40. 二人と猫の居場所
「ねえシオン。」
「何かな、イチカ。」
「どうして私達、同じ部屋にいるのかしら?」
「恋人同士だからじゃないかな。」
「シオン!!」
怒りに震えながらイチカがシオンに詰め寄る。なぜか今夜二人は同室に泊まることになったらしい。それを今知らされたばかりのイチカは、混乱と怒りで頭を抱えた。
「いや、だって仕方ないだろ?たまたま団体客が入ってもう部屋が一室しか空いてなかったんだから!だけどベッドは別だし、広めの部屋を融通してくれたんだから良しとしよう?な?」
「むうう・・・」
不機嫌な顔のまま豪華なソファーにどかっと座り、イチカは黙り込んだ。確かにこの部屋は広く、使っている家具も寝具も明らかに高級そうなものばかりだ。目には華やかだし本来なら心も浮き立つような素敵な部屋ではあるのだが、ツインルームにシオンと二人きりというのは、決して好ましい状況ではない。
「イチカ。機嫌直せって。せっかくこうして一緒の部屋なんだし仲良く・・・」
ギロリと睨むとシオンが両手をあげて一歩身を引く。
「ご、ごめんって!大丈夫だって、俺だよ?何も心配いらないだろ?」
「散々ベタベタ触っておいて信用しろって言う方がおかしいでしょ?相棒としては信頼しているけどその点に関してはまだ怪しいのよ!」
「・・・じゃあもうこの際、その一線を越えてみる?なんて!」
「馬鹿なこと言ってないで早く探しに行きましょ!急がないとすぐに暗くなっちゃうわ!」
「はあ、わかったよ。まあとにかく捜索開始だ。夕食後は部屋のランタンを持って宿の外を探そう。ほら!結局ほとんど部屋にはいないんだからいいじゃないか!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「・・・」
イチカはやれやれという様子のシオンを軽く睨みつつ、一人で先に部屋を出て猫探しを再開した。
今日は満室ということなのでさすがに客室に匿っているとは考えにくい。だとしたら従業員しか入れない場所、あまり人が立ち入らない場所が怪しいだろうと踏んで、気になった場所で気配を探る。
シオンも同じことを考えていたようで、何度も同じ場所で出会ってしまい、結局一緒に猫を探すことになった。
「イチカ?」
「・・・なに?」
「機嫌直せよ。」
「怒ってないわよ。」
「怒ってる。」
ふう、と息を吐いてから暗い表情のシオンの顔を見ながら説明する。
「・・・違うの。こんなことくらいで動揺している自分に苛立ってるだけ。そもそもシオンのせいじゃないしね。八つ当たりみたいになってごめん。あなたのことは信頼しているし、もう気にしないで。」
「イチカ・・・」
その後もしばらく二人で調査したが、これという場所は見つけられなかった。仕方がないので一旦調査を切り上げて、二人は夕食のため食堂に向かう。
お洒落なレストランのようにも見える宿の食堂では、もうすでにほとんどの宿泊客が席に着いているようだった。二人も席に案内され、食事を始めた。
「・・・一見高級そうだけど、味は普通ね。」
「イチカの舌が肥えてるんだよ。ま、俺もそう思うけど。」
「ほらやっぱり!まあでも残さず食べるわ。食べ物は大切だもの。」
「そうだな。」
イチカはふと気になってシオンの食事の様子をこっそり観察した。いつもと違う紳士姿の彼は、食事中の所作もとても美しい。そしてイチカはずっと気になっていたことを彼に尋ねてみる。
「ねえ、シオンはどこか裕福なご家庭のご子息なの?」
「え!?なんで・・・?」
「やっぱり。だって育ちの良さって滲み出るものでしょ。」
「そうか・・・でも、今はもう家とは縁を切ったんだ。」
テーブルの上のグラスに入った蝋燭が、彼の顔に翳りを落とす。イチカはそっと、テーブルの上に置かれたシオンの手に自分の手を軽く重ねて微笑んだ。
「イチカ?」
「生きていれば色々あるわ。家族のことならなおさら。でもシオンはシオンらしくいればいいのよ。私は今のシオンを本当に大切に思ってる。だからそんな悲しい顔をしないで、ね?」
「・・・ああ。」
イチカの言葉にシオンは寂しそうな微笑みを浮かべ、しばらくの間遠くを見つめていた。イチカは、家族のことを考えているだろう彼から手を離し、自分自身もまた遠く離れてしまった父の無事を願った。
夕食を終え一旦部屋に戻った後、二人は一つずつランタンを持ち、宿の外での調査を開始した。外と言っても宿の敷地内の庭園なので、仮に誰かが二人を見かけても夜に恋人同士が散歩をしているようにしか見えないだろう。
「庭のあちこちに灯りが掛かっているのね。そんなに明るくはないけど、何か幻想的で素敵ね。」
「ああ。・・・お嬢さん、もしよければ僕にエスコートさせてもらえませんか?」
「シオン。遊びに来ているわけではないのだけど?」
「でもこの方が怪しまれませんよ?」
「・・・わかった。」
シオンが近づき右腕を曲げる。イチカはその腕の内側に手をそっと添えた。暫しの間、その仄かな灯りが照らす美しい庭園を堪能しながら、二人は一瞬仕事を忘れ、ただゆったりとその庭園内の曲がりくねった道を歩いていく。
ふと空を見上げると、雲の切れ間から輝く星々がきらめいていた。電気が無い世界だからこそ、空がそのありのままの姿を見せてくれている。それはこの世界に生まれなければ経験できなかった奇跡だと気づき、少しだけ心が明るくなった。
「星、綺麗ね。」
「ああ、風が吹いてきたから雲が晴れたな。」
「光が無いとこんなに星っていっぱい見えるのよね。」
「え?」
「なんでもない。」
「イチカ・・・」
「なあに?」
イチカは空に浮かぶ星々の美しさに目を奪われたまま、ぼんやりと返事をする。風が次第にその強さを増してきていた。
「君も綺麗だよ。」
そのシオンの言葉は、突然吹いてきた強風に掻き消された。イチカは緩くまとめてある髪を押さえながら今聞き取れなかった言葉を聞き返す。
「今、何か言った?」
「・・・何でもない。独り言。」
「そう?」
薄ぼんやりとした灯りしかないその場所では、シオンが浮かべていた少しだけ悲しそうな表情は、イチカにはほとんど見えていなかった。
そして数分後。庭園の端まで辿り着きそうになったところでイチカが何かに気づく。
「ねえシオン、あそこに何か見えない?」
「ん?木の向こうか?小屋みたいなものがあるな。行ってみよう。」
イチカは頷いてスッとシオンの腕から手を離し、物音を立てないようにそっとその小屋らしき場所に近づいていく。すぐ側まで近づいてようやくそれが小さな物置のようなものだと気づいた。シオンがその物置の壁に耳を当て、中の様子を探る。
「猫の声が聞こえる!」
「え!?本当?・・・酷い!こんな所に閉じ込めておくなんて!」
小さな声のまま憤慨するイチカ、それを宥めるように肩に一瞬手を置いた後、シオンは入り口の鍵を確認する。どうやら南京錠のような形の鍵がかかっているようだ。
「イチカ、ランタンで鍵を照らして!」
「うん!」
シオンはポケットから何やら小さな道具らしき物を取り出し、ガチャガチャと鍵穴をいじる。すると数分であっさりと鍵が開いてしまい、イチカは感嘆の声をあげた。
「すごい!」
「ドアを開けるぞ。もし猫が逃げたら捕まえてくれ。」
「わかったわ、任せて!」
そしてシオンがそっと、ほんの少しだけドアを開けた。
「ニャー!」
可愛らしい鳴き声が外に漏れてくる。ドアの近くに来たところでイチカは優しくその猫を抱き上げた。首元の鈴がチリンと鳴る。
暴れて逃げてしまわないようシオンが物置の奥にあった紐を持ってきて首輪に括り付ける。物置のドアと鍵を閉め終わると、その紐を腕に巻きつけたイチカが猫をしっかりと抱きかかえた。
「まずはマルコさんのところにテスを連れて行きましょう!」
「ああ、そうだな。猫泥棒の方は明日話をつけよう。」
「そうね。」
そうして二人は可愛らしい猫を大事に腕に抱えながら、マルコの待つ赤い屋根の宿を目指して宿の外へと歩き出した。




