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⒊ 町での出来事

 その日は朝から少し雨が降っていた。森の中は雨が降ると、少しだけ騒がしくなる。葉っぱの上に落ちる雨の滴がざー、という音やパラパラパラ、という音を立てながら、森にたくさんの恵みの水をもたらしている。


 動物たちは逆に少し静かに雨を避けて潜んでいるようで、こういう日はあまり多くを見かけることがない。



 そしてそんな雨が降る今日、フィオレイナは初めて、森から一番近くの町に出掛ける。



「フィオ、レインコートのサイズはどうだい?」

「大丈夫だよ。まだ着られる。でももう少ししたら着られなくなっちゃうかな?」

「そうだね。今日町に出たら買っておこう。せっかくの機会だから、靴や服もいくつか見てみよう。・・・緊張するかい?」


 フィオレイナは首を横に振った。


「ううん。楽しみ!でもこの帽子ってずっと被っていなきゃだめ?」


 マシュートは少しだけ申し訳なさそうな表情でフィオレイナの頭を撫でた。


「そうだね。お前の髪の色はちょっと珍しいから、できれば今日一日被っていてほしい。いいかい?」

「うん。大丈夫。じゃあお父さん行こう!」


 嬉しそうに家の外に飛び出す娘の背中を、父は不安そうに見つめていた。





 森の中の村から獣道にも見えるような道を歩き、二時間程で大きな街道に出た。そこからまた三十分ほど歩き、町に着く頃には雨も止んで、フィオレイナは青いレインコートを脱いでバサバサと水気を払った。つばのある帽子を被り直すと、マシュートの顔を見上げて笑顔になる。


「よかった!せっかくの町だもの、晴れてくれると嬉しいね!」


 娘の嬉しそうな顔に、マシュートもようやく少しホッとしたのか、笑顔を向けて歩き出した。




 町の中に入るとすぐにそこに大きな通りが広がっている。他の道は土のままか、砂利のようなものが敷いてあるだけの簡素なものばかりだが、この町のメインとなるこの通りだけはずっと奥の方まで石畳の道となっている。人々も馬車も牛が引く車も行き交い、この辺りでは一番大きな町だけあって、とても賑やかな様子だった。


 その通り沿いにズラッと様々なお店が並んでおり、どれも少し黄色味がかった土壁に、柱や扉、窓枠の木の焦茶がよく合っている。特にドアの横や窓枠の下のところには、赤、白や黄色の可愛らしい花々が植えられて、その通りを明るく彩っていた。



「お父さん、素敵!この町ってこんな感じだったんだ・・・」


 目を輝かせながら町をキョロキョロと見渡すフィオレイナを、マシュートは微笑ましく思いながらもほらほら行くよと促してどんどん先に進む。


 ドアが開いていたり窓が大きく取られていたりするお店がほとんどで、特に食料品を売っているお店は大きなドアを全開にして商品を外までぎっしり積み上げ、たくさんの買い物客がそこに集まっている様子が見られた。


「まずは服を買いに行こう。それから靴屋に行って、その後保存のきく食料品をいくつか買って帰ろうか。」

「うん!・・・最後に本屋さんを覗いてもいい?」

「ああ、いいよ。でも持って帰るのは大変だぞ。よく考えて買いなさい。」


 フィオレイナは深く頷き、父の後をついて行った。




 買い物を終えると本屋の前に立つ。マシュートからもう一つ見たいものがあるからここから絶対に離れないように!と言い聞かされ、フィオレイナは素直にはいと返事をして本屋に入った。


「すごい!本がいっぱい!!夢みたい・・・」


 荷物をいくつも抱えていたが、そんなことは気にならないほどその光景に魅入られていた。自分の背より高いところまでぎっしりと詰まった本が、キラキラと宝物のように目に映る。


 買うことはできなくても眺めていよう、とウロウロ店内を回っていると、少し高い位置にある窓の外に、誰かが潜んでいるのがチラッと見えた。いや、そんな気がした。


「ん?誰かいる?」


 そこにちょうど置いてあった踏み台に乗って窓の下を見ると、茶色い髪をサラサラと風に靡かせた少年が座っていた。いや、隠れているのだろうか。


「何してるんだろう?」


 気になったフィオレイナは、荷物を持ったまま外に出て、窓のあった細い道の方に回り込んだ。


 すると、少年が隠れているその窓の下の茂みの向こうから、一人の男性が紙袋のようなものを抱えて歩いてきた。目つきの鋭い、三十代位のその男性は、辺りを少し気にしている様子だった。


 男性が茂みに近づいた瞬間、隠れていた少年が飛び出し、その紙袋らしきものを奪い取り、フィオレイナの方に走って向かってきた。


「うわっ、どいて!!」


 少年が大きな声で叫び、フィオレイナは慌てる。荷物でいっぱいの自分をどうにもできず、目を瞑ってしゃがみ込もうとした。


「くっそ、歯を食いしばれ!!」


 フィオレイナは言っている意味がわからず、とりあえず荷物だけは離すまいと紙袋の持ち手をぎゅっと握りしめた。


「ひゃああああっ!?」


 気がつくとフィオレイナはその少年にお腹辺りを抱えられ、背中の方に顔を向けたまま荷物ごと運ばれていく。その視線の先にはさっき見た男性が必死の形相で追いかけてくるのが見えた。


「降ろして、降ろしてください!私は何も関係ないんです!」

「俺の目の前にいたんだから諦めろ!あのままいたらお前だって無事じゃ済まない!」


 細い体だが背は高く思ったより力があるのか、フィオレイナを抱えているにも関わらず、どんどん追いかけている男性との差をつけていく。


 大通りから入り組んだ細い道に入り、次々に道を曲がってどこにいるのか全くわからなくなった頃、ようやく少年は足を止めた。さすがに少女を抱えて走るのはきつかったようで、息が上がっている。


 フィオレイナはゆっくりと道の上に降ろされた。


「それ、もしかして・・盗んだんですか?」

「え!?違うって!あれはちょっと事情があって・・・」


 フィオレイナは控えめな軽蔑の目で少年の顔を見ていたが、次第にそこにいるのが怖くなり、ゆっくり後ろに下がった。背中に何かが当たる。バキバキ、という不穏な音が耳に届く。



 ―――なぜか、目の前に空が見えた。



「あ、おい、後ろ!危ない!!」


 その声を遠くに聞きながら、フィオレイナは折れた柵の向こう、少し低くなっているその場所へ、背中から落ちていった。


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