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41. 二人っきりの夜

 二人がマルコの宿に到着すると、玄関を入ってすぐの小さなロビーのような場所で、宿の主人である彼が何をするでもなくぼーっとフロントに立っているのが見えた。


 イチカはシオンに紐を外してもらい、ゆっくりと玄関に入り、落ち込んでいる様子の彼に近づく。


「マルコさん!猫、見つけましたよ!」

そう言って満面の笑顔で猫を見せると、マルコは泣きそうな表情でフロントから飛び出し、なぜか猫ごとイチカを抱きしめた。

「テス!!」

「ひゃあっ!?」


 イチカは思わず変な声をあげてしまう。シオンが鬼のような形相になり、イチカだけをマルコから引き剥がした。その瞬間にイチカがテスを腕から解放すると、マルコは上手に受け止めた。


「何してるんですか!?」

「あっ、すみません、つい嬉しくて・・・!テスぅ、どこにいたんだい?心配したんだよー!!」


 マルコの腕の中から逃れたイチカは、ほっとした表情を浮かべて一人と一匹の再会を喜んだ。シオンはまだ機嫌の悪そうな顔をしている。


「マルコさん。この子、あちらの宿の庭にある物置の中にいたのをさっき見つけたんです。・・・この状況、何か心当たりはありませんか?」

「え、パウヌの宿にですか!?まさか、じゃあやっぱりエマが・・・」


 すっかり青ざめてしまったマルコの表情を確認し、シオンが口を開いた。


「マルコさん。あなたとエマ・パウヌさんはどのようなご関係なんですか?」


 マルコはシオンの顔をまじまじと見つめた後、暗い表情で俯き、ロビーのソファーに座って事情を話し始めた。


「・・・エマは、私の幼馴染なんです。昔は本当に仲が良くて、学校帰りには毎日のように遊んでいたのですが、両親同士が商売敵というのもあって、大きくなるにつれ段々疎遠になってしまったんです。」


 イチカはシオンを手で促し、マルコの前のソファーに座る。


「でも数年前に僕の母が、昨年父が病で亡くなりまして。それ以来彼女はなぜかご両親に内緒で時々ここにやってきては、とりとめもない話をしたり、時には喧嘩をふっかけてきたりして・・・友達なのかどうかもよくわからないような関係が続いていたんです。」


 マルコは肩を丸めてさらに暗い表情になっていく。


「それでも僕は彼女と昔のように仲良くできたらいいなと思って、ここに来ることを止めはしませんでした。彼女が・・・親が決めた人と結婚するかもしれない、と話すまでは。」

「ああ・・・」

「それは確かに気を遣いますね・・・」


 イチカ達はマルコに少し同情する。


「それでも彼女は何度もここに来るので、もう来ては駄目だと、少し強めに言い聞かせたんです。でもまさかそんな・・・だからってテスを盗んでいくだなんて・・・嫌がらせなのか?」


(確かに・・・でももしかしたらそれって愛情の裏返し?まあ相当間違った方向に進んでるけど・・・)


 イチカは心を決め、マルコに真っ直ぐ向き合った。


「マルコさん、明日私が彼女をここに連れてきます。そこで全て解決してはいかがですか?」


 マルコは勢いよく顔を上げて首を横に振る。


「そんなこととても僕には・・・僕には無理です!彼女のことを泥棒だと思いたくないし、それに僕は・・・」

「好きなんですか、彼女のこと?」

「えっと・・・はい・・・」


 照れて真っ赤になった顔を目の前にして、イチカはつい微笑んでしまう。


「じゃあなおさら彼女ときちんと話しましょう?ご心配なら必要なだけ一緒にいますから。頑張って話をしてみませんか?」


 一分ほど彼の中で葛藤があったようだが、何かを決意したかのようにマルコの背筋がぐっと伸びた。腕の中のテスがその気持ちを応援するようにニャーと鳴く。


「はい!頑張ってみます!!明日、僕はここを従業員たちに任せて、午後時間を空けておきます。彼女のこと、よろしくお願いします。」


 そう言ってマルコは立ち上がって深々と頭を下げ、イチカはシオンと二人、笑顔で彼に頷いた。




「さて、じゃあとりあえず向こうの宿に一旦戻るか!」


 マルコと別れて二人は一度宿の外に出る。しかしイチカはそこからすぐに動こうとはしなかった。


「・・・ねえシオン。私はこっちの宿に泊まったらいいんじゃないかな?」


 シオンはその言葉に一気に笑顔を無くす。そしてランタンを持っていない手でいきなりイチカの手首を掴んだ。


「駄目だ。お前は俺の相棒なんだから、一瞬たりとも離れたら駄目!」

「何その謎理論!?」

「大丈夫。何もするつもりはないし、お前だって俺のこと本当は信頼してくれてるんだろ?・・・明日の朝、もしかしたら夜明けに近い頃には確実にエマは猫がいないことに気づくはずだ。その時に彼女を捕まえないと、どうしてこんなことをしたのか問い詰められない。それに女のお前がいないと彼女を説得できないかもしれないだろ?仕事として請け負った以上はイチカも最後までしっかりやるべきじゃないのか?」

「・・・」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことかと、悔しいながらもシオンの話につい納得してしまう。結局、仕事なんだからと割り切ってこの状況を受け入れ、シオンと一緒にパウヌの宿に戻った。



 宿に戻り、イチカが風呂に入って戻ってくると、先に風呂から上がっていたシオンがソファーで寛いでいた。ピッチャーに入った水をグラスに注いでイチカに手渡し、髪を拭いてベッドに横になる。


 イチカはグラスの水を飲みながら、ランタンの炎をぼんやりと眺めていた。


「明日は早く起きて、あの物置の近くに隠れて彼女を待とう。三時間くらいは寝られるだろ。」

シオンが天井を見つめながらそう話す。

「うん。・・・彼女、やっぱりマルコさんのことが好きだからあんなことしたのかしら?」

「さあな。俺は好きなのにそういうことをしてしまう気持ちってのはよくわからないな。」

「へえ。確かにシオンは真っ直ぐぶつかっていきそうだもんね!」

「何だよ、単純って言いたいのか?」

「さあ?」


 ふざけたやり取り、いつもの二人に戻れた安心感で、イチカは少し肩の力が抜けていく。ソファーに座ったままタオルで髪を乾かし、ある程度乾いたところでランタンの火を消してベッドに潜り込んだ。ふかふかのベッドが一気に眠気を誘ってくる。それでも一言釘を刺しておこうと、ベッドの中で小さく呟く。


「寝ている間に触ったりしないでよ?」

「しないってそんなこと!イチカこそ寝込みを襲ったりするなよー。」

「するわけないでしょ。」


 二人はくだらない言い合いを終えてしばらく黙ってしまう。夜の静けさが、そんな二人の上を優しく覆っていった。


「・・・なあ、イチカ。」


 暗闇の中で、彼の声が小さく低く耳に届く。


「何?」

「俺さ、イチカと会えてよかった。」

「・・・どうしたの、急に。」


 微かに、シオンがふっと笑ったような気配が伝わってきた。


「夕食の時に言ってくれたことも、すごく、嬉しかった。」

「やだな、そんなたいしたこと言ってないよ?」

「イチカはそう言うかなと思った。だから余計嘘がないんだと思えてまた嬉しくなる。」


 目が暗闇に慣れて、少しだけ天井が見えた。イチカはただ何となくそのまま天井を見つめ続ける。


「私は、シオンに助けてもらった時から、ずっとシオンの味方だから。」

「・・・!」

「家族だなんてことは軽々しく言えないけど、シオンに何があっても、私はずっと味方でいるよ。」


(昔、しょうちゃんが私の味方でいてくれたように)


 その言葉をかけてからまたもやシオンは黙ってしまい、身動きする音すら聞こえなくなった。一瞬で眠りに落ちたのかと、念のため小さな声で確認する。


「シオン?もう寝ちゃった?」

「・・・起きてる。」

「何よ、突然静かになったから一瞬で寝ちゃったのかと思った!じゃあ、私もそろそろ寝るね。おやすみ。」


 なぜか彼の答えはなく、イチカは不思議に思いながらも目を閉じる。


 するとシオンが急にベッドから立ち上がったのを気配で感じとった。その瞬間、イチカの額に何か柔らかいものが降り注ぐ。


「・・・え」

「おやすみ、イチカ。今のは悲しい夢を見ないためのおまじないだから、気にしないで。」

「!?」


 しばらく経ってから、それはシオンの柔らかい髪の毛と彼の唇が額に触れた感触だったとようやく気づき、イチカは額を手で押さえて言葉を失う。その間にシオンはさっさとベッドに潜り込み、あっという間に眠ってしまった。


「バカシオン!!夢を見ないんじゃなくてこれじゃ目が冴えて寝れないじゃない!!」


 小さく恨み言を口にしてみるも、もうその声は、彼の耳には届いていないようだった。


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