47. 仮の住まいと仕事探し
イチカはその日から早速、シオンに紹介されたその部屋で暮らすことになった。彼が諸々の手続きをここの住人兼管理人であるローザと済ませてきてくれた時には、何度も礼を言った。
(でも私もいい大人なんだから、自分で何でもできるようにならないとね)
わからないことが多い世界ではあるが、大人として甘えてばかりもいられない。シオンから離れて過ごすこの機会に、どこででも生きていけるだけの力をつけなければと改めて決意を固める。
イチカが住むことになったこの家は六部屋のうち現在四部屋が埋まっている状態で、イチカが入居して空き部屋は残り一部屋となっている。ただ、ほとんどの入居者達はグリーズ商会で様々な依頼を請け負って仕事をしているらしく、泊まりがけで出かけていたり時間帯が合わなかったりという理由で、あまり顔を合わせることはなかった。
最初にこの家に来た時には歩いてきたが、市場や商会の支店に行きたい場合には乗合馬車を利用することができるらしいと知った。商店街の先にある何もない広場のような場所に、一日に数回、市場行きの馬車がやってくる。イチカは便利なその馬車を使って、仕事探しと買い物を済ませて帰る生活を一週間ほど過ごしてみた。
(悪くないわね。とにかく今は得意な家事代行の仕事からやってみよう。シオンと一緒にする仕事も特に無さそうだしね。でもいずれは本当に魔女として、薬を作ったりまじないの札を作ったりして細々と暮らせるようにしようかしら・・・)
馬車の中でそんなことを考えながら過ごし、市場の前まで到着すると、何度か通って覚えた道を歩いてグリーズ商会へ向かう。
この一週間で生活の流れはできてきた。それならばいよいよ仕事の依頼を受けてみようと心に決め、イチカは少し緊張しながら掲示板で気になった依頼を見つけてメモをとる。
「へえ。家事代行の仕事、やってみるんだ。」
「シオン!」
メモを上から覗き込むように見て声をかけてきた彼は、イチカが振り向くと嬉しそうに微笑んだ。
「どう、新しい生活には慣れたか?」
「うん。部屋は気に入ったし近くに商店街もある。乗合馬車があって移動にも困らないし、今はすごく快適に生活できてるよ。シオンがいい町を紹介してくれたおかげだね、ありがとう。」
「いいってそんな。その代わり、もし一緒にできる仕事が入った時は頼むよ。」
「もちろん!それじゃあ受付に行ってくる。またね、シオン!」
「イチカ!」
シオンに呼ばれて、受付に向かっていた足を止め「なあに?」と答える。
「今日この後、時間取れるか?」
「え?何か仕事の話?」
「いや、そうじゃないんだけど・・・一ヶ月近く一緒にいたからさ、なんかイチカの居ない生活が落ち着かないっていうか。だからさ、たまにはどこか出かけないか?」
「いいけど・・・どこに行くの?」
イチカが了承するとシオンの顔がぱあっと明るくなる。
「食事でも買い物でもいい。イチカが楽しく過ごせそうならどこでも。今どこか行きたいところはないのか?」
「うーん、そうだなあ。買い物したいものも特に無いし・・・シオンは行きたいところないの?」
彼は目をパチパチさせながらイチカの言葉を聞き返す。
「俺が行きたいところ?」
「うん。え、何か変なこと言ったかな?」
「いや・・・そう言えば俺、こういう時に行きたいところってあんまり考えたことないなって思ってさ。」
「そうなの?それなら受付している間に考えてみてよ、どこでも付き合うから。」
そう言ってイチカはメモを手に受付に向かい、無事手続きを済ませた。明日から三日間、市場近くの一軒家で家事全般の仕事を請け負うことが決まり、この町での一歩を踏み出せたことに少し安心する。
「シオン、お待たせ。行こうか!」
「おう!じゃあまず・・・」
そうして二人はその後の時間を、シオンの案内で町の散策に費やしていく。
まずはこの辺りで有名なのだという植物園に入っていった。珍しい種類の花々がたくさん植えられているだけではなく、将来役立ちそうな薬草に関する知識も得られたのはイチカにとって嬉しい収穫だった。
その後は生活するのに便利そうな雑貨や日常で使えそうな衣服などを扱っている店を見て回ったり、シオンがぜひ食べて欲しいという棒に刺さった屋台のお菓子を堪能したりして、のんびりと歩きながらこの町を満喫していく。
気がつけばイチカの方がすっかり楽しんでしまって、そろそろ帰ろうかという頃になってようやく、シオンが自分にとても気を遣ってくれていたことに気づく。
「シオン・・・結局私が楽しめそうな場所を選んでくれてたんでしょ?」
「え?いや、そんなことはないさ。それにイチカが楽しそうだったから俺も嬉しかった。」
「・・・ありがと。」
いつもよりも少しフランクにそう言うと、シオンが照れたように頬を赤らめ、優しく微笑みを返した。
「おう。またデートしような!」
「え、これデートだった?」
「何?違うのか?」
「えー、ちょっとそれは納得できないー。」
「何だよ!それっぽい感じだったからいいんじゃないのか?」
「シオンと私はただの相棒でしょ?」
「・・・まあ、そうだけどさ。」
イチカはずいぶん前に父から貰った懐中時計を見てからシオンの顔を見上げた。
「そろそろ乗合馬車が出る時間だから行くね。今日は楽しかった!ありがとう。」
「イチカ、馬車のところまで一緒に行こう。」
そう言って彼はイチカに手を差し出した。
「え?」
「だって手は握ってもいいんだろ?」
「それは・・・はあ。」
確かに以前約束してしまったな、とあの日のことを思い出し、仕方なくシオンの手を軽く握る。シオンはその手をぎゅっと握りしめた。
「イチカ、行こう。」
「・・・うん。」
帰り際だから少し寂しいのかしら、とイチカはシオンの横顔をチラッと見る。彼は真っ直ぐに前を向いたまま、傾いてきた日差しを眩しそうにその瞳で受け止めていた。
シオンと別れ、馬車で無事帰宅したイチカは、帰って早々に明日の初仕事の準備を進めていく。小さなバッグにエプロンや替えの服、靴下、手袋などを入れ、メモ帳を見ながら仕事内容を改めて確認した。
「えーっと、短期滞在中の方の朝食、昼食の準備と後片付け、洗濯、掃除など全般。夕食は外に出ていることがほとんどだから無し。男性四名分か。材料は業者が運んできてくれるし、指定されたものを作るなら何とかなりそうね。」
元々入る予定だった方が体調不良で急遽募集していた案件だったなんてタイミングが良かったな、とイチカはぼんやり考える。朝はかなり早く出る必要があるため、その日は支度を終えるとすぐにベッドに入った。
翌朝、ほぼ日の出と同時に目を覚ましたイチカは、朝一番の馬車に乗るため素早く身支度を済ませて家を出た。
眠気はなく、スッキリとした頭で目的の家に向かう。まだ涼しい時間帯ではあるが、夏本番を迎え、もうすでに暑くなりそうな予感がしている。
市場近くで馬車を降り、地図を見ながら担当する家に向かった。短期で貸している家のようで、受付の人から聞いた話ではどうも泊まっている人は今回の依頼人ではないらしい。
この辺りの家はほとんどが煉瓦造りのビルのようになっているが、少し通りから外れたこの家は、ここでは珍しい石造りの二階建てとなっている。しっかりとした高さのある塀や門扉も付いていて、それなりの立場の人が泊まるにはもってこいだな、などと思いながら高さのある門を見上げた。
使用人という立場なので裏から入ると思っていたのだが、防犯対策なのか門も玄関も一箇所しかないらしい。イチカは早朝に大丈夫かなと思いながらも、約束の時間に近づいたので門をくぐり玄関の前に立った。
ノックをしようと手を振り上げた、その時。
内側からガチャっと鍵の開いた音がして、ドアが内側に開いた。イチカは手をあげたまま慌てて一歩下がる。
「あれ、もしかして君、あの時の・・・?」
その聞き覚えのある声が、イチカの心臓をドキッとさせた。
「・・・ハルさん?」
目の前に立っていたのは、市場で出会った翔太そっくりの、あの男性だった。驚きのあまりそれ以上言葉を発することができず、口を開け、手を振り上げたまま硬直してしまった。
「イチカさん、ですよね?おや、大丈夫かな?」
「は、はい!大丈夫ですすみません!!」
「ハハハ!そうか、あなたが新しく来る家事代行の方だったんですね。朝早かったから大変だったでしょう?今日から三日間、よろしくお願いしますね。さあ、中にどうぞ。」
そう言ってハルは手でイチカの背中をそっと押して、家の中にゆっくりと迎え入れていった。




