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30. 緊急囮捜査①

 家に帰ると、カーラがイチカの洗濯物を取り込んでくれていたところに出くわす。イチカは恐縮しながら慌ててそれを受け取った。


「カーラさん、すみません!私の分まで・・・」

「いいのよ、気にしないで!・・・それよりシオンがちょっと機嫌悪そうだけど、何かあった?」

「あー、ちょっと・・・」


 カーラが小声で質問し、イチカが言葉に詰まっていると、シオンが後ろからやってきて彼女に声をかけた。


「カーラ、悪いんだけど今日この後一緒にハリスの所に行きたいんだ。時間もらってもいいか?」

「あら、構わないわよ。すぐ出る?」

「ああ、頼む。」


 シオンは至って冷静な様子でそう伝えた。他の人と話す時の落ち着いたシオンの姿に、イチカは次第に違和感を感じるようになっていた。


(二人で話す時とは違って、冷静っていうか大人っぽいというか。あれが素で、年下の私には気を遣っているのかしら・・・)


「じゃあ行こう。イチカ、帽子はまだ被ってろよ。」

「わかったわ。」


 シオンが先にカーラと一緒に歩き出し、イチカはその後ろを急いでついていく。二人は小さな声で何やら話をしながら歩いていたので、邪魔はせずに周りの様子をチラチラ見ながら後を追った。



 そこから十五分ほどで、斧のマークと『武器、刃物[ベイカー]』という名前の入った看板が印象的な、ログハウス風の店の前に着いた。ドアには「営業中」の札が掛かっている。


「ここがうちの店なのよ。」

とカーラが笑顔で教えてくれた。

「へえ!かっこいい看板ですね。」

とイチカが言うと、嬉しそうに微笑み、

「うちの息子が作ったの!」

と自慢げに話してくれた。どうやらカーラの息子は看板作りの職人となって働いているようだ。少しだけ店の中が気になりつつ、ドアを開ける。



「よう、お二人さん。揃ってどうした?武器を買いに来てくれたのかい?」


 イチカ達に気づいたハリスが奥から出てきて笑顔で声をかけてきた。だがシオンは「イチカに武器はいらない」と答えになっていないような返事をしたきり、渋い顔のまま黙ってしまった。


「なんだ、今日は機嫌が悪いのか?まあ奥に入れよ。イチカさんもどうぞ!」


 優しく案内されてイチカは笑顔で中に進んだ。


 剣や弓はもちろん、大きな槍のようなものから小さいナイフまで、ありとあらゆる武器が揃っている店のようで、棚から壁、床に置かれた木箱の中にも様々な関連商品がぎっしり詰まっていて目がチカチカしてくる。


 たまたまお客さんがいなかったのかシオンが来たためかはわからないが、ハリスは二人が奥に進むと店を閉めてくると言って入り口に向かっていった。



 奥の部屋は特に在庫などが置いてある場所ではないようで、二人掛けのシンプルなソファーが二つと、小さなベッドが一つ、書物をするためのデスクと椅子が置いてある休憩室のような部屋だった。奥には小さなキッチンらしき部屋もある。


 デスクの上には飲み掛けのカップが湯気を立てて置いてあったので、どうやら今日はかなり暇だったようだ。



「お待たせ。さて、それでシオンはなんでそんなに不機嫌なんだ?」


 ハリスがニヤニヤしながらそう問いかけると、シオンは仏頂面で腕を組み、ソファーの背に寄りかかった。


「イチカを昨日誘拐しようとしていた奴は、イネスだった。あいつ、今日大通り近くのレストランで新しいターゲットを物色してた。イチカが気付いてくれて、その後で奴を尾行したら、

ある見張り塔の近くにアジトがあったのを見つけた。」


 そこまで一気に話すと、カーラがミニキッチンで淹れてくれたお茶を受け取り、シオンは一口だけそれを飲んで言葉を続ける。


「で、イチカが囮になるって言い出した。」

「なるほど。それでご機嫌斜めなわけだ。」

「・・・」


 シオンが真顔になって黙ってしまうと、ハリスはいつもと変わらぬ笑顔でその様子を見ながら再び口を開いた。


「いつも冷静沈着なお前が、そこまで感情的になるとはね。イチカさん、こいつは本当に君のことを大事に思っているらしい。」

「・・・とにかく!確かにそれが今の最善の手だとは俺も思う。でもイチカを危険に晒したくはないんだ。だから二人とも、どうか協力してもらえないか?」


 カーラはハリスと目を見合わせたかと思うと、唐突に吹き出し、二人でカラカラと笑い始めた。


「何を深刻に言うかと思ったら!シオン、私達がそんな大切なことに協力しないわけがないじゃない!それにイチカのことも大丈夫。私達も命を賭けて守るから。」

「カーラさん・・・」


 イチカが感動してカーラを見つめていると、複雑そうな顔をしたシオンがハリスに向けて話し始めた。


「イネスが誘拐事件に関わっていることさえわかれば、後でいくらでも領主との繋がりを吐かせることはできる。だからこそ一度誘拐しようとしたイチカを囮にする、ってことになったんだ。不本意だけどな。」


 そう言ってシオンはイチカの方をチラッと見る。ハリスはそんなシオンに優しい目を向け、わかったと言って立ち上がった。


「いつ、どうやって決行するんだ?」

「明日、奴のアジト近くにイチカを向かわせる。もちろん近くの塔に何人か精鋭を控えさせておく。カーラとハリスには、イチカの側で待機していてほしい。俺は先にアジトの中に潜入する。」

「中に入るの!?」


 そこで初めてイチカは大きな声をあげる。


「心配するな。俺はお前以外に気配を悟られたことはないよ。」

「・・・」


 至って冷静にそう言われてしまい、幼い頃の自分がいかに彼にとって異質だったかに気付かされる。それ以上何も言えなくなり、イチカは口を閉じた。


「イチカを頼む。」


 そしてシオンは静かにそう告げて、ハリス達に頭を下げた。イチカも慌てて頭を下げる。


「よせよせ!当たり前のことをするだけだ。二人は俺たちにとっちゃ家族みたいなもんだからな。お、そうだ、これをイチカさんに渡そうと思ってたんだ。」


 ハリスがデスクの引き出しの中から小さな、美しい装飾の入った鞘に収まったナイフを取り出した。


「身を守るお守りだ。殺傷能力はほぼないが、隙は作れる。それとそれは魔女だったお袋のお守りでもあるんだ。よかったら明日一日、お守りがわりに持っていてくれ。」

「そんな大切なものをお借りしていいんですか?」

「もちろん!さあ今日はもう終わりだ。四人で家に帰ってみんなで飯を作って食べて、早く寝るぞ!」


 ハリスのその声に救われた気持ちになり、イチカは再び笑顔を取り戻した。シオンの言動が気になりつつも、今は明日のことだけに集中しよう!そう心の中で決意して、手の中の美しいナイフをしっかり握りしめた。


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