48. ハルとの再会
家の中は、上品で落ち着いた色合いで統一された家具や雑貨が揃えられ、イチカは一目でこの家が気に入ってしまった。ごちゃごちゃと物がありすぎないのも掃除がしやすそうでいいわね、などと考えていると、ハルから声がかかる。
「イチカさん、まずはキッチンからご案内しましょうか。もう今朝の分から朝食をお願いしていいのかな?」
「あ、はい!もちろんです!何時までにご用意すればいいでしょうか?」
「そうだな、できれば八時少し前だとありがたい。今日は八時半ごろ家を出るのでね。ああ、それと昼食以降は食事はいらないよ。ただ洗濯と掃除はぜひお願いしたい。いいかな?」
「はい、もちろんです。お任せください!」
ハルが振り返ってあるドアの前で立ち止まった。
「若いのに頼もしいね。はい、このドアの向こうがキッチンだよ。食材やメニューは指定があるけれど、大幅な変更でなければある程度好きに作ってもらって構わないよ。・・・それじゃあ私は散歩に出てくるので、後はお願いします。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
彼は笑顔で頷くと、再び玄関の方に戻っていった。イチカはそれを見届けてからキッチンに入った。広くてきちんと手入れと清掃がされているそのキッチンは、イチカには少し勿体ないのではと思うほど広々と使いやすそうな場所だった。
小さなバッグからエプロンを取り出し身につける。キュッと後ろで紐を結び、気合いを入れてから朝食の準備に取りかかった。
四人分の男性の朝食、しかも大人の男性だ。あまり間違いのないように、今日は指示通りのメニューと量で準備を進める。
思っていたよりも使いやすいキッチンだったので、温かい物以外は早めに準備が完了した。予定の時間通りにスクランブルエッグやベーコンを焼き、朝でも胃の負担が少ないよう細かく刻んでよく煮込んだ野菜スープも温め直した。
朝食をダイニングテーブルに準備し、指示通りに室内のベルを鳴らす。これが朝食の合図になっているそうで、すぐに四人の男性達は階下に降りてきた。
イチカは使用人らしく、少し目を伏せがちにして「おはようございます」と控えめに四人を迎えてからそこを離れた。
キッチンに戻り後片付けを始める。この後の手順はシンプルで、急いで洗濯をしてから午後は掃除、翌朝の食材をチェックして帰宅、と言う流れだ。
洗い物以外の全ての片付けを終えてダイニングルームに入ると、ちょうどハル達がそこを出るところだった。
「いやあ、久しぶりに美味しい朝食を食べたよ!お嬢さん若いのにすごいな。」
「もっと冷えたものが出るかと思ったのに、温かくて驚いた。美味しかった、また明日も頼む!」
体つきのがっしりとした男性陣に次々と誉められ、イチカは頬を染めながらありがとうございますと返事をする。
「イチカさん、とても美味しかった。ありがとう!明日も楽しみにしていますよ。それじゃあ、行ってきます。」
ハルも笑顔でイチカに声をかけてくれた。翔太の笑顔と重なってより嬉しさが増す。
「はい!お気をつけて!」
四人はゾロゾロと部屋を出ていき、イチカはその後予定通り後片付け、洗濯、掃除を順調に終わらせて、一日目の仕事を無事やり遂げて帰宅した。
家に帰ると、リビングになぜかシオンが座っていた。
「あれ、どうしたの?ローザさんに用?」
「おかえりイチカ!・・・何でお前に会いにきたって考えには至らないのかな?」
「私?だって昨日会ったじゃない!」
「そうだけど・・・今日は一人でやる初仕事だったろ?」
「心配してくれたの?もう、相変わらず過保護なんだから!これでも中身はいい歳の大人なの。大丈夫よ。」
イチカはバッグを置きに、一度部屋に戻った。どうやら今日は誰も家にいないようだ。すぐにリビングに戻り、シオンにお茶を淹れる。
「はい、どうぞ!」
「悪いな、疲れてるのに。」
「大丈夫よ、今は若いし体力もあるんだから平気!」
笑顔でそう答えると、ほっとしたような表情でシオンも微笑んだ。
「なあ、今日行ってた家ってどんな家だったんだ?」
「えーっと、二階建てのとても品の良いお宅でね。騎士の方が三人と、よくわからないけどその三人をまとめているらしい人が一人滞在してるの。今は持ち主がその四人に家を貸しているんだって。」
その時、ガチャン、と言う音が響き、驚いてシオンを見る。彼はティーカップを少し強くソーサーの上に置いたようで、テーブルにお茶が少しこぼれていた。
「大丈夫!?今拭くものを」
「イチカ」
シオンに突然手首を掴まれる。イチカはその握る強さに驚いて立ち止まり、目を見開いた。
「なに?どうしたの!?」
「それって、本当に騎士だったのか?」
「うん、たぶんそうだと思う。それがどうかしたの?」
「もう一人の男は?」
「うーん、貴族っぽい、黒髪の男性・・・」
シオンがイチカの手首を掴んだまま、険しい表情を見せて言った。
「イチカ、この町を離れよう。」
「はい?何言ってるのシオン!?私家を決めて、仕事を始めたばかりなんだよ?そんなの無理に決まってるじゃない!」
イチカはその強い視線にも負けず、睨むようにして彼の目を見つめ返す。
「そんなこと言っていられる状況じゃないんだ!まさかあの人がここに・・・」
「ねえ、なんなの突然!ちゃんと説明してくれないとわからないわ!納得できる理由がない限り、私は後二日責任を持って仕事をするし、ここにも残る。」
「それは駄目だ!理由は・・・今は言えない。でもいずれきちんと説明する!」
「どうして今言えないの!?簡単に仕事を投げ出すわけにはいかない。理由も教えてくれないなら私も辞めるつもりはない。シオン、手を離して。」
「イチカ!!」
シオンがイチカをぐっと引き寄せてそのまま抱きしめる。訳の分からないことを言われた挙句シオンの腕の中に閉じ込められたこの状況に、イチカはついに堪忍袋の緒が切れた。
「・・・シオン、離して。」
イチカの低い声は震えていた。
「イチカ?」
「いい加減にして。あなたとはそういう関係じゃないの。手を握ることは許可したわ。でも抱きしめていいなんて一言も言ってない。」
「・・・イチカ、俺は」
「今すぐ離さないならあなたとは縁を切る。」
「わかった。すまない。」
冷静になったシオンが、イチカの本気の怒りに触れて引き下がった。イチカは腕の中から解放されて、一歩シオンから離れる。
「とにかく、理由を聞かないうちは私はここで暮らします。仕事も続けます。嫌ならあなた一人でどこへでも行ってください。」
「イチカ!!」
イチカはそのままシオンを置いて、黙って部屋に戻った。腹が立って腹が立って、もうこれ以上彼と一緒の空間にはいられなかった。
(シオンがどういうつもりか知らないけど、そんな無責任なことは絶対にしないわ。それに・・・シオンに抱きしめられたからって動揺する自分なんて絶対に認めるわけにはいかない!)
大事なことを濁す彼にも、彼の行動に振り回されてしまう自分にも猛烈に腹が立って、イチカはその日そのまま、何も食べずにベッドで寝てしまった。
― ― ― ― ―
その頃、シオンはリビングで途方に暮れていた。あんなに怒ったイチカを見たことがなかった。
「俺はいったい何をしてるんだ・・・何でイチカといると冷静じゃいられなくなる?」
そう呟いて額に手を当て、ソファーに沈み込んだ。
「とにかく、イチカの勤務先の奴らが誰なのかを確認しないと・・・」
シオンは素早く立ち上がり、こぼれたお茶もそのままに、家を出てすぐに何処かへと移動していった。




