、騎士として戻ってきた暁には、将来十分な領地を分け与えるつもりでいる。父上も戻ってくるなら許してくださると言っているんだ。こんな風に庶民の中に紛れての仕事などせず、早く戻ってきなさい。」


 シオンは大きくため息をついてハルを睨んだ。


「あなた方のやり方を受け入れるつもりはありません。もし今誰かを狙っているなら、私が妨害するまでです。」

「今か・・・当たりをつけていた人物が二人いたんだが、どちらも逃げられてね。一人は人物の詳細が不明なので仕方ないんだが、もう一人は男性で、何度もこの近辺で目撃されている。野放しにしておくことはできない。お前の妨害は面倒ではあるが、まあこちらもまだ見つかってはいないから妨害しようがないだろう?」

「とにかく!私はあなた方のやり方を認めないし、これ以上幽閉される人も、その裏で苦しむ家族も増やしたくない。今後も活動は続けます。・・・兄さんが昔の兄さんに戻ってくれることを祈っています。では。」


 シオンはそれだけ告げると踵を返した。


「ファルシオン、体には気をつけなさい。お前はいずれ私のところに戻ってくるんだから。」


 遠くから聞こえる兄の言葉に一切反応することもなく、シオンはそのまま足早に商会に戻っていった。




 ― ― ― ― ―




 イチカは翌朝も予定通り支度をして家を出る。昨日のシオンとのことが気にならない訳ではなかったが、何よりも社会人として当たり前のことをしようと、気持ちを立て直してハルが滞在している家に向かった。


 昨日と同じように朝食の準備をして、今日は天気が悪くなりそうだったので早めに洗濯を済ませる。午前中のうちにある程度乾いてしまえば部屋干しでもいけるかしら?と悩みながら時計を見て、慌てて朝食の仕上げと配膳を行った。


 時間通りになんとか準備ができ、今日もまた温かい朝食にお褒めの言葉をいただく。


「イチカさんは料理がお上手ですね。今日もとても美味しかった。ああ、それと今日は午後天気が崩れそうなので午前中に帰ってくる予定なのです。できれば昼食もお願いしたいんだが、どうでしょう?」

「もちろん大丈夫です!」

「よかった!じゃあお願いします。」

「はい!」


 今日もまた翔太にそっくりの笑顔で優しい言葉をかけてくれるハルに、イチカは少しだけ心惹かれ始めていた。もちろん翔太とは違う人なんだと今はわかっているし、どうにかなりたいというのでは無い。だが一緒にいるとまるで翔太と過ごしているようで、どうしても嬉しい気持ちが先に立ってしまう。


(ああ、偽者だけど、しょうちゃんに朝食を食べてもらってるみたいで嬉しいな・・・)



 昼食を準備した後、雲行きが怪しくなってきたので慌てて洗濯物を取り込んだ。間一髪で濡らさずに済んだが、乾き切っていないものは空いていた使用人用の部屋に紐を張って、そこに干しておく。


 午後は雨音がどんどん強くなり、少し遠くから雷鳴も聞こえてくるようになった。イチカは昼食の片付けを終えてからすぐに掃除に取り掛かるが、廊下の窓の外を見ながら途方に暮れてしまった。


(こんな天候の中で帰れるのかしら、私・・・)


「イチカさん、お掃除ありがとう。かなり雨が強くなってきましたね。」


 ハルが心配そうな顔で外を見ながら、イチカに声をかけた。


「ハルさん!本当に・・・今日はレインコートも忘れてしまって、参りました。」

「そうですか。イチカさんは明日最終日ですよね?もしよかったらこちらに泊まっていかれますか?」


 イチカは思わず持っていたモップをぎゅっと握りしめる。


「でも・・・ご迷惑では?」

「いえいえ!部屋も使用人用のものが空いていますし、お嫌ならもう一部屋来客用の部屋もありますから!」

「いえ、使用人用の部屋で十分です!では、お言葉に甘えて・・・」


 ハルはにっこり微笑んで頷いた。夕食はやはり出かけるのでいらないと言われ、イチカは掃除を終えると自分の分だけ簡単なものを作って早めに食事を済ませた。



 日が落ちる頃には外は豪雨となり、夜が更けるにつれ少し肌寒く感じるようになる。全ての仕事を終え、使用人用の部屋に入ったイチカは、真っ暗な窓の向こうで雷だけがピカピカと光っている様子をただぼんやりと眺めていた。


 持ってきたランタンの蝋燭から部屋のオイルランプに火を移し、カーテンを閉めてベッドに横になる。簡単な着替えはいつも持ち歩いているので、今は翌日着る服を着て休んでいた。


(そういえば、私が死んだ日も雨が降っていたよね・・・雷も少し鳴っていた気がする)


 あの日のことをふと思い出し、その瞬間雷が近くで鳴る音が聞こえて、体が震えた。


 気持ちを落ち着かせようと、ランタンを片手にゆっくりと暗い廊下を移動し、キッチンに向かう。少し冷えてしまった体を温めようと温かいお茶を飲むためお湯を沸かしていると、強い光と共にかなり近くに大きな雷が落ちた。轟音と地響きが一気にイチカを襲う。


「うわっ!?」


 色気も可愛げもない叫びを上げ、床にしゃがみ込んだ。その後も近くで雷鳴が轟きなかなか立ち上がれないままでいると、なぜかそこにドアを開けてハルが現れた。


「イチカさん?大丈夫ですか!?」


 ランタンを手にやってきた彼に、思わず抱きつきたい衝動に駆られたが、イチカは全力で踏みとどまる。


「ハルさん・・・大声をあげてしまってすみません!雷の音に驚いちゃって・・・」


 ハルはランタンを近くの台に置くと、イチカの背中をそっと摩ってから笑顔を向けた。


「もう大丈夫ですよ。ああ、お湯が沸いたようですから、お茶を飲んで休みましょう。私が淹れてあげますよ。」

「ハルさん・・・」


 そう言って彼は手早く準備をしてお茶を淹れてくれた。しゃがんだままだったイチカを立たせて近くにあった椅子に座らせ、目の前にお茶を置く。


「幼い頃、私が雷を怖がっていると、よく母がこうしてお茶を淹れてくれたんです。当時はミルクも砂糖も入った甘いお茶でしたが。だから私は大きくなってからお茶の淹れ方を自分でも勉強しましてね。これだけは上手なんですよ。」


 ハルが話してくれた心温まるエピソードに、イチカは少しほっとする。カップから伝わる温かさと一緒に、冷えた体を温めてくれるようだった。


 少し冷ましてからそのお茶をゆっくりと味わう。ふわっと紅茶の香りが鼻に広がり、お腹の中にも温かさが届いて、イチカはすっかり元気を取り戻した。


「・・・美味しいです。」

「よかった!どうです、落ち着きましたか?」

「はい!」

「さあ、では明日も早いですから、飲み切ったらお互いもう休みましょう。」


 ハルはそう言ってランタンを手にすると、イチカが飲み終えるのを待ってから、部屋まで送ってくれた。


「ハルさん、本当にありがとうございました。紅茶、美味しかったです。おやすみなさい。」

「ええ。おやすみなさい。」


 イチカはハルの優しさに触れ、心が温かくなるのを感じていた。


(この人のことをもっと知りたい、と思うのは、やっぱりまずいよね・・・)


 これ以上考えても仕方ないと、イチカは無理やり考えるのをやめた。そして窓に強く当たっている雨音をBGMにしながら、ベッドに潜り込んでぎゅっと目を閉じた。


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