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⒋ 思い出した記憶

「おい、しっかりしろ!大丈夫か!?おい!!」


(うーん、うるさいな、頭も痛いし眠いんだから放っておいてよ!)


 耳元でブンブンうるさい蚊を払うように、目を瞑ったまま顔の周りで手を振り回す。その手を誰かに掴まれた感覚があり、ゆっくりと目を開けた。


「起きたか?大丈夫か?下が柔らかい箱とか藁とかが置いてあったみたいだからまだよかったけど、あそこ結構高さがあったから心配したぞ!」


(誰この美少年?あれ、何、外国人?ん?あれ、私誰だっけ?)


 茶髪の外国人風美少年が心配そうに自分を覗き込んでいる。混乱しながら立ちあがろうとすると、頭の後ろの方が痛くなり、手で押さえた。


「あ、血が出てる!?ちょっと待って、今止血するから!」


 慌てて持っているバッグから長めの布を取り出した少年は、止血をしようと顔の近くに寄ってきた。その瞬間、自分が誰であったか、さっき何が起きていたか、一気に記憶が蘇る。


「あああああ!!あなたさっきの泥棒じゃない!?ちょっと、早くさっきの紙袋返してきなさいよ!!何考えてるの!?」


 頭を押さえながら少年に指摘すると、布を持ったまま顔を真っ赤にして怒り出した。


「だから違うって言ってるだろ?それになんだよ、さっきと人格違うじゃないか!全く、髪色もとんでもないが中身もとんでもないとは・・・」

「あ!?帽子!!」


 少年は手に持った帽子をグルグルと人差し指で回しながら、勝ち誇ったような顔で笑う。


「その髪色、見たことないね。やっぱりこれで隠したかったんだ。返してほしければ俺から取り上げてみろよ。」

「何ですって!?うわ最低!感じわるーい!やっぱり泥棒じゃん。へー、いいよ別に。適当な布を被っていればいいんだし。それよりも私似顔絵描くの得意だから今からあなたの顔をささっと描いて町の警備の人の所に・・・」

「あー!!もうわかったよ返すよ!!全く、清楚な少女かと思ったらとんでもないな。ほら。」


 少年は悔しそうな表情のまま帽子を頭にぐりぐりと被せてきた。


「ちょっと、髪が乱れちゃうでしょ!?」

「どうせ全部隠すんだから乱れるも何もないだろ!」

「ほんと感じ悪い!!」

「ほんとうるさい小娘だな!!」


 お互いに腹を立て合い、血が流れていることもすっかり忘れて言い争っているうちに、騒ぎを聞きつけた近所の人達が集まってきていた。


「おっと、じゃあ俺は行くよ。とにかくあれは泥棒じゃない。もし泥棒だって言うならこの後町の掲示板に何かしらの情報が載る。載らないってことは後ろ暗いものだってことだ。時間があれば見てみろよ。じゃあな。」


 そう言って少年は、先ほど頭に巻きそびれたその布を投げてよこし、再び細い路地の向こうに消えていった。


「何あれ。あ、血が出てるのに帽子被っちゃった。あーあ、血液って落ちにくいんだよね・・・。」


 目の前の事件より洗濯の不安を抱える自分は、やはりあの頃の記憶をしっかり持っているんだな、と気付かされる。



(でも、ちゃんと今の自分の意識もあるんだ。何だか不思議な感覚ね・・・)


 少女の自分と大人の自分が混在する頭の中は、とりあえずこの場を逃げ出すことで意見が一致し、荷物を握りしめて移動を始めた。




 迷いながらも何とか大通りに出ると、先ほどの本屋を見つけ、急いでその店に向かった。店の外には心配そうな表情のマシュートが店の主人と話をしているのが見えた。


「お父さん!!」


 大きな声でフィオレイナが叫ぶと、マシュートが振り向く。そして安堵の表情を浮かべた後、鬼の形相に変わった。


(まずい、ものすごい怒ってる!!)


「フィオレイナ・アースル、いったいこれはどういうことかな?」


 普段温厚な父が本気で怒った時の怖さは計り知れない。小さな声ではあるが、その怒りはひしひしと伝わってくる。大人だからこそわかる『でしょうね』という気持ちも相まって、フィオレイナはがっくりと肩を落とした。


「お父さん、ごめんなさい。色々と巻き込まれちゃったみたいで・・・」


 マシュートは今度は真っ青な顔をしてフィオレイナの血がついた手に気がつき、その手を引っ張った。


「どうした!?どこか怪我をしているのか!?」

「あ、うん。頭をちょっと切っちゃったみたい・・・でももう止まったと思う。あと、帽子を汚しちゃってごめんなさい。」


 マシュートは少ししゃがんでフィオレイナを抱きしめた。


「帽子なんて・・・本当にお前は・・・居なくなったと思ったら血だらけで帰ってくるなんて!全く寿命が縮まったよ。とにかく今日はもう町に泊まっていこう。頭の状態も見ないといけない。さ、行くよ、荷物を貸して。」


 そして二人は、大通りから少し外れた小さな宿に一泊することになった。




「うん。頭の怪我は思っていたより軽かったね。どこも痛くないかい?」

「うん。・・・あのね、お父さん、大事な話があるの。」


 フィオレイナは父と二人、宿の部屋で、ベッドに腰掛け背を丸めて座っている。


 そして今日あったことを一つ一つ話し始めた。



「・・・その少年から逃げようとした時にね、少し高い所から落ちちゃって・・・それで、私・・・思い出しちゃったの。」


 怪訝そうな顔でマシュートがフィオレイナを見る。


「何を思い出したんだい?」

「前世、かな?」

「前世・・・」


 彼は驚くと言うよりもああやはり、という表情を浮かべている。何か思い当たることがあるらしい。


「信じてもらえるかはわからないんだけど、私は前の人生、大人の女性になるまで生きていて、事故で死んだみたいなの。よく覚えていないけど、たぶん四十代だったと思う。だから今の私とその頃の私が、頭の中に一緒にいて、すごく混乱してる。」


 マシュートは立ち上がって窓の外を見た。


「・・・信じるよ。それとお父さんも話さなきゃいけないことがある。」


 ゆっくりと振り返り、フィオレイナと目があった。


「お前は神の力が与えられた子、聖人なんだ。」

「神の力?」


 マシュートはフィオレイナの前、ベッドの上に腰掛けた。


「一度死の淵を歩んで生き返ってきた者や、生まれる前に神と出会った者達は、神から奇跡の力を授かると言われている。そしてその中でも生まれた時から力を授かった者達のことを、『聖人』と呼び、特に力が強いと大切にされてきた。そして彼らは古来より神職として生き、人々をその奇跡の力で守ってきたんだ。その他にはない髪の色は、神の力を持つ子である聖人の証でもある。」


 そしてその顔に苦しそうな表情が浮かんだ。


「だが今この王国と周辺のいくつかの国は、民に尽くすための神職の地位を剥奪し、王や王家のためだけにその力を独占してしまっている。もちろん城内ではそれなりに恵まれた生活はできているのだろうが、民はその恩恵を受けることが出来なくなってしまったんだ。そして彼らもまた、自由を失った。」


 フィオレイナは父の手をそっと握った。


「だから、お前が神の力を持っていることがもし周囲にばれてしまえば、必ず王城に召し上げられ、自由な生活は一切出来なくなってしまう。二度とお前と会えなくなってしまうかもしれない!そんなことは、そんな思いを・・・もう愛する人達にさせたくないんだ!!」


 父のその叫びは小さい声にも関わらず、フィオレイナの耳に強く、重く、響いていった。


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