28. 正直な気持ち
久々に通った大通りは、イチカの予想以上に賑わっていた。馬車同士が譲り合って移動していたり、お店の外まで行列ができている様子などを何度か見かけた。歩いている人々は比較的裕福な人や商人が多いのか、みんな上品な服装でゆったりと歩いている。
まだ昼前で昼食には早いからと、まずはグリーズ商会への登録を済ませるべく、二人は人混みを回避しながらビビカナ支店に向かった。
そこは以前立ち寄った、というより無理やり入らされたあの町の本部よりも、少し小さめの建物だった。
木造の建物はまだ新しく、中に入ると奥に受付、入口側に背もたれのないベンチがいくつも並べられ、そこに数名の登録者らしき人達が座っていた。
まだ汚れていない壁に設置された六つの掲示板には、無数の紙が貼り付けられている。立っている多くの人達は、その掲示板の紙をじっくりと読んでは、メモを取ったり考えこんだりしていた。気になったイチカも掲示板の紙を覗き見ながら前に進んでいく。
「へえ、本当に色々な仕事があるのね!」
「ん?ああ、そうだな。掃除とか洗濯とか日常的なものが割と多いけど、飲食店の仕事とか使用人の募集とかもある。逆に要人の警護とか害獣の討伐みたいな危険な依頼も最近は増えてきてるな。張り出されている紙の右上にある印の色の違いでランクと難易度がわかるようになってるんだ。」
シオンが指を差しながら説明をしてくれる。イチカは興味津々でその紙を眺めた。
「報酬も書いてあるのね。」
「もちろん。そこから成功報酬に応じて手数料が商会に引かれる。条件によって報酬も割合も異なるから、そこは受付にいるスタッフと相談することになる。」
「へえ!じゃあ私は一人になったら家事全般の仕事を探そうかなあ。」
「・・・当分一緒にいるんだから今考える必要ないだろ。」
シオンが若干拗ねたように言う。
「将来のプランは早いうちからしっかり練っておかないと。老後はすぐやってくるわよ!」
「なんでそんな年寄りじみたこと言ってるんだ?お前本当に十六歳じゃないだろ。」
呆れ顔のシオンに見慣れてしまったイチカは、ぷいと横を向いてその質問は無視した。
その部屋の一番奥に受付があり、二人のスタッフが次々来る登録者達を見事に捌いていた。完璧な営業スマイルの二人の美人受付嬢は、シオンに気付くと揃って小さく手を振る。
(え、何あれ、あの二人とどういう関係!?)
ついおばさんイチカが顔を出し、シオンと受付嬢達を交互に眺めた。シオンは受付嬢達に人差し指で『奥に行く』とジェスチャーで示し、イチカの腕をそっと掴んでから人混みを縫ってさらに奥の方に進んでいく。
そこには関係者以外立ち入り禁止と書かれた札が掛けられたドアがあり、イチカが止める間もなく彼はあっさりとそのドアを開いて中に入った。
「ちょっとシオン、ここ勝手に入っちゃいけないんじゃないの!?」
「ああ、大丈夫大丈夫!さっきほら、あの子達に合図したから。」
「そういう問題?」
「そういう問題。ほら行くぞ。」
イチカはなんとかシオンから自分の腕を取り戻し、後をついてさらに奥に進んだ。
その廊下の突き当たり近くにあるドアを開けると、そこは先ほど受付嬢がいた場所のすぐ裏手にある事務所のような部屋だった。数名の男女のスタッフが机に置いてある数えきれないほどの依頼書を片手に忙しく働いている。
「メルクさん、ちょっと登録したい人がいるので、テーブル借ります。」
「シオンさん?了解です!あ、そういえば手紙が来てましたよ。えっと・・・ミレイナ・ジャルデン様からですね。こちらに置いておきますので後で確認してください。」
「ああ、ありがとう。」
イチカはシオンを穴があくほどじっと見つめる。その視線に気づき、言い訳をするかのようにシオンが話し始めた。
「ほら、俺は結構古参だからさ。色々融通してもらってるんだよ。貢献度も高いし、真面目に働いてるって証だと思えば、納得だろ?」
「ふうん。」
イチカの疑うような目から逃れるように、ペンがないと言ってシオンが一旦そこを離れた。
事務所内をじっくり見渡すと、木でできたデスクや棚などがいくつか設置され、忙しさはあるものの整理整頓は行き届いているなと感じる。
物珍しそうに部屋の中を眺めていると、シオンがペンと書類を持って戻ってきた。イチカが座っているデスクの上にその紙とペンを置き、こことここに必要事項を書くようにと指示を出す。言われた通りに偽名で記入すると、シオンが何度か内容をチェックしてから、もう一つ奥にあるドアの方に行こうと促された。
そこは事務所のさらに奥にある部屋で、イチカは本当にこんなところに一登録者が入っていいものかと不安になったが、そういえばシオンは商会に深い関わりがある様子だったと思い出し、諦めて中に入った。
「ここは?」
そこは小さな部屋で、丸いテーブルが一つと背もたれのない椅子が二つ、テーブルの上には数本の小さな茶色い小瓶が籠に入って置かれていた。瓶の中には何やら液体が入っており、薬か何かかしらと、イチカは首を傾げてそれを見ていた。
「この部屋は自己申告で、登録希望者の現状の実力や実際に出来ることを確認する部屋。家事や軽作業を希望する人は実績で確認していくだけなんだけど、大きな仕事を依頼する場合には必ずここで本人の資質を調査してる。」
そう言ってシオンはその茶色の小瓶の蓋を開け、イチカに手渡した。
「これはちょっと特殊な薬。飲むと嘘がつけなくなるんだ。これを飲んでもらった状態で俺がいくつか質問するから、イチカはそれに答えていってくれ。」
「そっか。嘘ついてるとその仕事に適しているかどうかわからないものね。」
シオンは深く頷く。
「ああ。ただしいくら嘘がつけないと言ってもあくまでも自己申告だし、思い込んでるだけってこともある。最終的には仕事をしてもらってから判断することにはなるんだけど、最初から嘘の申告をされると事故も起こりかねないから、これは必須の手続きなんだ。もちろんそうした仕事を請け負わないなら拒否もできる。どうする?」
イチカは瞬時に覚悟を決めて、その瓶の中身を飲み干した。何の味も香りもしなかったが、飲み終わるとほんのりと後味が苦いように感じられた。
「お、一気にいったね。」
「何でも聞いて。」
「いいね。了解。」
薬が効くまで少し待つ。その後、持っていた書類を見ながら、二十分ほどかけてシオンが質問をしていった。できること、できないこと、自信があること、不安に思うこと、これまでの実績や犯罪歴の有無など、嘘をつくつもりは毛頭無かったが、イチカは正直にそれらの質問に淡々と答え、シオンがそれをメモに取っていく。
「じゃあ最後の質問。」
書類から目を離し、シオンがイチカをじっと見つめる。
「俺のことはどう思ってる?」
「・・・何その質問。紙には書いてないヤツでしょ?」
「いいじゃん。こんな風に本音を聞ける機会、もうないだろうし。」
ニヤリと笑うその顔が憎らしい。イチカはちょっとだけその顔を睨み、目を閉じて素直な自分の気持ちを伝える。
「こんな薬無くても聞かれたらちゃんと答えたわよ。シオンのことはまだよく知らないことも多いし、相棒だと言いながら過保護すぎるとは思うけど、一緒にいると安心するし、それなりに信頼してる。今は大切な友達で、相棒だと思ってるよ。・・・これでいい?」
イチカが一気にそう話してから目を開けると、シオンは顔に片手を当て、真っ赤になった顔を隠していた。
「隠しきれてないけど。」
「うるさいよ!ちょっと照れただけだよ!」
「ちょっとやめてよ!そんなに照れるとこっちまで恥ずかしくなるじゃない!」
そう言って二人で赤くなった後、顔を見つめあってほぼ同時に吹き出した。
「あはははは!全く、イチカには敵わないな。でも安心した。俺はこれからお前の信頼に全力で応えるよ。それとイチカのことを俺も信頼してる。大切な相棒で、友人だ。これからもよろしく頼む。」
「うん。よろしく!」
そして二人は書類を一緒に確認した後、カードサイズのイチカの証明書を発行してもらってから、支店を後にした。




