33. 相棒でいる意味
イチカは結局一言も発することなく、シオンと手を繋いで家に戻った。そのまま彼に導かれて部屋に入り、ベッドに座らされる。
「イチカ、しばらく休むんだ。」
シオンは微かな笑顔でそう言うと、ポンポンとイチカの頭に手を載せてから部屋を出ていった。イチカは倒れ込むようにそのままベッドに入り、数時間泥のように眠ってしまった。
目を覚ますと既に部屋は暗くなりかけていた。イチカは慌ててベッドからおり、下の部屋に移動する。リビングに入るとすでにいくつかのランプに火が灯され、カーラがソファーで本を読みながら寛いでいた。
「イチカ!起きたのね!今夜はみんな今日の事件の後処理でバタバタしてるから、二人でご飯を食べに行きましょ?ね!」
カーラはすっと立ち上がり、部屋のランプの火を次々に消し、ランタンを一つだけ持ってイチカの背中を押しながら外に出る。
だいぶ暗くなってきてあまり遠くには行けないと、近くの商店街の中にある小さな食堂に入って夕食を済ませた。柔らかめのパンと野菜たっぷりのスープ、少し香りのある香辛料で味付けした鶏のソテーなどをペロリと平らげる。美味しい食事で満腹になり、すっかり元気を取り戻したイチカは、カーラと共にニコニコ顔で家路についた。
そしてその帰り道、カーラといろんなことを語り合った。イチカの家族のこと、シオンとの出会いのこと、カーラの子ども達のこと、ハリスとの馴れ初めまで。
その中で一番イチカの心に残ったのは、母として傭兵として働いていた頃の話だった。
「私はねえ、イチカ。子ども達のことが、家族が、何よりも大切なんだ。でもね、一時期は傭兵の仕事もしながら子育てをしてた。もちろんハリスみたいに長期間家を空けて国外に出るのはその頃はもう厳しかったから、不定期に国内で起こる小さな紛争や、害獣の討伐なんかに出てたんだ。でもその間は結局母に子どもを任せっきりだったし、本来やりたかったハリスとの仕事もできず、本当にこれでいいのかってずっと悩んでた。」
カーラの顔がランタンの明かりにほんのり照らされている。
「かと言って戦いに明け暮れて子どもたちから親を失わせるわけにはいかない。でもハリスと相棒として戦った日々も忘れられない。何もかも手放せなくてもがいているうちに、気がついたら娘は私と口をきかなくなってた。」
「それは、辛いですね。」
「うん。だからずっと一人で悩んで、苦しくて毎日吐きそうだったんだけど、とうとうそのことに気づかれて、ある日ハリスに泣かれたんだ。」
イチカは驚いてつい、まさか!と大きな声をあげてしまった。カーラはあははと笑う。
「あんなゴツい男がね、さめざめと泣くんだよ。俺達は夫婦で最高の相棒だろって。なんでも一人で抱え込むなってさ。泣きながら叱られた!でも、嬉しかった。」
「そんなことがあったんですね。」
「そう。それで二人で相談して、ハリスも一緒に傭兵生活をやめたんだ。生涯のパートナーでもあり相棒なんだから、一緒に生きる道を探そうって。そう言ってくれた。」
「・・・」
そんな話をしているうちに気がつくと家の前に到着していた。カーラはドアの前でイチカに微笑みを向ける。
「偉そうなことを言いたいんじゃないんだ。でも大事な相棒だって言うなら遠慮はしちゃ駄目だって私は経験から学んだ。イチカも、怖いことも辛いことも、全部じゃなくていいからできるだけ話してあげてほしい。あいつは・・・シオンはさ、家族に恵まれてなくて幼い頃から大人にならざるを得なかったやつなんだ。それを叶えてしまうだけの優秀さも、彼をより孤独に追い込んでしまったんだと思う。」
カーラが言いたいことを少しでも理解しようと、イチカはじっと、彼女の慈愛に満ちた顔を見つめた。
「だからイチカは、シオンにとって相棒でもあるけど、初めて家族のように大事に思える存在になったんじゃないかな。自分の素の部分をさらけ出せる相手、あんな風に感情をぶつけられる相手は、たぶん今イチカしかいないんだ。だから・・・もしまだ一緒にいてやってくれるなら、もっと何でも聞いて何でも話してあげてほしい。」
そう言って微笑み、カーラは玄関のドアを開けてイチカを中に入れた。廊下にもリビングにも温かな光が溢れ、奥から男性二人の笑い声が聞こえる。
「二人が帰ってきてるね。さあ、リビングに入ろうか!」
「はい!」
そうして心身ともに元気を取り戻したイチカは、カーラと一緒にリビングに入っていった。
笑顔で入ったそこには、リビングのソファーを広々使ってだらけているハリスとシオンの姿があった。カーラはため息をついて笑顔を消し、腰に両手を当てて二人を叱りつけた。
「ちょっとあんた達!そんな薄汚れた格好でよくも私のソファーカバーの上に寝転んだわね!さあそんな埃まみれの服はさっさと着替えて、風呂でも沸かして入ってきなさい!今すぐ!!」
慌てて立ち上がったのはハリスで、早速上着を脱ぎながら風呂を沸かしに向かった。シオンは申し訳なさそうに姿勢を正し、「後で入りまーす!」とおどけて頭を下げた。
カーラはハリスの手伝いに行き、イチカはちょこんと、シオンの横に座った。
「なんだ?今日はずいぶん近くに座るんだな。」
「シオン、ありがとう。」
「お、おいおい、何だよイチカらしくないな!」
「うん。でもどうしてもお礼が言いたくて。」
「・・・そんなのいいよ。俺はお前が無事だったならそれでいい。」
イチカはシオンの手の甲にポンポンと触れて目を合わせた。
「ごめんね、心配かけて。ねえ、シオン。やっぱり・・・私あなたから離れて一人で旅をした方が」
「嫌だ!」
「シオン?」
シオンの手がイチカの手をサッと掴む。
「俺はイチカと旅がしたいんだ。お転婆でも心配で頭がおかしくなりそうでも、お前と一緒がいい。俺のことを友達だって、相棒だって認めてくれたお前が一緒じゃないと嫌なんだ。」
カーラが置いていったランタンの火が、テーブルの上で消えかかっていた。オイルが切れているのか、少しずつ火が小さくなってゆく。
「シオン、どうしてそんなに私に執着するの?相棒として安定して仕事ができる人ならいくらでもあなたの周りにいるはずでしょ?今日の様子を見てたら、あなたがいかにみんなに慕われているかよくわかった。あなたと組んで仕事がしたい人ならいっぱいいるんじゃない?私じゃなきゃいけない理由は何?」
シオンはイチカの方は見ず、答えを濁す。
「最初は色々理由があった。でもそんな理由はもう今はどうでもいいんだ。俺はただ、俺が知っている今のイチカと一緒に、旅をして、仕事をして・・・たまに喧嘩もして、そうして過ごしていきたいんだ。」
その言葉にイチカは深く考え込んだ。
「シオンは私を家族みたいに思ってくれてるの?」
シオンは少し俯き、イチカの手をそっと離して言った。
「家族・・・そうなのかな。心配しても面倒でも、いないと落ち着かないって感覚はそうなのかもな。」
「それって私のこと、手のかかる妹かなんかだと思ってるってこと?」
「妹?うーん。どっちかっていうと迷惑をかけてくる・・・姉?」
「何それ!?何で私がシオンより年上なのよ!」
(中身はそうだけどなんかそれは納得がいかない!)
シオンはふわっと笑顔になり、イチカを見つめる。
「ほら!こういう喧嘩みたいなのも楽しいんだよ。お前がいいんだ。イチカだったら俺をもっとやきもきさせてもいいから、めいいっぱい心配かけてもいいから、一緒に仕事をしよう!今後は悪い魔女の力も使って、もっと二人でいろんな仕事に挑戦してみないか?」
イチカははあ、とため息をついて、シオンをちょっとだけ睨む。
「本当に物好きなんだから・・・。こんなひねくれたおばさんみたいな私のどこがいいのか未だに全然わからないけど。仕方ないからもう少しだけ、一緒にいてあげてもいいわよ。」
「お、ついに俺の魅力に陥落したか!よしよし、じゃあ早速明日は次の町をどこにするか一緒に決めよう!とにかく俺はカーラに叱られる前に部屋に行って着替え取ってくる。お前も早く寝ろよ。寝不足はお肌の大敵なんだろ?」
イチカは眉を顰めた。
「何その女子っぽい情報!?仲良くしてるお姉様方に教わったの?」
「さあ?どうかなー。・・・じゃあおやすみ、イチカ!」
そう言ってウキウキとリビングを出ていくシオンの後ろ姿は、今までで一番嬉しそうに見えるなと、イチカは思わず笑ってしまった。




