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36. ニコリの町の二つの宿

 悪路を歩き続けたせいか、それともつまづいたりしているうちに足を痛めたからか、町の中心部に到達したところでとうとう足が思うように動かせなくなってしまった。


 やっとのことで小さな広場にあった木のベンチに行き着きそこに座ると、シオンに軽口を叩く余裕もなく背もたれに体を預け、だらんと足を伸ばす。


「おーいイチカ、大丈夫かー?」

シオンが心配そうにイチカの様子を見ている。

「・・・大丈夫。宿まであと少しなんでしょ?」

「まあ、あと数分てところかな。」


 呼吸は問題ない。だが足が辛い。あと少しで美味しい食事付き宿にたどり着けるなら、最後の力を振り絞って・・・と頭ではわかっているのだが、現実はその足を上げることすらできずにいた。


「イチカ。宿まで俺が背負ってやろうか?」

「え!?それは嫌!!」

「・・・なんか傷つくな。」

「恥ずかしいのよ。ダメ。もう少し待って。あと五分!」

「はあ。仕方ない。」


 そう言ってシオンはイチカの隣に座った。狭いベンチ、大柄でそれなりに逞しい男性が座ればもうほとんど二人の間にスペースは無い。


「・・・近いわね。」

「何だよ。ここしか座るところがないんだから仕方ないだろ。」

「わかってる。・・・ねえところでシオン。ビビカナの事件の件だけどさ。」


 イチカが真面目に話し始めたのに気づいたのか、シオンはイチカの顔をじっと見る。


「ああ。何が知りたい?」

「話せることは全部教えて。私も関わった事件だし、全部解決したってわけでもないんでしょ?だから今わかる範囲で、きちんと状況を知っておきたい。」

「・・・そうか。そうだな。まずイネスだけど、イチカも飲んだあの薬を使って、必要なことは全部白状させた。その結果やはり領主のヴィートと繋がってて、貴族や商人の中でも裕福な女性達を誘拐してこいと言われて金で動いてたらしい。」

「やっぱりそうだったんだ。」


 シオンは少し遠くを眺めつつ話を続ける。


「だけど当然噂が広がれば金のある連中は人を雇ったりして自衛するから、最初のように誘拐がうまくいかなくなってきて焦ったんだろう。それで庶民のいる町でも事件を起こすようになって、彼女らを着飾らせて裕福なお嬢様と偽って、ヴィートの屋敷に連れて行こうとしていたみたいだ。だがなぜヴィートがイネスにそんな指示を出していたのかはわかっていない。」


 イチカはふうんと相槌を打ち、シオンを見た。


「でも例の大きな組織に命令されて事件を起こしていたのは、確かなんだよね?」

「ああ。ヴィートも捕まえて薬を飲ませたから、借金のために組織の上層部の奴の命令に従っていたことは白状した。でもそいつは一枚上手でさ、ヴィートにその組織の上層部だって情報しか流してなかったみたいなんだ。だからヴィートは命令した奴の名前はもちろん、顔すら見たことがなかったらしい。下っ端の連中が入れ替わり立ち替わり指示を出しに来ていたそうだ。」


 イチカは表情を曇らせた。自白剤みたいなものがこの世界にあることはきっと彼らも知っているはずだから、それは当然の対応なのだろう。


「なるほどね。じゃあ結局何のために貴族女性達を誘拐していたのか、その理由はわかっていないってことなんだ。」

「そうだな。その件は引き続きレオンが調べていくことになってる。とりあえず領主のヴィートとイネスは誘拐罪で国の兵士に引き渡せたし、長男が新たな領主として戻ってくることになったから、しばらくはビビカナもこれ以上悪い状況にはならないだろう。」


 シオンはそこでようやく微笑んだ。


「少しは安心したか?」

「え?うん。話してくれてありがとう。」


 イチカも自然と安堵の気持ちが笑顔として溢れ出る。シオンがその顔を見てハッとしたように立ち上がった。


「さあ、そろそろ歩けるか?ダメならもう本当にお前を背負っていくしかないが・・・」

「大丈夫。ちょっと休んだら良くなったわ。よし、行くか!」


 本当に少しだけ足が軽くなり、あと数分と言われた宿に向かって二人はゆっくりと歩きだした。




 ニコリの町はビビカナのように大きな建物はなかったが、素朴な風合いの木造の建物が、碁盤の目のような道沿いにゆったりと並んでいるような町だった。店と店の間は広く取られていて、大きな木や花々が植えられている。


「ねえ、ここって結構経済的に潤っている町だったりする?」

「ん?ああ、そうだな。ここは昔から農業が盛んな土地ではあるけど、特にケーシー達若い世代が今はがんばっていて、農業に従事している人達がとても裕福になりつつあるよ。ここの領主もいい人でさ、みんなでこの地を盛り上げようってがんばってくれてるらしい。」

「へえ!いい話ね。」


 するとシオンがある建物の前で立ち止まった。


「はい、ここが今日の宿。」

「おお!赤い屋根のメルヘンなお宿!」

「イチカにいい情報を教えてやろう。ここは最初にお前と食事をしたあの食堂の親父の親戚がやっている宿なんだ。」

「え!あの赤い屋根の美味しいお店!?もしかして親戚だから赤い屋根なの?そんなの絶対に美味しい料理が出てくるじゃない!やるわねシオン!」

「お、おう。」

「ちょっと、引かないでよ!」


 少し元気になったイチカは、宿の外観をまじまじと眺めた。二階建ての赤い屋根の建物は、窓の下に全て小さな花が植えられており、建物自体はシンプルだが、赤い屋根と煙突が特徴的な可愛らしい宿だった。


 ふと道の先に目をやると、少し先の方に高級そうな馬車が何台か入っていく場所があることに気づく。大きな荷物が降ろされているのを見て、あちらも宿なのかしらと首を傾げた。


「ねえ、あのもう少し先に見えている大きな建物も宿なの?」

「ああ、あれ?そうだよ。この町には二つしか宿はなくて、あっちは少し高級な宿だな。大きな庭園もついていて素敵な所ではある。ただ正直、食事ももてなしもこっちの宿の方が断然いい、と俺は思うけど。」

「ふうん。」


 イチカは人が出入りしているその宿の様子を少し眺めた後、シオンに呼ばれて今日の宿に入っていった。



 宿の主人は三十代になるかならないか位の丸い眼鏡をかけた若い男性で、ニコニコと人の良さそうな笑顔を向けて二人を出迎えてくれた。あまり大きな宿ではないようで、部屋は八室ほど、今日はそのうち三部屋が現時点で埋まっているとのことだった。


 その後、食事や風呂の説明を受けてからそれぞれの部屋に入る。ベッドもテーブルも素朴な風合いの簡素なものだったが、ふかふかに膨らんだ寝具や清潔なカバー類、タオルなどが用意されていて、イチカはかなりご満悦な様子で荷物を置いた。


 一息ついてから、イチカはリュックのポケットの中から癒しの札を取り出した。札を握りしめ、足に当てながら回復させていく。足から身体中に何か温かい力が流れていくのを感じ、気がつくと足の痛みはすっかり消えてしまっていた。


「うん、痛みは引いた!効果抜群ね。でも体の疲労感はさすがに取りきれないか・・・」


 使用した後の札はどうも効果がなくなってしまうようなので、ビリビリと破いてゴミ箱に捨て、最小限の荷物だけ持って部屋の外に出た。


 出てすぐに、廊下でシオンが壁に寄りかかってイチカを見ていることに気づく。


「イチカ、足はどう?」

「もう平気!心配かけてごめんね。」

「そっか。なあ、もし大丈夫なら、少し町を歩いてみないか?」

「え?」

「ほら、俺達あんまりそういう・・・友達っぽいことしてないからさ。日が暮れるまで時間があるし、遠くには行かない。どう?」


 シオンが珍しく下手に出てお願いごとをしてくる。一瞬可愛らしい弟のように見えて、イチカは仕方がないと笑みを浮かべた。


「いいわよ!なんか楽しそうね、町歩き!じゃあ可愛い弟のために、お姉さんは老体に鞭打って・・・」


 シオンが突然イチカの腕を優しく掴んだ。体を支えるようにして腕を組む。


「ちょ、っと、なに突然!?」

「だって歩くの辛いだろ?やっぱり部屋に戻ろう。」

「大丈夫だよ、冗談だって!癒しの札を使ったからだいぶ良くなった・・・」


 イチカはそう言いかけたが、その後の言葉はもう出てこなかった。シオンの憂いを帯びたその表情は、イチカが初めて見るものだった。


「イチカに無理させたのは俺なのに、なんでそんな風に俺に優しくするんだ?」

「そ、それよりも腕を離して。こんな廊下で誰かに見られたら何か揉めてるって思われるわよ?」

「・・・」


 シオンは少し苦しげな表情になりゆっくりと腕を離した。


「イチカだとついわがままを言いたくなる。でも嫌なことは嫌って言えよ。お前が疲れてるのに浮かれたこと言って、俺最低だ。」

「シオン・・・そんなことない。私もちょっと楽しみだなって思ったよ。だからそんなに気に病まないで!自分で回復もできるんだから大丈夫!足はもう痛くないよ。それに嫌なことは嫌って今までもちゃんと言ってきたでしょ?振り返って考えてみてよ。」


 眉間に皺を寄せながら、彼は少し考えるそぶりを見せる。


「・・・確かに。」

「でしょ?ずっと断ってたのを強引に相棒にまでしたくせに、今更そんな弱気なこと言って、変なシオン!ほら、まだまだ元気だからちょっとだけでも外に行こう!ね?」


 少しだけ嬉しそうな表情になったシオンに、可愛らしい弟め!などと思いながら、イチカはその背中をグイグイ押して宿の外へと無理やり連れだしていった。


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