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37. 猫探しの依頼

 弱気になっていたシオンを押し出しながら宿の外に出てみると、目の前の通りにはパラパラと人が歩いているのが見えた。


 旅行者と思われる大きな荷物を持った人、買い物をしている地元の人、空になった荷馬車や手押し車を引いている若者達の姿・・・


 ゆったりとつくられた街並みと相まって、ここには贅沢で緩やかな時間が流れているように感じる。その空間の中を、少し元気を取り戻したシオンと共にイチカはのんびりと歩いていった。



 石畳の道のゴツゴツとした感触を足の裏で感じながら穏やかな町の中を散策していくと、一軒のお店の前で足が止まった。


 ふと目に留まったその店は、工具や何かの部品のようなものが雑多に置かれた店だった。店の外まで商品が溢れるほど種類豊富な商品が並べられており、特に男性客が多く来店しているようだった。


(ここ、しょうちゃんが好きそうなお店ね!)


 前世では翔太と二人でよく買い物に出かけた。DIYが好きだった彼はよくこうした店で楽しそうに買い物をしていた。


 イチカ自身は彼の趣味に興味は無かったが、一緒にいれば店をうろうろするだけでも楽しかったし、どこに行ってもいつもふざけたことを言い合って歩くのが幸せだった。


 いくつになっても子どもみたいな二人だったけれど、いつだって互いに触れ合い、互いを大切にしていた二人だったな、とイチカはしみじみと思いだす。


「イチカ、何か気になるものがあるのか?」


 今はシオンが隣にいる。隣にいるのが翔太じゃないことがこれほど寂しいなんて、こうしてまた誰かと町を歩くことがなければ決して気づくことはなかっただろう。


 イチカは声をかけてきた彼を見上げた。少し眩しい。


「ううん。大丈夫。」

「・・・大丈夫って顔じゃない。」

「え?」

「なんでそんな寂しそうな顔してるんだよ。・・・俺といるのに。もしかして昨日の夢を引きずってるのか?」


 シオンの顔が逆光になっていてよく見えない。ただその時イチカは見てはいけない表情がそこにあるような気がして、「眩しい」と言って目を逸らした。


「別に何でもない。ほら、他のお店も見よう!あっちの方から甘い香りが漂ってくるの!スイーツならいいな〜!」


 楽しそうにそう話しながらシオンから離れ、少し前を歩く。痛みなどないはずの足がなぜか重く痛むような気がして、イチカは苦しげな表情のまま先に進んだ。



 いくつか店を回ったりスイーツを我慢したりしながら、夕日が沈む直前に二人は宿に戻った。入り口近くで「夕食の時間はあと三十分後です」と宿の主人から声をかけられ、イチカは急激に空腹に襲われる。


「うーん、お腹すいた!さっきは甘いものも我慢したし、夕食が待ちきれない!じゃあまた三十分後に食堂でね!」


 シオンは何か言いたげな様子だったが、イチカはあえて気づかないふりをしてそそくさと部屋に戻った。



 夕食は地元で採れた野菜と豚肉をふんだんに使ったボリューム満点の料理だった。お肉は柔らかく仕上げてあり、野菜と一緒に頬張るとその旨味と甘みが引き立てあって、より美味しく食べられた。


「ムフフフ、今回も最高の夕食でした!ちょっと食べ過ぎちゃったかも。太っちゃいそうだわ・・・」

「あれだけ食べておいて太る心配か?・・・じゃあ、とにかく明日は予定通り、依頼されてた仕事をしようと思うんだけど・・・」


 その時シオンのすぐ後ろに、宿の主人が真っ青な顔で近づいてくる姿が見えた。イチカは何事かと訝しみ、緩んでいた顔を引き締めて彼を見つめる。シオンも気配に気づいて後ろを振り返った。


「シオンさん、どうしましょう!?うちの子が、うちの猫がいなくなってしまったんです!!」

「え!?」

「シオン、ここの主人と知り合いだったんだ・・・」


 イチカ達はとにかく場所を変えようと、狼狽えている宿の主人を伴って急遽シオンの部屋で話を聞くことになった。




「マルコさんとにかく落ち着いて、ゆっくりと話を聞かせてください。」


 シオンの部屋の椅子に宿の主人のマルコさんを座らせ、シオンは彼の目の前にあるベッドに座ってそう声をかけた。イチカは少し離れた場所で立って話を聞くことにする。


「はい、すみません。実は今日の午後早い時間に、近くに住む友人がこちらに来たので少し話をしていたのですが、その時には絶対にいたはずのテスが、あ、うちの子の名前です!そのテスが急にいなくなってしまって・・・」

「外に勝手に出てしまった、と言うことはありませんか?」


 マルコは不安そうな表情を浮かべたまま首を横に振った。


「宿の中を歩き回ったりしてはいけないので、こことドアで繋がってはいますが、家から出すことはありません!広い家ではありませんがテスは家が好きですし、もし万が一自力でドアを開けられたとしても、外に勝手に出るなんて考えられないんです!だから誰かがドアを開けてわざと逃がしたか、もしくは連れ去ったか・・・ああ、テス!!」


 興奮して立ち上がるマルコをまあまあと言って落ち着かせ、彼が再び座ったところでシオンが話し始めた。


「つまりこれは盗みも考慮に入れた猫探しを依頼したい、ということですか?」

「は、はい!そうなんです!グリーズ商会さんはこの町には支店が無いので、シオンさんが来ているのを思い出したら思わず声をかけてしまいました・・・。あの、引き受けていただけるんでしょうか?」


 マルコは手を合わせながらシオンの返事を待つ。まさかこの町で猫探しの依頼を受けるとはシオンも思っていなかったのだろう。だいぶ思案している様子だったので、イチカが思い切って声をかけた。


「あの、その依頼、私が受けましょうか?」

マルコが驚いた様子で振り向いた。

「えっと、ですがお客様、よろしいのですか?」

イチカはシオンを見ながら言った。

「私も商会に登録していますので良ければ依頼をお受けします。ただ非公式に受けていいのかよくわからないので、相棒の・・・シオンの許可があれば、と言うことにはなりますが。」


 シオンはイチカの方に顔を向けて頷くと、マルコの目を真っ直ぐ見据えた。


「彼女と一緒にそのご依頼、引き受けます。今回は商会は通さずにお受けしましょう。報酬は一泊分の料金でいかがです?」

「シオン?でも他の依頼があるって・・・」

「そんなに急ぎじゃない。それにイチカが相棒だってせっかく言ってくれたのに、二人で仕事をしないわけにはいかないだろ?・・・マルコさん。」

「はい!!」


 急に声をかけられて驚きながらマルコが返事をした。シオンは、イチカが目にしたことのないビジネススマイルを浮かべ、マルコに手を差し出した。


「条件はそれでよろしいですか?」

「そ、それでお願いします!」

「わかりました。後ほど書類をお持ちしますよ。簡易的なものですがきちんとした契約書ですので、明日の朝食後に内容を確認し合ってから契約を交わしましょう。どちらにせよ今夜はもう暗いですから、明日から捜索します。」


 敬語を使いいつもと違う表情でマルコに対応する彼は、服装こそいかにも旅人という格好だが、ビシッとしたビジネススーツが似合いそうな大人の男性に見えた。


 ふとよぎったその考えに、イチカの心が小さな警告音を鳴らす。


(考えない考えない!バカなこと考えてないで猫の特徴とか色々聞かないと!)


「あ、あの、マルコさん、探すのはどんな猫なんですか?」

「え?あ!そうですよね!お客様はご覧になったことありませんでしたね。えっと、茶色に白の縞が入っていて、毛は短くて、首には焦茶色の革紐と鈴が付いてます。ただ鈴は音が小さいんで、側に寄らないと聞こえないかもしれません。」

「なるほど、わかりました。」


 シオンが二人のやり取りを確認し、すっと立ち上がった。ああやはり背が高いな、とイチカは何気なくその姿を見上げる。なぜかシオンもその瞬間、イチカをじっと見つめていた。


(え、なに?)


 すぐに視線を逸らされたが、その視線の強さに不本意だが少しドキっとしてしまう。


(いつもと違う弟の姿を見て、動揺しちゃったよ、お姉さんは!)


「それでは後ほど。」


 イチカが訳もわからず勝手に動揺しているうちに、そう言ってシオンはマルコを部屋から帰していた。



「イチカ。」

シオンの低い声が部屋に響く。はっとしてその顔を見た。

「何?あ、ごめんぼーっとしちゃって!お腹いっぱいで眠くなったのかな?私も部屋に帰るね。」


 ドアを開けようとした手を、シオンに掴まれる。


「待って。」

「・・・手を離して。前にも言ったけどそうベタベタ触れないでよシオン!」


 振り返って見たその顔には、苦悶の表情が浮かんでいた。イチカは再び動揺し、手を握られたまま動けなくなる。


「・・・シオン?」

「イチカ、お前は何を隠してるんだ?」

「隠してるって、なんで・・・」

「お前の中にある・・・記憶?みたいなもの。それがお前を悲しませてるんだろ?この間もそうだし今日もおかしかった。俺は時々お前が見せるあの表情の理由が知りたい。」


 イチカは口をつぐむ。言えない。前世があり、別の世界に住んでいたなんて。夫がいて死別しただなんて、とても言えそうにない。それに前世を覚えているという事実は、結果として自分が聖人と言われる存在だと気付かせてしまう恐れもある。


 何よりも、自分の中ですら整理し切れていないこの気持ちを誰かに言葉で伝えることは、今のイチカには辛すぎてとてもできそうになかった。


「ほらまたその顔!なんなんだいったい!?俺はその顔を見る度に・・・お前を・・・」


 そのままシオンも黙り込む。居た堪れない空気に耐えきれず、イチカは無理やり笑顔を作って手を振り解く。


「何でもないって!ほら、自分の中の古い思い出をいつまでも引きずっているだけで、たいした話じゃないんだって!ほらほら、そんな顔しないで早く休もう?お姉さんは今日はもうお腹いっぱいで眠いのー。じゃ!また明日ね!」


 急いでドアを開けて部屋に駆け戻ると、慌てて部屋の鍵をかけた。


(今日のシオンはおかしかった。・・・いや、私もか。しょうちゃん、早くこの世界での生を全うして、会いに行きたいよ。)


 そのなかなか叶いそうもない願いを抱えたまま、イチカは風呂に入るための準備をしてそっと部屋を出た。


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