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29. 誘拐未遂の男

 イチカ達は再び大通りに戻り、昼食をとるため店を探すことになった。と言ってもイチカは全くこの辺りの土地勘がないので、シオンが知っている中でリーズナブルな店を選んでもらい、そこに向かう。


 だが昼時ということもあり混み合っていて入れず、結局二人はいくつか他の店を見てまわることになった。



 そして最後に立ち寄った店は、庶民も気軽に入れてランチメニューが特に充実している店だった。混み具合も他の店に負けておらず、絶対に美味しいはず!とイチカの期待も高まる。


「ああ、ここも混んでるわね。美味しそうだけど・・・どうしようか?」

「腹が減ってるイチカをこれ以上放置するのは怖いな。だけど美味い店じゃないと暴れそうだろ?だったら少し待ってでも、確実に美味いものが食べられるこの店でいいんじゃないか?」


 イチカはシオンに冷たい視線を向ける。


「本当に失礼ね!お腹は空いてるけど我慢ならできます!でもまあそうね、美味しいお店の方がいいわよね・・・。」


 後半勢いを無くしたイチカは、これ以上ウロウロするのも疲れそうだと考え、ここで大人しく並んで待つことに決めた。



 その後僅か十分ほどで席に案内され、思ったほど待たされなかったことにイチカは喜びを隠せなかった。シオンはその様子を面白そうに見ながら、さっさと自分の席に着く。


「あら、こういう時は女性の椅子を引いてくれたりとかしないの?」

イチカが冗談めかしてそう言うと、シオンが鼻で笑いながら

「何?女性扱いしてほしいの?この俺に。そもそも今お前男だろ?」

とふざけて返す。


(まあそうなんだけど、なんか可愛くないわね!)


 イチカはそのドヤ顔に少し機嫌を損ねて、シオンに返事をしないままメニューを開いた。ランチメニューの一つを選んで一息つくと、視線の先に何か違和感を感じ、メニューを持ったまま動きを止めた。


「何だ、どうした?」


 シオンがイチカの様子がおかしいことに気づき、振り返って視線の先を確かめる。


「わからない、わからないけど何か違和感を感じたの。なんだろう?」

「・・・そういうのは大事だな。無理しないでいい、食事しながらでいいから、原因がわかったら教えてくれ。」

「うん、わかった。」


 違和感の正体が掴めないまま料理を注文し、改めて周囲を見渡した。しばらくすると食事が運ばれてきたので一旦観察を中断する。


 その店のランチはとても美味しかったが、イチカはあまり集中して食べることはできなかった。シオンの肩越しに違和感の原因を探りながら食事を終えて、ため息をつく。


 テーブルの上のグラスを持って水を飲み、心を落ち着かせてからもう一度周辺を見てみると、目の端にどこかで見た顔が紛れているのにようやく気づいた。


「・・・シオン、わかった。」

「え?」

「私を誘拐しようとした男がここにいる。あ、振り向かないで。」

「・・・わかった。よく顔を覚えていたな。」

「あの時と服装も雰囲気も違うし顔の傷も隠してる。だからなかなかわからなかったのね・・・でも、絶対にあの男だと思う。」


 シオンが真顔のままイチカを見つめる。


「もう見なくていい。向こうに感づかれたらまずい。・・・イチカ。」

「なに?」


 シオンの声にこれまでにない緊迫感を感じ、思わず目を見つめた。


「お前は俺の相棒だ。この後一緒に、あいつの行く先を尾行できるか?」

「え?・・・うん。いざとなったら弱い効果の札もあるから!」

「俺がいるのにお前をそんな怖い目に合わせるわけないだろ?信用しろ。」

「・・・うん。」


 そしてシオンはサッと立って会計を済ませ、イチカを伴って店の外に出た。例の男を店の少し先の角から見張り、店を出てきたところから尾行を開始する。


「いいか、ここからは変に意識せず、普通に話していれば問題ない。あいつのことをお前が見る必要もないし、俺についてきてくれればいい。」


 イチカは黙って頷く。


 シオンの言う通りに軽く雑談をしながら男から距離を取りつつ歩き続ける。しばらく歩くと男は横道に逸れていったが、シオンはそのままそこを通り過ぎた。


「・・・いいの?」

「いい。あの先に何があるかはよく知ってる。」

「そうなんだ。」

「ちょっとここで待ってろ。ここなら町の警備を担当しているうちの商会の奴らがあの塔の上から監視してる。何かあれば叫べ。必ず助けに来てくれるから。」


 イチカがシオンの視線の先を見てみると、そこには三階建ての建物ほどの高さがある塔があった。この町には元々こうした見張り用の塔がいくつかあり、そこに町の警備の依頼を受けた商会の者達が入って、治安の維持に当たっているらしい。


「了解。ここから離れずに立ってる。シオンも気をつけて。」

「わかった。すぐ戻る。」



 それから十分ほど何ごとも起こらないまま、道端でぼーっとシオンを待つ。ふと気配を感じて振り返ると、いつの間にかシオンが音も立てずにイチカの側に立っていて、心臓が飛び跳ねた。


「うわ!びっくりした!帰ってきてたなら声かけてよね!」

「悪い。・・・奴のアジトらしき場所を見つけたよ。」

「本当に!?凄い!」

「あいつは大きな組織には所属してないが、この辺りでは結構悪どいことをやってる連中の兄貴分だな。まさか奴がこんなに見張り塔の近くに住んでるとは。盲点だった。」


 シオンは鋭い目つきでそう言うと、一つ小さなため息をついてからイチカを見た。


「よし、一旦帰ろう。」

「え、いいの?もっと何か探るとかしなくて。」

「さすがに二人じゃ無理だろ。準備も必要だし、そもそも奴を捕らえるのが目的じゃない。奴と領主との関連を調べなきゃ意味がないんだ。少なくとも誘拐に関わっているかどうかを証明する必要がある。」


 イチカは腕を組んで考え込んだ。


「それって・・・あの男が誰かを誘拐していくところを押さえればいいってこと?」


 シオンはその言葉に眉をひそめ、イチカの腕をつかんだ。


「おい、まさかお前・・・」

「ちょっと痛いよ!離して。」

「あ、ごめん!」

「・・・でもそうね。私が囮になればいいんじゃない?」


 シオンの表情が一気に険しいものに変わった。


「はあ?お前何言ってるんだ!?俺がお前をそんな危険な目にあわせるわけないだろ!!」


 声こそ抑えていたが、全身から滲み出る焦りと怒りのオーラに一瞬怯んだ。だがイチカもその雰囲気にぐっと耐えて、強気な態度で言葉を続ける。


「じゃあどうすれば一番いいと思うの?誰かが誘拐されるのを指を咥えて待ってろって言うの?それがどれほどその人の心を傷つけるかわかる?私は一度あいつに誘拐されかけた実績がある。たぶん次に会ったらこの間の恨みもあるだろうから絶対に手を出してくるよ。そんな機会もうないかもしれない。それに・・・私にはシオンがいるんでしょ?」


 真っ直ぐに彼を見つめていると、シオンが大きく息を吸って、盛大なため息をついた。


「・・・っはああああ。そんなこと言われたら断りにくいだろ全く!わかった!だがハリスとカーラにも協力してもらって、安全がしっかり確保された状態になってからだぞ。勝手に行動するのは禁止!」


 人差し指を鼻の前に突きつけられて、イチカは思わず身をひいた。


「さすがにそこまではしないわ。じゃあとにかく一度帰ってから作戦会議をしましょ!」

「・・・俺が望んだとは言え、お転婆な相棒を持つと本当苦労するよ。」

「何よ!最善策を実行に移せる最高の相棒の間違いでしょ?」

「あーはいはい、そうですねー。」

「・・・」


 そのまま二人はいつものような小競り合いを続けながら、ハリスとカーラの家に急いで戻った。


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